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廃村コミュの福井県の廃村

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●私が確認した福井県の「学校跡を有する廃村」(学校の所在は昭和34年,高度過疎集落を含む)は31ヶ所です。
 ※ '05年6月5日初版作成
 ※ へき地校の数 =69校

・福井県には,旧西谷村,旧上穴馬村という,2つの自治体規模の廃村があります。全国で7つということを考えると大きな割合です。あと,県北の勝山市に7つの廃村が集中していることが注目されます。
・福井県内にはへき地4級校が3つ(大野市小池,旧西谷村温見,今庄町大河内)ありましたが,3集落はすべて廃村となっています。
・最大規模の廃村は,西谷村の村役場があった中島です(児童数 176名)。西谷村は,昭和40年9月の奥越集中豪雨をきっかけにして廃村(自治体規模)となりました。
・ダム関係の廃村は,九頭竜ダム=和泉村下半原・荷暮・東市布・大谷・久沢・中伊勢(旧上穴馬村),真名川ダム=大野市中島・巣原(旧西谷村)・下若生子,石徹白ダム=和泉村小谷堂,広野ダム=今庄町岩谷・大河内の計12集落(計4ダム)です。
・福井県には,和泉村面谷(Omodani)という鉱山系の廃村がありますが,閉鉱時期(同時に閉村)が大正11年(1922年)と古いため,リストには入っていません。

コメント(25)

福井県の鉱山系廃村の代表格として,和泉村(旧上穴馬村)面谷(Omodani)があります。
面谷鉱山(主要鉱物は銅)には1000年近い歴史があり,江戸時代には大野藩の財政を支えたといいます。
明治期には,経営が三菱の手に移り,最盛期には600戸・3000人の規模がありました。
閉鉱(同時に閉村)は1922年(大正11年)ですから,もう80年以上前のことです。
「廃村」リストへの掲載は,「昭和34年の時点で小学校(分校・冬季分校を含む)がある」が条件ですので,面谷はリストには入っていません。
現在は旧上穴馬村自体が自治体規模の廃村となっています。
福井県嶺南地方の学校跡を有する廃村は,名田庄村の出合だけのようです。
旧出合小学校校区は,出合,挙原,永谷と3つの集落が廃村となっています。
京阪神など,日帰り圏内のかたにはオススメです。
#情報の集約のため,こちらにもアップしました(^^;)
>e-konさま
 小浜市上根来(かみねごり)は,ゼンリンの地図2004年半によると住居17戸でした。
 しかし,山の中にポツンとあって,お寺も神社もあるので,風情がありそうです。
 上根来−中ノ畑間の建物は,小学校跡で間違いなさそうです。
 上根来小学校の昭和34年の規模は2クラス35名(へき地等級1級)でした。

昨日アップした名田庄村出合は,上根来や滋賀県朽木村小入谷とは
山を隔てて隣村ですが,
クルマだと相当回りこまなければいけませんね…
>HEYANEKO様

やはり上根来〜中ノ畑間の建物は学校だったのですね。私は現在のところ滋賀県のことだけでアップアップ状態なのですが、こういった過疎地域の建物は一冬ごとに形を変えていってしまいます。そういうことから考えると、記録だけでもどんどん残しておかなければ、なんて思います。

滋賀県から『上根来』へは林道に頼るしかありません。それが通行止めになると・・・でもゆっくりと大回りしながら、山間の集落散策などもいいのかもしれませんね。もっと落ち着いてゆったりと行動したいものです・・・
久々に福井県の、
1)和泉村面谷(面谷鉱山跡)
2)大野市上大納 中竜鉱山跡(アドベンチャーランド中竜)
3)熊河(kumanoko)
4)大野市温見(nukumi)
欲張りですが回ってきました(時間が足りません)
※岐阜県側の大河原、黒津、越波は別で。。。

1)
鉱山跡の崩壊が進んでいるようです。
登山客の車が10台以上ありました。荷暮のように人が戻ってくることは無いようです

2)
11月末にアドベンチャーランド中竜が閉園するとのことで再訪してきました。
鉱山施設尾殆どが撤去され、寂しい雰囲気です
この施設がなくなると、”大納小学校”の建物を利用した舞茸工場ぐらいしかなく、病院、郵便局もありません。自治体としての機能、産業が無くなるわけで、過疎化が進むと思われます

3)
HEYANEKO様のHPでも紹介されているところですが、2件ほど新しい家ができていました
※小屋よりもちゃんと作られていて大きく、でも新築ではない。
永住っぽかったです(時間が無く住民の方とお話できませんでした)

4)
こちらは新築の家、移築っぽい家が5件ほどできています
季節の良いときだけ住んでいるという雰囲気では無いようです

廃村ブームというか田舎(というかへき地ですね)に住もうとしておられる方が増えているようです
とはいえ豪雪地帯ですので、冬季には都会に戻られると思うのですが。。。
岐阜県徳山村近辺(門入、塚など)と類似した現象が見られました。

アドベンチャーランド中竜の売店の中に昭和30年ごろの大野市(西は中島 東は上半原)全体の
航空写真が展示されており、現在あるダムが無く、代わりに集落が写っていました(デジカメで撮りましたが、ずべてピンボケでNG)
この写真、欲しかったです(^_^;)
>zinzinさま
 面谷は鉱山町で,閉山は大正11年ですから
 住民が戻られるということは,まずありえないと思われます。
 荷暮や伊勢は人気があるのに対し,伝え聞いたところによると
 久沢には,ほとんど何も残っていないとのこと。
 地図では同じように見える集落跡ですが,
 訪ねてみるとそれぞれに異なる風景を見ることができますね(^_^;)

 R.157の除雪は真那姫湖までなので,
 熊河,温見には冬季は立ち入ることができません。
 R.157といえば,岐阜県側ですが,私も昨日旧根尾村内を走りました。
 黒津−能郷の「落ちたら死ぬ」区間は,通行止でしたか?
面谷の閉山時期が対象となると、当時の人達が戻って生活というのはあまりにも酷な年齢という事もあるのかもしれませんね 荷暮の山ひとつ西側だけなのに。

>熊河,温見には冬季は立ち入ることができません。
エラくりっぱな家が建っていましたので何でだろう?おかしいなぁと思っていましたが、やはり雪が無い時だけの家でしたか

しかし仮住まいとしては立派なので、離村後成功した方なのかもしれませんね。手作りではないぐらいの立派なログハウスもありました。

余生をあのように過ごしたいものです(^_^;)

>黒津−能郷の「落ちたら死ぬ」区間。。。
はい、しっかり通行止めでした。ですので越波経由で帰路となりました。
つまり、廃村めぐりでおなか一杯です(笑)
先月10日(土)、福井県旧今庄町の廃村 板取に行きました。
板取集落は、下板取(今庄寄り)と上板取(1kmほど上手で関所があった)に分かれます。
過疎のため昭和50年に一度無人となったのですが、
その後家並み保存のために自治体(おそらく福井県)が入居者を募り、
現在の戸数は2戸、リストでは高度過疎集落として扱っています。

大阪から今庄まで電車で出かけて、サイクリングターミナルでマウンテンバイクを借りて、
板取まで10kmほどの道のりを往復しました。
休憩を入れて行きは2時間近くかかりましたが、帰りは30分ほどでした(^_^.)
分校の敷地は国道の改良工事により、道路になってしまったとのことです。

●板取(Itadori) 福井県南条郡今庄町(南越前町)
  堺小学校板取分校
   へき地等級1級、児童数35名(S.34)、
   昭和41年休校、昭和47年閉校

写真1: 板取橋近くから撮った下板取集落の様子
 坂下から坂上の方向です。
 家はあるけれど、明らかに孫谷(手前の集落)とは違って、
 別宅もしくは作業小屋の雰囲気でした。

写真2: 下板取の神社(白山神社)
 参道にきれいに苔が生えているのが印象的でした。
 往時は、もうひとつ、下板取−上板取の間、
 分校の隣にもうひとつ神社があったようです。

写真3: 上板取に残る萱葺き屋根の家屋
 「板取の宿」として、宿場町の家並みが観光用に整備されています。
 萱葺き屋根の古い家屋に住まれている方とは、お会いできませんでした。
 代わりに絵を描くおばさんの集団と遭遇しました(^^;)
岩谷へ行ってきました。
学校跡こそわかりませんでしたが作業小屋が数軒あり、往時の家も数軒残っていました。往時の家はみな壊れかかっていましたが、それでも表札は埃を被る事無く真っ直ぐにきちんと掲げられていました。
 
1枚目
道路から川を挟んだ向こうに家々が立ち並びます。橋は一部板張りです。その先の道にはびっしりと苔のようなものが生え、全面緑色でした。
2枚目
道路側にある平に整地された敷地は草刈がしてあります。地形的に考えると学校跡はここかもしれません、こんな敷地は他にはありませんでした。擁壁も明らかに行政が作ったものだと思われますし。
奥の階段を登ってみましたがその先は既に自然に還っていて、あたりを見回しましたが人工物は見当たりませんでした。
3枚目
道路沿いのお地蔵さん。「大正四年」「岩谷氏子」の文字が刻まれています。
オマケです。学校跡を有する廃村には含まれませんが広野ダムに沈んだ二ツ家の離村記念碑がありました。
大河内へ続く道も途中まで行ってみましたが、オフロード車か徒歩であれば大河内の集落跡まで問題なく行けそうです(残念ながら我が家の車では無理そうなので引き返しましたが)。また轍もありますので人は現在も入っていると思われます。
大河内は来年の春徒歩で再チャレンジしようと思っています。
>ミナカミさん
 岩谷レポ、ありがとうございます。
 意外にたくさん家が残っているものなんですね〜(^_^.)
 「岩谷に分校跡の建物がある」は、下板取で出会ったおじさんからのローカル情報です。
 おじさんは、「キャンプ場の近くにある」と言っていました。
 岩谷で現地の方に尋ねることができたら、ベストなのですが・・・

 大河内も何か残っていそうですよね(^_^;)
 春になったら「今庄廃村探索隊」を結成するとか…(謎)
 マウンテンバイクという手段もありますよ!(爆)
>HEYANEKOさん

そうなんですよね〜分校跡の建物、地元の方の情報なだけに
あると思うんですけどね〜。
(廃?)キャンプ場の敷地も歩いてみたのですが
見つけられず、なんです。
 
もっともひとりきりで天候も気にしながら
「あ、クマ除けのスズ忘れた」+
私有地に付き立ち入り禁止の看板で
少々ビビリ気味の私はあまり沢山は歩けていません。

大河内は集落跡まで2・3kmというところまで舗装されています。
なので充分徒歩で行けそうです。
(今庄駅からレンタルサイクルじゃ辿り着けない〜〜〜)
春の今庄廃村探索隊の隊長はやっぱりHEYANEKOさんですよ!(笑)
ここではご無沙汰しております、滋賀のe-konです。
昨年の秋に、岩谷と大河内に行ってきました。

写真を見直してみたのですが、残念ながら岩谷の分校跡というのは確認できませんでした。もう少しじっくりと見てくればよかったと思っています。


大河内までの道はローダウンの車でなければ大丈夫だと思います。
昔からの家屋というのは、基礎のコンクリート部以外は残っていなかったように思います。廃村後しばらくして建てられたと思われる小屋があり、周辺には畑などもありましたので、季節のよい頃には元の住民の方が帰ってこれられているようです。ここだけけっこう広々とひらけており、日当たりなどもよい感じです。村の中央あたりの小高い山の中腹にポツンと鳥居が見えたので行こうと思ったのですが、結局道がわからずあきらめました。村を流れる川の上流部に見える山々や周辺の様子は、何となく門入を思い出したりもしました。

この地から見える県境の山々、この山を越えて遠い昔は美濃の国や近江の国との交流があったと聞きます。山から山へ渡り歩いた昔の人たちの存在のたくましさを感じたりします。

ちなみに、ダム周辺から高倉へ抜ける林道があるようですが、残念ながら工事中で行けませんでした。

写真の1枚目は岩谷、2枚めと3枚目は大河内です。
>e-konさま

情報をお寄せ下さり、また過去の写真も見直し下さりまして
誠にありがとうございます。 
ローダウンではないカルディナ号、
これは大河内、どうしても行きたくなりました。
(でも残念ながら本日よりR365栃の木峠通行止みたいですね)

そうですよね、山から山へと歩いていたのですよね。
そう考えるとマウンテンバイク無理〜なんて言っていられないのですが
本当に昔に暮らした方々の逞しさを感じずには居られません。

岩谷の分校の建物は現存するか否かも
もう一度訪れて確かめてみたいところです。
>ミナカミさん、e-konさん
 すいません。時間切れなので、定形の情報だけ貼り付けておきますね(^^.)

●岩谷(Iwaya) 福井県南条郡南越前町(旧今庄町)
    堺東小学校岩谷分校、へき地等級3級、児童数6名(S.34)、
     昭和40年閉校

●大河内(Ookouchi) 福井県南条郡南越前町(旧今庄町)
    堺東小学校大河内分校、へき地等級4級、児童数9名(S.34)、
     昭和40年閉校
ウェブマッピングシステムという便利なものを忘れていました。
せっかくなので昭和50年の岩谷を見てみました。

私が車を停めたところはこのころから空き地でした。^^;
上空から見る限りコレが分校!と明らかにわかる建物はないのですが
取り壊された建物も少ないので、もしかしてもしかすると
やはりまだ残っているのかもしれません。
 
来年の春が楽しみです。
連投スミマセン、ミナカミです。
岩谷の件、web検索でこんな文章を見つけました。
 
"夜叉ケ池の大自然に囲まれたなかで、アウトドアライフを満喫できるスポットとして〈夜叉ケ池青少年旅行村〉があります。ここにはキャンプ場をはじめ、夜叉ケ池にも通じている遊歩道、ハイキングコースがあり、毎年山菜摘みや渓流釣り、バーベキューなどを楽しむ多くの人たちでにぎわっています。
 また、旅行村の少し手前にはすでに廃村となった岩谷の集落があり、古い家屋が何軒か残されています。かつての分教場(学校)も山小屋として改築され、登山者たちに開放されています。"
『川と暮らすまちを訪ねて〜福井県今庄町 かわの情報誌さらさ冬2001』より抜粋
(国土交通省近畿地方整備局河川部の旧HPのようです)
http://www.kkr.mlit.go.jp/river/river_old/sarasa/kawa_mati/km_13.html#top
 
旅行村はネット検索しても公式HP等々に当たらないのでやはり既に廃キャンプ場のようですが、分校が山小屋として解放されていたのは少々驚きです。
こんばんは、ミナカミ様、HEYANEKO様

岩谷の分校‥以前撮影した写真を今一度見直してみましたが、普通の家屋と少し雰囲気が違うものが一つあります。これがひょっとして山小屋に生まれ変わったかつての学校かもしれません。とは言いましても全く勝手な想像ですので真偽は???です。

大河内にも分校があったのですね。これはおそらく何も残っていないものと思われます。そういえばこれらの分校の本校となる堺東小学校、ご存知かと思いますが今は宿泊施設になっています。私も何度か泊まったことがあります。立派な設備など望むことはできませんが、何か素朴でホッとする感じでした。

写真は、岩谷の「もしかして山小屋(分校)?」と思った建物です。
>ミナカミさん、e-konさん
 学校跡が山小屋として活用された例、他に新潟県旧下田村吉ヶ平、
 北海道浦河町女名春別に心あたりがあります。

 検索すると、下記URLに吉ヶ平分校の画像が出てきましたが、
 今は山荘としては使われていないかもしれませんね
  http://www.pref.niigata.jp/furusato/ouen/200706_d_vol1.html

 ●吉ヶ平(Yoshigahira) 新潟県三条市(旧南蒲原郡下田村)
    森町小学校吉ヶ平分校、へき地等級3級、児童数26名(S.34)、
    昭和46年休校、昭和48年閉校

 女名春別の学校跡の山荘跡は、きたたびさんが昨年あたりに目指されて、
 行きつけなかったような記憶があるのですが…

 ●女名春別(Menashunbetsu) 北海道浦河郡浦河町
    女名春別小学校、へき地等級5級、児童数21名(S.34)、
    昭和41年閉校

広野ダムの近辺の廃村、もうひとつ、桝谷には冬季分校がありました。
「今庄町誌」に載っていた情報です。
しかし「へき地学校名簿」には、福井県の冬季分校の掲載がなく、
その全容は不明です。

 ●桝谷(Masudani) 福井県南条郡南越前町(旧今庄町)
    堺東小学校桝谷冬季分校、へき地等級不明、児童数不明、
    閉校年不明

福井県教育庁の義務教育課の方に、そのことを尋ねて
勧めていただいた福井県立図書館のホームページで、蔵書検索をしたところ、
興味のある書籍が出てきました。

 書名   :[福井県]学校名簿 昭和42年4月1日現在
著者名  :福井県教育委員会総務課/編
出版者  :福井県教育委員会
出版年  :1967.0
件名   :学校−名簿

この書籍に、冬季分校の様子が載っていたらラッキーなのですが…
どなたか、福井の図書館まで出向ける方いましたら、是非チェックしてみて
くださいまし(^^;)
本日、月例(4月1日)の更新で、Webに一昨年11月、南越前町(旧今庄町)板取を
訪ねたときのレポートをアップしました。
  http://www.din.or.jp/~heyaneko/

旅籠町の廃校廃村は、全国で5ヶ所。
そのうち愛媛県西条市今宮、長野県飯田市大平、三重県飯南町峠はすでに訪ねており、
板取は4ヶ所目です。
この際なので、残り1ヶ所(福島県福島市大滝)も回ってしまおうかとも
思えるところです(^_^;)

旅籠町の廃村は、旅人には取っ付きやすくてよいのですが、
廃村という現象を考えると、特殊な例と考えたほうがよさそうです。
画像は、今庄宿の甲造りの古民家(旅籠跡)です。
1日(土)、月例の更新で、「廃村(5)」福井県のデータをアップしました。
  http://www.din.or.jp/~heyaneko/

 画像1:福井県大野市(旧西谷村)の廃村 中島の離村記念碑
    (2000年5月) ※ 2010年4月にスキャンしたもの
 画像2: 同
     ※ 撮ってすぐにスキャンしたもの

「廃村(1)」で、徳山村・西谷村をじっくり回ったのは
ちょうど10年前になります。
想像通り、10年経ってもずっと廃村の調べ物、
続けています(^^)
>>[5] zinzin様

 何年も前のコメントに対し「今さら」な感じがありますが、最近福井に行く機会がありましたので、何かの参考になればと思います。

1)面谷
 比較的最近整備されたようで、集落跡(居住地区)は非常に歩きやすくなっていました。除伐された灌木がよけてあったり、穴という穴が板で塞がれていたり、また市(?)が立てた「順路」「屋敷跡」などといった看板もまだきれいでした。地元の歴史を忘れさせまいと、市が整備する運びになったのかもしれませんね。なお対岸の施設群の跡は、手付かずで荒涼としています。
(写真1枚目:集落跡に立てられた看板)

3)熊河
 私の職場の先輩が、この地に少なからず縁のある人です。先輩の話では、近年まで元住民が畑を作っていたということなので、zinzin様が見た建物はその関係かもしれません。
(写真2枚目:集落跡を俯瞰)

4)温見
 私の訪問時も、人の営みがあり生活感がありました。ここの方の話によると、9組の元住民が時々戻ってきたり、夏期に暮らしたりするそうです。
(写真3枚目:集落の神社跡)

 蛇足ですが、真那姫湖青少年旅行村(大野市中島)付近に周囲数集落の往時の住宅地図・屋号および関連施設の写真・集落の航空写真等が掲示されています。各集落の背景を知る上で、役に立つかもしれません。
 以上報告までに。

 (影)
本日このコミュに参加した者です。
上のほうで話題になっている上根来、私は何度も通りました。
まだ数戸が居住しているので廃村にはなっていないのですが、かなりの廃屋が立ち並んでおります。
そして上根来の廃校。
荒れ果てておらず、草も刈られている所を見ると、何かの施設として利用されているのでしょう。
北海道の祖先をたどって行くと大野郡西谷村巣原にいきつきました。
さすがにここから先は難しいです。とても良いコミを発見して良かったです。

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