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M8コミュの風の丘へ---その3(...夢じゃなかった!)

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僕らはカミクイッシキ村の山梨県境から静岡県境までかなりくまなく走っていた。
行く先々の土産物屋や村役場などで「陶芸家のW氏、風の丘プロジェクト、バラックのような手作りの家」をキーワードに訪ねて廻った。
出発したのが11時頃で置き手紙に戻ると書いておいた1時半頃にせまっていたから2時間以上は走り廻ってたことになる。

そこでやっとW氏本人を知っているオイちゃんに出くわした、ビンゴーッ!!
『ん〜、そのWなら知ってるがどうやって説明すりゃいいか...ん〜〜、この先2キロの農協の野菜販売所ででも聞いてクデやっ!たぶん知っとるハズやっ!』

で、そこへ向かってみたら...あれっ?あれっ?!

『ここってさ、Tくんちの別荘のすぐ近くじゃん!』
顔を見合わせたSくんが「いまオレ鳥肌たってる!」
「僕もだよ...なんか鳥肌。。。こんなにあっついのにね(笑)。。。」
『ぜって〜そのヒトに会えるような気がしてきた!』とちょっと興奮ぎみのSくん。

販売所のおばちゃんに聞いてみたらそのヒトはココで買い物していくので確かにこの近所に住んでいるというのだ。
「この先ちょといったかどを左に数百メートルの果物屋で聞いてみて。そのあたりに住んでることだけはわかってるんだけどねえ!」
『ますます、Tくんとこの近くですよ、センセ!どうなってんだろ?』

嬉しいけど僕は正直なんだかおじけづきはじめていた。
そのヒトに逢って僕はどうしたいんだろ?
ナニを話せばいいんだろ?
そもそもなんでこうなっちゃったんだろ?
僕はいったいナニをこんなに怖がってるんだろか。。。

『センセ、じれったいよ、なに迷ってるんすか?きっと目と鼻の先ですよ目的地は!』
「ウン、とにかくココまで来たんだ。行ってみよう。。。」
はたして果物屋は閉ってた。

『丘の上のようなところにその方は住んでるの。だから風の丘って名付けたって聞いたわ。。。』Y崎さんの奥さんの言葉を思い出していた。
しらみつぶしにそれっぽい丘につづいていそうな路地に入っていった。
そしてヒトを見かけるたんびに訪ねることをくりかえした。
掃除機を持って別荘の管理をしているらしいおばちゃんから『そのヒトならほれその牧草地の向こう側に住んでるはずよ。』と、かなり有力な情報を得た。
くわしい道順も教えてくれた。
たどりついた砂利の小道の入り口には『びーち・はうす』の立て看板。。。! 山なのに海??
入っていくとなんかかっこいい雰囲気になってきた。
広い敷地にオブジェのように点々とクラッシックカーが置いてある。建物もなんとも手作り風だしモダンでカッチョイイ。
『ココがそうなんじゃないですかね〜、そんなカンジがする!』と、Sくん。
なんとロケバスが入っててカメラマンやらいろんなスタッフが7〜8人いて水着のモデルを撮影中だった!こんなとこで?!と思ったが僕は意を決してスタッフの女の子に「ココはWさんのお宅でしょうか?」と間抜けな質問のしかたで訪ねてみた。
きょとんとしながらも「ココは撮影スタジオですけど...ちょっとわかる方を呼んできますね。」っていって女性スタッフをつれてきてくれた。
で、確かに以前ココの敷地内にW氏は住んでいたらしいことがわかった!
このスタジオ設立にも関わっていたらしいことと、この敷地の奥にはW氏の陶芸の焼き窯がまだあるのだということもわかった。
最初うさん臭そうに僕を見てたのに夢のことまで事情を話したら、『めぐり逢う方々はヒトそれぞれなんでしょうが、皆さんそういうカンジがしますね。。。それもWさんの人柄がひきよせてるのかしらね。。。』と意味深なことを言われる。
そして彼女の携帯からW氏に電話をしてくださった。
でも出てくれない。
それで新しく作っているお宅への道順も教えていただいた。犬もいっしょに暮らしているそうだ。吠えてむかえてくれるらしい(笑)こんどのはホントの情報のようです。

ところがいわれた通りに探してみるも...30分近くも道に迷い続けどうにもたどりつけない!説明通りならこんなに遠い場所なはずはない。。。それにもう2時半だし、Tくん怒ってるかもしれないしなあ!
というわけで、しかたなく僕らはいったんTくんのところへもどることにした。
はたしてTくんはあきれたことにまだ眠っていたんだよね!
Sくんと僕は寝ているTくんを見て大笑いしてしまった。
「あ、もう起きます。。。12時頃一回起きたんだけど二人ともいないんで...ま、いいかってまた寝てたんです。。。」だってサ。(苦笑)

でも、さっきまでの事情をTくんにも話すと急にしゃきっとして『睡眠モードから覚醒モードに今切り替えました!さあ、行きましょう!時間がもったいないです。』だってさ!このセリフにはさすがにSくんも僕も大爆笑!!たのもしいよ、ホントキミらは!

僕らはまずいつでも帰れるように別荘の中の全てを片付けてから再度「びーち・はうす」を訪ねた。
こんどは間違えないように紙に地図を書きながら場所の説明を聞いた。
あっけないことにこのスタジオのすぐ裏側の土地にWさん宅はあったのだ。
そう...やっと僕らは辿り着けたのでした♪
Tくん曰く『僕には10分で着いた認識しかありませんけどね』...フフリってカンジでした。


W氏宅の敷地に車でのりこむと大きなワンコが吠えながら迎えてくれた。
家創り最中のW氏が作業の手を止めてこちらのほうへやってきた。
日焼けしたたくましい体躯の五十代半ばくらいに見える長身のW氏がめいっぱいの笑顔で僕らを迎えてくださった。。。
事情を手短に話すと小高い丘に案内してくれた。
そこには雄大な富士山がどおおんと鎮座していたんだけど威圧感は不思議と無くってむしろ僕らが立ってるこの丘と富士山が対等に向かい合ってる気がするくらいでした。

『カズちゃん(Y崎氏の愛称)がキミをココにつれてきたのか・・・そうかい、よく来たね!』そう言って軍手を外した手をさしのばしてくれた。
そして僕らはしっかりと握手をした。

ああ、夢の中でY崎氏が微笑みながらたたずんでいたのはこの場所だったんですね。。。そしてココが『風の丘』なんだって僕はやっとわかりました。

その後もいっぱいW氏と僕はお話をしました。
ホントはこの後もう少し驚くコトがあったんだけど。。。
W氏の家創りを手伝いにえっ?!って思っちゃうようなヒトもやってきたし。
僕は当然だけどTくんもSくんもおったまげてた。
そのハナシは...ま、またいつかできるといいな(笑)

別れ際W氏は『いつでもここへ遊びにおいで。』といってくださった。

合宿を終えても1枚も絵が描けなかった彼らに『スマナイ!!』って僕は謝った!
だけど二人ともニコニコしてくれてたよ。
Sくんは『こんなことってホントにあるんだって思いましたヨ、わくわくしました♪』だって。
『やっぱり、この3人でよかったのです!』Tくんのセリフでした。
きみは最後までふるってたし、イイ味出してたヨ(笑)
「二人のおかげで僕はひとかわむけてこころが少し軽くなれた気がするよ、ありがとね。」って、二人の肩をぎゅって抱いてみました。

またいっしょにW氏に逢いに行く約束をして僕らは八王子の駅前で別れたのでした。



コメント(4)

写真左

富士山とW氏とともに。

写真右

W氏お手製ハンモックではしゃぐppa

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追記

この日フジTV系の番組の撮影クルーが来てW氏のココでの活動が取材されました。
日曜12時からの「ウチクル」という番組の撮影だったみたい。
近日中に放映されるそうです。早ければ明日?それとも来週?
『ウチくる?!』 2005年08月14日(日)

タレントのウカジ氏がお世話になった人物としてフジTV系の番組「ウチくる」に富士山のふもとで逢ったW氏が出演してた。
W氏の奥さんキレイな人だったなあ。
僕らが訪ねた直前に撮影されてた映像なんだと思うとまたあの時の不思議気分が蘇ってきた。


実はこの時この日記のW氏(ワタナベ ヤス氏)のところを訪ねた時に元レベッカのギタリストSHAKE氏がいそがしいスケジュールの合間にW氏の家作りを手伝いにやってきたのでした。

W氏のところへはウカジ氏やSHAKE氏、K氏をはじめアーティストやクリエーター、芸能人もお忍びでやってくるのだそうだ。

どんな場所でもそのヒトなりの自然体にやれてる人っているよね。

そういう存在をまぶしく感じたら。。。またへこむ理由が増えそうな気がするんで僕だったら間合いをとってたまに眺めるようにするかも。
あこがれすぎたり影響うけすぎないようにさ。
ほどよくわたっていけるように自分なりの耐性も育てたいからね。

こんどはいったいいつ逢いに行けるんだろ。。。

ハベさんやH山さんといっしょにいけないかしら。。。(笑



誰もコメント書いてくれないんだもんな・・・(ポソッ
2008年08月19日の日記から

18日は富山県高岡市でご先祖様の墓参り。

ご先祖様の墓参り後、8号線沿いの庄川近くにできていた大きな本屋のカフェで20年くらい前にいっしょに演劇をやっていたH田さんとIさんと待ち合わせて懐かしいハナシや近況などを語り合う。
演劇といっても僕は美術などの裏方をH田さんと組んでやっていた。
Iさんは演出も役者もこなしていた。
H田さんは一週間後の影絵と人形劇の大きなステージの準備と稽古で忙しかったのに駆けつけてくれた。感謝。。
僕らが旗揚げの頃に参加し、それから世代交代しながら20年続いてたこの『碧鳥』という劇団が来年の年明け公演で解散するのだそうだ。
その最終公演をみた後、歴代のメンバーで集って同窓会をやろうというハナシがあるらしい。
なんとか都合をつけてそのころ富山に観に来れたらいいなあ。

昨年春に仕事中突然亡くなったクリエーターのヤマトさんのお墓参りがしたかったのだが、H田さんに聞いたところ、散骨されるということでそれはかなわなかった。
ヤマトさんには生前本当にお世話になったのだが、いろいろ自分の中でしていた約束も果たせず後悔も残るお別れだった。

あくる19日は東京に帰る日。
もうひとり生前大変お世話になった音響系ミュージシャンY崎さんのお墓参りをするため朝日へ向かう。
途中、昨日会ったH田さんの描かれた日本画が多数展示されているという黒部の「国際文化センターコラーレ」という施設に寄る。

まわりは田んぼばかりの場所に突然こんなユニークな施設があるところがとてもシュールに感じる。水に浮かぶような演出の能の野外ステージがあったり、とてもアートな空間だった。
モノトーンで心象風景のような懐かしさを感じさせるH田さんの作品はとってもこの空間に似合っていた。
娘たちも昨日会っていっしょにお話ししていたH田さんの作品なのだということに感激していた。

朝日に近づくと土砂降りの豪雨となる。
記憶が曖昧なうえに土砂降りの中をY崎さんのお墓を探すのが難しかった。
Y崎さんのご実家の前に着くとちょうどY崎さんのお母様が出てこられたので、
僕は車を飛び出し挨拶をした。
お母様が車で案内してくださるというので僕らの車も後を追う。
雨はどんどんひどくなる一方で道路はまるで川のように水があふれていた。
下の娘に「お父さん、晴れ男なんでしょ!」と冷やかされる。
お墓に着いた。
車を降りようとした時にピタッと雨がやんでしまったのには僕らも驚く。
「息子が雨を止めてくれたのかしら」とお母様がおっしゃる。
その言葉にうなずきながらも僕らはY崎さんの墓前に参らせていただいた。

その後、お家にお邪魔しいろいろ心ずくしのおもてなしを受ける。
うちの娘たちも小さな頃はいっぱい遊んでもらったんです、と生前のY崎さんとの思い出ばなしもさせていただいた。
いっぱいお土産をいただいただけでなく、車の中で食べてねと人数分のとろろ昆布のおおきなおにぎりを目の前で作って僕ら家族にもたせてくださった。
胸がいっぱいになるようでした。

お別れの時Y崎さんの分も無駄にしない生き方をすることを誓ったはずだったのだ。
挑むことを忘れたかのような時間の流れに委ねている。
こんな自分が恥ずかしくもあり申し訳なくもあり、僕は心の中で「ごめんなさい」をくりかえしていた。

「ホントにやさしいおかあさんだったね。。」と娘たちもなにかを感じてくれていたようだ。

帰途につく頃にはすっかり雨は晴れていた。
僕らは予報のとおりだと関東まで雨の中を走るはずだったのに、激しい雨が通り過ぎた後の穏やかな道を走って帰ることができたようだ。

19日夜の10時すぎに無事帰宅できました。感謝。。
2008年10月26日の日記から

合宿


一泊二日の日程で息抜きをしに富士山の裾にある卒業生の別荘へ遊びに行ってきた。

ココを訪ねるのは二度目だ。
前回は風景スケッチが目的の強化合宿でした。
今回も前回と同じ元学生2人と自分の3人の強化合宿(笑)となった。

前回訪れた時に上九一色村の『風の丘』で縁のあったW氏とは会えず仕舞いで残念でしたが、七輪で季節の食材を焼いて食べたりできて、まったりした時間を過ごせた。
昼間は涼しいベランダで一汗かけるほど居合の稽古もできた。
みんなで作って食べたカレーがうまかった。
夜は3人でライトセーバーを使ったチャンバラごっこに興じる。
むやみに楽しめた。

本栖湖からのぞむ雲の帽子をかぶった富士山と紅葉がとってもキレイでした。
帰りの談合坂PAでイワヒバの小鉢を購入♪
良い息抜きになりました。

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