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美少女戦隊メイド7コミュのウィッチメイド ミオ♪ 第一話 参上!魔法のメイドさん

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コメント(15)

プロローグ

 街というには少々小さく、町というには少々憚りがある、オブセはそんな町。
 その町の丁度真ん中辺りに存在する、一時間に一本位しか上り下りしない単線の駅を中心とした商店街は、周囲に大型店が存在しない事もあって、それなりに繁盛している。
 そんな商店街を見守るように、喫茶店「ねこのや」は今日も朝霧の中に静かに佇んでいた。
 近郊にはかなり大きな湖があり、そこに流れ込む清冽な一級河川が中心を通っているこの町ならではの、清々しい朝の光景。
 朝日が靄を透かして柔らかい光を投げかける中、喫茶「ねこのや」の扉が微かな鈴音と共に開かれた。
「んー」
 まだ夢の中を彷徨うように、頭をふらふらさせた少女が中から現れる。
「ふにゃぁぁぁぁぁ」
 無理矢理起された猫のような、何処か不機嫌な様子での大欠伸。
「んーげー」
「んー、起きちまった以上はしゃきっとしろって?」
「んげ」
「わぁったよ……んっとにお目付け気取りにゃんだから」
 少女がぶつくさ言いながら、朝日の中で目を細めるようにしてストレッチを始める。
 因みに話し相手は、彼女の頭の上に器用に乗っかったこげ茶色のヌイグルミ。
 何処と無く帽子にも見える。
 声を発しているように見えるが気のせいだ。
「いっちに、さんし」
 少女が頭をぶんぶん振り回しているにも関わらず、ぬいぐるみ自身がしがみ付いていて落ちないが、それも気のせいだ。
「ごーろくしちはち」
 更に前後に振り回しても、重力に逆らってでも落ちないがそれもやっぱり気のせいだ。
「おっし、走るぞさんちゃん」
 準備運動を終えた少女がスニーカーの紐を締め直す。
「んげ」
「掃除が先って、後々……澪ちゃんは今走りたいのだーっ」
 少女……澪が目的も定めないまま走り出す。
 彼女は気紛れ猫、思い立ったら一直線。
 さんちゃんと呼ばれたヌイグルミを涙目でしがみ付かせたまま、澪はマラソンランナーもかくやのスピードで走り出した。
「朝から元気ねぇ」
 そんな澪の様子を二階の窓から見ていた桔梗が眼鏡の奥の瞳を優しく和ませる。
 彼女の生活にほんの数日前にいきなり飛び込んで来た、けたたましくて不思議な少女。
 静かに心地よく淀んでいた町に吹き込んできた一陣の新しい風。
 彼女は今日もまた、町中の空気をかき回すように走り出していった。
「さて、今日も朝ごはん一杯作っておいて上げないと……ね」
 

「はよー、茜さーん」
 剣道部の朝練で登校する高等部の先輩、茜とすれ違う澪とさんちゃんがしゅたっと手を上げて挨拶をする。
「茜さーんではない、茜先輩と呼ばぬか……全く」
「にゃはははは、気にしない気にしない」
「それよりだな、いつまでもフラフラしておらずに剣道部に入らぬか?」
「んーエモノ使うのって性に合わんのだけどねー……
 でも、茜さんに指導してもらえるわけだし……考えとく」
「左様か、期待しておるぞ」
「あんがとねー、んじゃ」
「うむ、また後ほどな」

「おっはよー、白蓮ちゃーん」
「あ、澪ちゃん」
「また、学校でねー」
 可愛い柴犬を散歩させる白蓮と、手をぶんぶん振り回しながらすれ違う。
「おはようなの」
 のんびりした白蓮の挨拶が終るときには、澪の姿は遥か後方。
「今日も澪ちゃんは元気だね、じんごろう」
「わぅ」

「はよん、翠ねーちゃん七海先輩」
「お、元気だね後輩」
「おはよ、今朝もかわいいねぇ」
 高等部の漫研のボス、翠先輩が薙刀部の七海主将と笑いながら歩いている横を澪が通り過ぎる。
 因みに茜の剣道部と七海の薙刀部は長年にわたるライバル同士である。
「にゃはははは、あんがとよ」
「んげんげ」
「うんうん、さんちゃんもかーいーよ」
「んげぇ♪」
 翠が、幸せそうな顔でふかふかとさんちゃんを撫でながら澪に顔を向けた。
「毎朝聞いてる気もするけど……澪ちゃんは部活やらないの?」
「んーー、もうちょいとガッコに慣れたら考えるよ」
「漫研の門はいつでも開いて待ってるからねぇ」
「読むのは好きにゃんだけど、描くのはできねーんだよねぇ」
「まぁ、何事も始めてみなければ判らないよー」
「体動かすなら薙刀部においでって、女の子多いしさ」
「あいよー、考えとくねー」
 ひらひらと手を振りながら、澪はまた走り出す。
「しっかし、薙刀部の主将と漫研の部長って……いっつも思うけど謎な取り合わせだよねぇ」
「んげ」

 角を曲がると直ぐに有るタバコ屋の店先でキセルを嗜んでいるピンク色の熊のヌイグルミにも挨拶。
 ちなみにこのヌイグルミ、欲しい銘柄を言えばきちんと売ってくれる。
「うーす檀君、ご主人様は今日も儲からない仕事かい?」
「まぁ、アレは趣味みたいな物だからな」
 渋い声と共にふーっと美味そうに煙を吹く。
「本業も儲かってなさそうだねぇ」
「毎朝顔見せるのが乳臭い小娘じゃな……さっさと紫煙の似合う大人になってくれや」
 煙管を叩いて灰を捨て新たに葉を詰め、なんと火口から火を移してから、再度悠然と煙管を咥えた。
 粋なクマのぬいぐるみも有った物である……
「澪ちゃんは大人になっても、多分煙いの嫌いだじぇ」
「ふ、まぁそんな所だろうよ……客じゃねぇならけえんな」
「おう、またなー」

 並木が綺麗なサイクリングロードを澪が駆け抜けていく。
 朝の光が次第に靄を薄れさせていき、清冽な水面に光を眩しく反射させる。
「綺麗だねぇ、さんちゃん」
「んげんげ」
 その並木の木陰。
「あれ、あの娘また居るし」
 何処か儚げな可憐な少女が、目玉に着物を着せたような奇怪な人形を肩に乗せ佇んでいた。
 何をしようとしているでもない、ただ佇んで虚空に目を向けているだけ。
「おはよん、よく会うねぇ」
「……うん……奇遇」
「にゃは、狭い町だしねぇ」
 んじゃねー、と手を振りながら駆け抜けていく澪を、少しだけ眩しそうに見ていた少女が手にした人形に視線を落とす。
「オモニ……あの娘……どう?」
「さぁねぇ、まだまだやかましい娘としか言いようが無いね」
「……ふふ……そうだね」
 
 そして、そんな町を、高層マンションの最上層から見下ろす何処か醒めた瞳があった。
 危うくて美しい深紅の瞳。
 蒼白な肌の中、淡い薄紅の唇が微かに開き疲れたような呟きを漏らす。
「ふぅ……ここは結構厄介な町ですよ、かあくん」
「くわ」
 
「ききょーちゃん、今日の朝ごはんは?」
「標準的なパンとサラダとスープ……何を期待しているの、兄さんは?」
 よれよれのシャツとスラックス姿の中年男性が、渡り廊下で繋がっている隣の家からやってくる。
 彼の名は美濃川麻斗女、この店の名目上のオーナーで、隣で探偵事務所を開いている。
 と言っても、仕事らしい事をした事は無い。
 事件と呼べる事件など、この平和な町では起きた例も無いのである。
「店長〜、お腹すいたにゃん」
 この店で住み込みでウェイトレスのアルバイトをしているテレフの声がダイニングから響く。
「はいはい、少しは手伝おうっていう気は無いの?」
「お皿並べて盛り付けも手伝ったにゃん」
「子供のお手伝いじゃ無いんだから……まったく」
「や、テレフちゃん、今日も可愛いねぇ」
「にゃはははは、探偵さんは今日も正直にゃりね」
「……良い根性してるわね、全く」
 従業員と兄というより、手の掛かる子供が二人居るような気分である。
 そして、3人目の子供。
「そういえば、お姫様はまだお寝みかい?」
「ここに居なきゃ寝てるんじゃにゃいか?」
 確かに、澪という少女は食べてる姿と寝てる姿と、駆け回っている姿位しか頭に浮かばない。
 苦笑しながら、桔梗がスープをよそう。
「ふふ、もう起きて遊びに行ってるわ……猫ちゃんだから縄張りが気になるんじゃない?」
「にゃるほど、全く無駄に元気にゃん」
 テレフがジャムのビンを取りながらもっともらしい顔で頷く。
「そんな事言ってないで、貴方も少し一緒に走ってきたら?……最近制服の腰周りが、結構きつそうよ」
「にゃふっ!」
 テレフがジャムのビンを掴んだまま机に突っ伏す。
 何か慰めの言葉を掛けようとした美濃川の耳に玄関のドアが開く音が聞こえた。
「猫のお姫様のご帰還か」
「ただいまーーーっ、今日の朝ごはんは……ベーコンエッグにレタスとトマトと水菜のサラダ胡麻ドレッシング和え……スープはタマネギとパセリだけのコンソメ、紅茶はニルギリ、パンは桔梗さんお手製のブールとクロワッサンとフォカッチャ、デザートは葡萄のフルーツゼリーブランデー1%……どうだっ?」
 最後のどうだっ、という声と共にダイニングのドアが開かれて、軽く額に汗を浮べた澪が入って来た。
「どういう鼻をしてるにゃん」
「正解……100点だね」
「おかえり澪、朝のお散歩どうだった?」
「おう……んーとね」
「んーげー」
 念入りに洗ってきた手を拭きながら澪が食卓に着く。
 なぜかさんちゃんも、自前のお皿と席を貰って澪の隣に居る。
「いつも通り、楽しい一日になりそうな朝だったよん」
 
 
1.
「あー、食った食った……桔梗さんのご飯の美味しい事、このまんま仕事放り出してこっちに住み着いっちまおうかにゃー」
「んげっ!」
「怒んにゃよ、うぃっとに富んだ軽いジョークじゃん」
「んげー」
「あのにゃぁさんちゃん、私だってここに来た理由を忘れる程馬鹿じゃないってば」
「んーげぇ?」
 さんちゃんが疑わしそうに、澪の顔を覗き込む。
「う……反論出来にゃいかも」
 頭にさんちゃんを乗っけた澪が、セーラー服姿で商店街を歩いていた。
 この辺りでは有名な小中高一貫の私立大沼学園、中等部の制服である。
「おはよ、澪すけ」
 そんな澪の後ろから、少し早足で歩いてきた同じ服を纏う少女が澪の肩をぽんっと叩く。
「おう、おはよさん菫」
「んげ」
「さんちゃんもおはよ」
 10年来の知己のような挨拶だが、二人が出会って、まだ一週ほどしか経過していない。
「澪すけは今日の数学の宿題やってきた?」
「それは聞くだけ野暮ちゅー質問じゃねーか、それ」
「……ふげ」
 開き直りと言うのもおこがましい澪の台詞に、さんちゃんが心底呆れた様子でため息をついた。
「澪すけらしいねぇ、ただ宿題の一部が今日実施の小テストの問題になるんだけど……大丈夫?」
「……マジけ?」
「マジ、んで赤点だと補習付き」
「……国にけぇりたくなって来た」
「何か言った?」
「んにゃ何も……しかし、どーすっかな」
 赤点は国でも取りなれてるんでまぁいいんだが、こんな所で補習はしたくない。
「ふっふっふ、困った時には助け合おうじゃないかね、黒崎君」
 じゃーん、と言いながら菫がノートを取り出す。
「おおっ、見してくれんの?」
「無論……まぁホントはこういうのは良くないとは思うんだけどね」
「いやー、恩に着るじぇ」
 そう言いながら澪が手渡された実用的なノートを繰って行く。
(おー、判りやしーにゃ)
 無駄が無くスッキリとしたノートは、菫の理路整然とした理解の跡を示していた。
「どう?間に合いそう?」
「にゃはははは、朝のHRまで借りてればにゃんとかなりそーだじぇ」
 ノートに目を落としたままの澪がヒョイと左に動いた……その脇を通学の自転車が感謝を示すように手を上げて抜いて行く。
「……良く判ったね」
 手入れの良いロードレーサーだったのだろう、音なんて全然しなかったのに……
「んー、にゃんとなくねぇ」
 余程ノートに没頭しているのだろう、澪が生返事を返して寄越す。
(やっぱり凄いなぁ、澪って)
 澪の五感の発達と運動神経の良さは呆れる程で、強豪揃いと言われる大沼学園の運動部が、現在こぞって澪の獲得に血眼になっている……その一端は今朝見た通りである。
「あ、澪ちゃんに菫ちゃん、おはようございますなの」
「白蓮ちゃんおはよう」
「はよん、白蓮ちゃん」
「んげっ」
 小柄な澪の胸くらいまでしかない少女がパタパタ澪たちの側に駆け寄ってくる。
 朴白蓮……類稀な頭脳でもって、若干9歳にして飛び級で中学に編入してきた少女は、澪たちのクラスの同級生でもある。
「あれ?澪ちゃんなに見てるの?」
 白蓮が覗き込む。
「赤点回避用の虎の巻じゃ」
「あ、数学の宿題」
 それであらましを察したのだろう、白蓮がくすくすと笑う。
「通学時間+HRの時間でまったく予習をやってないあちきが赤点回避できるか、世紀のじっけんちゅーじゃ」
「そんな実験しなくても……」
「んげー」
「そうですねぇ、学習って言うのは積み重ねですからねぇ」
 何時の間に一同の隣に居たのか、ブラウンのスーツを粋に着こなした理知的な女性が3人の隣を一緒に歩いていた。
 口許と眼鏡の奥の瞳が薄く微笑んでいる。
「あ、深本先生おはようございます」
「蛍先生、おはようございますなの」
「うげ、カレーセンセイ」
「誰がカレーですか誰が……それが担任の目の前で後ろ暗い行動をしている生徒の言い種ですか?」
「うしろぐれーこたぁ、にゃーんもねーぞ」
「……あたしのノートで予習してるってのは、十分後ろ暗いと思うよ」
「んげ」
「まぁ、カンニングではないので、試験で赤点を取らなければ良しとはしますけどね」
 程々にして下さいねー、そう言いながら深本先生は受け持ちの落研と漫研の入っているサークル棟の方に歩み去って行った。
「……いつも思うけど謎な先生だよにゃ」
 自分が身の危険を感じるギリギリ直前まで気配を感じさせないってのは並みの人間じゃない。
「ふふ、そうだね」
「そう?確かに毎食カレーでってのは珍しい人だとは思うけど」
「んー、今時チョーク投げする上に百発百中ってのはかなりめずらしーと思うけどにゃ」
「……ふげ」
 初日から居眠りかましていた澪に向かってチョークを投げつけた蛍と、寝ぼけながらもさんちゃんを盾に回避した澪の攻防は、教室を沸かせたものであった。
「と言うかね、黒崎君……キミが来るまでは蛍先生のチョーク投げってみんな知らなかったんだけど」
「そーかそーか、人の潜在能力を引き出す辺り、澪ちゃんはやっぱ偉いにゃ、にゃーはっはっは」
「そういう問題かなぁ?」
「絶対違うと思うよ、白蓮ちゃん」
「んげす」
2.

「あら、兄さんどうしたの?」
 美濃川がこの男にしては珍しいスーツ姿で「ねこのや」店内に現れた。
「ふっふっふ、当てて見るかい桔梗ちゃん」
 桔梗はコーヒーカップを拭く手を休めて兄に向き直った。
 相変わらずバサバサの髪だが、それなりに押さえ込もうとした跡が若干見受けられる。
 ネクタイは……相変わらずの悪趣味な代物だが、まだしも真っ直ぐな物を締めている、色は複雑怪奇な緑とオレンジのダンダラ模様。
「うーんお葬式じゃなさそうだし、呑み会?」
「違うねぇ」
「もしかして裁判所か警察に呼び出し?」
「……桔梗ちゃんや、君は兄をどういう目で見ているのかね?」
「収監されていないのが不思議な変質者、時々天才、常時天災」
「酷いね可愛い妹よ」
「対象を正確に把握するとそうなりますわ、親愛なる兄さん……で、ホントはどうなの?」
「仕事だよ」
 簡潔な美濃川の台詞は、桔梗の想定内に無かったわけではないが、非常に低い確率と思われていた物だった。
「……仕事?猫ちゃんでも探しに行くの?」
 平和な町の探偵さんの仕事など雑用屋と大して代わるところは無い。
 そして、雑用など大概自分でやってしまう物である。
「猫相手にこの姿になる必要あると思うの?」
「雌猫相手ならやるかなーと思ったんだけど」
「そこまで堕ちてないよ」
「あらそうなの?初耳だわ」
 しれっと言いながら肩を竦める桔梗に、美濃川は苦笑を浮かべた。
「なんと人間相手の仕事だそうな、流石に殺人事件じゃ無いんだけどね」
「あらまぁ……よっぽど切羽詰ってるかヤケ起こしてるのね」
「……兄の手腕への期待という発想は無いのかね?」
「そんな発想は四半世紀前に捨て去ったので、どういう物だったか覚えが無いのよね」
 そう言いながら桔梗がカウンターから歩み出す。
「まぁ、人間働ける内が花よ。所でハンカチ持った?」
「僕は小学生じゃ無いんだけど」
「成長に期待できないと言う点ではそれ以下だけどね……取り敢ずネクタイだけでも……」
 そう言いながら桔梗が兄の首に巻き付けられた奇っ怪な布きれに手を掛け、手慣れた様子で形を整える。
「いやぁ、照れるねぇ妹よ……禁断の愛などはぐくんでみるかい?」
「思い切り引っ張ったら楽しそうね……これ」
「……人倫ってのは大事だよな、うん」
「共通の認識に辿り着けて喜ばしい限りだわ……はい、マトモには見えないけど多少は見られるようになったわ、じゃ行ってらっしゃい、クライアントを待たせる物じゃないわよ」
 そう言って兄の肩をぽんと叩く、その桔梗の顔はやはり少しだけ嬉しそうではあった。
「へいへい、先方でロマンスが芽生えるように祈っててくれ」
「金田一シリーズか浅見シリーズみたいな出会いを期待してるわ」
「……桔梗ちゃん……最近頓に根性が曲がってきて無いかい?」
 ふふっと軽く笑っただけで桔梗は何も答えず、代わりに一家共用の携帯電話を渡した。
 めんどくさがりで電話の嫌いな兄は、こうでもしないと携帯なんて持っては歩かない。
「夕食が要らないようなら早めに連絡頂戴ね」
「了解」
 面倒な物を……というような表情を若干浮かべて美濃川はシルバーの携帯をスーツのポケットに放り込んだ。
「んじゃ」
「はい、行ってらっしゃい」
「澪ちゃん、てすとどうだった?」
 お昼時、お弁当を机の上に広げる澪と菫の傍らに白蓮がとてとてと寄って来た。
「澪ちゃん的に完璧だったじぇ」
「つまり、赤点は取らずに済んだ、って事みたい」
「……んげ」
 澪の頭の上でさんちゃんがお手上げのポーズを取ってから、机の上にひょいっと飛び降りた。
 まるっこい体からは意外な程身軽に、机を揺らす事も無く弁当の前に着地する。
「うふふ、おめでと」
「せんきう……さて、今日のお昼は」
 別に持ってきている手提げカバン一個には丸々桔梗謹製のお弁当が詰まっている。
「んげ〜んげっ♪」
 さんちゃんもお重を開けたりするのを手伝いつつ品定め。
「にゃんこにゃんこにゃん♪おおう、カナッペかー」
「いつも美味しそうだよねぇ、桔梗さんのご飯」
「うん、それにとっても賑やかさんで綺麗」
「にゃははは、みんなで食べなさって言われてるしよー、菫も白蓮ちゃんもつまみにゃよ」
「うーん、悪魔の誘惑だわー……明日からお弁当減らしてってママに言おうかな」
「えへへ、私も明日から作る量へらそ」
「ひぇ、白蓮ちゃん自分で作ってるの」
「うん、楽しいよ」
 そう言いながら白蓮が白の可愛らしいランチボックスを開くと、小さなおにぎりが可愛らしい姿を現す。
「はー、美味しそう……こっちも綺麗よねぇ」
「一個貰って良いかにゃ?」
「うん、菫ちゃんもさんちゃんもどうぞっ、お口に合うと嬉しいな」
「ありあとーよ……んー美味美味♪シャケの脂の乗り具合が良い塩梅だじぇ」
「んげぇ♪」
「わ、白蓮ちゃんもお料理上手」
 褒められた白蓮が嬉しそうに目を細める。
「茜おねぇちゃんに教わったの、おねぇちゃんのお料理の腕はもっとすごいよ」
「あれ、白蓮ちゃんって茜先輩の妹なの?姓が違うけど?」
「えっとねおねぇちゃんのお家が遠縁の親戚さんで、こっちの学校に通うって事でごやっかいになってるの」
 白蓮が、綺麗な箸の使い方を見せて、素揚げにした鶏の唐揚げを小さな口に運びながらそう応える。
「ほー、茜さんと一緒に暮らしてるのかぁ……けんどーやれとか言われね?」
「えへへ、よく言われるけど……私あんまり丈夫じゃないから」
「まぁ、丈夫になるためにやってもいーとは思うけど、ま、人それぞれだーな」
 そう言いながら澪がカナッペを口に放り込む。
「んまい、さすが桔梗さんだ」
「おお、流石ねこのや再建の立役者の桔梗さん……プロは違うねぇ」
「わぁ、美味しぃ……」
 白蓮がほわほわした笑顔を浮かべてカナッペの残りを口に運ぶ。
「ところで澪すけ、さっきの白蓮ちゃんの話じゃ無いけど、部活やらないの?」
「んぁー……どーしよーかね」
 正直いろいろやりたくは有るのだが、自分の本業を考えると時間は余分に取っては居られない。
 カナッペを口に放り込みながら、澪はそんな思いを微塵も表に出さずににまーっと笑って見せた。
「ま、より取り見取りだしよ、もうチョイ高く売りつけられるところ探してみらぁ」
「嫁き送れにならなきゃいーけどねぇ」
「ふふ、そうだね」
「言ってくれるにゃー、まぁ、放課後にあちこち覗いてくらぁ」
「……主将」
「……また、あやつか」
 うんざりしたような顔は既に見慣れた物になってきている……茜は彼女の言葉を首肯するように竦められた後輩の肩をねぎらうように軽く叩いて、放課後の練習に励む部員達の方に向き直った。
「ちと席を外すが素振りを続けよ、漫然と行うのではなく常に手の内を定め、敵と正対していると言うイメージを崩すでないぞ」
 竹刀を所定の位置に掛けて、茜は薄汗も滲ませない涼しい顔で体育館の入り口に向かった。
 嫌な事だが、これは主将の仕事である。
 体育館の入り口に、いかつい男達を従えたどちらかと言うと可憐な少女が木刀を提げた姿を認める。
 よくもまぁ連日飽きぬ物だ。
「来たな陸奥茜、今日こそ勝負よ」
「光よ、我らは正式な手続きを踏まぬ立会い要求は認めておらぬ」
 木で鼻をくくった対応の見本のように、茜は目の前の少女に言い放って腕を組んだ。
「いつもいつも決まりきった口上で逃げる!卑怯者」
「状況が変更されぬ以上、同じ申し出には同じ答えしか返せぬ」
 剣道着に袴姿の茜の口調はいささかも乱れない。
 とは言え、竹刀を置いてくるのは応戦してしまうのを避ける為ではあるが……
「私と戦えっ!負けるのが怖いか!」
 負けるのが怖いか……か。
 実戦以外で負けるなど、別段どうでも良いのだが……な。
「我らと戦う事を望むならば来月開催の県大会にでも参加致すが良い」
「我ら実戦派コムドは軟弱な日本剣道の大会などには出ない」
「左様か、ならば縁が無いのであろうよ」
 肩を竦めた茜が、話は終わったと言うように背を向けて歩み去る。
 いつもはこれで、背中に当たる罵倒を聞き流せば話は終わる……
 ……!
 咄嗟、背中に迫る何かを感じた茜が振り向きざまに、それを払った。
 茜の肩に伸ばされた光の取り巻きの男の手を茜の手刀が強かに打たれる。
「……何の真似だ?」
 凄まじい視線……一瞬だが表に出た茜の本気の怒りの視線に僅かにたじろぎながら光が薄笑いを浮かべる。
「こちらの部員に手を出したな」
「……正当な防衛行動だ」
 それが狙いか……。
「正当か、どうだ?」
 光が件の男に顔を向ける。
「いやぁ、痛いですよぉ……こりゃヒビでも入ったかな」
 あながち冗談でも無いかな……と思いながら男はへらへら笑いながらそう応えた。
「ほうほう、剣道部主将の暴力行為か、県大会への影響は避けられないな」
「……剣など学ぶのを止めて当たり屋にでもなったらどうだ?下種共」
 底冷えのするような茜の視線に射抜かれてへらへら笑っていた男達の顔が引きつる。
「もしそう言い立て剣道部が出場できない状況にでもなったら……」
「……どうすると言うよ」
 茜と光の視線がぶつかり合う。
 一触即発の気配……
「おーい茜さんは居るけー」
 そんな緊迫した空気をぶち壊すようなお気楽な声が入り口から響いた。
「な……」
「入り口に陣取るんじゃねーよ、ウドの大木」
 高等部の……それもいかつい男子生徒を前にしたとはとても思えないような声と態度で、澪がふらりと光と茜の間に割って入った。
「いよっす、今朝の約束どおりに入部考えに来たじぇー、茶菓子くれーは出るかい?」
「……そなた」
「まぁがっこじゃ無理か……んじゃ帰りにたこ焼きくれー奢ってくれや」
 茜の腕を取って澪が歩き出す。
 一瞬あっけに取られていた茜だが澪の意図が判らない馬鹿ではない、微苦笑を浮かべて澪に合わせて歩き出す。
「下校時の買い食いは禁止されておる、良ければ家にでも参れ、白蓮も喜ぶであろう」
「わかってねーなー、下校時に屋台とかで食うから良いんじゃねーかよ」
「ふむ……そう言う物か」
「そーいうもの」
「そ……そういう物じゃないよ!陸奥茜、こちらの話は……」
 我に返った光がいきり立ったような声を上げる……その光に澪が顔を向けた。
「終わってるからとっととけぇれよ、こっちが先約じゃ」
「な……何を言って……おい、何か言ってやる!」
(口がきけりゃーな)
 ぼそっと呟いた言葉は傍らの茜にしか聞こえなかった……
 ……そうだな、恐るべき少女よ。
 茜が視線を光とその背後の取り巻きに向ける……その中で茜に手を伸ばした男が白目を剥いて倒れた。
「……な」
「いやー、最近のわけぇのは鉄分が足りない所為か、よく貧血起こすよにゃ」
「ふむ、まぁ我に払われただけでヒビが入るような手首ではカルシウムも不足して居ったのだろう、武術をやる前に体を鍛えた方が良さそうだの」
 二人の若干嫌味ったらしい視線に、光の顔が赤くなる。
「……今日は勘弁してやるよ」
「出来れば終生そなたの顔を拝むのを勘弁してもらいたい物だがな」
「じゃーにゃー」
 澪と茜は騒がしくなった体育館の入り口に背を向けて歩き出した。
「……礼を申す」
 前を向いたまま、茜は低く、傍らの小柄な少女の耳にだけ届くような声を出した。
「んー、にゃんのこった?」
「んげ」
 へらっと澪が笑う。
「ん、そうだな」
 些か手荒いが、無事に事を収めてくれた少女に対してあれこれ言う事も有るまい……
「帰宅時にたこ焼きでも買って行くか、お奨めの店は有るか?」
「おう、ごこーいに甘えますにゃ」
 ばれてない自信は一応有ったんだけど……やっぱ気が付かれたか、怖いねーちゃんだにゃ。
「ただし、食すのは我が家に参ってからだ」
「ぶーぶー、それは買い食いとはいわねー」
「だから、それは校則で禁止されておると……」
 のんきな台詞を交わしながらも、茜は光が実力行使に出て来た事への懸念がじわじわと圧し掛かってくるのを感じていた。
(このままでは済むまいな……)
「僕を長期雇用したい?」
「ええ……まぁ最初に試用期間を2ヶ月設けさせて頂きますが、最大1年です。また勝手かとは思いますが、こちらで情報ソースの価値無しと看做した際は試用期間内で契約満了とさせて頂きます、無論その間の賃金はお支払いします」
 美濃川は目の前のクライアントにして類稀な美少女に目を向けた。
 と言うか、探偵の世話になる歳にはとても見えない……どう見ても彼の娘や澪と同い年位の美少女。
 あー、萌衛(もえ)……どうしてるんだろ、元気でやってるかな。
「貴方を拘束する類の契約ではありません、半月に一度署名付きで暗号化をされたメールに暗号キー付き圧縮を施した報告書を添付して頂ければ結構です、書式のサンプルは……」
 少女の蒼白な手で機能的なモバイルPCが開かれ、美濃川の方に向けられて、彼の意識は現実に引き戻された。
 血の色を浮かせたような、綺麗だが鋭い真紅の瞳が彼を射抜く……
「こちらになります、テキストなのでプラットホーム問わずに対応可能と考えています。取り込んでデータベース化したいのでフォーマットに従って記載をお願いします。こちらのフォーマットは契約成立後に美濃川さん指定のアドレスに送付します。提出に関して、若干の期日のズレに関しては、連絡を頂ければ問題扱いしません……如何ですか?」
「悪い話じゃ無いね……」
「主観的な判断はそちらでどうぞ、こちらとしては合法な依頼を相場より若干上の金額でお願いしようと言うだけです」
 愛想の無い表情で愛想の無い台詞を口にしながら、蒼白な少女は目の前のティーカップを手にして、口に運んだ。
 美濃川の前にも同じものが置かれている……彼の趣味ではないが、その紅茶もティーカップもその辺に売っている代物では無い事は、名目上とは言え喫茶店のオーナーである彼には判った。
 少なくとも、金払いの段階で揉める様なクライアントじゃ無さそうかな。
「幾つか確認させて貰っても?」
「当然ですね、どうぞ」
 そう言いながら、無意識の動作なのか、少女が自分の癖っぽい髪の毛を指先で弄ぶ。
 雪のように白い指先に淡い亜麻色の髪が絡む様が絵画のようで、一瞬見とれてしまう。
「この町の調査……それも僕が違和感を感じたような事の調査、報告なんてローカル極まる話に、何故こんな大金を投じるのか理由を伺いたいんだけどね」
「新聞地方欄の記事にする為の材料集めです」
 余り本人も信じて居なさそうな表情でそっけなく言い放たれた言葉に、美濃川が苦笑した。
「……そう信じて欲しいのかい?」
「別に内心の自由を束縛する心算はありません……納得できなければ仕事をしないと仰るのでしたら、こちらは契約を結ばないだけの事ですから」
 ……どうも胡散臭いな。
 だが、どう考えてもオブセの町の変化なんて情報が悪事に関わりが有るとは思えないし……。
「了解……後は、違和感と言う物の判断基準かな……何か有るのかな?」
「此処に昔から住んでいる貴方の感じる違和感で結構です、お話を作られる方が迷惑ですので、何も無ければ何も無しで結構」
「了解、所でその間は僕は他の仕事は請けられないのかな?」
「専属契約では有りません、いえ、むしろ積極的に受けて下さった方が良いかも知れませんね。重ねて申し上げますが本契約は報告書の提出義務以外に貴方を拘束する物では有りません」
 まさか……一応でも探偵を雇ったのはそれが目当てか?
「……その情報もレポートしないといけないのかい?」
「まさか」
 今度は少女の方が苦笑を浮かべながら、ティーポットを手にしてお茶を自分と美濃川に注ぎ足した。
「そうペラペラとクライアントの情報を他に漏らすような方でしたらこちらから契約を打ち切ります。私としては、単純に貴方の行動圏が広がる事を歓迎したのみです」
 成程ね……
「第一……」
「ん?」
 少女が僅かに皮肉っぽい笑みを浮かべながら言葉を継いだ。
「他に情報をリークするほど商売繁盛とは伺っていませんが」
「……仰る通り」
 いやはや、自分の周りの美人さんはみんな頭が良いけど性格キツイなぁ……。
 だが、それが良いなどと、どこぞの侍のような台詞を胸の中だけで呟きながら、美濃川は注ぎ足された紅茶のカップを手にして、目の高さに掲げた。
「では、そちらが宜しければ契約と行きたいんだけど」
「無論結構です……何か業務遂行課程で疑問が出ましたら逐一メールで質問頂いて結構です。携帯電話は嫌いですので、番号は教えておきますが、緊急連絡以外で掛けて来ても対応は悪いと思います」
「こちらに伺って紅茶を挟んで質問としゃれ込む訳には行かないかい?」
 美濃川の言葉に、雇用主になった少女が凍りつくような視線を向けた。
「不要です、依頼に当たって調査しましたが、私は貴方の能力を見て依頼をしましたが、人格に関しては一切信用を置いて居りません……貴方が再度我が家の敷居を跨ぐのは契約満了か破棄の際のみです」
「……りょ、了解」
「では、こちらにサインを」
「ほい、ボールペンで良いかい?」
「結構です」
 そう言いながら、少女の方は皮製のペンケースから万年筆を取り出した。
「こちらは私が保管します、こちらは控えとしてお持ちください」
 そう言いながら、彼女は雇用者の欄に綺麗な字をさらさらと綴った。
 流れるようで居て万人に読めるような正確無比な字。
「氷川瑠璃……」
 ふむ……名は体を表し、書はその人の性格を現すか。
 そんな事を思いながら美濃川は自分の名前をその下に記した。
 ……我ながら乱雑な字だな。
 この少女の字と比べられたら大半の人間の字は汚い事になるだろうけど、自分のは一際酷い。
「じゃぁよろしくね瑠璃ちゃん」
「……氷川です、次そう呼んだら目を抉らせますよ」
「……は……はは目を抉るとは物騒だね」
「ええ……私がやるわけではありませんがね……かあ君」
 瑠璃が部屋の奥に呼びかけた……その声に応えて黒い何かが部屋に飛び込んできた。
「くわーーーーっ!」
 甲高い声と共に、漆黒の翼が瑠璃の肩に留まる。
「はい、かあ君」
 そう言いながら、瑠璃がお茶請けのクッキーを半分に割って肩に留まる鳥に差し出す……それを黒い嘴がついばんだ。
「か……鴉?」
「ええ、私の頼もしい用心棒です、不埒な真似を私に働こうとする輩の目を抉る程度はお手の物ですよ」
「くわ」
 利口そうな黒い瞳が美濃川を見据える。
 もしかしてターゲットロックオン?
「……剣呑なボーイフレンドだね」
「ふふ、まぁそう言う事です、無事で居たければ私には手を出さないのが身の為です」
「くわっくわ」
「……判ったよ……えーと氷川さん」
 差し出された美濃川の手をさり気なく無視しつつ、瑠璃は玄関に立ってその重厚なドアを開いた。
「では調査をお願いします、町の探偵さん」


 落日が紅く染める美しい川面が揺れる度に微妙な陰影が動き、光が煌く。
 影絵のような人々が水面からの心地よい風を受けながら土手を歩んで行く。
 学校帰りの二人が仲良さそうに騒ぎながら。
 自転車を走らせる人が。
 散歩する老人が。
 大型犬を散歩させる少女が、どちらかと言うと犬に引っ張られるように。
 そんな人々の上を阿呆阿呆と啼きながら、鴉が飛び去って行った。
 失われかかっている日本の風景……
「うるさいっ!誰があほうよ!」
 それを楽しめずに鴉に当り散らすアホウ……光の大声が河川敷に響いた。
 茜がこの光景を見たら肩でも竦めて冷笑しただろうが、お互いにとって幸いにも、茜は正反対の方向に向かって澪と共に家路に就いていた。
「もう少しで上手く行ったのに……誰よ、あの小娘はっ!」
 殺気立った目を向けながら、光が男達を相手に怒鳴り散らす。
 理不尽な言い種にも関わらず男達が若干不平そうではあっても沈黙を守っている辺り、光の剣の実力が高いのか、リーダーの資質があるのか。
 どう見ても剣道同好会の……
「コムドよ!間違える駄目!」
 失敬、コムド(某半島流剣道)同好会の集まりと言うよりは、昔懐かしい不良の集会のような一団の中から声が上がる。
「確か、中等部に転入してきた奴です、名前は黒……なんつったっけ?」
「黒崎澪ちゃんだろ、有名だぜ?」
「……有名?」
 光が訝しそうな目を、マネージャー役を買って出ているひょろっとした男に向けた。
「ええ、転入早々の一時間目から昼寝してたとか、学食全メニュー制覇して出入り禁止食らったとか」
「……何よ、その駄目人間は」
 てめぇが言うなと空間を超えてツッコミが入りそうな台詞であったが、流石の澪もそこまでは出来ない。
「まぁ、今回のは単なる偶然だと思いますよ……それよりどうします?同じ手には二度は引っ掛かってくれないと思いますが」
「……こうなったら闇討ちよ、部員の二三人も病院に送れば奴も動くよ」
 今にもその思い付きを実行に移しに行きそうな表情で光がいきり立つ。
 よほど自分の実力に自信が有ると見えるらしく、返り討ちの恐れは全く感じていないようだ。
「いや、流石にそれは止めましょう、一歩間違うとウチが廃部……廃同好会ですよ」
「では、どうするよ?」
「うーん」
 どちらかと言うと単純な集団らしい……今日茜に仕掛けたのが、彼らの精一杯の悪知恵だったと見える。
 暗くなっていく空の下、むくつけき男共と一人の少女が呻る。
 何時しか土手を行く人影は消えていた。
「お悩みのようだな?」
 その暗くなっていく世界の落とした影が命を得たような……そんな黒ずくめの人影が彼らの後ろから声を響かせた。
 慌てて振り返ろうとする……その男達がバタバタと倒れこんだ。
 急激な睡魔……それを認識させるより先に体を無理やり眠らせるような……そんな不自然な眠りが彼らを包んでいた。
「な……何者よ?」
 慌てて光が木刀を構えようとする……その剣尖が押さえられた。
 馬鹿な……自分が二歩の間合いを瞬時に破られるなんて。
「なに、親切な通りすがりが知恵を貸そうというだけだ」
 その黒ずくめの姿の中、白く光るものが三つ見えた。
 妙に白い歯と白く光る眼が二つ。
 そこで……光の意識は途切れた。
「心配するな、お前の望みは叶えてやろう……」
 パン、と軽く手を叩くと、操り人形のようにふらふらと男達と光が動き出す。
 それぞれが家路に就く……その背を見送って、黒い人影はかすかな笑みを浮かべた。
「私は……お前のような不毛な憎悪を燃やす人間が大好きなのでな」
(ご主人たま、今日の事はどうなんれしょうね?)
(どーって?にゃにが?)
 綺麗な夕日の中、頭の上にぬいぐるみを乗せた人影が家路を急ぐ。
(次は我が家にて夕食でも食べて行くが良い)
(あんがとよー、そのうちご馳走になりに行きますにゃ)
 そんなやり取りをして茜と別れた澪の姿であった。
 手にはパックされたたこ焼きを提げているのは、本日の戦利品と言うべきか。
 何時もの様に歩きながらそれを食べないのは、奢ってくれた人への彼女なりの礼儀なのだろう。
(あの光と言う人れす、変な感じがしませんれしたか?)
 さんちゃんと澪は口を開く事無く会話をしていた。
(んぁ、“連中”の気配は感じなかったじぇ……オツムのネジは二三本トンでそーだったけどよ)
(ご主人たまもそう感じたんれすね……でも)
(……まぁさんちゃんが気にするのも判るけんどにゃー)
 あの憎悪、茜に向けられた嫉妬、どれも尋常な代物ではなかった。
 間に入った澪の気分が悪くなる程に……それは理不尽で不毛な負の想念。
(今日は大丈夫でも明日どうとかワカンネーしにゃ、ちっと気にしとくわ)
(それが良いと思うれす……)
 二人が角を曲がると、ねこのやの明かりが瀟洒な建物を黄昏時の中に淡く浮かび上がらせた。
「きょーのご飯はにゃんだろな♪」
「んげ」
 難しくて愉快ではない事を考える時間はお仕舞い。
 ねこのやの方ではなく裏に回って母屋の玄関を開くと、店の鈴音とは違うこちらはカウベルの音が澪を迎えてくれた。
「たらーいまー、澪ちゃんがけーったぞー」
「んげー」
「あら、お帰りなさい、後20分程度でご飯になるからね」
「あいよん、今日は……アジの開きの良いのが入ったんかい?」
「相変わらずねぇ……後はキスの干物の良いのがあったから、ほぐして和え物にしようかと思ってるけど」
「じゅる……にゃんこキラーな夕食だぁねぇ」
「ふふ、猫ちゃんには塩気が多すぎるけどね……あら、それどうしたの?」
 台所からひょいと顔を出した桔梗が、澪の手に酔っ払いのお土産よろしくぶら下げられた物に目を留める。
「あ、これ?先輩に奢って貰ったんだじぇ、ききょーさんも食うかい?」
「ふふ素敵ね、それにしても屋台のご飯なんて久しぶりねぇ……」
 そう言いながら台所に戻った桔梗に代わって、テレフが顔を出す。
「くんかくんか、ソースの匂いがするにゃん」
「おう、不良ウェイトレス、たらいまん」
「にゃす、不良学生お帰りにゃん……にゃにをカツアゲしてきたにゃ?」 
「悪魔の魚を刻み込んだ小麦団子のソース掛けじゃ、猫には毒だじぇ」
 にまぁーっと笑った澪がテレフに顔を向ける。
「にゃふっ!あ、悪魔の魚?」
「そう言う言い方すると、タコヤキも美味しくなさそうだよねぇ……お帰りお姫様」
 ふらりとやって来た美濃川が眉を顰めて肩をぐるぐる廻しながら渡り廊下をやってくる。
「おう、たらいま……どしたいおっさん、変なカッコで寝すぎたのけ?」
「酷いなぁ、仕事だよ仕事」
「にゃんと、探偵の仕事の依頼だそうにゃん」
「……もうちょい、気の利いた事いわねーと、幾ら嘘でもリアリティってのがよ」
「それが、ホントらしいわよ……はい、残りの話は食べながらにしましょ、テレフと兄さんは盛り付け手伝いなさい、澪は荷物置いて……」
「うがいと手洗いっと」
「そう言う事」
 明けて翌日。
 澪がお気に入りのスニーカーの紐を締めて玄関を開く。
「いってきやーす」
 カウベルの素朴な音に澪の元気な声が乗る。
「行ってらっしゃい、今日は早いのね」
「おう、ちと朝練の見物にねー」
「部活かぁ、良いわねぇ青春真っ盛りって感じで、何やるか決めてる?」
「けんどーか、マンガか、なぎなたか……にゃんだろ水泳も陸上も捨てがたいしバスケもバレーも楽しいんだよにゃー、後ハンドボールからも誘われてるし、あ、スケート部もあった」
「……決まってないって事ね」
「……んげす」
「にゃーはははは、にゃんでも出来るって事は罪ってこった」
「まったく……」
 この騒々しい娘は……なんて人生を自然に楽しんでるんだろ。
 ホントに羨ましい。
「何を選んでくるか楽しみにしてるわね」
「おう、楽しみにしててくんなー」
「そうそう、晩御飯は焼きソバにするから、買い食いしてきても良いけどその辺は避けなさいね」
「あいよー……つか、この家で焼ソバて珍しくね?」
「んげ」
「昨日食べたタコヤキに触発されて……かしらね、麺は手打ちで行くわよ」
「おおー、楽しみ〜、んじゃ行ってくんね」
「はい、行ってらっしゃい」
 短距離走の世界選手権代表選手みたいな勢いで駆け出した澪の背中が、朝靄の中に消えていく。
 それをにこにこ笑いながら見送った桔梗が、振っていた手を下ろした。
「……確かに引く手数多でしょうねぇ」
 柔軟さ、瞬発力、持久力、回復力、五感、反射速度、全てを高いレベルで兼ね備えた稀有も良い所の体。
 そして、体を動かす技術に対する異常なまでの習得の早さ。
 どれを取っても常人ではない。
 でも、あの澪という少女は、どうも部活をやっている姿が想像し辛い。
 何でも出来るから、何か一つに打ち込むと言う事は無いんだろうか……それはそれでちょっと寂しいなどと桔梗は思うのだが。
「ま、あの子はそんなの関係ないか……」
 一つの事に打ち込む事に楽しみを見出す人も居れば、広く浅く楽しみを有する人だって居る。
 片方が片方を気の毒に思うなど、思い上がりに過ぎないのかも知れない……要は生きている時間を楽しく使っているか、否かの問題なのだから。
 軽く伸びをして清冽な空気を吸い込み、今日のランチの仕込みに戻ろうと踝を返した桔梗の前で、再度カウベルの音と共に扉が開かれた。
「や、親愛なる妹よ、おはよう、今日も綺麗だね」
 妙にご機嫌な兄の顔を、桔梗は胡散臭げに見回した。
「兄さん……やっぱり猫ちゃん探す仕事だったの?」
 猫は夜行性……この時間は眠くてへろへろ歩いている事が多く、狙い目である。
「いや、違うってば」
「そう?なら別に良いんだけど……仕事よね?」
「うん、今回の依頼は変わった内容でねぇ……」
「はいはい、守秘義務ってのが有るでしょ、仕事の内容までは、私は立ち入りませんからね」
 何か言いかける美濃川の口を、桔梗の言葉が遮る。
「ご尤もだね……じゃ、昼には一回帰ってくるから」
「そう?じゃ用意しておくわね」
「頼むね……しかし、こんな話になるなら自転車でも買おうかなぁ」
 王道でBD-1にしようか、普段使い考えるとDahonも捨てがたい……等と、なにやらブツクサ呟きながら、美濃川もまた朝靄の中に消えていった。
「こんな朝早くからって……何の仕事なのかしら」
 それ以前に、あの兄に移動手段を買う事を検討させる程、やる気を出させるとは……
 ちなみに美濃川氏、探偵にあるまじき事に車の運転免許を保有していない。
(安楽椅子探偵は足は使わないものさ)
(車の維持費以上に稼げる可能性を考慮すれば賢明な選択よね)
 等という心温まる会話が、探偵事務所開設時に交わされた物であった。
(そんなに面白い依頼なのかしら……それとも依頼者が美人とか)
 まさかね、とその思い付きを軽く頭を振って追い出した桔梗が家に入り、店と家を仕切る扉を開く。。
「テレフ掃除は……」
 終わった?と言おうとした残りの言葉が、苦笑に変わる。
 カウンターに突っ伏して幸せそうに寝息を立てる不良ウェイトレスが約一名。
「ふにゃー」
「全く、ウチは手の掛かる子しか居ないんだから」
 店の奥から大き目のタオルを持ってきて、テレフの肩口に掛けてやってから、桔梗は傍らに転がされていたモップを手にした。
「でも、ま」
 ちょっと面白すぎる面子だけど……家族が居てくれるだけ良いわよね。
「……ん」
 寝室の心地よい闇の中に一筋の光が差し込み、瑠璃の顔を照らし出す。
 若干亜麻色掛かった銀色の癖っぽい髪の毛が、光を反射してえもいわれない輝きを放つ。
 だが、そんな絵画みたいな情景も、ご本人には関わりが無いらしい、瑠璃は一度目覚めさせられた事に反抗するように、横を向いてシーツを頭から被った。
「眠いです……」
「くわー」
 そのシーツが引っ張られる。
「判ってますけど、これは低血圧の問題であって、私の意志とは関わりはありません」
「くわっくわっくわーーー!」
「判りました、起きますから黙りなさい」
 そう言いながら、少女がベッドから身を起こして、ベッドサイドの手すりに留まった彼女の用心棒に、些か機嫌の良くない視線を向けた。
「おはようございます、かあ君……いえ、優秀な私の目覚ましさん」
(そうは言うがな、腹が減って適わないんだよ、何か食わせてくれ)
「食事くらい自分で調達できるでしょうに……最近横着になってませんか?」
(ご主人の白い手ずから食わせて貰わんと、食ってる実感が無いんだな、これが)
「妙な趣味ですね……クラッカーと豚肉で良いですか?」
(後牛丼のドレッシング掛けの大盛りとギネスをシックスパック、黒メイドのカッコで給仕してくれ)
「……殴りますよ」
(へいへい、そっちは夜の楽しみに取っておくかね)
「そうしなさい、後、私のメイド姿は諦めなさい」
(夢ってのは容易に適わんから良いもんさね)
 全くセクハラ親父なんですから……そう呟きながら瑠璃はベッドから下りて、シンプルなコットンのパジャマを脱ぎだした。
(ご主人はつくづく発育不良だな)
「……かあ君、それ以上発育できない体になりたいんですか」
(御免こうむりやす、てか、俺はご主人みたいなタイプの方が好みだけどな)
「だったら少しは口を慎みなさい」
(これが俺なんでねぇ、ご主人こそ諦めなよ)
「諦観するには私はまだ若すぎますし、貴方とは一生付き合うんですから、暫くは口うるさく言われると覚悟なさい……さてと」
 細いジーンズにTシャツ、その上から若干余裕のあるシャツを羽織った瑠璃が、寝室の窓を開いた。
 高層マンションの最上階に、清冽な風が吹き込む。
 その空気を胸いっぱいに吸い込むと、新鮮な酸素が頭を活性化させて行くのを感じる。
 そこから、窓外の光景に目を向ける。
 陽光を反射して煌く湖、河川、朝靄の中に沈む町並み……。
 綺麗な世界……私の使命はこの美しさを護る事。
「この町の調査……本格的に始めますよ、かあ君」
(あいよ、とりあえず腹に何か入れたらな)
「そうしましょう……私は取り敢えず」
 くー、と瑠璃のお腹が可愛らしい音を立てる。
「美味しいモーニングセットのお店を探す事にしますか……」

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