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天田愚庵コミュの東海遊侠伝 その1

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 少し、愚庵の書「東海遊侠伝」を読んでみたい。本文の前に、前書きがある。ここで、次郎長の世話になりながら父母を探索していることが書かれている。あちこちから父母ではないかと連絡があるが、会って見ると違うし、同じ境遇の人達と分かり、共に涙するのを読むと胸がつまる。
 身延山は父の信仰していた場所であることから、ここにも参詣帖を繰って父母の来たことの有無を確認する。
 最後の所は、漢詩を書き、そこに自分の無念さを述べる。


寄書の写

「久々にて一啓致候、其後御起居如何。時々相伺度候得共、未熟之行商、何分にも忙敷、殊に尋常漫遊之身とも違ひ、心事彼是無油断、終に御疎闊相成候次第、御海涵願上候。此間は美濃之士、馬淵某感孝弟云々、依って廣告書御依頼相成候由、被迎越、殊に難有奉謝候。
 生は此ほどより、次郎長の盡力にて既に東海道中は思のままに探索を遂け申候。先達而中村氏の妾より藤沢宿大磯屋の妓おいそと申もの、顔色頗る小子に似、且身分も床敷處有之趣にて、其履歴書聞込みのままとて大畧報告致呉候間、不取敢該地へ出発、青柳楼にて出会致候處、是は旧幕府の家人にて父兄とも上野の役に戦死致、遂に流零云々亦同しく不幸中の一人にて、互いに泣涕致候。
 其他、豆州、遠州、両地方なとには兎角髣髴たる物語許多有之候得共、何れも突きとめ申し候得者、而別人のみ、實に嘆息の外不及是非候、此度者清水より汽船にて直に入京之覚悟に有之候處、御殿場村蓮静寺と申寺僧より飛報到来、凡十年前富士川難船の物語頗る床敷事聞及候由に付、早速罷越遂探捜候處、是亦不相替別人ニテ無拠次第、
 然るに甲州身延山は、我家翁の兼て信向致居候處故、該山の参詣帳など点閲致候得者、萬一にも失跡の途分り可申哉も不計。依 而、直に甲州行相決し、今日 当山へ到着候右に付、不取敢諸宿坊へ依頼、帳簿調方之義懸合申候處、承知之由申来候間、明日より右点検に取懸り可申候、
 依テ十四、五日は滞留可仕候間、何卒獅子及漠生等之近状御通知被成下候奉願上候。
實に千里の狐客、朋友の手書を見るより楽しみなる事は無之候。江山風月も偶然たる遊歴なればこそ愉快の觀とも為るへけれ、我輩の如きは目に触るるものとして渾而泣涕の媒介とならさるはなし、
 去る七月十三日は我郷、磐城落城の十三年期にて一段思入候間。廻りめくり逢わすに十年余り三とせまてに成りにける哉、と吟し出て候御察し被下度候、
 護良親王の奏上文を見るに、日月不照不孝之子と。小生實に天地鬼神を感する能いす。李氏の所謂。毎一念至、忽然忘生者、即僕之謂也蕉吟二,三首入御覧候、
 
 笠蓑涙濺幾回春 罔極難酬身恥身、
 草木排来看不見、江山蹈盡覓無因、
 我誠未足搖天地、此志願猶泣鬼神、
 落魄空過罪亦大、十年風雨奈双親、
 
 江上鴉飛盡、秋山暮色間、
 人生不若鳥、何日故郷還、
 
 毎遇艱難感益多、此遊不是為吟哦、
 深山大澤竜蛇路、夜半風雨唯一蓑、
 軽甲装成夜未央、陣門衝雨且彷徨、
 父冤雪得初収涙、母訓思来又断腸、
 決死咆哮孝子志、復讐圧倒将軍光、
 芳名千載令人羨、兄是十郎弟五郎

 末首は會我兄弟墓前之作に候獅子、漠生等へも御視し被下度候、時下秋冷御自玉祈候草々頓首

 十月二日    身延桝屋にて    五郎具
   育造大岡兄」

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