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日記ロワイアルコミュのブルーな青春。

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 「煙だけがよく見えるな…」

 『…』

 大阪郊外に住む大学時代の友人(タカオ)の自宅から、地方のローカル花火大会が望めるということで訪問した僕だったけれど、来てみると、新築された中層マンションに遮られてその片鱗がごくたまに見られるだけ。打点の低い花火は、マンションの向こう側で僕らの知らないうちに消滅し、破裂音だけが湿った空気を震わせていた。
 
 テレビゲームもお喋りも、隈なく飽きてしまった僕らは、温くなった缶ビールを流し込むほかに時間を埋める術を知らずにいた。
 全開された窓の向こうから、打ち上げ花火の破裂音だけが無意味に轟いていて、その演出が空しさをいっそう演出する。
 目の先、本棚の最下段、雑多に横積みされた少年誌のさらに一番下、厚紙のカバーに収納された「○○高校卒業アルバム」を見つけた。


 「卒アル、見ていい?」

 『見んでいい』

 「…」

 『オレも見たことないし』


 なんで?の問いを待たずに彼が話し始めた。

 …彼の高校生活はそれなりに充実したものだった。気の合う仲間、煙草、お酒、恋愛、ナンパ、コンパ。特に親しかった親友のユウジとコウタとは、学校以外のプライベートな時間も共有した。学校帰りのナンパ、女子高とのコンパ、修学旅行先で女湯を覗いたときも三人一緒だった。三人で過ごした日々は、安い青春映画みたいだったと、親指のささくれを見つつ彼が語る。

 高校三年の終り、生まれて初めて真剣な交際をしていた彼が、手痛い失恋を経験した。他に好きな人ができたという彼女の慕い人は、彼ら三人もよく知る、同学校で一学年、年下のイケメンヤンキー。学内でも有名なチャラ男に、彼女が遊ばれているのは周知の事実だった。相手が相手だけにユウジとコウタも 「いい子、紹介したるから」 と、諦めを促すばかりだった。

 センター試験で早々に進学を決めていたタカオは、出席日数が足りていることも手伝って、全く学校に行かなくなった。元カノと顔を合わすのが嫌だったし、仲間にも惨めな自分を見せたくなかった。
 家に閉じこもって、毎日ぼんやりと所在なく過ごす。一度、遊びに来たユウジとコウタだったけれど、コンパやセックスの話題で勝手に盛り上がっていて、欝陶しいばかりで早々に帰らせた。

 誰も来なくなり、誰とも会わなくなった。時折来る、二人からの携帯メールも 「コンパあるけど、来る?来んよな」 、 「彼女できました。もちセフレ(笑)」 などと、傷心のタカオにとって、嫌味以外の何をも見出だせる言葉はなかった。誰も救ってくれない。誰の言葉も響いてこない。親友ってこんなものか。あああー! 自覚せず、大声で叫んでいた。近隣住民からクレームが来た。
 どうでもいいし―。学校も、友達も。どうせ、全ては利害のみの繋がりで、それ以上はない。そういうものだと気付けたオレは正常だよ。

 映画、漫画、テレビドラマ。どの物語も全てが嘘っぱちに見えて、全然、感情移入できなかったけれど、時間は潰せた。どうでもいい。何でもいいから、自分以外の物語に生きていたかった。高校生活を振り返ってみても、別段、実になることなどなかった。元カノも仲間も思い出も、全ては既に色褪せていて、感傷はない。どこにでもあって、物語にはない。ああ、実に薄っぺらな高校生活だった―。

 廃人生活の中、久しぶりに来たユウジからのメール、 「おーい、生きてんのか?明日、クラス写真の撮影やぞ。来ないと卒アルの隅っこのイジメられっ子スペースに載っちゃうよ!(笑) オレとコウタはアフロで写るつもりやから(笑)」 引きこもっている人間に(笑)を連発されても、実に笑えない。腹が立って、当然、返信せずに捨て置いた。
 クラス写真の隅っこで一人、欠席者スペースに大まじめな顔で写る自分を想像してみても、何一つ感じるものがない。既に学校とは切り離した場所に自分を置いていた。
 卒業式も欠席した彼は、その後の学生生活、社会人生活に至るまで、あまりにも心を開かないまま今日まで生きてきた。期待が代償を伴うことを身に沁みて解っていたからだ。




 …あれから十年近く経つ。
 語り切ったタカオが赤らんだ顔で立ち上がると、「なんか、気分悪り…、トイレ」そう言って歩き出す彼から、哀愁の煙が立ち昇っていた。
 彼が自室を出て、僕が取る行動は唯一つ。当然、卒アルの閲覧だ。
 積み上げられた少年誌をそのままに、卒アルだけを引っこ抜く。お決まりのように、少年誌たちが気ままな角度に飛散した。堺正章を尊敬する瞬間である。
 程よく片付けて、重たい表紙を開く。可愛い女子を探したい衝動を捻じ伏せて、お目当てのイジメられっこ写真(タカオ)を急いで探した。


 (ん?何だ、これ)

 ドアノブの回る音が聞こえた。
 上げた顔の先で、タカオが仁王立ちしていた。

 『おい、コラ!オマエ、何見てんねん!』

 ヤバ。激昂してる。

 「ゴメン…」

 『今すぐ仕舞え!』

 「は〜い」

 『さっきの話し聞いたやろ!人の気持ちも考えろよ』

 「…ゴメンて。…で、タカオの元親友って、斉藤雄二と加藤耕太?」

 言いながら、彼にアルバムを差し出した。

 『見たくないねん!やめろよ』

 「いいから!見てみ」


 クラス写真の右上隅、大まじめ顔で写るタカオの隣に、さらに大まじめ顔の少年が二人並んで掲載されている。アフロヘアどころではない、入学願書で使うような、短髪、ゲジ眉、テクノカットだった。
 アルバムを持つ彼の両手が、すぐに震えだした。

 心の震動を抑え込んで捲るアルバムのページから、プリントが一枚、出現した。早速、彼の手から取り上げて見ると、 「3年3組、クラスメイトの夢」 ベタなテーマのつまらん卒業記念誌だろうなと思って、ひと通り流して見ていたら思わず吹き出した。「金持ち」「お嫁さん」「総理大臣」それぞれ、照れ隠しの大雑把な夢が並ぶなか、ユウジとコウタのそれはやっぱり輝きを放っていた。


 「タカオ君がカシスオレンジ一杯で吐きました。アーメン」−斉藤雄二
 
 「タカオ君がジンジャーエールで吐きました。ザーメン」−加藤耕太


 夢でも何でもない、未成年の幼い下ネタだ。だけれど、それがなぜか涙を誘う。タカオ名義の文章がない卒業記念誌にタカオの存在が一等、笑いをとっていた。彼らは卒業する最後の日まで、タカオの親友で居続けたのだろう。


 「二人に会ってみたら?」
 
 『…連絡先わかれへん』
 
 「探偵ナイトスクープとか…」

 『恥ずない…?』

 「…恥ずい。けど、西田は泣くと思う」

  『…西田は別にいいわ』

 「石田靖はチンチンが30?オーバーらしい…通常時で」

 『関係ないやん』


 …落ち込む友人にかける言葉を、人はあまり知らない。「ガンバレ」は禁句。今の僕もそれくらいしか知らない。当時、高校生だった彼らもそれなりに考えてタカオを励まそうとしていたのだろう。天の邪鬼な彼のことだ。よく知る友人なら直球は使わないと解る。
 撮影日に休むというこの上ない演出を、一体どれだけの人間が思いつき、実行できるだろう。高校時代の僕には到底及ばない、粋な計らいだ。その演出に気付くまで十年近くかかったタカオだけれど、羨ましくさえ思う。
 お前が過ごした高校生活は、薄っぺらでも頑丈で、安っぽくても鮮やかで、真っ青な青春そのものやったんと違うかな。


 ヒューという音が続けて鳴って、中層マンションの上に金色の火花が開いて、枝垂れた。


 「おー!キレー!」

 『お〜、うっお〜!』


 タカオの絶叫が震えてた。
 この絶叫のクレームは、僕が処理してやる。

 ドン、ドン、ドン。

 夏の湿った夜空に乾いた音が三つ、目視から少し遅れてこの部屋に届いた。それがラストの演出で、花火大会は終演した。

 彼女に裏切られ、友達を見限っても、尚、卒業アルバムを捨てずにいたのは、微かであっても、彼の人に対する希望によるところだろうと、僕は思う。
 開いたことがなかった、少年マガジンの下敷きだった卒アルが、突然、宝物に成り変った。その日、タカオは穴が開くほど見たに違いない。あの頃の三人が写るイジメられっこスペースを。そして、そこから大切な多くを掘り出したんだろうな。
 
 青が白く、完全にそうなってしまう前に取り戻した濃い青。
 またいつか、塗りつぶされそうになったときも混ざり合わず、大きな輪を描いて動くことがない、限りなく藍色に近いブルー。
 藍染の心衣をそこに見つけた。


 クサイ日記のついでやから、最後に言っとく。

 タカオ、卒業おめでとう。

コメント(88)

タカオは2人に会えたのか気になる〜(笑)

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