萬葉集・万葉集コミュの「人麻呂、宇治川のほとりにて作れる歌」(巻三ー264)について

人麻呂、宇治川のほとりにて作れる歌 (巻三ー264)について　(※④)

《1》「朝月の日向」に関して245番長田王の歌の作られた年代を調べるために巻三の目録部立ての配列を見ていて感じたことだが、まず巻三の配列はその部立てごとに年代順とされている。その巻三に載せられている人麻呂作の

「柿本朝臣人麻呂近江の国より上り来る時に、宇治の川辺に至りて作れる歌一首」
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行方知らずも (264)

は巻三雑歌の部のこの位置に配列されるほど時代が下がるのだろうか。

この264はその題詞から一般に人麻呂が忍壁皇子に随って北陸方面へ向かったと思われる旅(伊藤先生。一般にこの旅の往路で人麻呂は29番の近江荒都歌を詠んだと言われている)の帰路、宇治川まで来た時に詠まれた歌と言われている。その264が高市皇子没の翌年(697)に埴安池周辺の寂しさを詠んだと思しき鴨君足人作257～60歌群の二首後(263は配列と題詞から同行者の可能性が考えられるから実質257歌群の一首後だろう)に配列されているのは何故なのか。はっきり言うと264が詠まれたのは一般に言われている近江荒都歌を詠んだ時即ち忍壁随行時よりかなり後ではないのだろうか。
また上記の忍壁随行の時ならば何故巻一 29～31の近江荒都歌群付近、又はそのすぐ後に載せられなかったのだろうか(伊藤先生) 。なお、その詠まれている季節の春も※①深度が微妙に違っているし括弧内の異伝ではその違いがさらに増幅されているように思う。

人麻呂は、確かその近江荒都歌によって持統に認められ、持統三年(689)には日並皇子挽歌を詠むことが出来たということを読んだ記憶があるのだが。
そして、この264のすぐ後に配置されている長忌寸奥麿作の著名な
苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに(265)

は大宝元年(701)九月の持統紀伊行幸の折のものだろうと思うのだ。
またその奥麿の265歌のすぐ後には人麻呂作の名歌
近江の海有波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(266)

があるというのも何か偶然というか、妙な気がするのである(笑)

そして、その日並皇子挽歌のお陰で持統に引き立てられ、運気上昇中で気力充実していたと思える人麻呂がその時期にこの264のような落魄の気を感じさせる歌を詠むものだろうか。つまり一般に言われている上記の近江荒都歌を詠んだ時とは別のもっと後、つまり下記人麻呂歌集歌1682～1709が詠まれた時期に詠んだということはないのだろうか。
そしてその時期とは私の得意な(笑)中間値を考えると……257埴安池歌群？の詠まれたと思しき持統十一年(697)と奥麿の265が詠まれたと思しき大宝元年(701)の中間値699年(文武三年)前後ではないだろうか。そう考えると下記《2》とも合致する。

2》また、巻九の人麻呂歌集歌1682～1709には詠まれた地名(泉川、鷺坂、名木川、宇治川)から山城で詠んだと思える歌が多く、また1690、91のように近江湖西で詠んだと思える歌もある。そして、これらの歌には妙に落魄の気配を感じさせるものが多く264に似た憂いや哀愁の如き空気が流れているように感じる。そこから、或いはこの時期に人麻呂が持統や不比等との間で何らか(多分高市皇子に関すること)の軋轢、不協和音を生じて山城の地へ一、二年の間赴任(左遷)させられ、その期間中に264の題詞にあるような近江に旅をし、その帰路に詠んだという可能性が考えられるのではないか。

何故ならば、それらの歌に詠まれた季節が春夏秋冬の四季に亘ること、1688、1696～1698などのように暫く家を離れていると思える歌が数首あること、また人麻呂と弓削や※②舎人の皇子たちとの間の高市亡き後の政情に関する寓意を含んでいると思われる贈答歌が数首あること、「宇治川にて作れる歌」という題を持ったもの(1699、1700)があるからである。
これら人麻呂歌集の歌は非略体歌であることや1706の舎人皇子の返歌の内容、1703「雲隠り」「時は過ぐれど」などの句から考えて高市皇子没(696)後暫くしてからのもの、おそらく持統十一年(697)以後、上記《1》から考えて文武二、三年(698、9)年くらいの作かと思われる。
というのは、人麻呂は文武四年(700)には明日香皇女の挽歌を詠んでいるから藤原京にいたことになるわけだが、親密な庇護者の一人である弓削が没した文武三年(699)七月には人麻呂は藤原京には居なかったと思われる。そのために置始東人(おきそめのあづまひと)が代理で204番弓削皇子挽歌を詠んだのであろう、そう考えると《1》との辻褄が合う。

以上の2点について教えて頂ける方がおられれば宜しくご教示お願いしたいと思う次第である。但し〇〇〇〇と評判のある古田武彦氏の押し付けは固くお断りする。

また話は変わるが…上記の事柄と藤原京遷都及び高市の没年からは、52番藤原京御井の歌は藤原京遷都(持統八年(694))後ほどなく、やはり人麻呂の石見赴任中に誰か他の詞人によって詠まれたものと考えるのが穏当だろう。もし人麻呂が山城に左遷させられたとするとそれは高市皇子没(持統十年(696))後暫くしてからのことと思えるからである。そう考えると人麻呂が弓削没時(699)には藤原京に居なかったということが納得出来る。
そして、その詞人とはやはり歌の呼吸(調子)と「高知るや天の御蔭天知るや日の御蔭」という※③祝詞に通う用語を用いた対句(伊藤先生)から伊藤、古橋両先生の言うように中臣氏であろうと思うのである。

※①春の深度………264番は網代木より早春と習った(講座の先生)。また29番近江荒都歌の方は「春草の繁く生いたる」、異伝では「(特定の日時を離れた対句的表現・中西先生)ながら夏草か繁くなりぬる」と春盛期～晩春の時候を思わせる。

※②舎人皇子との贈答歌(1704、1706番)については以前に述べた。

※③祝詞に通う………恥ずかしながら最近知ったことだが「懸けまくもあやに恐(かしこ)し……(心に思うのも恐れ多い)・(3324番)」という表現は集中に屡々見られるが、これも祝詞が起源ということである(神道学者三橋健氏・神道の本)

※④推敲不足で分かりにくいと思う点、誤記があったため記事を差し替えた。悪しからずご了承願いたい。