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spɐɯou ʇsol 考える旅人 コミュの つぶやき tweets 

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↑ 2007/01/26...

コメント(282)

募金ですか?
赤十字とか大きい団体は募金の50%が経費に使われ、お偉いさんは高級車を乗り回しているというのが現実ですね。それでも、寄付しますか。誰に寄付しているのか分からないのが現状です。
飢餓を救う気持ちは分かります。
でも、誰がそれをするのか。そしてお金はどうするのか。
また、救済される側は文盲率も高く、教育水準も低く、民主主義も知らないような人々です。文化的な問題も大きい。
開発経済学は環境問題を考えると両刃の剣ですね。
新しい発想、イノベーションが必要だと私は思います。

以下、クーリエ・ジャポン12月号136ページからの引用です。
//AFEICA ERITRIA//
//援助なんていらない! エトリアの自立政策//
//国際援助に不信感を示す大統領は、国民を幸せにするのだろうか・・・。//
//「国際援助がいったい何をしてくれた? そんなものは自国の発展を妨げるだけだ。わが国は、国際支援団体の奴隷になっている他のアフリカ諸国のような真似はしない」国際援助に深い不信感を示すのはアフリカの小国、エトリアのアフェウェル大統領だ。・・・(以下略)//
 
『あるコミュニティへの書きこみ』 (先刻)
 
 
 うーん。
 
 僕が伝えたかったのは、和解と進展です。
 
 ブランドの語義論については、トピック進行のための用語統一以上の意義は少なく、それでもここまでの100もの書きこみを無駄にしないために、もうブランド語義については放棄してもいいのではないか、という提起でした。
 
 ここからの進展は、信用に上塗りされた過信部分と ・ それを逆利用する過信悪用部分についての、何が対象か / 線引きはどこか / 個人目線での対処はどんなか / 各ニュースに何を思うか、などに対して、意見交換から同意を形作ってゆくのがトピックとして有意義だろうと考えました。
カレー事件の1例は、真面目にカレー料理を営んできた自営料理店をも加害するほど、過信部分は、信用するほう / されるほう双方に混乱を招く副次的課題だ、という隠喩です。
 
 それぞれ、持論と論点を自負するのも大切ですが、半分すら譲れないようなら、死刑コミュに似てくる、そう感じます。
譲るとは、トピック題名を改題するとか、相手の語義に合わすとか。
 
 学ぶ気持ちさえあれば、赤ん坊だって先生たりえます。
なければ孤高を登るばかりで、それなら日記に書けば、マイミクさんたちの同調を得られるはずでしょう。
 
 このトピックの主旨自体には、大きな意義がありますよ。
 
 
(http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=25764334)
 
『[雑談] 脇役が主役の試み 『ヤッターマン』』
 
 
 ♪ チンチンぶるぶる絶好調! ♪ ...だったっけ。
 
 30年ぶりってことは、まだ生まれてないメンバーさんもいるんだね。
...って、こういう台詞自体、よくオジサンからこぼれる言葉だったのにさ ...。 ノ_’;

(全国1000万の若者の皆さん、光陰矢の如しだけど、歳をとるのも意外に素晴らしいすよ。)
 
 僕の少年時代のアニメといえば、ヤッターマンやルパン三世やトムとジェリーでした。
しかもトムジェリは再放送ですが、当時は17時台の再放送アワーが子供たちを夢中にさせてました。
 
 
 新『ヤッターマン』 を観ました。
期待が大きいだけに、善し悪しでしたけど。
ドロンジョ女史の肌けは毎週ありましたが、当時は乳首まで普通に描かれてたし、ボヤッキーもたしか出ベソを出した衣装でした。
世知辛い世の中になったものです。
(僕など、初めて女の子にチューしたのは保育園時でした。
段ボール箱のなかに連れこんで無理やり。 ノ_^;
まあ頬っぺたでしたけどね。
でも要は性的欲求があったってことです。)
 
 
 新放送では、ドロンジョ ・ トンヅラ ・ ボヤッキーの悪役とその親玉、計4人の、何と声優が30年前と同じでした。
ドロンジョは旧のび太 (『ドラえもん』) の声、誰だったかな、たしか声優協会会長です。
 
 この作品は、やたらに脇役がいい味を出してましたから当然、大人をも狙ってるんだけど、にしても懐かしく楽しめました。
 
 最近は1クール (3ヶ月) で終わるドラマが多く、いつまでも自身の生活と一緒にいてくれる番組が少なくなった気がして、何となくさみしく感じますよ。
 
「気」について
  精神障害者を「気違い」と呼ぶのは差別である。
テレビ・ラジオ等報道機関では、禁止用語として滅多に聞かれない。
そうした「差別発言」があれば、その後に司会者は「ただ今不適切な発言がありました。お詫びします」と弁解があったり、テロップで「お詫び」が流されたりする。

 さうして、差別言辞が「禁止され」ても、依然、差別はこの社会に蔓延し変わらない。
 逆に私は、この「気違い」のボキャブラリー(語彙)に妙にこだわり続ける。
「気ちがい」の語源は一体何か? その正体は・・・と。
一説によると、「気ちがい」は「健常者」と「精神障害者」の気が違うことにその語源の由来があるらしい。

「気」
 「気」とは「気脈を通じる」・「気心が知れる」・「気がすすまない」・「気を病む」・「気を静める」の類の「気」であって、「キチガイ」は、その「気」が違うだけのことらしい。
 率直に言って、私は「精神障害者」とか「精神病者」とか「心の病」を言われるよりも、「気ちがい」と言われるほうが、はるかに「気が楽」である。
 無論、言う人と、どんな状況か、関係性かによって問題にはなろうが・・・。

精神を病むこと
 精神病は、『精神を病む』ことらしいが、そんなことは信じがたい。
精神とは形而上の問題で、「匂い」も無ければ、「形」もない。
それが「病む」とは、私には納得しがたい。
 特に「精神主義を貫こうとしている者」には、甚だ迷惑なで肌に合わない。
「気迫をもって活動する者」には「なえる気がする」し、「気が滅入る」のである。
ただ、私は最低のマナーとして、相手方に「気違い」ということは遠慮しているだけだ。

健常者に「気違い」とやり返すのは・・・。
だが、ときどきではあるが、「健常者」に向けて、「気ちがい」とやり返す。
「健常者」が私を「気違い」と言えば、私サイドと「気脈が違う」ので、私と「気」は一緒にならないのが当然。

「気違い」とやり返すとき、「健常者」が驚くのを見て「気」がスツーとする。
最も「気違い(本気違い)」が、「気違い(健気違い)」に差別言辞を投げかけても、不毛ではあるが・・・。

「気死」
だがある日「気死」と言う言葉が目に入った。
これにはショックであった。
「気が死ぬ」これは何だ。「愧死」(恥じ入って死ぬこと)の誤りではないか。
ひょっとすると私は「気違い」ではなく、「気死」に陥ってしまっているのではないか。
「気死」であれば、「気が利かない」であろうし、「患者仲間」に「気脈を通じさせること」も出来ないし、「精神障害者」の解放運動も「気迫」で迫ることはない。
 「気死」であれば、とてもこれ以上病者仲間に「気使い」できるわけがない。
このどうしょうもない煩悶は、「気の抜けない」問題で、「気疲れ」するばかりである。
「アホ」なことばかり考えず、「気を引き締めて」「元気になれや」と、自らを激励するがどうにもならない。

気疲れ
まあ、立ち止まって「気を静めて」「気の合わない」健常者とではなく、「気疲れしない仲間」と「気保養・・・レクリエーション」でもするか?と「気休め」をする。
つまり、「気をツケーッ」ではなく「気まま」で居たい。
私の精神病者の解放の原点「気」について、あなたは「お気に召しましたか」「お気に召さなかった」でしようか。
 ああ「気疲れ」した。

 1996年9月13日  春 水木

 72回目のバースデー

昭和11年1月11日は私の誕生日、72歳にGOとなった。
アッという間に過ぎた71年間である。
 
多くの方から、バースデー プレゼントを頂いた。
マミーから(大阪拘置所在監の 林 眞須美さんの呼称) から「お祝い電報」が届けられた。
 自分では、「電報」は打てないので、外部の支援者に依頼してのことだろう。
その「電報」がどんな経路をたどって届けられたか、監獄には人様より多少詳しい私は涙が止まらなかった。
 
そして、別便「1月7日付けで発信された手紙」には、次のような文面がある。
「家族の幸せを見守って、100年の「暦」高島易断 東京新宮館を見て過ごしています。」
マミーは、100年かかっても、「無実」を獲得する決意だ。
素晴らしい気力と不屈の魂がしのばれる。そうだ頑張れ。
理不尽な警察官・検事・判事に、網元の娘マミーがまける訳にはいかない。
続いて、「1月11日は、お母さんの誕生日。鏡開き、蔵開きの日ですね。残りえびすで、この日が一番福多いと聞いています。 1月4日」
そうだったのか。何と素晴らしい日か。 ただ ただ嬉しい。
 
 次は富山からプレゼントが届いた。
羽根が入ったベツト用の肩かけ、少しでも眠れるようにと配慮してくれたアパッチの暖かさに感激と感謝。
ほんわかと心も温めてくれた。

 間もなく、ファックスが届いた。
「春 水木さん お誕生日おめでとう。 生きていることがおめでたい Hs・Hr」
私は「うーん」とうなった。
 「生きろ、何かあったらすぐ電話を・・・」と年末に不調に陥ったとき、常時待機して、春に『生きろ 生きろ 生きているのが大切だ』と励ましてくれた人達。
突然、涙がこみ上げてきた。

 次に「Kaちゃん」と「Koちゃん」が電話で「バースデー おめでとう」とサインを届けてくれた。
『人は失ったとき、その人の大きさがわかるものよ。互いに支えあってね・・・。』
お礼状にそう書き添えた。
 
So君からは、インターネットのカードを一枚頂く。
「フーン いまどきのバースデー カードは進化しているなあ」と感じ入った。

マー兄は(赤堀政夫さんの呼称)「何か買ってあげるよ」と言ってくれていたので、少し戸惑った。
「有難う。ご予算はお幾らですか」
「小遣いの半分」マー兄は、さわやかに回答をくれた。
「ん? どうしよう。 お言葉にあまえさせて頂くわ。」
アピタに出かけて「置時計」・「100マス計算のできるカシオ電算機」をかってもらった。
 合計4.000円強、それでも恐縮の至りである。
マー兄の一万円は、「死刑に怯えた時間の代償」・1954年逮捕当時の『春の給与』と同額だから。

 様々な人に支えられて、バースデーを迎えたが、1が5つも続くバースデーを人は忘れない。
お祝いは人が覚えやすい誕生日だから随分得した。
皆様いろいろな感動を有難うございました。
今年も頑張ります。私の生かされるところで、自分らしく・・・。

  2008年1月12日  春 水木
  国会 占拠?

老人は思い出に生きる。
幸・不幸は問わないまでも、それは思考力・行動力・想像力・感動能力が日々減退するからであろう。
それでも生きていることは、お目出度いことなのか。

老人は醜悪か
スイフト(ガリバー 旅行記の著者)の最終結末は「自死」であったが、それをうかがわせる作品を目にしたことがある。
題名は忘れたが、「老人は醜悪」がテーマであったと記憶する。
そう言われても、人生を振り返ること・生きた軌跡をたどるのが常となった。
昨夜、突然に国会をただ一人で「占拠」とした記憶が、生々しいものとして浮かんだ。
その行動力を書き残さない手はないと思った。
現代の若者たちの素晴らしい思考力や、洞察力を考えると「考える葦」にしておくのは勿体無いし、それを行動力に転換して欲しいと願わずにはおれないからだ。
それこそ、老婆心として笑われようが・・・。
 
国会傍聴
赤堀さんは、まだ 死刑囚で『再審開始決定前』だったと記憶する。
ある紹介議員を経て、国会開催時の「厚生委員会」の切符を手に入れた。
その議題は精神障害者の管理規定の見直しで、当然、個人的にも全体的精神障害者の今後に影響される問題であった。
それゆえ関心も高かったし、それへの批判的スタンスで傍聴に望んだ。
                                    「人殺しぃ・・・」                                             
 「厚生委員会」の議論は、「精神障害者=危険」を前提とした社会防衛であり、机上論でしかなかった。
議論は、スイスイとおざなりに進んだ。
精神障害者の社会的排除を公然化したところで終盤を迎えた。
「人殺しぃ」と、私は叫んでいた。
社会防衛を基本軸とすれば精神障害者は社会的排除が決定し、医療はそれに順ずる。
黙って見過ごせない。
 精神障害者側では「社会的抹殺」、つまり、「人を殺す」ので「人殺しぃ」である。

その委員会終了直前「(あの人間を)放り出せ」と、国会衛士に命じた議員がいた。 衛士の数約50人くらいか。
私を取り囲んだ。
「身体に触るな。汚れる。」
「それでも貴方達は公務員か」
「紹介状があるではないか」
「逮捕したけりゃ 逮捕せよ。」一方的に興奮状態で喋り捲った。

逮捕も出来ないのか
 近づく衛士に取り巻かれていた。
そんな事はカラスの勝手、自分の人生や仲間への「義」に負けてはいなかった。
心中では「逮捕されたかった。」のであるが・・・。
一度で良い、獄中の赤堀政夫さんの追体験として、留置所にぶち込まれて見たかった。

 衛士は徐々に近づく。当方は「知恵比べ」で対決。
「貴方達、精神保健法がわかっているか。」
「警察官職務執行法第三条は解っているな。」
「現 精神保健法の29条は。」
「逮捕しろ」の一点張りで、彼らと対峙した。

 衛士はその迫力に押されてか、徐々に当事者に前面を見せつつ後退していった。 なお、私は叫んだ。
「貴方がたは公務員でしょ。私も34年8ケ月『税金』を納めてきた。国会議員の椅子の一部分くらいは払わされた。私の払った『税金分』の一部を返して貰うため議員の椅子の一部を切ってかえして貰う。」
啖呵は継続した。そして弾劾行動へと変わる。
全ての衛士は、後ろを見せることなくソロリソロリと後退してゆく。

 逮捕されたい
後日談がある。
弁護士に「逮捕されたいが、どうしたらよいでしょう。」と、相談を持ちかけていた。
「春さん。逮捕されるなら『無銭飲食』くらいにしてよ。」実に正直である。
がっかりして、それをやる気になれなかった。
若いときは、それほどインパクトがある行動ができるはずだ。
その体験は何も生み出さなかった。

ついでに言えば、留置所体験は無くても、「和歌山 毒カレー事件」の冤罪死刑囚 林 眞須美さんの支援はどんな形でもできるはずだ。


 2008年1月14日    春 水木
  あんたに働けるわけはないでしょう

6:ケ月にわたる精神病との闘いを終えた私は、母に付き添われ職場を訪れた。
24歳、12月8日である。
通いなれた職場でありながら、いやに新鮮な風景だった。
私はゴシック調のエレベーターの空気の冷ややかさにも懐かしさを感じていた。
だが、私は一方緊張感で身体を強張らせ医務室のドアーをあけた。

医務室では病気で休暇をとった者をその管理下におき、出勤するものを医師の指導下におく。
出てきた医師は、その職業に似合わず厚化粧の女医であった。
「真っ白」な顔だけが薄暗い医務室中にぼんやりと浮かんでいた。
私の手にあったのは、「出勤可能の診断書」一通。

 その後に言われた強烈な医師の一言と、その状況はこの年になるまで決して忘れられない。
医師はあった瞬間「アンタが働けるわけはないでしょう」と言い切った。
呆れたと同時に思いがけない出来事で、どう判断してよいか解らない状況であった。
ただ、救いにならないが母は激怒し、椅子をたって医師にこう叫んだ。

「そんなにおっしゃるのでしたら、娘を辞めさせます」こう言い切ったのだ。
私はそれにも驚いた。
そうした烈しい母の怒りを24歳になるまで知らなかったし、私の意思を度外視して母に退職を決められることに敏感に反応した。
母は病む娘に献身的であった。私を慰め続けたことも充分に知っている。
冷たい医師一言に母が激怒したのは、私なりに理解できた。

「ねえ お母さんここは私に任せてお願い・・・」と母に嘆願していた。
私の自然な一言は、「先生、お伺いをしますが、『医は仁術』と申しますが、あなたの仁術は?」。
また、一言私は発した。
「専門医が出勤可能と診断書を提出していますが、それをどう判断されますか」
また、一言「働かせて見なければ、働けるか、働けないか解らないでしょう」
 いやに静かな時間が流れたようだ。
私はまだ差別と言う言葉を知らなかった。精神病者がこうした断定的なことを言われることも知らなかった。

ただし、医師と言われる職業には確かに「偏見」を持った。
「何も解らない、何も解ろうとしない」。 悲しくもなかった。
病の激闘と比較すれば医師の一言なんかどうでもよかった。
涙も枯れはて、苦しさの極限を味わったものには、「医師」がアホに見えただけだ。
 私なりの医師への信奉はあったが、それが「ガラガラ」と音を立てて崩壊した瞬間である。
極めて医師に過敏な患者が一人出来上がったのは確かである。

医師は「そんなに理屈が言えれば出勤してもいいわ」と出勤を認めた。
「ふざけるんじゃない」と、いまの私ならそういっていたと思う。

1998年 4月 5日    春 水木








春  怪我と目標
2007年5月25日、雨でびしょびしょに濡れた「*****会館」玄関ホールですべった。
魚市場で冷凍マグロが滑らされるようなものだったに違いがない。
音もなく、転んだ自分に何の自覚もなかった。
起きようとすると「ダメ ダメ起きてはダメ」と、知り合いの弁護士の声が飛んだ。
続いて「救急車呼ぶから・・・」のダメ押しだった。

待ち時間の感覚がないまま、すぐに救急隊員の到着したようだ。
シャベル状のものに両脇を挟まれて、それが私をストレッチャーの上に乗せた。

到着病院では記憶が不鮮明である。
精神症状が一挙に悪化したのだ。
深刻さや病識が無いのが問題だ。
 はっきりしているのは「股関節の骨折です。あなたはバイアスピリンを飲んでいるから、手術は5日後行ないます。」の医師の言葉だけである。
 そうか、血流がスムースであれば5日間の薬止めかと、病理でそれを受け止めたことまでは記憶に留めている。

 医療での初診は、診断と苦痛の除去であるが、苦痛は骨折の痛みだけである。 
「先生、胸椎12番、それに腰椎五番(一番の誤り)もです」は無視された。

術前には、「心筋梗塞・脳梗塞・寝たっきり・車椅子に・・」と、親族に様々な結果説の説明とサインが求められていた。
私の「ノウ天気なキャラクター」は、「時間が戻る訳でなく、嫁に行くだけでもなく自由にどうぞ」である。

 手術の翌日に車椅子に無理矢理乗せられる。
痛いと訴えても無視された胸椎と腰椎が、放置されたままでは無理と言うものだ。
「車椅子」には必死に乗車したが、痛みを訴え続けた。
やっと、胸椎と腰椎のレントゲンが撮られた。
やはり「圧迫骨折」であった。
「だから言ったじゃないの」と医師をなじりたかった。
だか、痛みと苦痛は続行した。

治療上の目標はすでに鮮明にしていた。
それは、「着物を着られる」までに回復することであった。
 もしも、「チンバ(差別用語でごめんなさい)」になったら」と、その目標に疑問を持ったこともあった。
 そこはノウ天気。
すぐさま、女形の中村歌右衛門は? 坂東玉三郎は? ともに「チンバではないか」と、また、治療目標を再確認する。
優雅に女形を舞う彼らを心から尊敬する。
40日間で転院したリハビリ病院でも、目標は変わらなかった。

いま、制度的に外来リハビリも打ち切り宣言され、自宅リハビリである。
「イチ ニィ サン・・・」50回づつ、9スタイルのリハビリ訓練を
続行している。
是非「着物を着たい」の目標を持ったまま・・・。


 2008年1月18日    春 水木








 
>>誰か知り合いでRHマイナスB型の人知りませんか?
>>私の知人の3歳の子が急性リンパ性白血病になってしまって、昭和医大に入院してるそうです!
>>RHマイナスB型の血液不足にて手術受けれない状態で、誰かRHマイナスB型の方がいませんか!?
>>是非協力お願いします!
>>1人の幼い子の命がかかって、とても危険な状態だそうです!
>>最寄りの献血センターで献血できるよなので、是非是非協力お願いします!
>>わからないことあればいつでも連絡ください!
>>よろしくおねがいします!
 
 
 
> インターネットで調べました。
> チェーン_メールと言ういだすらです。
> 昭和医大からも関係ないと声明が出てます。
> 今ものすごーく広まっているいたずらですって。
> 昭和医大にもたくさん電話がかかってきて、「大迷惑してるんだって」 とのことでした。
 
 
 
 許せない。
 
 
 
『 <昭和大病院> チェーン_メール出回り問い合わせ相次ぐ』
 
> 病気の子供のために献血を呼びかけるチェーン_メールが出回り、入院先とされる昭和大学病院 (東京都品川区) に問い合わせの電話やメールが相次いでいる。
> 22日午前までで350件に上った。
> 病院はホームページに 「呼び掛けはしていない」 と、緊急の通知を掲載した。
(『毎日新聞』 2008/2/22 20:22
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=414394&media_id=2)
 
 
 2008年7月18日。
 
 
 ランチ_タイム無用、合間に放りこんじゃいやいいって慣習だったのに。
近ごろ1時間半くらい空くハメになりました、ちょくちょく。
出先なので、エアコンで冷やした車内で眠る ...というのも環境によくないと思い、どこか公園の木陰を見つけ、横になってみました。
 
 
 あ ...暑い。
こりゃダメ。
他にいいとこないかな?
ありました。
図書館。
 
 その市立図書館は、建って10年くらいかなという、小さいながら快適な設計でした。
各書棚の両脇に椅子がすえられてて、窓際は3方がソファかデスク。
ソファのデザインが数種あるとこなど心憎い。
閲覧用のホールも2ヶ所、いい図書館。
 
 休もうと来たつもりでも、つい蔵書に目が向いてしまい。
僕は積ん読書家で、未読本をたくさん所有してるから、借りるような立場じゃない。
でも、あれこれ好奇心が湧いてきてしまう。
コンピュータ検索を利用すると、開架と閉架とがあり、奥から取ってきてもらえる本もかなりあるみたい。
個人的に死刑制度へ興味があって、法律や刑法関連の棚へ。
うわー40冊くらい、もっとかな、ありました。
たくさん置くものだと驚きました。
 
 哲学の間へ。
ここはたくさん、棚いくつもに渡ってます、こんなに要るかしかし。
クリステヴァやソーカル、それにサルトルらが何冊も並び、思わず手が伸びて空席を探してしまう。
図解ものの哲学参考書も何冊とあったのが気になった。
図書館に必要な種類なんだろうかと。
いろいろ考えたら、あってもいいと思えた。
実際、個々の哲学書って読まなくていいとすら、もともと思ってた。
歴史的な流れを把握して、個々の概要を知って、さらに興味の湧く人物の主著 (これも解説書が優しい) や人物伝を探ると、人々が何をどう思考してきたか垣間観える気がする。
 
 ...人類史や心理学の辺りへ移って覧てたら、ケイタイのアラームが震えた。
やいやい寝逃したっ。
でも図書館って好きだな。
適温だし、知識の宝庫で、
みな息をひそめてて。
 
 好きですか? 図書館。
 
 
 
(『ランチ タイム ジプシー』 2008/7/17)
 
 
 いいですよねこの画、何かで引っかかってきて気に入りました。
 
 図書館では、借りたりしますか?
 
 
 衝動買い、そうですね。
あと、所有しなくてよくなる、っていい。
本は実際かさばるし。
 
 画像、前2点はただの白紙ですからPCでも観れないです、てか視てるんですけれどね。
 
 
『無神論の黄昏』
 


ゆうべは少しひんやりするくらいの夜でした。
あ、愛知です。
 
いつもならクーラーで眠るんですが、その夜は窓を開けて扇風機に。
そして扇風機もとめました。
 
夜が明けて日中も、風は渇いてて、ちょっと涼しいくらい。
奇麗な夕焼けも観れました。
 
...。
 
 
 
いやー、何だか気持ちいい。
このまま秋が来るのかな。
夏よりも冬が好きだけど、秋や春は、ほっと落ちつく。
 
我に返る。
 
いろんなこと、これまでにあった、ヤなことやイイことを思いだす。
 
それから。
これからも、そうしたことがやってくるんだな、で。
 
そうして、いつか死んでくんだなって感じる。


 
無能化計画

 私は、そして、もしかしたら貴方も、「無能化計画」の罠に陥っているのかもしれない。はて、この聞き慣れない「無能化計画」の首謀者は支配者であり支配階級だ。国民主権の民主主義だと言ったところで、政府は歴然と存在するし、企業はヒエラルキーで成り立っている。支配者の目的は、もちろん自らの権益の維持と拡大だ。そのために、大衆はある面では有能であった方が良いが、ある面では無能であった方が都合が良い。簡単な例をあげれば、よく働き、かつ低い報酬で満足する社員は都合が良い。スポーツに熱狂し、国際情勢や政治に無関心な国民は都合が良い。こんなことは容易に理解できる話だ。

 そればかりではない。ある面では優秀な人材も、あるいは支配階級と呼ばれる人々すらも、自らのの幸福と自由に対して鈍感になっている。人生の選択肢は限られていると思い込まされている。安定や豊かさを幸福だと錯覚させられている。そのような「無能化計画」の装置が、マスメディアであり教育なのだ。

 私は、そして、もしかしたら貴方も、「無能化計画」の呪縛から解放されるべきだと思う。しかし、一方では、この呪縛は解けない方が幸福なのかともも思う。無能化社会では、無能であってもある程度の社会的機能を果たしていれば、生きて行くことが出来るからだ。もっとも、これが「生きる」という言葉に値するのかどうかについて、私は言及しない。

 自由人は有能な人に属する。それは、「生きる」という言葉に値する命を体験から学んでいるからだ。皮肉な見方だが、機能として優秀の部類に選別されない方が、かえって環境に恵まれているとは言えないだろうか。一般的にサラリーマンにでもなると辞めるのは面倒だし、結婚すると離婚するのは大変だ。もっとも、サラリーマンであれ既婚者であれ、「無能化計画」の罠に陥っていない人はいるだろう。「それは私だ!!」という人は、是非、名乗り出ていただきたい。その極意を私に教えて欲しいからだ。(まじめな話)

 悪魔は囁く。今日の暮らしに問題がなければ、それで満足すれば良いのだと。それ以上を望むのは贅沢なのだと。似たようなことは、悪魔以外の人々も言っている。それは妥当だろうか?

 だが、この「無能化計画」も失敗に終わったようだ。なぜならば、首謀者自身が無能化してしまったからだ。現代は無能化時代の終焉期なのである。ただし、私たちはこの無能化社会の断末魔と当分の間つきあわなければならない。それを、宿命として甘受するしかない。
246 春 水木 さん 「気」について
とっても良いです。好きです。内容も文章も。
「適応力の本質」

環境変化の激しい現代社会を生き抜くうえで、「適応力」は重要な能力の一つである。

では、この「適応力」とは何だろうか。多くのスキルや資格を持つことだろうか。人脈やキャリアだろうか。それとも、的確に未来を予測し、積極的に行動することだろうか。確かに、スキルは選択肢を増やすだろう。人脈やキャリアも頼りになる。積極的な行動は、結果として多くの利益をもたらすかもしれない。だが、より本質的に重要なこと、「適応力の本質」とは、自らの中にあるビリーフ(心理学用語:信条、信念、思い込み等)を変える能力なのではあるまいか。

ビリーフを柔軟に変更すること。これこそが適応力の鍵である。それは一方では、一貫性が無いと思われたり、処世術と非難されるかもしれない。確かに曲げたくはない信念もあるだろう。変節漢と呼ばれたくはないだろう。また、ビリーフの変更を、挫折だと受け止める/受け止められる場合もあるだろう。しかし、超自我(心理学用語:あるべき自分の姿)を緩めて、<べき論>(どう考えるべき、どうするべき)から脱却し、新しい環境に見合ったビリーフと、超自我を柔軟に作って行くこと。そうした柔らかさこそが適応力の本質だと考えられるのである。

冴えない例だが、出世街道を走っていたサラリーマンが突然の左遷をきっかけにビリーフを変えて趣味人になるのも良いだろうし、離婚という現実を新しい人生の始まりとして積極的に良い方向に再解釈してしまうのもありだろう。これこそ「適応力」というものだ。

「信念を貫くことは素晴らしいことだ」というのも一つの信念である。しかし、それは正しい信念だろうか。「信念は、新しい事実、新しい意見に対応して変更されるべきだ」という信念の方が、より妥当なのである。

自分自身のビリーフを細部まで点検すること。そして間違った、あるいは行き過ぎたビリーフは修正するか棄て去ること。この柔軟性が持てるならば、環境変化の激しい時代を生き抜くことも、それほど難しいことではないだろう。

落ち込むな!!
楽観的に再解釈してしまえ!!
環境変化の激しい現代社会を生き抜くうえで、「適応力」は重要な能力の一つである。

では、この「適応力」とは何だろうか。多くのスキルや資格を持つことだろうか。人脈やキャリアだろうか。それとも、的確に未来を予測し、積極的に行動することだろうか。確かに、スキルは選択肢を増やすだろう。人脈やキャリアも頼りになる。積極的な行動は、結果として多くの利益をもたらすかもしれない。だが、より本質的に重要なこと、「適応力の本質」とは、自らの中にあるビリーフ(心理学用語:信条、信念、思い込み等)を変える能力なのではあるまいか。

ビリーフを柔軟に変更すること。これこそが適応力の鍵である。それは一方では、一貫性が無いと思われたり、処世術と非難されるかもしれない。確かに曲げたくはない信念もあるだろう。変節漢と呼ばれたくはないだろう。また、ビリーフの変更を、挫折だと受け止める/受け止められる場合もあるだろう。しかし、超自我(心理学用語:あるべき自分の姿)を緩めて、<べき論>(どう考えるべき、どうするべき)から脱却し、新しい環境に見合ったビリーフと、超自我を柔軟に作って行くこと。そうした柔らかさこそが適応力の本質だと考えられるのである。

冴えない例だが、出世街道を走っていたサラリーマンが突然の左遷をきっかけにビリーフを変えて趣味人になるのも良いだろうし、離婚という現実を新しい人生の始まりとして積極的に良い方向に再解釈してしまうのもありだろう。これこそ「適応力」というものだ。

「信念を貫くことは素晴らしいことだ」というのも一つの信念である。しかし、それは正しい信念だろうか。「信念は、新しい事実、新しい意見に対応して変更されるべきだ」という信念の方が、より妥当なのである。

自分自身のビリーフを細部まで点検すること。そして間違った、あるいは行き過ぎたビリーフは修正するか棄て去ること。この柔軟性が持てるならば、環境変化の激しい時代を生き抜くことも、それほど難しいことではないだろう。

落ち込むな!!
楽観的に再解釈してしまえ!!
nice to meet you


どこもともなく「お国の為に」と「天皇万歳」と死に逝く姿をあざわらうかのうように
国民の代表達は「私は生きたいんだ!」と叫んでいる

これは一体、削り節のようにわが身を削って美味しい味だけを残して手元に何が残るのかも理由が分からなく

統合されたものの意志は拡散し、
「解散!」と叫ばれ、また「集合」と呼ばれたたずむ目の前には何と言わずに頭の良いものだけが荒く台風となり、北へと進む

「何のために?」と悩む事は許されず、ただあるものは「誠」という字を掲げ、侍だからというだけで刀を振り歩かなければいけないものと変わりがない

一心不乱に髪の乱れも気にせず、汗をぬぐう事も忘れ
点と点をつなげることを求められないものがゆえの多くのもの

結果、残るものは
ヤクザでもない、政治家でもない
不特定多数の住民税を払っていない私たち






それでも『お国の為に』と叫んでは崖から身を投じるものは

生まれてきた事の意味や、家族、金、存在、あらゆるものへの犠牲心とは関わりなく

踏絵を踏むそれのように
『普通』だからだ


私たちには『普通』過ぎる非日常空間ゆえ、喉が燃えるように渇ききっても、陽が入り目の前が白くなっても、気付くことが遅く
感覚が鈍く、鋭く、また、水の上を走るトカゲのようになかったものとして走りだす。

走りだしたら、止まれまい
池に落ちて魚の餌食だ




自らたてるバシャバシャという音としぶきに興味を持つ

自分が先頭で、もしや皆が後ろに付いてきているのかもしれない

力は緩められない
餌食にはまだなれない

おそるおそる、足をじたばたさせながら横目で後ろを見る

あぁ僕はやっぱりひとりだったと

そして

水のうえは何一つ痕跡が残らず、右やら左やら自分が駆け巡ったここはどこだったのだ
と妄想を膨らます



終わり
 

叔母さんが腹痛の後2ヶ月で他界。
お葬式に出席してきました。
目頭が熱くなるのと・
額にもにじむものありでした。


 
帰宅して、Tシャツと半パンに着替えて海へ。
じゃなくて近くのイオンに。
新しいシャツを買いに。
 
久しぶりに来たモールは、増改築で敷地・店舗が倍増してて、よく来てたスタバも見失うほど。
シアターもできた。
10本くらい上映してるが、エンタメには興味示せず、といっても
『そんな彼なら捨てちゃえば?』 ってタイトルには魅かれました。
 
 電話がこない
忙しいのよ
 結婚しない
愛があれば関係ないわ
 浮気してる
正直に打ち明けてくれたの
 いいえ
 彼はあなたに気がないだけ
 


最近、パスワーク コミュでは死刑トピックが活況ですね。
コメントこそ控えてますけど、興味深く観察させてもらっています。
作成者として反響や充実が嬉しい反面、これのせいか何なのかコミュ参加者数が減ったりには複雑な心境。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14877895
 
にしても管理人って、なかなか難しいです。
自分好みのコミュニティを創りたくて創って、
でも管理権を強行しないと公言してても威圧感を与えてしまうのか、
微妙に影響を与えてしまう気がして、気を遣ってしまいます。
皆さんには好きに書きこんでもらいたい、
ただし他の皆さんが書きこみやすいようなかぎり。
 


僕の最近は、例の 『日本の、これから』 向けのアンケート回答について、ちょこちょこ考えて過ごしてます。
 
 


最近過去をよく振り返るもうやだ〜(悲しい顔)

唐突で瞬時に色々と。
その中の1つ、忘れられない想い出

小学校1年生だったか…

ほんの数ヵ月間だけクラスにいた外国人の女の子。

何処の国の子かもどの時期にいたのかも、もぅ覚えてなぃんだけど、小柄で肌の色は黒めのアフリカ系の子だった。(気がする)

外国人を物珍しく思う幼かった私達は、言葉も通じないその子にあまり近寄らなかった気がするあせあせ(飛び散る汗)

ある日の授業で、私は図書室に返却しなければいけなぃ本を自宅に忘れてしまい、泣いてたあせあせ(飛び散る汗)

それだけで?(白)って今考えるとバカバカしぃけどその時は重大なミスあせあせ(飛び散る汗)

クラスのみんながちゃんと返却していく中どぅしよぅかとただただ泣いていると、彼女がそっと私の肩をたたいた。

そして、自分の持っていた本を差し出し、私に返却するよぅに促した。

私は驚いたダッシュ(走り出す様)

言葉が通じなくても、私が何故泣いているのか、何をしたぃのかを解ってくれていたから。

あの子の事が未だに忘れられないわーい(嬉しい顔)


言葉なんて関係無い!
と気付かされた瞬間だった泣き顔ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

人の感じ方、表現は言語に関係無く共通だ

と幼いながらも実感したあの一瞬だった。

それからすぐ女の子は母国に帰ったんだけど、今何してるんだろ〜とか、覚えてるかなとか、働き出した今でもふと思い出すほっとした顔
会えるものなら会ってみたいなぁぴかぴか(新しい)
 






(『 『ありがとう』と言いたい』
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 w a r m a r t :)
 

http://www.youtube.com/watch?v=Gu8XNnGp2gk&fmt=18↑)
 
 

夕食のあと、ベッドに寝転びながらラジオを聴くのが日課になっている。

美味しいお料理をいただき、満腹になり、満足し切ったおなかでほくほくと部屋へ向かう。

ベッドとは反対側にある灯りをともし、ごろんとベッドに寝転びおもむろにラジオのスイッチをぽちっとひねる。

このラジオは数年前、近所の量販店の家電コーナーで購入したものだ。

白いのでほこりが目立ちやすいのが難点だが、なかなか重宝している。

われながら役に立つものを購入した、と悦に入っている。

ラジオとCDとカセットが聴ける簡素な作りのもので、最低限の機能しかついていないが、機械に疎い私にはこれで充分である。

そのラジオから外国のテンポの良い音楽や、DJのいささかわざとらしいほど陽気な声が流れてくる。

顔が見えないのに、いや、顔が見えないからなのか、声の持ち主に何となく親しみを感じる。

DJの提供する陽気な話題とは逆に、ぼんやりと灯りのひとつだけついた部屋で私はしだいに落ち着きを取り戻してくる。

いかにも満足気にベッドから腕をだらんと垂らしてみたり、横向けになってみたり、仰向けになって思い切りのびをしてみたりを繰り返す。

体と心と、外界を取り巻く自然のリズムが調和してきて、とくとくと時を刻み始める。

この時間を愛している。
 






聴覚以外の感覚が自由に使え、想像力に委ねているせいか、ラジオはテレビより自由になれる気がする。

居間からはゴールデンタイムのテレビの、けたたましい笑い声が聴こえてくる。

テレビは時に疲れる。

もちろん観ていて楽しいものや感動するもの、ためになるものも多いが往々にしてそう感じる。

朝から晩までこちらが必要ともしていない情報を流し続ける。

少し前、「サザエさん症候群」という言葉がはやっていたが、日々暮らしていてその時間の特性や雰囲気を、時間ごとに区切られたテレビの番組によって決めつけられてしまうことが多いような気がする。

そして「この番組の時はこれをしなければならない」と、時に憂鬱になったり、慌しく過ぎ去ってしまう。

テレビを消して、時そのものをゆっくり味わってみると、自分が今この瞬間に本当にしたいこと、しなければならないことというのが、心の奥深くから自然と聴こえてくるような気がする。

時を味わい、人間の心と体と自然界との調和、リズムを一致させることによって、最高に心地良い状態が生まれ本来の時のリズムのなかに溶け込んでゆけるように思う。

如月、十六夜、水無月、夏至、立秋、寒露、立待月、霜降…

昔、テレビもラジオもまだ存在しなかった時代、人々は惑星の運行や時に美しい名前をつけた。

自然の時のリズムと人間本来のもつ体内時計のリズムが分断されず、美しく調和されていた時代。

人間は惑星の運行や季節の移り変わりの中に存在し、決してそれらのリズムから切り離されてはいけない。

テレビやラジオ、パソコン…、文明の利器の恩恵を十二分に享受しながら、時折それらの存在しなかった時代に想いを馳せてみる。

研ぎ澄まされた五感の自由な遊びと、それらで聴く宇宙のリズムはとても心地良さそうだ。
 






(『ラジオの時間 その1・その2』
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 w a r m a r t :)
 

http://www.youtube.com/watch?v=YwxsWIYJI2A&fmt=18)
 
 

東京で作品を作っていた時の事を思い出した時、その時に出会った人の記憶が甦ってきた。
 
とある年、彼女が受け取った、とある年賀状の差出人が分からず少しの時間悩んだそうだ。
 
文面は以下。
 
「未来の私へ。
こんにちは。
ちゃんと生きていますか?
元気で生きていますか?
私は過去からあなたを見守っています。
元気でいますように。
幸せでありますように。」
 



それは、1985年の筑波科学万博の企画「ポストカプセル2001」で
2001年の元旦に届けるというものがあって
過去の自分が未来の自分に送った年賀状だった。
 
当時、彼女はまだ小学生ではあったが
未来の自分について考えた時、
病気でもう生きてはいないだろう・・・・と思いながらも
未来を心配しながら書いたという。
 
「まだ子供なのに随分未来を悲観してたんだなあ。
でも、それでも子供心に“幸せになって欲しい”と
強く願っていたんだなあ」と感じたという。
 
とは言え、その年賀状を見た時、子供の頃に悩んでいた事を思い出したという。
テストの点が悪かった。
お母さんに怒られた。
運動会でビリになった。
 
今となってはそんな事で人生が終わるわけではないのに
あの頃は真剣に悩んでいたよね・・・・。
と数人で言いあった。
 
きっと今、私達が真剣に悩んでいる事も
あと10年、20年すれば
「なぜこんな事で悩んでいたんだろう・・・」と
思う時が来るんだろうね・・・・。
いつか笑って「それがどうした」ってくらい
悩みをどんどん突き抜けて生きていくのかもね?
と言って我々は別れた。
 
彼女は編集者としてまだ頑張っているだろうか?
 

東京、私はその地へ行くたびに、その記憶が忘れられず
「何がなんでも生きなくちゃ!」と
思うのです。
 




(『過去からの手紙』
2010/08/14 19:22↑
 
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 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 

http://www.youtube.com/watch?v=h-KTsUMEoNM&fmt=18↑
http://www.youtube.com/watch?v=hAoyWYcNcIA&fmt=18
http://www.youtube.com/watch?v=I-03LjcEnqU&fmt=18)
 
 

“あいちトリエンナーレ2010”に先日、行ってきました。
各会場で展覧会が行なわれていたり・街頭に単体でオブジェが設置されたり・しています。
「トリエンナーレ」は3年祭みたいな意味で、3年に1度で繰り返し催される大規模な(この場合は)芸術祭のことです。
内外の著名な芸術家が招待されたり・新鋭の作家が紹介されたる場であったりします。
こうした芸術祭はもともと、欧米の芸術が盛んな街の美術館で開かれていたんだと思います。
しかし施設規模に作品数が収まらなかったり・作品規模としてインスタレーション(機材を使用する作品)など大規模化した空間作品が増えたり・などにより、有志で市内の倉庫や空店舗などを借りて同期間に展覧会を開いたりしてゆきました。
そうしたなかで開催地が美術館から街全体という規模に膨らみ、今あるような形式が作られたよう。
美術にあまり興味がない人には、例えば賑やかな祭りと・こうした芸術祭と・を比べると芸術祭が大規模化するのは難しいと感じるかもしれません。
しかし芸術祭はただの祭りだけでなく、骨董市とかモーターショウなどの「市場」ともいえる、新人発掘などの場でもあるのでしょう。
ただ、名古屋など日本の地方都市で開かれる場合は趣が少し違い、80〜90年代に流行った地方博のような、国際的な発信というよりは街興し公共事業といった風情なのかなと感じます。
「2年祭」のビエンナーレというものも。
cf.http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AC
 
ということで名古屋駅に降りたつと、久しぶりに来たせいで街並みはかなり変わってました。
まず高層ビルがニョキニョキ増えていて、思わず見あげてしまった。
駅自体が巨大な総合ビルとして数年前に建てかえられ、このビルの高島屋に展覧会場があると聞いてたけれど、そこは8月末までの限定でした。
 
並んだりする混んだランチが嫌で、11時と少し早いけど店へ。
いわゆる飲食店街を避け、高島屋の各階に1つずつある飲食店から ハンバーガー レストランを選んで入ってみる。
といっても、そんなにお腹は空いていなく、サンドイッチとバドワイザーを頼むことに。
窓越しには「大名古屋ビルヂング」のビル ボードとビア ガーデンの眺め。
一昨年だったか、あそこでオフ会を開こうとしたら予約満席で入れなかった出来事が思いだされました。

 
 


恩師という言葉を

想い浮かべ

恩 感謝 を伝えたい人を
思い出していました。

私はいまでこそ、人前で講義したり、誰とでも話すことができるようになりましたが、小さな頃は、極端な引込思案で内弁慶な子供でした。
だから、宿題をやってきた人! と言われても、やっているのに手をあげなかったり、言いたいことも言えずに、一人ぼっちでいることが多い暗い子供でした。
劣等感の固まりでした。
小学一年の時の女性の担任には、はっきりと、私はこういう融通がきかない、何を考えているかわからない子供は嫌いなんです! と言われたくらい涙
これ今の時代ならかなりの問題発言ですよね。
 
ところが、学年が変わって、大橋先生という男の先生になった時、はじめて、今までにないくらい褒めてもらえました。
みんながやり残した掃除を黙ってしていたりすると、
やあ、すごいな。気遣いが素晴らしいよ。
と言ってくださったり、具合が悪い子が嘔吐したとき、背中をさすっていたら、
ナイチンゲールになれるよ。
とにこやかに言ってくれたり、なによりも、大橋先生に教えられたことは、言葉の素晴らしさと文章を書く喜びです。
私は頭も悪かったし、全てにおいて劣等感だらけだったのに、ある日、作文を選んでくださり、
着目点が人と違うことを誇りに想いなさい、
と文章を書くときの文章の組み立てかた、言葉の選び方など本当に丁寧に放課後に教えてくださいました。
みんな、笑っちゃうかな?
そのとき書いた野毛山動物園の作文は神奈川県で優秀賞を取りました。
これが私のたったひとつの勲章かな(笑)
大橋先生はいつも変わらぬ態度に笑顔でした。
その後私は転校し、大橋先生とも連絡は取れなくなってしまいましたが、私にはじめて自信と笑顔の素晴らしさを教えてくださった恩師です。
探しだせるならば探して、心からお礼をいいたい気持ちです。
 
大橋先生に教えて頂いた文章を書く喜びや表現する喜びは今も心の支えです。
褒めて育てる。
笑顔で見守る。
個性を伸ばす。
教師として一番に大切なことを実行なさった先生でした。
今もお元気かな。
浦島小学校、私の大切な思い出の詰まった学校です。

プリザーブドフラワーは、次の講座でリースに香りをつけるというテーマで見本に作ってみました。
私が教えているのは、大人の生徒さんですが、大橋先生のように個性を大切に心を汲めるような、そんな人間関係を作っていけるように目標にしたいです。
 




(『大橋先生』
2010/09/08 23:54↑
 
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 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 

http://www.youtube.com/watch?v=4QpNrSvHA_w&fmt=18↑)
 
 


 はずかしながら。

 わたくしが、作詞・作曲をした歌が、この世に存在していたりします。

 存在しているだけです、流通はしていません。

 そんなこと言ったら、おれにだって、わたしにだってと仰るかたがいるでしょうか?

 一応、my song は、自分以外にその存在を知っている人がいちゃったりします。

 そういう意味で、この世に “存在して” います。“認識されて” いる、と言い換えてもいいかもしれません。

 なんとなく、こはずかしいものですね。いわゆる『真夜中に書いた手紙』でも読まれているようで...。

 存在するって、こっぱずかしいものなのでしょうか。認識されるって...。 生きるって...。(以下略)



 さて、先日、友人のライヴを観賞しに行きました。その友人のライヴを観るのは、かなり、ひさしぶりでした。

 なんとなく、なんにも言わないでいきなりライヴを観に訪ねて行って驚かせてみようと思ったのですが。

 わたしのほうが逆に驚かされました。

 その、わたしが作った歌をいきなりうたいはじめたからです。

 最初は、なんの曲か分かりませんでした。なぜなら、旋律が違っていたからです。

 けれど、詞は、わたしが書いた(存在させた・認識させた)そのままの、一字一句変わらないものでした。

 人は、予測もできないことが起こると言葉を失うものなのでしょうか。

 それまでノリノリでライヴを観ていたわたくしでしたが、思わず顔をそむけ、黙り込んでしまいました。

 で、そのまま何事もなく、次の曲へ行ってくれれば良いのに。友人ときたら、その歌の成り立ちを説明しはじめてしまいました。

「さっきの曲は、今そこにいる○○○○(私の名前)さんが書いた曲……の詞だけを頂戴して、勝手におれなりのメロディーをつけました。べつに○○さんの曲がだめってことじゃないんだけど。自分でうたう歌は、自分のメロディーでうたいたかったのでそうしました」

 とかなんとか。

 いやあ、あせりますね。なんの予告もなく、心の準備もなく、自分の隠された過去を暴かれたようで、ひさしぶりに冷や汗をかきました。しかも、びっくりさせようと思った相手に 100倍にして返されたようで。やられたという気持ちでいっぱいでございます...。

 ところで、一緒にそのライヴを観に行っていた女性の友人から、

「勝手に曲を変えられたりして。いいの?」

 と聞かれました。

 ふむ。たしかに、ちょっと考えると、失礼な ...ということなのですかね?

 でも、なんとも思いませんでした、いえ、むしろうれしく思いました。

 よく、メロディーだけもらって、詞は自分のオリジナルでうたう、というのは聞いたことがあるような気がします。が、その逆、というのは、めずらしいような気がします。

 曲じゃなくて、詞なんだ、というのが意外でもあり、また、だからこそうれしかったのかもしれません。

 わたくしの場合、特にその歌に関しては、一番伝えたいところは、詞です。その詞をうたいたいが為に曲をつけました。ええ、若かりしころ。ああ、はずかし。

 ですから、その歌に関しては、詞を伝える為に、メロディーが、あります。

 もし、詞が大切な荷物だとしたら、メロディーは、それを載せて運ぶ乗り物のようなものなのです。
(で、歌い手は、その乗り物を運転する運転手?)
 まあ、ですから、乗り物がなんであろうと、わたしの伝えたかったこと(=詞)が運ばれてゆけば、それで十分だ、と思うのです。
 伝達方法は違えども、詞は、運ばれてゆくのです。
 そして、日々は続いてゆくのです。
 そんな、秋晴れのある日の出来事でございました。
 # ほんとはね、詞と旋律とが一体となった、もう、それ以外の組み合わせも、それ以上の組み合わせも考えられない楽曲 ...というのが理想形なんでしょうか?
 




(『I'm Your Vehicle, Baby』
2010/10/01 19:51↑
 
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 奈桜(nao)サン(32357395)の日記。
 承諾を得て転載しました。
 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm12617254↑
http://www.youtube.com/watch?v=eimjmlWiP9I)
 
 


彼女のことをよく考える。
どんな気持ちだろうと思ってみるけど、想像しきれない。

飛んでいきたい
違法トンネルをくぐってでも行きたい
ただ、会いたい・・。

そんな、言葉にも もうできないほどの切望、
そして毎日突きつけられる現実に絶望、
それでも家族との対話を欠かさず・・

ガザと日本とのギャップ。
日本社会にあって一人だけこころがガザにある孤独。
ガザの家族とともに生きているのに一人だけ日本にいる孤独。
日々は過ぎていく。葛藤、希望、絶望の繰り返し。


一度お会いしたことがある。おっとりとしているのにお茶目、とても可愛らしい声の人だった。側にいるだけで癒されるようで、もっとたくさん話が聞きたかった。

その後起こったあの2008年から9年にかけての「ガザ紛争」のとき
離れたままでいる家族の身に、いつ何が起こるか分からない状態で・・

いや、その時の話はいまは止めておこう。
私がいまここで話すべきではないような気がする。


それより、私がお伝えしたかったこと、いや彼女から下のニュースを通して受け取ったメッセージは、人生は続くということ。

どんな状況にあっても、どんな経験をしても、命のある限り人生は続く。

人生の続く限り人は生きる。

彼女が元気でいる姿を見ることができて嬉しかったのと、
着実に何かをやっていく実行力に感心感動感銘感服・・・なんて言ったらいいんだろう?

早速飛んでいってすごいねーがんばってるねーよかったねーえらいねーごめんねー

って言いたい。


http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/201865


彼女は例え一人の力でもパレスチナを占領から開放させようと努力するだろう。
ガザの封鎖を解けと一人でも訴え続けるだろう。

パレスチナに関する講演会や報告会がもっと手軽に開けるような場所が必要で、それを自分で作っちゃったんだろうと思う。

イベントのない時でもみんなが集まれるような、少しずつでも、一人ずつにでも何かを伝えられるような、そういう場所にしたいんだろう。
とっても彼女らしい。

カフェは彼女が仕事の休みの日にだけオープンするようだ。

前もって電話をするようになっているらしい。

彼女の健康と家族との再会と、パレスチナの解放、すべてうまく行きますように、祈るばかり。
 




(『飛んでいきたい』
2010/10/07 18:35↑
 
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エルサレム在住、ある友人の日記。
承諾を得て転載しました。
 
2010/10/06 西日本新聞朝刊
『パレスチナのブックカフェ開店へ 早良区の藤永さん』
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/201865↓
 
> 中東のパレスチナに関する書籍を中心にそろえたブックカフェ「ヤスミン・ライブラリー」が24日、福岡市早良区西新にオープンする。店を開くのは、パレスチナ人の夫(38)を持つ同区の会社員、藤永香織さん(39)。夫ら家族8人はパレスチナにいるが、イスラエルによる封鎖で会えない日々が続く。藤永さんは「パレスチナを幅広い視点で知ってほしい」と、個人で集めた約200冊を同店で公開する。
> 藤永さんは大学時代にイスラエルやパレスチナを訪問。卒業後の1997年から2年間、パレスチナ自治区のガザ地区にある障害者施設でボランティアをした。2001年に結婚したが、イスラエルから配偶者ビザが発給されず、観光ビザでガザに滞在していた。
> 反イスラエル闘争が激しくなるにつれ、イスラエルはガザ封鎖を強化。藤永さんはエジプトで夫と面会していたが、06年を最後に会えていない。家族と暮らしたのは通算でも8カ月ほどという。
> 藤永さんは、パレスチナの取材経験があるジャーナリストを福岡に招いて講演会を開催している。だが、「継続的にパレスチナのことを伝えることが必要」と考え、同店の開設を決めた。
> 店は西新4丁目のマンションの一室。店名は、パレスチナでの藤永さんの愛称で、アラビア語で「ジャスミン」の意味。
> 書籍はパレスチナだけでなく、イスラエルやイスラム教に関する専門書、滞在記など幅広い。また、現地のオリーブオイルやハーブを販売し、アラビア語教室も開く。
> 1日1回、夫と電話で話す藤永さん。夫はアラビア語教室の開講を喜んでくれたという。藤永さんは「気軽に店に立ち寄ってほしい。そして、パレスチナに行きたいと考える人が一人でも増えてくれたら」と期待する。
> 開店時間は土曜・日曜・祝日の午後1‐9時。
 

http://m.youtube.com/watch?v=XeoKpuc6WwI)
 
 


数年前、まだ体と心が調子良く元気だった頃は私もフルタイムで働いていた。

普通にお金ももらっていたので、毎日のように色々なものを購入していた。

洋服、化粧品、食べ物、雑貨、雑誌類…。そのどれもが私にはなくてはならないもので、なくなると急に不安を覚え常に絶やさないようにしていた。

今年に入って病状が悪くなり、今までのように働けなくなってしまった。

当然お給料も激減した。

当初私は途方に暮れ、これから一体どうやって生活していこうか悩みあぐねた。

不安で仕方なかった。しかし現状は変わらない。

何とか今できる簡単な仕事を見つけ、その中ですべてやりくりしていくしかなかった。

それから約7ヶ月が経ったが、当初感じていた不安はなくなりなかなか満足のいく生活をしている。

もし私の人生でこれだけは必要なものは何かと聞かれたら、お茶と本だと答えるだろう。

お茶を飲みながら本を読んでいる時、不思議と充足感で満たされ「私の人生、これさえあれば満足に過ごしてゆける」と思えるのである。

そしてお金があった時私は一体なぜあんなにたくさんの物を欲し、それがないと生きていけないとまで思い込み、なぜ目の色変えてそれらを保持しようとしていたのだろうと愕然とした。

私は一体何がしたかったのだろう。何にとらわれていたのだろう。

何もかも削ぎ落とす心地良さというものがある。

以前必要としていてそれがないと生きていけないとまで思い込んでいたものが、実は本当は必要でなかったということがある。

本当はたいして必要としていなかったものに対して、目の色を変えてそれらを死守していた私の心は、それに対する執着がびっしりとこびりついていた。

そしてそれがないと自分はだめになってしまうのではないかと、自分の存在価値が失われてしまうのではないかと思い詰めるまでに、自分自身に対して自信がなかった。

それらへの執着を放し、大量のものから心を自由にすることで、執着でがんじがらめになっていた心が自由になった。

「真我」と呼ばれるように、私が私を織り成す最も元の部分、私という存在の中核の部分、私が私たる所以の部分が剥き出しになって現れ、その素のままの自分でこの世に立たされている清々しさ、晴れやかさに驚いた。

何も持たない私を、周囲の人は前と全く変わらず受け入れてくれた。

ありのままの自分が他人から認められたようで心から嬉しかった。

心の健やかな発展を押さえ込んでしまう重い装飾、自分を飾り立てようとする我も執着とともに降ろすことができた気がした。




 
(『シンプル 〜その1』
2010/10/20 14:07↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓
 
ある人(8120264)の日記。
承諾を得て転載。
 

http://m.youtube.com/watch?v=u_3dYnTtO6Y↑)
 
 


夫から「ボランティア便り」が届いた。
夫の了解なく公開(笑)

夫は一昨日から被災地の瓦礫処理などの手伝いをするために石巻へ行っている。
所属するなんちゃらいうスポーツ系組織で誘われたらしい。
総勢5人でワンボックスカーで出かけ
被災しなかった地区の民宿に泊まり(もちろん自腹で)
朝食と夕食は民宿で
昼食はボランティアのための食事作りボランティアが用意してくれるらしい。


 ・・・・・・・・・・・


ボランティア便り?

昨日の夜10時に松島の目の前にある宿舎の旅館に到着。
あまりに海の近くなのにビックリ。

今朝食後8時に旅館出発、石巻を目指すも渋滞して9時過ぎ到着。
石巻は全国屈指の魚の加工、輸入集積の基地だそうだ。
この石巻で当地ならではのハードなボランティアを10時より開始。
それは港近くにある中堅水産物会社の破壊された冷凍庫に放置された、
千五百トンにもなる魚(カキ、カレイ、鮭、穴子、ホッケ)などを
梱包材と中身に区分し廃棄する作業。

冷凍庫の破壊から一ヶ月たって
やっと在庫品の処理まで手が回るようになって
まず一番に手をつけたようだ。

物は溶けかかり始めたところで
かなり臭いが、まだ良いほう。
これから気温が上がればその悪臭は想像できないくらいだろう。

後10日もすると悲惨な状態になると思われる。
会社の人の説明によると後2,3ヶ月はかかるそうだ。
ちなみに今日の処理は十数人で25トンだった。

同じような会社が2百社。
だからおおよそ千トン×2百の廃棄水産物ということになる。
この会社だけで時価四億円の損害。

明日もおなじ作業の予定。
廃棄水産物は岸から百キロメートルぐらい運び海洋投棄するそうだ。


 ・・・・・・・・・・・


ううむ。
かなりすごいことになってるんだね。
あまり想像したくないような状況だけど
千トン×2百の廃棄水産物・・・
この会社だけで時価四億円の損害・・・
なんて聞くと気の毒で言葉もない。

復興支援しなくちゃね。

ボランティア便り?ってことは
その?も来るかな。
来たらまた公開するね。

夫は63歳だけれど、メンバーの中には70歳の人もいるとのこと。
スポーツで鍛えてるとはいえ
それはそれですごいね。




 
(『夫からのボランティア便り?』
2011/04/26 02:20↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓
 
ある人の日記。
承諾を得て転載。
 
http://www.youtube.com/watch?v=Hj58NpanX3g
 
PC:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD
CP:http://bbgate.froute.jp/pc2m/?_ucb_u=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD
 
東日本大震災について多くの詳しい報道・逸話にふれて、涙を零しました。
ただ。
これまで世界の様々な過酷な報道・逸話にふれても、これほどには同情できなかった鈍さに、改めて恥ずかしくも感じています。
もし親近感が薄くても、自身に起こったように想像力をもっと鍛えなくては、この今の世界を認識してゆくことにならない。
 
http://www.youtube.com/watch?v=w3AdFjklR50)
 
「ロバート空間4号」

何もかも無くなった時代
ただ乾いた笑いに飢えていた
食卓の上には生きた蛙
猫を抱きながら、蛙を茹でる

どうせ死ぬのなら笑いが欲しい
時計は左回りが流行だ
自動車は凹ませるのがファッション
ダダはそこに生まれ
ダダはそこにある

反社会的などというレッテルは糞
生きのびたことへの讃歌
煙草に火をつけたら
それは花火だった

ここはパリ
日本のパリ
パリとは何かという問いなど許さない
意味を求めることは許可しない
そういう偶像が廃墟を作ったのだ

廃墟を飾ろう
廃墟を生きよう
生産システムに蓋をしよう
それよりも焼き菓子だ
どろどろしたコーヒーだ

聖地はゴミ焼却場
すべてを灰にしてしまえ

戦車も
軍服も
自動小銃も

汚い海で泳ごう
泳いでいるのは汚い体だ
砂浜には花柄のビニールシート
散乱する酒の瓶

ビルの鍵はどれも壊れている
お前の頭も壊れている
俺の頭も

7種類の薬を飲む男
映画にはならなかった
あのロバート劇場で
主役はロバート

ありふれた名前はありふれている
名前よりもあだ名が大切だ
名前は国家が独占する

味な男は魚を食べる
魚は鯵に限る
アジアジ

女は脱げ
裸になれ
ただし美しい女に限る
そして恥らえ

この世界に名誉などない
この世界に価値などない

あるのは純粋感情
そして純粋欲望

不自然な動物
ダダはただそこにある
ダダは今も生きている

不死
それがダダ

http://novel.fc2.com/novel.php?mode=tc&nid=167452
 
自転車をこぐ制服、傘がない。

ラジオから雨の曲がずっと流れてる。
 
 
「ありがとう、アンパンマン!」


“アンパンマンのかたちの雲がマジですごいと話題”

ある Twitterユーザーが撮影した「アンパンマンのかたちの雲」がインターネット上で話題になっています。
「まるで天国のやなせたかしさんに会いに行くようだ」と感動を呼んでいます。

この写真を撮影したのは、Twitterネーム「katoa2c」さん。
「katoa2c」さんは昨年 8月、自宅マンション前で空を見上げたとき、おもしろいかたちの雲が浮かんでいるのを発見しました。
「スーパーマンっぽいポーズで空を飛んでいる人みたいだな」と思い、なんとなく写真に収めたといいます。
それを友人に見せたところ、「アンパンマンみたいだね」と言われたとのこと。

今回、その友人からのリクエストで Twitter上に写真を投稿したところ、大きな注目を集めることに。
Twitter 上では、次のような声が上がっています。
「これマジでアンパンマンに見えるな……」
「本当にアンパンマンの形だった!」
「本当だ、すごーい!!!」
「想像以上にあんぱんむんだった」
「おーミラクル」
「感動した」
「ヤバい朝から泣いたわ」
「ありがとう、アンパンマン!」
「ご冥福をお祈りします」

10月13日、94歳で亡くなったアンパンマンの生みの親、やなせたかしさん。
この写真の“アンパンマン雲”は、天国へ旅立ったやなせさんにみんなの「ありがとう」を伝えてくれようとしているみたい。
たくさんの元気と勇気を与えてくれて、そして生きる喜びを教えてくれて、本当にありがとうございました!

夢野うさぎ
2013/10/18-13:00 Pouch
http://youpouch.com/2013/10/18/138972/


やなせたかし
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%AA%E3%81%9B%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%81%97 (CP:http://zhp.jp/zEQQ )

アンパンマンのマーチ
http://youtube.com/results?q=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3+%E6%AD%8C%E8%A9%9E
 
世界は複雑で美しいのに、人はそれを容易に見落としてしまう。
その複雑さを見つけることでその心は豊かになり、創造意欲が湧いてくるはず。
そんな自分の中の創造的な部分を引き出す、感じられる空間を作りたい。

http://twtr.jp/miyasan_bot/status/409608552739663872

le vent se leve http://mixi.jp/view_community.pl?id=2825616
 
 ありがとう。

http://mixi.jp/view_bbs_comment.pl?comment_number=061&bbs_id=14503467
http://hatenanews.com/articles/201103/2881
 

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