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M8コミュのM8がらみの過去日記

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植え替え

Kayoさんから届いたCDを聞いていた。
自分が一番せっかちでとんがってた頃のことが自然と思い出されてきた。
ほろアオ苦い気分になりはじめたところでタイミング良くY崎氏が遊びに来た。
おみやげに「これがウマイんだあ!」と言ってしろくま(かき氷)を買ってきてくれた。
飼っているフェレット2匹が足下で追っかけっこをしている。
しばらく2人でお茶飲みながらボ〜ッとKayoさんのCDを聞いていた。
「いいね」「でしょ?」「うん、いいよ」
なぜか僕らが学生時代だった頃のような気分になりニヤニヤしだすとY崎氏もなんとなく笑っている。
2人でタバコを吸いはじめた。
こないだの誕生日から禁煙してたんだけど、あんまり自然にすすめられたので一本吸い終わる頃に禁煙中だったことをやっと思い出す。
Y崎氏は昼下がりの蒸し暑いベランダに出るとハーブを見ながら「だいぶ育ったね〜」「でしょ?」「そろそろ鉢大きくしてあげたほうがいいんじゃない?」「そろそろ、そうですね。」「で、進んでるの?」「あれですか。」
アニメ用のラフやらなにやら制作途中のものを見てもらう。
「曲どれ使ってもイイから。イメージにあうものを新しく創ってもいいし。」「心強いです。」
Y崎氏は「じゃあ、楽しみに待ってるから!」と言って帰ってしまう。

まずは窮屈そうな鉢の植え替えからはじめよう。



2004年03月31日(水)

シンプル

学生時代を共にバカやって過ごした仲間のハベ氏から電話。
ちょっと前にもキャラクターの仕事を紹介してくれた。
お互いの仲間であるY崎氏のとこへいっしょに遊びに行こうと話す。

学生時代の仲間の中でも自分の置き場所をちゃんと見つけられてる人ばかりじゃないことを話した。

あるネットで成功した起業家の書いた本の書評に『目標に貪欲になりたいなら、プロセスはシンプルにしなさい』とあった。...が、その持続が非常に難しいのではないか?
スノッブの語る仕事術の徹底をさせるというのが、普通に出来そうでなかなか...

だれもがホントは自分の色を自覚しながらやっていきたいにきまってるさ。
それがその人にとっていちばんシンプルだから。

どんなにさらけだしてるつもりでも、やっぱり自分の都合のイイようにしか語れない。
たとえやさしいだれかに相談できて、納得できる親身なアドバイスももらえたってその通りにする人間なんていやしない。みんな結局自分の思うように生きてる。答えを外に求めようとする限りはやっぱり自分の都合のイイように解釈し、浅い実感の中でその気になることしかできない。
それをも見抜ける人にはサーモスタットが働いて近寄れなくなる。
そのまま無意識にぬるい環境をもとめてごろごろ転がるだけでいいのかよ...ってね。

素直が大事、なにもできない皮肉屋にはなりたくないのにさ。
もしかして自分で自分のことを必要以上に自己限定してるんじゃないだろうか。なにをいろんなことに卑下してるんだろ。いったいなにと比べてるんだろ。

全部自分の中にあるモノ。

こころをシンプルにできなきゃまとってるからだまで言うことを聞かなくなる。
心の持ちようで、愉快になるのは、場合によっては簡単かもしれないんだけれどね。
失ったものを修復するとか、なにかほしいものを手に入れるとかいうんじゃなくても。

自分の中にちゃんと存在してるはずのあったかい気持ちに気付けるような出来事に妙に飢えてる。
だって泣きたくなるのだ。生きてるぞと叫ぶように。
それも満月に吠える狼の遠ぼえみたいなので。
そういうのがシンプルな発散のしかたかもな。

ああ、息抜きしにどっかいきたいね。


August 29, 2004

羽根

季節の変り目のこの気候が心身にきつい。学参ものの挿し絵仕事も思うように進まない。 ...気分がヒリヒリしてる。


息抜きに、音響系ミュージシャンのY崎氏宅へ届けものもあったのでフラッと遊びに行く。
Y崎氏には自主制作アニメーションの音楽をつくってもらったりでいつもお世話になっている。僕のボヤキにもいつものように「まあ、まあ...コレでも飲んで落着くんだ〜」と飄々と受け流してくれる。
お茶をいただきながらもぱっとしない近況を気がすむまで話す。
「大丈夫なんだよ、この世は天国みたいなもんだよ、今が最高なんだよ、たった一個の石ころを動かすことで未来も変えられるんだから。これはねスゴイ事実なんだっ!」と名調子でY崎氏は宣う。...含蓄のあるユーモアやね。おもわず、ココロもほころぶってもんです。
新曲を聞かせてもらおうとしてた矢先、某ゲーム制作会社からケータイで呼び出されたのでY崎氏も誘ったが遠慮すると言われる。今度またゆっくりお邪魔しますと言って車で世田谷に向かう。

スタジオに着いたのがAM1:20くらい。ゲーム制作会社代表のK氏と僕の担当だったUさんに会うのも請け負った仕事を終えた今年の2月以来だから半年ぶり。スタジオに遊びに来ていた富山を拠点に活躍するクリエーターヤマト氏とも1年ぶりくらいで会う。Y氏とはこの9月末に富山でいっしょにグループ展をやることになっている。
つぎにやりたいというゲーム企画の話もあったりして、ちょっとした打ち合わせモードだったのだが、ささいなことから僕が以前ココの仕事をしてたときの不満のようなものを吐き出してしまう。ちょっと険悪になりそうだったところをヤマト氏から喝を入れられ、目が覚めるような気分に。「君らは自分で自分の羽根を折るようなことに夢中になっているようにしか見えない、ちゃんと飛ぶことに使えるはずだろうに。」という言葉が印象に残る。 ...でもユーモアたっぷり。背筋もシャンとし、自然とコウベがたれてくるってもんです。
ああ、Y崎氏にヤマト氏を紹介したかったな・・・
ヤマト氏による毎度の中味の濃いレクチャーにはただただ感謝するしかないや。
ってわけで朝帰り。

うかうかしてないで手早く目の前の仕事を終え、グループ展用の新作にチカラをそそぐべし、ベシッ!



September 09, 2004

みらくるDAY

仮眠後夜中の1時に起きて作業を続行し、遅れてた仕事をなんとかやっつけ終え東池袋の某学参系出版社にイラストを納品しに行った。

ああ、なんでこういつも泥縄な仕事の仕方しかできないんだろう、もう絵描くこと仕事にすんのやめちまおうかな...でもいまさらどうやって暮らしてけばいいんだろ、つぶしのきかない歳になっちゃったな自分...なんて思いを巡らしながらサンシャインビルの横をとぼとぼ歩いてた。

そういえばアートディレクターのハベ氏のいる広告代理店ってこの近くなんだよなあ、お昼いっしょにどう?って電話でもしてこれから押しかけちゃおうかな...

でも、やめた。まだ別の出版社の学参仕事も残ってる、こっちもしめきりがせまってるし...と、負け犬気分で自宅にもどった。
また仮眠とってから仕事再開ときめ、どっと疲れた気分でバタンキュウになってるとこへ電話がきた。ハベ氏からだった。偶然にびっくりした。しかもこれから僕の住んでる立川に来るというのだ。久しぶりに会いたいと思ってたハベ氏にいきなり会えることになって嬉しかった。さすがに仕事中の修羅場で散らかり放題の自宅にはよべそうもないのでファミレスで会うことにした。某団体系サイトのキャラクター仕事の打ち合わせ...と称してほとんどが雑談。ウエイトレスがカワイイねとヒソヒソやったり、ハベ氏独特のギャグの連発にはらわたよじれそうになったり、いっしょに遊んでた昔話にハナを咲かせたりとか! 仕事の話じゃなかったのかよって感じだったけどホッとできたし、とにかく楽しかった。メールのやりとりから僕のめりこみがちな日々を知ってたハベ氏が今日は気をきかせてくれてたんだろうな...ありがたいなあ。

先日お宅に遊びにいった音響系ミュージシャンのY崎氏とハベ氏は美大の学生時代の僕にとってはよき兄貴たちで遊びの師匠のような存在だったのだ。立川の米軍ハウスに住んでた彼らのライフスタイルにあこがれ、よくころがりこんではかまってもらってた。イロイロとワルいことも教わったし、欲しいモノを手に入れるため変なバイトもいっぱいみんなでやったなあ、ファッションとかインテリアの趣味、バイクや車の趣味もみんな彼らの影響を受けてのことだ。しかし今から思うとすごい面々が寄り集まって文化をつくってったなと思う。ハウスにはアート系を中心にいろんな若者達が出入りしてた。現○イロウズのそのころからマーシーと呼ばれてた若者もハベ氏の部屋によく入り浸ってた。いっしょにドライブしたりして遊んだT.トウワくんもその後ニューヨークにいってブレイクしちゃった。音楽系だけじゃなかったな、近くの倉庫を仲間で借りて壮大なアートの実験をやってたN村氏もその後は海外で活躍してたし、パフォーマンスアートで有名になっちゃった人やCGアーティストとしてバリバリやってる人、ファッションの世界にいっちゃった人、インターネットカフェを流行に先駆けて立ち上げたヤツとか...みんなあの頃のことを憶えてるんだろうか。
懐かしんでる場合じゃないんだろうけど、確かに僕の場合はあそこからはじまったんだ。原点ってやつかな。ハベ氏もそうだって。だよね、気持ちがそこに留まってちゃ先に進めないってのも確かなんだろうな...でも僕らの原点であることは間違いない。結局みんな今は仕事も生活も散り散りバラバラ...僕とY崎氏だけがまだこの近辺に住み続けてる。

で、ハベ氏の希望で僕らは陽のまだ明るいうちに立川の街に車でくり出すことにした。すっかり変わってしまった立川。僕らが学生時代に住んでた米軍ハウスももうマンションが建って跡形も無くなっている。いっしょに忍び込んだ昭和記念公園の横にある米軍基地跡にも行った。その近くでまだ人の住んでるハウスを発見し、ハベ氏は『あったよまだハウスが!また住て〜っ!』と叫んでた。

もう20数年この立川に住み続けてる僕には少しづつ変化していった様子を眺めながらこれたけど、ハベ氏の視点で見ると激変なんだろうな。でも、おかげで彼の記憶の映像が僕にもイメージ感染してたみたい。
駅まで送ることになり、Y崎氏には会わないのですかとハベ氏に聞いてみたら実は会うのが恐いのだという。会うと無軌道だったむかしの自分にもどってしまいそうで?そうなの?なんだかんだでもう10年近く会ってないんだそうだ。
僕はずっと定期的にY崎さんとは会ってるので、音楽だけじゃ食べていけないからバイトしながらもあの人はずっと生活スタイルも変えず、自分の音楽を作り続けてるって話をした。
すごくイイ音創ってるから...こんどいっしょに遊びにいきましょうよと誘ってみた。
そうだね〜とハベ氏。立川駅が近づいてきた時、なんと昼間の仮の姿で仕事中のY崎氏の車を発見、すれちがったのだ。奇跡はおこった?!車を急遽UターンさせてY崎氏を僕らは追跡した。ワクワクしてきた!ウソみたいだろ〜っ、マジすか?この展開!!!って感じではしゃぐ僕ら。信号が赤になったとたんハベ氏は車から飛び出し、すぐ前のY崎氏の車のドアを開けた。声は聞こえなかったけどハベ氏とわかったY崎氏の仰天してる表情がたまらなかった。
後日僕らはY崎氏宅に遊びに行く約束をしてハベ氏を再度駅近くまで送った。

ハベ氏は嬉しくてたまらなくて思わずY崎氏のうでにキスをしてしまったらしい。
『そしたらしょっぱかったんだ〜すごい汗かいて働いてたんだよ〜っ』と感極まりながら話してくれるのを聞いてなんだかグッときてしまった。
「ワタシなんだか泣きそうだよ〜」とハベ氏。
僕もですよ、なんだか今日は昔のみんなでやんちゃしてたころにもどったみたいで立川まで来てくれたハベ氏に感謝してますとの気持ちを伝えて別れた。


...ところが!自宅について車を降りようとして驚いた!!
ハベ氏は僕のカバンを持って車を降りてしまっていたのだ。失礼して彼のカバンを開けてみたら財布も ケータイも入ったまま。自宅から僕のケータイにかけてみたけど出てくれない。あわてて彼を降ろした場所にもどったけどそこにもいない。どうしようと車を降りて駅周辺を走り回ってみた。でもいない!まさかと思ってまた自宅に車を走らせた。
そしたら自宅直前でハベ氏発見。ハベ氏によると僕のカバンの中から名刺を発見し住所をたよりに人にたずねながらも30分ちかく歩いて半べそかきながらここまで辿り着いたというのだ。発見した時も『オオ〜っ、会えてよかった〜!!!』と抱き着かんばかり。道ばたでふたりで爆笑してた。そのまませっかくだからと修羅場の自宅に上がってもらって涼んでもらった。ちょこちょこ描いた作品も見てもらったり。こどもらの成長に驚いてたり。そして再々度ハベベ氏を駅に送りとどけたのでありました。

とにかく昨日はウソみたいな一日だった。
ジェットコースターに乗ってるみたいな日だった。おかしすぎてちょっとハイになってたかも。

そうそう、学参ものの編集担当の方からメールが届いてた。
前日の電話ではカンカンに怒ってた担当編集者も原稿を受け取る時は妙に素っ気無かったので、もうココからは仕事もらえないかもなと思っていたのだが。
学習に使うこどもたちのためにも絵は前編と同じ画家が描いたものがいいと思うので後編も描いていただきたいとのこと。
ハイ...こんどはちゃんとまにあわせます...感謝です。



October 21, 2004

朝の雨

まだ、しとしとと雨が降り続いている。
台風の去った朝には、独特の雰囲気がある。
空気の匂いまで違っているようだ。
涼しさに身を置いていると、何とも...もの想いに耽ってしまう。


思えば自分も先のない環境にずっぽりと浸っている。
その所為なのか、いつの間にか消え行くものの感傷を身につけている気がする。
その感覚は印象深い映画の終盤に感じる名残惜しさに近いのかもしれない。

不安はあるが、だから人生は良いのかもしれない。

間違いなく自分も人生の折り返し地点にいる。
幸せな人生なのか否か、目の前の雑事に翻弄され右往左往するうちに時をいたずらに消費する日々となってはいないか。
はたからみれば大変な生活が続くばかりにみえるだろうが、そう悪い事ばかりでもなかったと信じたい。

こんな風に想いを巡らすのは、大学時代を共に過ごした自分と同年の友人を見送ったばかりだからかもしれない。

通夜にいく準備中も水量を増した自宅近くの残堀川の水音が不安をかきたてていた。
動揺して感覚も遠のき、なにがなんだかわからなくなっていた。
台風が近付いている雨の中の葬儀だった。あわただしい葬儀の手伝いの中で消え入りそうだった身体感覚をなんとかとりもどしていった。
僕には亡くなった友人が仲立ちとなり繋いでくれた創作家たちのコミュニティに今も救われている実感がある。そのことには本当に感謝している。
なのに、こんなかたちでしか僕らは再会できなくてごめんなさい。
彼女の抱えていたことを僕らはシェアすることができなかった。
この事実に集まった仲間たちは苦い後悔の念を禁じ得ない様子だった。
Y崎氏にも電話で連絡したが辛すぎて参列できないということだった。

出棺の時、彼女が亡くなる前日までコミュニケーションをとっていたA岩さんの慟哭が耳に焼き付いている。
自覚もなしに似非文化の片棒を担いでいる自分の姿までがあぶりだされるようだった。
自分の中で飼いならされずにまだ残っている自然が台風のように猛威を奮いだすようだった。
僕らの同年代は今が働き盛りで忙しいのはわかるが...なぜみんなこんなに集れなかったのだろう...あまりにひっそりとさびしすぎる葬儀だった。
もしかすると、享年41歳の故人はそのような儀式を望んでいたのかもしれない。

すべてを洗い流していく朝の雨にそんなことを想う。



November 01, 2004

芸祭

母校である美大の芸祭にいってきた。
連れていったこどもらは作品展よりも学生たちによる不要品バザーの買い物に夢中だったようだ。
いい作品も見られて刺激も受けたし、なによりにぎやかで楽しかった。

いろんな思い出の埋まっているこの場に来れることはやはり嬉しい。

空間に記憶されている印象がどっと流れ込んでくるようだった。
それにしても平和だったんだなあ...と学生達の宴を眺めながら思った。

November 09, 2004

音楽葬


ハベ氏と僕はY崎氏がスタジオ兼住居としていた家のドアを少しだけ躊躇しつつ開けた。
「ティにしますか、それともキャフェ?」いつものようにY崎氏がひょいと顔を出して声をかけてくれそうなくらい、当たり前にY崎氏の部屋のままなのがとても不思議でした。


僕らがY崎氏の家を訪ねたのは音楽葬のためにレコードやCD類を斎場まで運び出すようY崎氏の家族に頼まれたからでした。

その空間にあるインテリアや小物など遺品の数々、配置の全てにY崎氏のセンスと美学が宿っていた。
「あの時からずっと変わっていなかったんだな〜ヤツは貫いたんだな、最後まで自分の美学で...」ハベ氏はもらした。

その空間を壊してしまうことをドアを開ける時以上に躊躇していた。
いっぱいこみあげてきて、僕らはしばらく運び出し作業ができなかった。

Y崎氏の創作した曲や彼の愛した音楽が流れる中、かけつけた昔からの仲間たちで夜通し思い出を語りあい、そしてお別れをした。
音楽家Y崎氏は膨大な数の音響系の楽曲を遺して11月4日、齡42の歳で逝ってしまった。
僕の大好きだったY崎氏とのたくさんの思い出。
お子さんたちからあなたのことを聞かれたら僕はいっぱい話してあげるつもりです。

いくら感謝してもたりないよ、あなたのことは決して忘れません。


December 17, 2004

再会

高校の美術部の後輩になるTくんとKくんが17年ぶりに我が家を訪ねてくれた。
久しぶりにこころのそこから笑えました。
亡くなったY崎氏のことも彼らはよく憶えていて、その後の話もいっぱいできて僕は嬉しかった。

彼らは高校時代を僕といっしょに過ごしたわけではなく、僕が卒業後に入学し美術部に入部している。
美大受験の浪人中と合格後に母校の美術部を訪ねた時に面識はあったくらいだが、彼らは高校を卒業後、なぜか僕の住んでいる立川にこしてきた。
Tくんは僕も浪人時代に通った美大受験予備校に通うため。
Kくんは自分のチャレンジのため。
もうひとり、先に予備校に通うため上京していて彼らの先輩で僕の1年後輩になるIくんも含めて同じ高校出身の4人は立川で顔をあわせた。
僕は3人を当時米軍ハウスに住んでいたY崎氏のところへ連れていった。
ちょっとしたアート系富山県人会の様相となったがY崎氏はこの呼び方を「サムイ」表現だと嫌がった。でも僕らはすぐに意気投合した。彼らもY崎氏との出会いにそうとうなカルチャーショックを受けたみたいだった。Y崎氏は本当によく僕らのめんどうをみてくれた。
当時僕らはつるんでバイトをしたり、遊んだりした。本当に楽しかった。
その後、Iくんは多摩美に、Tくんは京都精華大に入り、Kくんはそのままいっしょにやっていたバイトを本業にした。

そして僕らはちりぢりになり、17年が過ぎた。
最近Tくんからネットで僕のサイトを発見したとのメールが来てびっくりした。
となりの国立市に住んでいるというのだ。
そして昔バイトでお世話になった親方に聞いてKくんの所在もつきとめ連絡を取り合うことができた。これまた近くの福生に住んでいたのだという。

飲み食いした後、車で送りがてらそれぞれの自宅を訪ねた。
Kくんはドカッティにまたがり転倒事故や怪我にもめげずすっかり筋金入りのバイクメーンになっていた。
Tくんは介護の仕事をしながら文学を題材にしたインスタレーションで自分のアートを展開していた。
銀座ギャラリーKで近々個展を開くという。
制作中の作品を見せてもらって、ふつふつ気持ちが昂るのを感じた。

いきなり「そうだ!」と言ってTくんは昭和62年発行の古いインテリア関係のムックを探し出して見せてくれたんです。
美大生の部屋のインテリア&グッズ特集の本で取材された人が次の人を紹介していくというリレー企画だったらしく、1ページ分のスペースにY崎氏の住んでた米軍ハウスの部屋が紹介されていました。
そこにはあの当時の彼のこだわりの愛用品たちとY崎氏の笑顔のショットがありました。
以前Y崎氏がはずかしいから見なくていいと言って、とうとう見せてくれなかったつまらない取材の記事ってこれだったんだんね〜(笑)
自分をネタに笑えってか。
プチ富山県人会ひらけってY崎氏が呼び寄せてくれたんかいな、なんてネ。
ええ、そうなんです。
ちょっと感動してたりします。

再会のタイミングにも不思議を感じた夜でした。


December 19, 2004

富山へ

Y崎氏の四十九日の法要のため富山へ帰省。
Y崎氏の家族も僕の車でいっしょに行くことに。
お子さん達が元気なのがなにより。
ホントは奥さんと車中でいろいろY崎氏のことを話しながら行きたかったのだが、こども達が元気すぎてそれどころじゃなかった。

時間に余裕ができそうだったのでY崎氏の実家のある朝日町を通過してギャラリー孫子へ連れていくことに。
ギャラリー孫子ではいろいろ親切にもてなしていただけてY崎氏の家族もすごく喜んでいた。
孫子の新そばもすんごくおいしかった!
山の分校「そとこと」の終業式のイベントも覗いてこれて楽しめました。
歌ヒメKayoさんも全てを知っていて僕らを温かく迎えてくれた。
彼女と話す時はいつもY崎氏の話題だったのでいつかきっと会う日が来ると思っていたけどかないませんでしたね。。。

無事に朝日町に送り届けて自分の実家へ。
親と少しもめる。口出ししたくなる気持ちは理解できるが哀しい。
持ち込んだ仕事をノートPCとタブレットで描く。
節分用の『赤鬼』の絵を仕上げる。
徹夜になった。


December 20, 2004

法要

Y崎氏がお墓に入った。
ご両親の優しさが胸に染みる。
いろいろな思い出の品を見せていただく。
僕はまた、どうしようもなくボロボロに。


December 22, 2004

まだ富山

昨日、今日と2日連続で高校時代の美術部の先輩同輩後輩に会ってきた。
やっぱりキトキトの刺身が旨い。
車の中から立山連峰に朝日が射して神秘的な光景を目にした僕は『ウオ〜ッ!!!これだ〜っ!』と無意識に叫んでしまい、自分の声に驚いてしまった。
このことを後輩に話したら、微笑んでくれて照れくさ嬉しい気分になった。


December 23, 2004

雪の中、富山を出発。


ノーマルタイヤだったのでチェーン着けるの面倒で高速を朝日で降りて糸魚川まで下を走る。
ヒスイ海岸あたりで海をちらりと見るとどす黒い雲の合間に光が射して黒い竜巻きがおこっているのを発見した。こんなの初めて見ました。びっくりした。この光景もまた神秘的でしたね、いいもんみせていただきました。 


Y崎氏が見せてくれたのかな。。。

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その後、専門学校で働くようになってからですが、Y崎氏との思い出を浄化してくれるようなできごともありました。

↓記事をリンクします。

風の丘へ---その1
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1606329&comm_id=173508

コメント(1)

過去に書いた日記からM8がらみのものをピックアップしてみました。

写真右 --- 音楽葬のためのCDやレコードを回収しにいった時にハベさんと一緒に撮ったものの一部です。
この空間を壊してしまう前にせめて写真に残せないかなとのハベさんの提案でした。
それでバカチョンカメラを慌てて買いに走りました。

写真真ん中 --- 山崎さんのメモの中にあった似顔絵です。
これは長男のイクオくんがおとうさんをかいたんじゃないかな。。。

写真左 --- 昭和62年のムックに載っていた山崎さんの記事です。

 
日記に関しましては僕自身の心身が参っている時期とも重なりますので気の弱い表現がことさらに多くお見苦しいかとも思いますがご容赦くださいませ。(汗)

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