ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

新旧翻訳読み比べコミュのイタロ・カルヴィーノ - Italo Calvino

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
イタロ・カルヴィーノ - Italo Calvino についてはこのトピックで。

コメント(2)

【タイトル(書籍名)】:不在の騎士
【作者】:イタロ・カルヴィーノ
【翻訳者】:米川良夫
【出版社】:国書刊行会
【出版年】:1989年
【補足情報】:
【引用頁】:1p(1 冒頭)
【引用】:
 パリの赤い城壁のもと、フランスの軍勢がひしめくように居並んでいた。シャルルマーニュが麾下の勇将たちを観閲してまわるはずであった。もう三時間以上も彼らはそこに立ち続けていた。わずかに曇った、初夏の午後のこと、暑さで、鎧のなかはとろ火にかけた鍋のようにゆだっていた。騎士たちの不動の隊列のなかには、とっくに気を失ってしまったか、あるいはうつらうつら居眠りをしているものがいないとも限らないが、それでも鎧が彼らをみな一様に、ふんぞり返ったままの姿勢で支えてくれていた。突然、三たびラッパが吹き鳴らされた。そよとも動かぬ大気のなかで、兜の羽根飾りがいっせいに、突風に吹かれたかのように揺れ動き、はるかな海鳴りのように聞こえていたあの響動【どよめき】も、ぴたりとやんだ。つまるところ、金属製の甲冑の顎【あご】当てのなかでくぐもった、武者【もののふ】たちの鼾【いびき】というわけであった。

【引用頁】:190-191p(12 末尾)
【引用】:
 それで、ある所から私のペンは走り出したのでした。彼にむかって、私は走っていたのです。遅からず彼がやって来ると、私には分かっていたのです。書物のページの素晴らしさは、それをめくってみる、ただそのときにだけあるのです、すると背後には生命が息づいていて、ページというページを駆り立て掻き乱しています。ペンは、あなたを駆り立てて通りから通りへと走らせるのと同じ歓びにに駆られて走ります。書き始めはしたけれど、まだどんな物語を語ろうとするのか、書いているあなたにも分からない章の出だしは、修道院を出はなに曲がる角のようなもので、巨龍か、海賊の一団か、魔法の島、それとも新しい恋に出会うか、分からないのです。
 ランバルド、私走っていくわよ! 院長さまにも御挨拶さえしていません。みなはもう私のことをよく知っていて、闘争と抱擁と幻滅の後には、いつでもこの修道院に戻って来るのも承知しているのです。でも今度は違うでしょう……。きっと違いますわ……。
 過去形の物語から、そして慌ただしい身振りで私の手を引いてゆく現在からも、ほら、御覧なさい、未来よ、私はお前の馬の背に乗ってしまったの。まだ築かれてもいない都市の、その櫓の上から、お前はどんな新しい旗じるしを私のほうへかざしてくれるのかしら? 私が愛【いとお】しんで来た城や庭からは、どんな破壊の煙を立ち昇らせてくれるの? どんな思いがけない黄金時代を用意してくれているのかしら、人知の支配を逃れ去るお前は? 高価な代償で手にする宝物の前ぶれ、征服すべき私の王国、おお未来よ……
【タイトル(書籍名)】:不在の騎士
【作者】:イタロ・カルヴィーノ
【翻訳者】:脇功
【出版社】:松籟社
【出版年】:1989年
【補足情報】:
【引用頁】:3-4p(第一章冒頭)
【引用】:
 パリの赤い城壁の下には、フランスの軍勢が勢揃いしておりました。シャルル・マーニュ帝が麾下の将卒を閲兵することになっていたのでございます。すでに一刻半あまりも全軍その場に並んだまま。暑い日でした、夏の初めの昼下がり、やや曇りがちながら、甲冑の中は、まるでとろ火にかけた鍋の中みたいに、煮立っておりました。不動の姿勢で整列した騎士たちの中には、もう気を失っている者やら、うとうとしている者もいたことでしょうが、鎧に支えられているせいで、みな一様に鞍の上で威風堂々とそっくりかえっているかに見えました。にわかに、喨々【りょうりょう】たるラッパの響きが両、三度。すると、よどんだ大気の中で、兜の頂きの羽根飾りが風にそよいだみたいにぴくんと動き、さきほどまで聞こえていた潮騒のような音がぴたりと止みました、つわものどものいびきが兜の面頬【めんぼう】の中でこもった響きをたてていたのでございます。

【引用頁】:202-203p(第十二章末尾)
【引用】:
 そのために、あるところまで来ると、私のペンは急に走り出したのでございます。彼を迎えに駆け出したのでございます、彼が間もなくやって来ることをペンは知っていたのでございます。本のページは、あなたがそれをめくってこそ意味があるのであり、そして、その背後には本のあらゆるページを衝き動かし、かきたてる生命があるのでございます。ペンはいま、あなたが道を駆けてゆくのと同じ悦びに衝き動かされて、走っております。あなたがいま読みかけて、この先きどんな物語が展開するのかまだわからないこの章は、あなたがこの修道院を出てから曲がるまがり角と同じようなもので、そこから先きで、はたして竜に出会うか、蛮族の一隊に出会うか、魔法の島に行きつくか、それとも新たな恋にめぐり合うのか、あなたにはわからないのでございます。
 私は駆けております、ランバルド、院長さまにもご挨拶いたしません。いさかいやら、抱擁やら、迷妄やらのあとで、いつも私がこの修道院にもどってくることをもうみなさまご存じだからでございます。でも、今度はちがうかもしれませぬ……今度ばかりはちがうかも……
 過去を物語ることから始め、そして、私をせきたて、翻弄する現在から、おお、未来よ、私はいまお前の鞍に跳び乗ったのだ。お前は私にいかなる新しい旗を、いまだ建設されていない都市の塔の旗竿に掲げるのか? お前は私の愛していた城や庭園からいかなる荒廃の煙を立てるのか? 思いのままにはならぬお前は、いかなる予期せぬ黄金時代を用意して待っているのか? 貴い代価を支払って得る宝の主計吏よ、征服すべき私の王国よ、未来よ……

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

新旧翻訳読み比べ 更新情報

新旧翻訳読み比べのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング