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草々コミュの「ゆれる小節線」(小説)

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夢のなかに忘れてきた帽子とマフラーのことを、あなたが覚えているのかどうか、決して知りえない答えの出ようのない問いを、本を適当に開いて、あるいは、窓から風が吹きこんで、机の上にある紙片を何枚も飛ばし、それらが振子運動の曲線を描き、カーペットにたどり着くまでの時間を遅延しているなか、風はそのそばにあった一冊の、薄青い付箋を張り、何かの参考にする予定であろう、開きっぱなしの書籍の活字の毛羽立ちを撫ぜ、更にははらはら頁を繰り、偶然選んだどこかにある一節を、ただ棒読みするように、声に出して語りかけると、俄かにつながったあの坂道、右か左か、あるいは上か下はどこにあるかと、指差し確認するとしたら、どこでもありうえるがゆえに、どこへの指せない、あえていうとしたなら、真ん中のへこみに向かって、だらしなく皺になっていている水色のシーツの上に置かれた、橙色と黄緑色が横に流れ、その合間を草色の三角がぱらりと添える、長方形の枕に向かえば、その指はいくらかは坂道に近づけるような気がするのだけれど、その道は薄い段々が這っているのだから、側面から見たならば、おそらく小波の様相を呈してるのだろうけれど、ただ何も考えず、いや何も考えているわけではなく、何も考えていないことにしようという、頭のなかの小人たちがコンセンサスを認めているために、ここではそう記述しなければならないのかもしれないが、いずれにしても走っているときにはそんなことは知らず、しかしながら、豆がぷちぷち痛みを訴えているように、その足はあえかな石と石の山と谷を感性によって認め、悟性によって何らかのカテゴリに押し付けていたのかもしれないし、あるいはその個々の石の志向性をも受け取ったうえで、それが示すいくらかの方向、もしかしたらすべてが一つのどこかへの道にすべてがつながっているということも否定できないが、目の前に押し寄せてくる視界を前にして、心音と同調しゆれる景色、ゆれればゆれるたびに性質を異にし続け、風が鍬のように木々による緑のもりあがり、よりくすんだ虫色をも内包し、またもちろんからからの茶色や黄金色、薄赤でもある緑のもりあがり、本当にその色を認識していたかどうか、断言する自信はないが、そこに三叉の刃をふるい、いくばくかのその一閃を逃れえなかった不運、あるいは幸運な葉々が水面を振動させるように空を震えさせ、いかなる文も描ききれないような、写真や、映像はもっとふさわしくないと思うが、そのパノラマは、なぜかとても不安定にいて、であって、とは言えず、いて、という呼び方もまた全く捉えきれているとは思わないのだけれど、この不自由さもまた親和性をもち、耳も含めた目に見えたものを再=表象しているが、歩みを止めたときには、口元に冷気が遅れてやってきたものの、追い越したはずの時間は、むしろ先行して足元に落ちているようで、あなたの新しい友達の嘲笑のイメージの噴出とともに、あなたが再びそばにいてくれるものなのだから、それはあたかも〈ページをとばすみたい〉で、あなたのもとに行くために、乾いた蝶々のように二枚重なった欠けたヤツデが気泡をまとって横たわってる、背中よりも大きな〈水たまり〉を〈飛び越えたけれど〉、そこにはもうあなたがいなくなっている、いつだったか路面電車の、ステップと時刻表と眼科の広告と牛乳屋の広告と、雨に濡れた不憫な、それだけでなく同車したほかの客にも迷惑をかけてしまうお客を少なくするために、おんぼろのアーケードを短くめぐらせただけの簡易な駅で、そこに佇んでいるあなたを見つけ、一緒に車内で話す事柄を、今日の授業で気づいた、昨日まで仲良くしていた二人が、いつの間にか、離れて座っていたことなどを詳細に検索し、不自然にならないくらいの修飾、扉側と窓側の両極にいなければいられないほどになっていたなどのオーケストレーションをほどこしていたときのことで、跳躍し足を地面から離したわずかな時間に消えてしまったのか、それとも着地があまりうまくいかず、ローファーのアイボリーに泥まじりの水色をつけてしまったのかと、あなたから視線を少し外してしまったときに去っていったのか、判然としないままに、ぼんやりとやってくる、ずんぐりとした直方体が三人のほかの乗客を、その腹にゆっくりとつめこみ、警笛が短く二回鳴り、不意にそれがあたかもお湯が沸いて、琥珀色の〈カモミールティー〉をいれる準備ができたことを教えてくれたような気がしたのだが、そのときのあなたがここに現れたのかもしれず、そして、やはり姿をなくしたとみるや、それが密に計画されたものではないにせよ、あなたの横顔がほんの一瞬みせた隙を窺いうまく抜け出しても、どんなときも探し出してやってきてくれて、大丈夫だよ、と言ってくれたあなたを、完全に信頼していたからこそ、こんな坂道を走れたのだということに気がつかされて、そんな悪巧みを、おそらくわかっていたのだろうけれども、それが気に障ったという素振りなど微塵もみせずに、あの木の葉のゆれに合わせるように、体全身、決して大きなわけではない、むしろ小さいともよばれるような身体を、ずっと豊かにみせるようにちょこちょこと動かし、黒い上着がピンクと灰色のギンガムのマフラーにぶつかり、その胸元についた銀色の鈴がニ、三回、澄んだ色合いではないにせよ、声に共鳴をしていて、下らないシニックをオプティミスムで払拭させようと、音のようにはじける笑顔を重ね、それはあたかもあでやかでつややかな長い濡羽色、簡単に後ろでまとめて、空気に風に任せて泳がせる黒髪の末端まで笑みを宿らせていたようでもあり、もう逃げることのできないのは、あなたの方ではないのだけれど、そのあなたはもはや言葉だけでしかなくて、見える映像、長い睫毛がやや角度をつけて瞳を覆い、そのまなこの黒は、わずかに水、あなたはいつもそうなので、それはもちろん涙ではないけれど、それを湛え、その白の海でくりくりと浮遊させながら、まっすぐに向けているあなた、聞こえる声、あなたの知らない、肯定してくれるであろうと想定して話したことが、意外な形で否定されることもあり、それはときに失望を覚えさせたりもしたのであるが、それらがこんなにはっきりしているのにまったく曖昧模糊にすぎず、映像も声も、目に耳に届かず、例えばあの石道のでこぼこのそれぞれにぶつかると、無秩序に全方位的な反射をみせ、意図していた方向、受け取ってほしい方向、受け取りたい方向というものは意味をなくし、ただそれがどこかに向いている、決してどこかをめざしているわけでないのであり、石、むろん石に限らない、草は錯綜した根茎によって、木は幹の表皮の重なり合いの溝によって、変化をもたらされた光のまた、ほかの石にぶつかることで、新しい方向が記述され、しかし、それもすぐに更新されるために、一つの新しさが永続性をもつことはなく、常に新しさが提出されているのが、ただわかるだけであり、だから、そのとき被っていたかもしれない帽子もマフラーの行方などを問えるはずもなくて、もしかしたら、少なくとも帽子の方は、あの夏、日差しが埃を顕在化させるように窓から差し込んで、それをすぐ脇に控え、そこは太陽の角度の関係で、眩しくも暑くもない鉄製の枠に背中を預けて、地上の様子を見下ろし、少し遅れます、ごめんなさい、というメールを何回も見返しながら、その前日に買った白黒の小さなバックを持つ手を何回も変えながら、電車の到着の度に沢山の人、大方は家族連れか男女の二人連れで、いずれも楽しそうに顔を綻ばせていることは共通していて、それは特にそんな意図はないのに、重く不安を差し出していているので、何かあなたがこの待ち合わせ時間を不意に面倒くさく思い、投げ出したくなってしまったのではとの想像が生まれつつあるなか、改札口から、あなたの性格を考慮すると申し訳なさそうに、服が乱れるのにも厭わずぱたぱた走りこんでくるだろう、走りこんできてほしい、その瞬間を祈りながら待っている、そのときに行ってしまったのかもしれないが、模様替えをしたため、これまでの印象が変わってしまい、何がどこにあるかもわからない暗闇では、机の上の盛り上がりを、完全には閉じていないPCとわかり、またわずかな厚みをもっているのが、乳白色の波打ったカーテンだとわかる程度で、それは新しく買ったものにも関わらず、方角のせいかすぐに汚れがたまってしまうサッシに触れているために、ところどころは土色ですれているが、その奥には、昼夜問わず赤ん坊の泣き声がやむことのない真っ白な壁のような病院があり、ところどころに染みのような蔦が這っているが、また、その部屋のすべての明かりが消えるということはなく、その特に静まることのない一室は、スカイグリーンのブラインドがかかっており、それが、人々の夜の気だるい緩慢な動きを隠しているが、昼間の雨や寒さの余韻で、窓は無数の水滴が眺望をさえぎっているので、それをみることはなく、凹凸があるはずの天井を、まるで果てがないかのように思いながら、それが何かものすごい吸引力でも発揮しそうでもあり、その不在が引き起こす空間の力には、〈眠れない夜は いつもより さみしがりや〉と書かれていて、軽いアルミのレールを滑らせて、一方は右から中央に、そしてもう一方は左から中央に進み行くカーテンの襞は、本来であれば、いくらか重ねることで、その遮断を徹底させるのであるが、たまたま開いたその隙間からは、空を仰ぐことなどはできないわずかな隙間であるが、〈檸檬色の月の雫〉が漏れ出し、瞬間的にその文字を明確にしたのだが、それは球形を保てず、それぞれが細かな粒になって、飛び散っていってしまったため、物と物の間を埋めることで、わずかでも熱を逃がさないようにと引き締まった、このしんとした、深く根を下ろした闇を完全にとめることはできず、しかし、光は直線的な運動にとどまらず、さまざまに行き交っているために、アクアリウムのなかで、水中への侵入を試みる光線は、水槽に触れた瞬間に折れ曲がり、あるいはそこに張られたガラスにぶつかることで、再びばらばらになって、全面に拡散させて、結果的に魚たちの見栄えをよくしているのかもしれず、また、うまい具合に水のなかに到達できた光は、あたかもそこでのゆったりとした時間の流れに合わせるように、自分の卓越性である速さを一時的に緩めるために、ずれをともなった仄明るさを提供しているのかもしれず、そして、その泳ぎに速さが近づいたときには、何枚ものエナメル状の鱗がなびき、光を引き受けて、四方八方へと光を投げ返し、その反射光がまた違う魚の鱗へと、今度は鋭い運動をみせ、再び反射へと至り、ときには水をかきわける力に耐え切れず、磨耗した幾枚かの鱗は、次第に体表との接点をなくしていき、最後には、特に泳ぐ魚たちには気にもならないことなのだろうけれど、その両者をつなぎとめることができなくなり、ひらりひらりと落下をはじめ、それは浮力のためにとてもゆっくりで、底面に辿り着く前に、再びそこに戻ってきた、もとは自分を所有していた魚に対面することもあり、しかしながら、その記憶は欠如されている、欠如の記憶であり、落としたときと同じように、無感情で通り過ぎてしまうのであるが、それに同情したのかもしれない光は、漂う鱗に積極的に向かっていき、その合流地点では眩しい、しかしはかない煌きを発するのであるが、ある部屋では、ドーナツ状になった、大きな長い水槽を効率よく眺めるために、その空洞にあたる部分は窪んでいて、あたかも小型の階段教室のようなであり、簡易な椅子と、もたれかかれる棒がわたしてあり、好きな角度から、好きなカツオやマグロの周遊を楽しめるようになっているのだが、その構造により、近づいてきた光は平面的な反射というよりは、常にまっすぐ進むことへの障害をかかえることにより、きわめて無作為なねじれた律動をみせ、この薄闇にそれほど暗いという印象を与えず、しかしこれは、何か自明性を保証するような、照らし出すことでものの明確さを発揮できる、ときにそれは、外にいる太陽のように暴力的でもある光とは、まったく異なるものであり、そばにいるあなたが、横でゆっくりと魚に目を泳がせ、まばたきを繰り返すごとに違う側面が見えているようで、それは一方で恐ろしいことでもあるが、一時たりとも飽きさせない、とても楽しいことのようでもあり、けれど、提案者にも関わらず魚、淡い色合いながら、黄色と青が調和的に融合しており、その首のかしげ具合で、どちらかの割合が増えたり減ったりするクィーンエンゼルフィッシュ、鰭が黄土色に透き通っていて、全体の白銀に縁取りを与えているバターハムレット、ジャックナイフフィッシュ、スパニッシュホグフィッシュ、ハイハット、バンデッドバタフライフィッシュ、ブルークロミス、ブルータング、フレンチグラント、ロックビューティに興味をもっているようにはみえないことに疑問を覚え、あなたは魚たちを背にして、すると水槽の表面にはあなたの影が映し出され、突然の日陰にすっぽりとつつまれたエンゼルフィッシュは、わずかに困惑した様子をみせているのかもしれないが、少なくとも、あなたは目を細め、困ったような、またくだらない、いましなくてもいいようなこと、折角遊びに来ているのに、それにはまったく相容れないような、帰ってから寝る前にでもすればいいような、実はとても瑣末な考え事に耽っているのかもしれない、と予想したのかもしれず、そんな顔のままそれを尋ねようとするが、それをさえぎろうと、その隣の水槽では、深緑の伸びる海草を支えるように、ざらざらとした砂が敷き詰められており、そこが唐突にゆらゆらと振動を始め、砂塵がきらきらと舞い上がると、そのなかからヒラメが姿をみせ、そのパフォーマンス、かつて死活問題であった特技を、もはや危険のないとわかっている小さな檻のなかでも、昔を懐かしむように、いや単なる習性なのかもしれないが、決してやめることはない、それに注目を集めることで、話されなかった話はそのままになり、あなたは後ろ髪が引かれる思いをしながらも、あるいは、自分が話すことで、またそこに触れてしまうのではという懸念もあったために、こちらの方がよかったのかもという安堵の気持ちもあったようで、それを仕舞い込み、あなたの桐の引き出しに隠したうえで、足は四本とも、木目に沿って焦茶の刷毛を何回も滑らせ、自然なムラを気にした様子はなく、そのまま薄くニスをかけてあって、ちらちらと滋味に光り、その形は蒲鉾のようで、円弧の方を外に向けて、やはり焦茶の板、若干足よりも明るく、使用により塗料が剥げてしまったのかもしれないが、そんなテーブルにばら撒かれた何枚ものカード、それらが相互に重なることがないようにと、クリスタル製でぎざぎざの多角形で、ついさっき押し潰した煙草、まだ火種がじわり昇っていき、小さく印刷されたvogueのロゴの飾り字を消そうとして、しかしそこで音なく火が途絶え、もしかしたら自らが発した音を知らぬ間に消し去ったのかもしれないが、それを収めた灰皿と、まだゆったりとした熱をもった、煙草よりもたゆんで丸い湯気を、いまも吐き続けるお茶のカップ、受け皿、柄が葉の形をした真鍮のスプーンを一時避難させ、テーブルを偏在するトランプだけにしているのだが、そちらの方に目を向けなおすと、しかし、ここであなたに相対していながら、このゲーム、裏面になったトランプを自分の手番のときに二枚ずつ表にしていき、同じ数の札をあてられたなら、それが得点になる神経衰弱ではなくて、だからこの場合、その作業ではカードを取ることはできず、ときにはそれでもいいのだが、基本的には違う数が表示されたとき、カードを自分の手元にもってこられるというこの遊びに、小さな冗舌、問いと答えにならない虚飾に中断されるまで、不都合なく参加しながらも、その明確なルールは把握されておらず、言語に取り囲まれるだけで、あなたがそうやるのに合わせているで、ただそれでもつつがなかったようであるが、ようやく再開された今回もあなたは何の戸惑いもみせず、おそらく規則にしたがい、自らのターンを円滑に進め、うまく得点になったのだろうか、オシロイの開花のようにわずかにはにかみをみせ、そのままゲームを続けていき、あなたは一連の流れでスペードの五、ハートの七、クローバーのクィーン、スペードのジャックと机の上に出し、そのなくなった分だけを中央にある山札から一枚一枚丁寧に補充して、更にそのなかにも出せるカードがあったらしく、しかもそれは重要な意味をもつものであるようで、にわかに口を軽くすぼめて驚きを表現し、少しもったいつけるようにダイヤの八を、表のままで場に置いたのであるが、指を怪我する危険性を考慮してか、四つの角がどれも緩やかに丸められているカードが、テーブルに吸い込まれるように提出され行くときの、ふぁさという音が現実味を帯びないように、秒針の忙しさや灰の朽ちていくさまもまた遠い出来事のようであり、ともすれば、そこにいるあなたもまた、いまも自分の手番をうまく回しているのであり、そこに意識が集中しているが、なぜかぼやぼやと輪郭がぶれているように思え、それを定めようと、もとは鈍い光沢の黒革の表皮で、老朽化のために次々と破れ目から軟らかい綿が飛び出し、それを隠蔽しようと、何度か試行錯誤を行った果てに、現在はチャコールグレーの布を被せることに落ち着いたソファの座り方を、ごそごそと改めたり、そこにできた繊維のささくれをつまみ、くるくると縒らせてみたりするのだけれど、やはり何も変わることなく、もしかしたら、はじめからこうであったのかもしれないとも思われ、落ち着きのなさは進行し、弓なりの午後は、夕日が青空に使役することで、寒色と暖色の横縞を形成し、まるで落下するように、雲は横へ広く長くのびていき、あの工場の、瓶のふちから液体が垂れるように、煤の染みをつくっている、煙突から出る濁りを含んだ煙とが十字をつくり、しかし、それがその形であり続けられるのはほんの一瞬のことで、すぐにまどろみの方へと回収されてしまい、再び奏でることはないのだけれど、斜めへのゆがみが、ばつ印を示唆したかと思えば、それはすぐに具象化され、またすぐに消散し、今度は網目のような斑をつくり、一つのシェイプで固まることはないのであるが、背景のコントラストも、いや、もはや雲と煙と日と空における前景/後景関係というものはもはや存在はしていないが、ゆるゆるとお互いが境界を越え始め、それはあたかも、茜でも群青でもないほかの色が現れようとしているのを、二つの色の共同作業にて妨害しようとするのだけれど、むしろその自らが傷つくという危険も背負いながら行う努力によってこそ、新しい色を引き込んできてしまうような、しかもそれに気がついていない、そんな悲しさを内包しているようにすら見え、だからこそ一定時間以上の凝視には耐えないのであるが、不意にこれまでの葬送行進曲の不気味さではなく、たがが外れたプレスト、急速へと移行し、しかもそれぞれが違う方向をかかえたまま、あまりに早く流れ出したために、それへの認識の速さが完全に後手に回り、ついさっき把握したはずの空と、いま見えている空が不調和をきたし、まばたきなどしようものなら、スピードの支配力により、いまここに立っていることにも疑いがかけられるようでもあり、体がぐなりという緩慢な乖離、胴体が水飴のような粘性をもって引き剥がされ、顔にあるいくつかの部分は、蝋が融けていくように、そのなかで自由な移動をみせ、右目が口の横まで降りてきて、逆に鼻が髪の毛の生え際まで接近したり、あるいは歯石の灰褐色がこびりついた何本かの歯は、脈動するピンク色の歯肉から、わずかに粒上の血を出しながらもうまく抜け出し、意識もやはりどろどろと粥状に溶けて、ぐたりと肌を離れて、テーブルの裾からじわりと落ちていきそうになるのだけれど、偶然あなたがそれを目撃し、その再結合を促すように、いまにも折れてしまいそうなソプラノの声をかけてきて、それは意外にすんなりとなされたものの、準備不足の急な対応はどこかちぐはぐさを抱えており、特権として端の席に備え付けてあるわけでもあるまいが、腕を凭せ掛け、頭、特に虱がいくらか付着した毛穴を、冷たく触れさせ、ゆがんだ鏡のごとく像をねじって送り返す、磨かれた支柱にかけていた体重の行き先が不明瞭になると、実は口元は、昼に食べたカレーライスに入っていたナツメグの香りを秘めた唾液で濡れていて、それもまたトラブルであったが、それを忘れさせるくらい、路面電車の汚い、といっては毎日掃除をしているであろう人に失礼であるが、0時頃の車内で、卵の黄色のくずれたものや、薄緑の苦瓜がいやに目立った嘔吐を発見している以上看過できない、その床に向かって派手に落ち込んでいこうとして、実際にそうであるが、あなたは自分に原因があると思い、慌てて鼠色の毛糸で編まれた手袋をはめた両手を前に差し出し、首に巻きつけているマフラーがそれにしたがって上下にゆれ、無様な床への激突のエネルギーが、その回避への指向性にわずかに劣っていたため、両足の外的原因のない滑りはとまり、ハの字に抑制することができ、そこで推進力を相殺させることで、上半身はしなり波打つものの、悲劇的結末は、もはや知覚しえない、どこかの可能世界に追いやられ、椅子のうえでバランスを崩す程度の現象になり、おそらくほかの客たちが喉元まで出ていたであろう失笑/嘲笑は巧みに隠蔽され、そっと窓の外の流れていく家々、商店、パチンコ屋、公園、下水処理場、ここ数日降り止まない雨のせいで、いつもならこの時間は夕暮れ前の角度のついた陽光が、ベージュの薄いカーテンは遮光の役目を果たしえず、視界の一部は欠け、そのために、よく見えないこれらの場所が、いつもよりかしげているようで、それらに目をやり、吊革を握り直すことで、自分の好奇心を否定しようするのだが、思ってもみない滑稽なアクシデントに出くわすことで、今日の日記のネタになりそうなものが、ぬか喜びになってしまった落胆ははっきり見てとれ、少なからず不快にもなるのであるが、暫定的安定から、体勢を整えることの方が先決であり、また、体は無事に地面とのランデヴーはお預けとなったものの、おそらく手にもったまま眠りについてしまったため、弛緩した指先から、知らないうちに本が滑り落ちてしまい、背を上にタイトルを見せて、すなわち大事な頁が折れ曲がってしまったかもしれないのだが、床にぽつんとしており、本好きであるあなたもそれは気がつかず、何の悪意なく、あまり高くない、ゆったりとした踵をもち、急激な流線型を描く足先のほうに、小振りな菫色の花があしらってあるパンプスで踏みつけそうになり、しかし、すんでのところで、その内容など全く覚えていない、ただ夢見の方へ誘った〈ムズかしい本〉を救い出し、澄ましてささと表紙についた綿埃を払い落とし、同じ頁を握り続けていたために、おそらくそこで寝入ってしまったところは、その端の方がれろれろに皺になっているのをみつけ、軽く舌を出したくもなるが、椅子の脇に置いてある、もう使い込んでいるために、当初の艶やかな黒はもはや褪せた、トートバックに仕舞おうとして、けれどこれはあなたに貸す予定だったと出しなおし、これでようやく、ここから人が見るならば、何の異常のない平均的な風景であるようになり、あなたはもちろんこの転倒未遂を笑いたい欲望をもちながらも、あるいはどうにか平静を装うとしている姿の諧謔の方が面白いのか、やはり笑いたそうにしていて、しかし、唇をほんの少し口のなかに招きいれ、そのみずみずしい舌で、乾燥のためにできたひび割れを潤すという行動をとることで、気を落ち着かせて、わざと大げさに話題の転換をはかり、その間も電車は、線路を走るわけではないので、縦にかたこととゆれるということはないものの、細かく建物が立ち並ぶ下町をくねくねと進むために、横の揺れはいくらか感じさせ、ただ、硬さや強さや激しさといった前者の揺れ、特に地下鉄において顕著なように、上下の運動が繰り返されることにより、それは前進のエネルギーに変換され、何かまだ掘られていないトンネルを、強引に貫き続けていくのに対して、この路面電車は、柔らかく弱く温和な揺れとも言うことができそうで、また、急ブレーキなどの原因で、二次関数的な急激な速度の変化が頻繁に行われることもなく、確かに信号の遵守のために止まる機会はあるものの、それも推移をともなっているので、やはりゆるやかなもので、たおやかな左右のぶれは、直接的に全身運動へと移行することはなく、もちろんそういったこともあるが、それ以上にゆったりと進む、この心地よさ、繊維がばらばらとほつれ、葉裏のようにけばけばしく、しかしそれを撫でると、手のひらに浮かぶ玉にはならない程度の汗、刻まれた皺の谷間に溜まる湿り気が、その編みこみに吸われることでわずかに萎縮し、くすぐったさと眠りを呼び起こす、小さなゆりかごのなかいるようで、それを維持するために、例えば、山間のざらざらとして、迂闊に触れてしまうと、その砂塵が目の前まで舞い上がり、静かな騒音が発生し、目、鼻、口、毛穴いたるとこからの侵入を試み、ただ吹き降ろしの風が、すぐにそれを払ってしまうために、すぐに以前の状態へと回帰される、しかしそのどこにもない痕跡が残っている、岩石地帯から何の前触れも無く、もしかしたら手を出した岩が、何か変化をもたらしたのかもしれないが、何筋かの湧き水が現出し、いくらかの時間をかけそれは小川となり、その流れ、何枚も織り重ねられている波によって、川底に沈んでいる褐色がかり、痛みのように傷がついた礫が、きわめて遅速ではあるが、しかし確実に角が丸められていくように、どこかで力を帯びそうになる度に、それを横の運動により緩衝され、あたかも風によってささくれだった、深水には減衰された陽光で丁度いい、目の悪い魚が水草や腐食した木切れの林で身を隠している、そんなに大きくはない翡翠色の湖を渡る小舟のようであり、その先導である運転手は、潔癖な白く薄い手袋をして、白金のレバーを、まるで宝石を小さなルーペを用いて鑑定するように、その価値を決して下げないため、最大限の注意と敬意を払いながら、ただその視線は、現在見えている眺望、そしてその先のもの、毎日の運転による慣性が理由ではない、それに向けられているわけで、口元はくるくる巻いた線で接続されているマイクに近づき、また次の駅を紹介しようと喉を震わせていて、さながら目と腕、口がそれ以外の身体の各部分がそれぞれ別物のようで、更に幻惑的な人物であることを傍証するように、月の上を滑るときには、背負っている異常な影のスクリーンに、空からのため息を一身に受けるかのように、いくつもの斑模様が投影され、はたはたと肩に止まった、触角が凛と伸びた蝶々は、妹から誕生日に贈られた、半透明なざらめ色をした大切な髪飾りが飛んでいったもので、あなたはそれに目を奪われ、しかし、長いオールが鋭角に水中に差し込み、奥行きをもった波紋が船体を十数度ほど傾けると、もしかしたらそれが理由ではないのかもしれないが、蝶々は特に驚いた風もなく、舳先の方へゆらゆらと左右に微細なぶれをともないながら移動し、その黒い真珠のような真丸の瞳には、何人かが点々としている陽の当たらない長い坂道が映っており、横に逸れられている何本かの、隙間から蜜をだらけの硬い樹皮が、ばらばらと朽ちる木々が生え、パッチワークのように複雑な草むらが茂る、決して歩きやすそうにはない、整地が徹底されていないため、なだらかでない砂利だらけの道は、闇の落ちた目を通してなのかもしれないが、日陰ながらも、その自然物たちがもたらす影との濃淡がはっきり見渡され、時々泡沫のように、輪郭が手で破りとった紙のように切り揃っていない、ぼやけていている陽だまりが見受けられ、そこは中心に光が集中しているというわけではなく、その狭い範囲内のどこもほとんど均等に、しかし、きわめて適当な配分であり、等分範囲内を超えない程度にむらがみられ、例えば右端のそれが明るさを保っているとして、逆に上部はそうではないといったようなもので、両端の対照的、非対称的な関係はなく、どこまでも意図のないばらばらでグラデーションの山吹色が塗られていて、突然そこに向かって腕をのばしたい、触れてみたいという衝動が沸き起こり、それは到底抑えきれないようにも思え、躊躇することなく目の前の冷たい窓に、手のひらをぴったりと貼り付けると、吹いている風をも感じているようであり、ガラスを介して外と繋がったようにも思え、一番敏感なのは接している指先であり、そこから離れている足先とでは、受け取るものの量もそうであるし、質もまた違うような奇妙な不整合に襲われ、あるいは、器官が得ている情報の質と量の問題、腕が沢山の文法にのっとった言葉を保有しているのに対して、足は数も少なく連なりも不規則でめちゃくちゃな言葉、誰かが発した不気味なうわ言のようでもあり、その差は明確であるが、本来ならば前者の方を認識に組み込むのであるが、いまは後者の方が気にかかって仕方がなく、それではどうすればそちらを更に見出せるのかと思案し、やはり実際に外に出るしかないのではというまっとうな結論に達したが、いやそうではなく、いまもなお遊びに興じているであろう、それともようやく自分の手番が終わり、ついさっきまでいたはずの対戦相手がいなくなってしまったことに気がついて、右手奥のトイレにでも行ったのかと予想し、手持ちの三枚のカードの裏面を上にして、テーブルの目に沿って静かに置くあなたは、視線を上に泳がせ、淡々と光る間接照明を目にして、そろそろもっと明るくしようかとリモコンを探し、しかしそこで、自分がただ一人でいるから暗さを覚えるのかもしれないと思い当たり、ベランダでは、決して熱心に手入れを行ってはいないために、水気のないでこぼこの土の入った鉢植えが何個か並べてあり、朽ち果てかけた草には、綿のように厚ぼったい白の蜘蛛の巣、これもまた半ば乾いているのであるが、その主人である蜘蛛はそれを破棄してどこかへ行ってしまったようで、それを悲しそうに見つめるあなたから逃げ出してしまうほかに方法は考えられず、それはもちろん痛みも受け入れた上でのことであるから、戸惑いやためらいも生まれて当然なのであるが、ざわめきに心を揺り動かされ、窓の外をもう一度直視したあとで、目の開閉を数度繰り返し、その度に切り取られた風景は異なるものの、憧憬はどれからも感じられ、それが最初の一歩へうながし、フローリングの廊下を通り、玄関へと足早に進むと、そこにおいてある、貝殻の飾りがついている平たい、到底歩くには向かなそうで、けれどもうっとりとみつめていたあなたの靴に、哀別の一瞥のみを投げかけ、それ以上は視界から意識的にそらすことにして、特にギミックの備えていない簡素で、長いこと使っているために黒ずみもある自分の靴に足を滑り込ませ、そこに散らばるあなたのほかの靴、少し澄ました黒光りするハイヒールや、もうそれを履くには季節が回りすぎているためか、存外安く買えたと嬉しそうにしていた、コルクが軽やかな〈新しいミュール〉も、礼儀正しく並んでおり、注意深く脱いだはずなのに、わずかに右足が斜めに曲がっていて、それらから無言で非難をされているようにも思えるが、それもまた振り切るようにして、乱れた右から前に出し、あなたの耳に届かないようにと願いをこめてさやさやと、ドアノブの無機質な冷たさを手のなかに閉じ込めて回し、もちろん歯切れのいい、施錠を解除する音を最小限にとどめることは忘れずにいて、赤茶色の扉は北風に寄りかかられているようで、空いていた左腕をそこに軽く添えて力を加えると、ようやく動きはじめ、徐々に大きくなる隙間から空気の往復運動が起き、それが奥まで伝わってしまうのではないかという恐れを抱きつつも、やはり強引にでも振り払うように後ろは決して向かず、円の軌道から少しはみだしていたマフラーを軽く整えて、裾に飾られている何本かの尻尾を軽く梳き、強襲の風にわずかにもちあげられた、ハット型ではあるものの、その形状保持能力は高くなく、比較的自由にふくらみを調整できる、表面がざらついたグレイの帽子を、淵を撫でながら被りなおし、コマ送りのようにゆったりと、状態を走る方へと移行していき、そこからは素早く一心に坂道へ向かい、それが後悔のためなのかはわからない、むしろそうではない可能性のほうを高く感じたのだが、口のなかに、決して意味は与えない痕跡、銀杏の実を噛むときのような、臭みと表裏一体ながら風味は良く、しかしなんの考慮もなく嚥下することはできない苦味が広がり、それは当然吐き捨ててしまいたいのようなものではないが、姿を見せることはなく、ゆっくりと水中を漂い続けるものであり、何か飲料を摂取することで相殺できるような種類のものではないことが直感的に知れ、だからといってこのまま何もせずに口内を放っておくという選択肢もなく、薄緑で格子模様の掛け布団と、肩までかかっていた水色の皺のよっている毛布をよけ、足元のほうは、ねじるように寝返りを打っていたためか、綿がくるくると顔に向かって丸まってしまっているために、上半身に比べると幾分冷えてしまっているのだけれど、肩をはだけてさせている、無作法に毛糸が複雑な縫い目から二三本飛び出している紺色の寝巻きをぼんやりと直しながら、それを修正しようとするものの、睡眠中の数時間をかけてそのようになったのであり、反発は案外強く、いつまでたってももとのような、厚みが均一な毛布へは戻らず、ただいつまでも関わってもいられず、多少の不満は残るものの本来の目的を達成するために、布団を載せる冷えた木の板を軋ませて、まさか抜けてしまわないかと懸念し、布団の下に手を差し入れ、砂塵がいくらか溜まっているようで、それは数箇所明らかにくぼんだ部分があることを示唆しているが、切片のような木の屑がない以上ひび割れなどの、予感を確信にける致命的な証左は見出せず、敷き布団と板に挟まれた格好になっている腕は、長いこと縁のでっぱりにぶつかっているため、大したことはないものの痺れを与え、そこから何とか引き抜くと、若干こわばって血の気が引いている青白い両足、どの指も隣の指とかすかに触れている程度で、互いがそっぽを向いているが、それを静かにカーペットの巻き毛に沈め、そこに見えるのは、つけっぱなしにしておいたパソコンの画面上でまろやかな運動をしている、鈍角のぎざぎざをもつ光であり、音楽の進行に合わせて色を緩やかに変化させ、面積が小さく、骨がつくるでこぼこもあり、反映はあまり明確ではないが、休止にならないようぎりぎりまで伏せられている、モニターとキーボードの隙間から、妙な反射をしながらも、そこにたどり着くのであり、外付けの大きさはない木製のスピーカーながら、低音の出力が悪くなく、その二つの中心で演奏家が立っているように錯覚させるのだが、そこから薄く音色を霧のように空間化しているのを確認する前に、地響きのように絶えず体をわなないているのを、ファンを回転させているのを確認する前に、少なくともそれが稼働中であることがわかり、それはエンドレスリピートでアルバムを流していたから当然のことであるが、強いて止めたいものでもなければ、ヴォリュームを上げて耳を傾けたいわけでもなく、どちらでもない伽藍堂の音楽は、暗闇による距離の不鮮明さも手伝ってか、より身体に近いところで、いや身体のなかで鳴っているようであり、ミネラルやカルシウムは、しゃらしゃらした横文字のミネラルウォーターから摂取してあるはずだけれど、肌から突っ張った尖った骨は、どうも中身が詰まっていないらしく、指で軽くたたいてみると、小気味のよい音がしていて、それは振動が骨内の組織を少しずつ壊し、そこから発生する硬い粉が、音楽を増幅しているのかもしれず、または心臓を端とする身体中の臓器や血管の鼓動は、一つが刺激されるたびに、それはほかのどこかへ簡単に伝播し、すぐさま全身に行きわたらせる、その連鎖にうまくのっているのかもしれないが、それとも徐々に早くなっている、鼻と口から吸い込む息に溶かしこんで取り入れたのかもしれないが、そう思い当たり意識して息遣いを検証しようとすると、途端にうまく呼吸ができなくなり、無駄に数をこなしてしまったり、数秒間やり方を忘れてしまったりしてしまい、それが必死に走っている最中であるために、それを大きく妨げることとなり、体力を使い尽くしたあとのランナーがやるような、息切れのリズムとは違う、きわめて不規則な呼吸のぶれは、手と足の対称的な出し入れを自然なものから格下げし、今度がそこに頭を働かせると、余計にずれは深刻なものとなり、何人かに一人はいる、どうしてもスキップができずに、がくんがくんと駆動がうまくない機械のように無様な格好をしていて、靴先で弾いた薄く平べったい藍色の石を思わず、逆の足の方に向かい、それを避けるために、更に不自然な態勢、左足を石の通り過ぎるまで上げ続ける、というのをとらなくてはならず、何とかそれは無事にじゃっと草むらへ没入したが、体の重心は完全に右半身に依存しており、だんだんと石が向かった方ではない茂みに、背伸びをしてようやく届くプールのなかで、壮大に泡をたてながらジャンプを繰り返しながら前へ進むように、ゆっくりではあるが確実に近づいており、しかし緊急事態になったためか、これまでの感覚を取り戻し、蚊帳の外にいた左足にはっきりと命令を下すことで、ばらばらな諸器官はひとまずの落ち着きを取り戻し、キイチゴの暗紅色がくすみによる円熟さを供える草々は、この喧騒に気をとめず素気無い顔をしていて、遅れてやってきた恥ずかしさが顔をほてらせ、それは疾走という他因もあるのだが、いずれにしても、小休止をとらなくてはと、違和感の兆候を発した左足を少し引きずるようにして、丁度いい具合に腰をかけられそうな、しかし、ズボンの尻に、コンクリの染みをつくらなければならないが、それほど急でもない階段があり、よろよろそこに向かっていくと、その下方には何組かのグループがゆっくりと歩いていて、照りつける太陽はそこいらの窓ガラスや研磨されている鉄片に容赦なく反応して、互いに帽子を被っているとはいえ、その力に気圧されそうになり、日陰を探したくなり、なるべくなら早く、湿気はあるだろうけれど見た目の涼しさも変えがたく、決して暑くはなさそうな、あのドーム型の地下アクアリウムに入ってしまいたい、というのはおそらくあなたもおそらく同じことで、間違えて快速電車に乗ってしまったために、時間に間に合わなかったのだということを丁寧に詫びながらも、その歩みはいつもに比べて速く、しかし、駅の階段を降りきったところからが大きな公園になっていて、画一的に綺麗とはよべないきわめて多義的な、しかし〈セロファンの〉ように透明な〈海〉も隣接していて、一番奥にあるのだろう〈銀の風〉を背に受けた目的地を捕捉しようとすると、正面には蜃気楼や炎のように細かく明滅している噴水を見つけ、その周りには車を引いた食べ物屋、クレープをもって美味しそうに妹に分け与えるきょうだい、大道芸人は三つの長方形の箱を、真ん中を両脇で挟みつつ横に連ねて持ち、すぐに空中に投げ、それが地面に落っこちる前に二回ほど回転をしたうえで、その三つを先ほどとは違う順序で、同様に横にまっすぐ持ち、それは赤、青、黄に塗り分けられているためにわかるのであるが、技が成功して誇らしげなポーズに観客は示し、それに応えるように円状に拍手は響き、また気をよくした芸人は、簡単な箱の移動を何度か素早く行い、より多くの賛辞を得ていて、それはその激しい運動による汗なのか、それとも単純に水源に近づいているために水を浴びているのかわからないが、そこの水は時に紫色に近くなり、時に黄色に近くなり、襞々の水壁の先には、箱庭の〈森〉のようにこじんまりした原っぱが、万華鏡のようにちらちらと次々に目の前に広がっていき、そこで遊ぶ子供着るカーキのシャツが、千切れて分裂し、木々になった何かの実のようにも思え、じきに終点にたどり着くことを想定し、あなたはそのまま会話を続けながらも、右肩から下げる、前面に細かい刺繍が施されたポーチを、中には以外に物が入っているためなのか、そうさっき渡したハードカバーも入っていることなのだろう、重力に身を預けるようにぶら下がり、支える紐は少し苦しそうで、結合部のあたりは特に負荷がかかっているのか、強度を保とうと収縮され、固まりから抜けでた空色の糸が苦しそうで、それを労わるように肩甲骨にぶつからないよう丁寧に位置を調整し、準備を整えるのであるが、四辻の信号が緑から黄色に変わり、半ば公共のものである以上それを無視できないために、十字に滑り込むように減速させ、そこにぴたりとつけると、合わせるかのように赤信号になり、もう目と鼻の先にある駅には、折り返しを待つ客たちが、〈雨の日も〉変わることなく存在して、黴臭い屋根を頭上に、洗濯物の干せない鬱憤を晴らすように歓談に興じるでも、きつく雲をにらみつけるでもなく、あまりに行儀よくそこにいて、運転手がにわかに伝える、その駅の名称や地域に密着した店舗宣伝の言葉が、眼前の視覚情報とうまく合致せず、しかしそれは物を形作る際の前提のようなものなので、例えそこがまるで〈ジオラマの街〉のようであるとして、それはそれとして受け入れていかなければならないのかもしれないと、先験的に理解され、さながら絶望のようで、路面電車の中なのに〈泣いて〉しまいたくなり、しかし、隣のあなたはどうしているのかが気になり、振り向いてみるもと、丁度あなたも、取り方によっては、換気のうまくない車内で息苦しそうな、髪を自由に呼吸させるために、風に流しているだけにも見える、おそらく否定の意図をもたない、と思うのだが、そんな首の振り方をしていて、〈温かい〉目線が〈差し出され〉、その〈まなざし〉はいつも以上にくるくると黒目を湛えており、その先がとらえるのは言葉と視覚のずれそのものであり、困惑ではなくそれを楽しげにも見ることができると言いたいのかもしれず、しかし、口には出さなれないでいるメッセージに対し、いかような形においても送り返すことができず、与えられている応答の責任だけを感じ、ただ黙りこみ、どちらも何も話してはいなかったので、継続する沈黙と表現すれば十分のように思うのだけれど、〈言えない言葉〉を〈どうして〉も抱え続けたいという欲望を否定せずにいることで、それがもう逢瀬を終えて、電車の蒸気の熱で暖められている駅のホームへ笑みを向けている、あなたに送ることのできる、せめてもの返信になるのかもかもしれず、細長い窓を除き、外部機器との接続部は律儀にどれも露出が控えられており、全面が薄いピンクで無機質な角張った直方体の、手元の携帯電話はそれ以上の往還の形跡はみられず、これはもっぱらこちらのせいであるのだが、暗闇のなかでギャザーのような霞がよく見え、わざわざ電灯を点ける気にもならないこの部屋では、貴重な光源になるのだが、短時間での確認を終え、これ以上開いておく必要がなくなり、ベッドの方に無下に放り投げると、軽いボディにも関わらず中央のあたりからたわみ、波打ち、もちろん目で確認できるわけではないのだけれど、〈眠れない夜明け〉の夢の残余があり、その雲のような一団であったが、それが徐々に散逸していき、何か〈足りないもの〉を〈捜して〉いるのかもしれないが、その状況がわかり、直感的に確信的に言明できるのであるが、台所は一日中明るいままで、それは小玉がかすかなオレンジを所有するに過ぎないものの、三半規管がスタンバイ状態で動きの鈍い起き抜けに、自宅にもかかわらず〈転んだり 迷ったりする〉危険性を考慮してのことで、それでもあなたはその目印の前に横たわっている、棘ばった鋭角をもつ岩石にぶつかってしまい、けれど足もその華奢なサンダルも特に傷つかず、じらじら痺れているだけで、乗船するのに不適合なことはなく、ぐらつきながらも桟橋にぎりぎりまでよっていて、装舵手はなるべく動かさないようにと、表情はまったく変えないものの、おそらくオールに強い力をかけて絶妙なバランスを保っているため、早くそこに辿り着きたいが、あなたのその痛めた足ではやはりそれを簡単にこなせず、無論それを見過ごすことはできないため、あなたは少し遠慮がちに、いや互いに遠慮をして顔を伏せながら、負傷した半身をこちらに預けてもらって、ぎこちなく腕をあなたのその反対側の肩まで伸ばし、抱え込むようにして支えることによって、すなわち一人半ほどの、いやあなたの知りはしない体重を考慮すると、一足す三分の一ほどなのかもしれないが、それにしてもいつもより繊細に体力を使いつつ、愛想のない運転手はその苦労の様子を気にとめる風もなく、自らの責務のみを全うしているが、不安定な足場へ向かうのであるが、ようやく都合四本の足がその小さな船体に収まった瞬間、さすがに静止させられず、しかしその事態にも慣れているため、九十度方向を変え更に回転を続けようとするベクトルに反作用を加え、またそれにより、相当な〈月日〉が経過しているのだろう、全体に黄ばんだ肌色の地に深緑の縞が入ったこの小船は、些細な傷も転覆に繋がりそうであり、岸に当たらないように操作し、ようやく落ち着いた散策が可能になるのであるが、背後には掻き分けられてできた泡で先端が白い斑になっている波が、ちょうど逆巻き、小さな渦巻きをつくり、いびつに回り続けているが、側面に挿入されている円盤は、いつの間にかイントロなしで、勢いよく音階を駆けのぼるサビに突入する最終トラックに入っていて、〈ホットミルク〉でもいれようと、その節の打ち込みのキーボードをるるるでさらいながら、素足のままではぺたりと冷たさが走る廊下を、なるべく短い時間ですむように、接地面積をできるだけ少なくするために、踵を宙に浮かせながら歩き、トイレに入って、用を足す際に、そこと風呂場の共有の換気扇が回りっぱなしでいるらしく、断続的に虫がパラフィン紙のような半透明な羽を低軌道で震わせているのを錯覚させ、スイッチに備え付けられた発光部分が〈小さくても 出来る〉だけ目を引くように赤く灯っておいるのに気づき、それを消し、わずかなファンの余力が、それが本望であるかはわからないフェイド・アウトへと促し、ここはまったくの静謐になり、残り香をかぐように触れている出っ張りからゆっくり指を引き剥がすと、一瞬空間感覚がつかめなくなり、さてここからどちらに行けば目的地に着けるのか、どちらに行けば戻ってしまうのかがわからなくなり、それは軽度のめまいにも似ていて、あるいは単に、眠そうにうなだれながら座っていた便器から、ねじ切るように、いましがた排泄された尿により染まっている水を流し込み、急に立ち上がったために生じた立ちくらみにすぎないのかもしれないが、とりあえず滅法に進むことに決め、右側に曲がり、少々身体を落ち着けようと深呼吸を行い、それにより頭はだいぶすっきりするが、同時に何か当たり前に覚えていることを忘れてしまったような気がして、いや正確に言うならば、何か忘れたこと/ものがあったのだけれども、それが何なのかを忘れてしまったようで、いっそ完全にすべてを忘れてしまったなら悩むこともないのに、その痕跡だけはいまにも消えようとしているけれども、連続的な蓄積によって、この現在も次々に過去の方へ押し込められるのとは異なり、ほかの何かに上書きされることなく残されていて、いつでも現前する可能性を秘めているのであるが、その結果何かわからない忘れ物を抱えてしまい、急激に体内を焦燥感ともいえるような血液が巡り始め、すみずみまで走り回ることで、その答えを求めているようであるが、検索範囲である肌の表面には当然ありはせず、また同時に音楽がそれに近い速さで、しかもときには混線するような方向で移動しているため、言葉はじいじいの雑音だらけになり、ギターのソロが入る経過句を越えて、ドラムを小刻みにしてBメロのマイナー進行に陰影をきかせ、わずかな溜めののちにサビ、一度目のリフレインはコーラスや華美な楽器を省いたリードのみで広がりをみせ、二度目は全体が足並みを揃えるのだが、そこに回帰し、奔走している検索ソフトは、その道程で抜き出してきたいくつかの候補をもってきているようで、今度は呼吸をするためではなく、意味が付随していず、意図もなくどこかを見やるために口を弛緩させ半開きにすると、茫漠としている沢山の兆しがあり、それとは関連しない、あるいは無媒介で関連しているのかもしれないが、体内にある、しかしどれも始めてみるような言葉が逆流し溢れてきて、〈あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です〉、しかしそれらはどれも条件に完全には合致せず、悲しくも削除するしかなく、短い後奏はやはりキーボードに支えられながら収束し、あなたはそろそろ威勢のいい湯気を、その寸胴からは考えがたいひょろ長い口先から噴出してくるであろうやかんの前に立ち、ポットにはアッサムの茶葉が茶漉しに据えられていて、いつでも二人分のミルクティをいれる準備が整っていて、カップの淵の金の飾りが、よく使われて曖昧にしか像を映さないシンクと共鳴し、アステリスクのような模様が浮かび上がらせ、冷蔵庫の中は、最近は買い物を怠っていたために散々なもので、なんとか残っている牛乳もあと一日遅ければごみ箱行きという代物で、パックの湿った口を菱形に開き、一応匂いがおかしくなっていないことを確認し、仕方なくカップに移し変え、あまり飲みたくはないものの、そのときに光の模様が失われてしまったけれど、それに注目する暇もなく、沸騰を告げる例の音が鳴り、蓋が穴に対して緩めなのか、あるいは仕様なのか、かたかたと水蒸気に持ち上げられ踊っているのだが、あなたは冷静にコンロのスイッチを回し、火を止めると、金具に吊るしてある橙色のラインが入った布巾をとり、それを用いて熱から手を守りながら黒い取手を持ち上げ、まずはカップを暖めるために適当な量を注ぎ、そのあとでポットの方にも、今度は目分量ながらほとんど的確な量のお湯を注ぎ終えると、あなたは重いやかんを元の位置に戻し、楽しげに、そしてからかうように、こんなにも大変だったということをこちらに示すのだが、俄かに足元がゆれ、それを感じたときにはすでに、流し台に積み上げているガラスコップが、その無理のある態勢を崩しかけており、それを証明するように、シンクの側面にできたアステリスクは、その三本の線がぶれており、地震自体は大したものではないと理解しつつも、朝焼け前に台所の掃除などしたくはないため、もはや落ちることが運命づけられているようなコップたちを救出しようと、マグカップにいれた冷たい牛乳を温めている電子レンジの前から早急に移動するが、すでに臨界を越えていて、無常にもその一番上のものから次々に放り出され、しかし幸いなことに、すべてが流しの窪みのなかの桶にうまく収納され、また良いことに水が張ってあるために衝撃が緩和され、一つの場所に固まらずばらばらに落ちたため、おそらく亀裂は入っているのだろうけれど、破片は見当たらないために、箒を持ってくる必要はなさそうで、地震もようやく収まり、単に洗い物が多いだけの平和な台所へ帰還し、しかし何か物寂しさが感じられ、その惨事にはならなかった光景から目を離し、なぜかミルクを飲む気がなくなり、それは口の中にも平穏が訪れたためではなく、むしろ苦味は更に顕著になっているが、それは決してこんな飲み物で中和できものではなく、できたとしても一時しのぎにすぎないと思うからで、まだ回っている電子レンジからマグカップを取り出し、躊躇なく排水溝へ捨てると、その航跡が白くそこに残り、水道からシャワーで洗い流そうとするものの、いくら掠れようと粘り強く断片が残り続けたため、仕方なく諦め、そのカップを桶の中にいれると、まだ先ほどの地震と落下の影響か、ふるふるといくつかのコップは身を震わせていて、それらがカップの着地の波動と振動率が重なったのか、びいんという高い音を出し、それは単純に上方向にのびるものではなく、桶中に撹乱的に反射し、そのときは鳴らなかったコップも、それに合わせて主張をはじめ、一番離れたところにあるコップ同士でさえも、距離を越えて通じ合っているようで、また水面も細かな律動をみせるのであるが、くなりと灰が頭をもたげる煙草を、唇から離さず吸い続けると、ここには灰皿は置いていないため、そろそろ受けるものが必要になり、食器棚から底が深めの陶器、手元が狂って床にこぼさないためであるが、それを取り出し、静かに水を溜め、まだ半分ほど残っているメンソールに興味がもてなくなったため、わざわざ火元を潰すことなく投げ出し、あなたはポットの中で茶葉がゆったりと開き、濡れた巻き紙がほどけぱらぱらと葉っぱがこぼれ、あるものは沈み、あるものは浮かび続け、透明なお湯に紅色がゆらゆらと染まっていくのを見ている。

コメント(4)

もともとはこの小説を提示するためのコミュニティだったのをすっかり失念していました。
それので遅ればせながら投稿。
えまのんさん、感想をつけていただいてありがとうございます。
あなたのご指摘はもっともだと思います。確かに読みやすやへの配慮は欠いていることは事実です。しかしながら小説というのは読みやすければそれでいいのでしょうか? 読むという体験に抵抗が付与されること、これもまた一つの小説のあり方だと僕は思います。形式と内容という二元論もまた違和感を覚えています。小説は内容を伝達するものだけではないと思いますので。
とはいえかなり舌足らずなコメントになってしまったので、また改めてこの小説に対する僕の考えを書きます。

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