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超流派・ヨーガコミュの「聖者の生涯 ヨーゲーシュラワーナンダ」

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「聖者の生涯 ヨーゲーシュラワーナンダ」



第一章 放棄に向けて


誕生と幼少期

 出家修行者になる以前はヴィヤーサデーヴァとして知られていたシュリー・ヨーゲーシュワラーナンダ・パラマハンサは、ヨーガの実践者であり、人生の歩を帰依と献身によって進めていた。
 彼は、自身の経験を通してヨーガ修行に立派な貢献を行った。
 彼は言葉によってではなく沈黙と集中を通して教えた。

 シュリー・ヨーゲーシュワラーナンダ・パラマハンサは、彼自身の両親や家族については明らかにしていない。
 家庭生活との繋がりを完全に断ったヒンドゥー教の出家修行者は、それらを明らかにしないのだ。
 私が知る限りでは、スワーミーは社会的地位のある家庭に生まれて、両親や兄弟姉妹に愛され、手厚いケアと愛情に包まれて育てられた。
 彼は明るい将来を約束されていた。礼儀正しく従順かつ全てに対する早熟な思いやりに満ちた少年であった。
 ゆえに、近所の人達は彼に対して愛と好感を以て接していたのだった。

 子供にしては彼は大変思慮深く、構われずに一人でいることを好んだ。
 彼は近所の子供達と遊ばず、学校の級友ともさほど付き合わなかった。
 彼がまだほんの十代の初めの頃から、どうして彼がそれほど多くの考えに溢れ、同じ年頃の少年仲間を避けるのかが理解出来なかった両親にとって、彼は頭痛の種であった。
 後に彼が偉大なヨーギーになるのだという事など、彼らには少しも分からなかったのだから。

 他の偉大な霊的指導者と同様に、彼は神や魂、そしてそれらの関連性について思索を巡らしたものである。
 彼は質問を掲げ、それらに自ら答えようと試みたが、満たされることはなく、正しい回答を渇望し続けたのである。
 若きヴィヤーサデーヴァは、ブラフマー神、シヴァ神、プラクリティーの真の姿を知りたいと熱望していた。
 彼は、なぜ人がトラブルや悲痛で苦しむのかが気掛かりで仕方がなかった。
 よって彼は、その謎を明らかにし、俗世の痛みと悲しみから解放される方法を示してくれる誰かを探し求めていた。

コメント(8)


◎スワーミー・ラーマナンダとの出会い


 ある日ヴィヤーサデーヴァは、スワーミー・ラーマーナンダ・ギリが市中に居を構えたことを知り、友人と連れ立って彼に会いに行った。
 スワーミー・ラーマーナンダは、この12歳の少年の中に眠る偉大さをすぐに見抜き、また彼の知性と真面目さに大変感銘を受けた。
 ヴィヤーサデーヴァもまた彼に大変触発された。
 その当時、ヴィヤーサデーヴァは地方の言語しか知らず、ヒンディー語もサンスクリット語も全く知らなかった。
 ラーマーナンダは彼にその両言語を学ぶよう勧めたが、彼が通う学校ではこれらの言語を教えていなかった。
 ゆえにスワーミーはヴィヤーサデーヴァに、余暇を使って彼の下にヒンディー語とサンスクリット語を学びに来るように勧めた。

 ヴィヤーサデーヴァはスワーミー・ラーマーナンダに深く感銘を受け、彼の授業を受け始めた。
 スワーミーはブラフマチャリヤーを強調するとことから始め、若きヴィヤーサデーヴァは完全な禁欲生活の重要性をすぐに理解して、禁欲を遵守する誓いを立てた。
 三〜四ヶ月のうちに、ヴィヤーサデーヴァはヒンディー語の本五冊を終了し、またサンスクリット語の基礎を習得したのだった。

 またスワーミー・ラーマーナンダは若きヴィヤーサデーヴァに、シャンカラや釈迦やダヤーナンダの人生の偉大さを説いた。
 この若い生徒は、それらの聖者の話に大きな影響を受け、これらの偉大な人々を見習って、真のブラフマチャリヤーや偉大なヨーギーになりたいと切望したのであった。

◎聖糸を授けられる


 ヴィヤーサデーヴァは聖糸を授けられ、スワーミー・ラーマーナンダからヒンディー語とサンスクリット語を学び続けた。
 彼は、サンスクリットの実用的な知識やヒンディー語の豊富な知識を習得したが、英語とウルドゥ語への興味は失っていった。
 彼は何日も学校を休んではスワーミーと共に学んだものだった。彼はスワーミーのアシュラムに寝泊まりすることさえ好んだ。
 ヴィヤーサデーヴァの父は、彼が身入りの良い職業に就くために学業をおさめることを望んでいたので、学校の授業にきちんと出席するべきだと考えていた。
 彼は少年がスワーミーの元へ通うことを禁じ、学校に通うよう厳しく言いつけた。
 父はときに、ヴィヤーサデーヴァが授業をさぼってヒンディー語やサンスクリット語、宗教的な知識を学ぶことに時間を費やしたかどで、彼をぶつことまでした。
 若い少年は父親に従い、とりあえず地方の言語の勉強に合格したが、彼はさらに物思いに沈むようになり、思索に耽るようになった。
 彼の父親は、今やヴィヤーサデーヴァがおそらくは家を放棄してサードゥになるのではないかと心配し始めた。
 ゆえに彼はヴィヤーサデーヴァに、スワーミー・ラーマーナンダの元を訪れることを厳しく禁じた。
 こうしてヴィヤーサデーヴァはラーマーナンダのもとに行くことはできなくなったが、彼は学校にも行かず、スワーミー・ラーマーナンダが説いた本を復習しながら、ガーヤトリー・マントラを心の中で唱えて日々を過ごした。スワーミー・ラーマーナンダは彼に、ガーヤトリー・マントラを唱えることは、その人間が高貴な目的を悟るのに役立つと教えたのだった。
 ヴィヤーサデーヴァはマントラの詠唱に没頭するあまり、ときに昼食や夕食を摂り忘れることもあった。



◎父親の心配


 ヴィヤーサデーヴァの父親は、息子があくまでも彼の奇妙な道を貫き通している事を悲しみ、彼が何らかの職業訓練を受ける事を切に望んでいた。
 よって彼はヴィヤーサデーヴァを、彼の姉の夫が営む店に、見習いとして奉仕させるために送り込んだ。しかしながらヴィヤーサデーヴァは、相変わらずガーヤトリー・マントラを唱え続け、店の見習いとしての奉仕には全く興味を示さなかった。ゆえに、彼の父は彼を再び家に連れ戻さねばならなかった。
 若い少年は、彼の両親にとってますます不可解な存在となっていった。
 彼はひっそりとした部屋の片隅に陣取って、ガーヤトリー・マントラを唱えることに余念がないのだった。
 ヴィヤーサデーヴァ自身、彼の家族や親族達との接触を避けた。
 これらによって彼は皆から馬鹿にされたが、自らが選んだ道を歩むことをやめはしなかった。
 彼は自分の実家に滞在することが、ヨーガの実践を学び、サンスクリット語の知識を習得する上での障害になっていることに気が付き始めた。
 そこで彼は秘密裏に家を出て、今となっては抗いがたいものとなっている心の底からの願望を満たす事ができる場所へ行くことを計画し始めた。

◎家を出る


 ヴィヤーサデーヴァは未来を計画するにはまだ幼な過ぎたが、彼の心からの願望を成就させるための道を行く決心は固かった。
 しかし、どこに行けば良いのかわからなかったので、彼は混乱していた。
 ある日、彼はスワーミー・ラーマーナンダの元へ行き、彼の足にひれ伏して心のうちを打ち明け、心からの願望の成就の助けを懇願した。
 スワーミーは、数日中に必要なアドバイスを彼に与えると約束した。

 ヴィヤーサデーヴァは四日後に再びスワーミー・ラーマーナンダの元を訪れて、彼の願いを繰り返した。
 スワーミーは、三つか四つの相応しい場所を勧め、必要な紹介の手紙を彼に与えた。
 今やヴィヤーサデーヴァの中で、家を出たいという願望が余りにも強くなった。彼はそわそわし、何としても彼を霊的な道へと導いてくれる相応しい指導者を見つけるために出立したくて仕方がなかった。
 夜中になり、彼の両親、兄弟姉妹は眠りについた。
 今すぐに家を出るべきだという考えが、彼の頭をよぎった。
 彼は、両親への愛着などによって迷うことはほんの一瞬もなく、700ルピーと毛布一枚を手に、真夏の真夜中に家を出た。
 まだ少年であった彼が一人で遠くへ出掛けるのは初めてであった。
 夜も更けた真っ暗な真夜中、彼の眼前は深い森で、恐怖に満ちていた。
 何とかして彼はその森を通り抜けたが、それでも未だどこへ向かうべきか分からないままであった。

 夜が明けると、彼の両親や兄弟姉妹は家の中にヴィヤーサデーヴァがいないことに気付き、恐れ慄き、やきもきしながらあらゆるところを探したが、彼の痕跡を見つけることはできなかった。
 彼らは哀れに泣きながら、ヴィヤーサデーヴァの搜索を始めたのだった。

 行くべき道が分からなかったので、ヴィヤーサデーヴァは水路沿いに歩いていった。
 彼は、持っていたお金を守れるかどうかをとても心配して、自分のお金が奪い取られるのではないかと怯えながらも、とぼとぼと歩き続け、午前3時ぐらいに、鉄道線路に辿り着いた。
 彼は彼の父親の使用人が彼を追いかけてくることをずっと恐れながら、線路沿いにある小道に沿って歩いて行った。
 18マイルほど歩くと、彼はある集落に着いた。
 既に真昼間になっていた。しかし彼は死ぬほど疲れていて腹ペコだったにもかかわらず、食べ物を買えそうな店は一件も見つからなかった。
 そのとき彼は、老婦人が頭に牛乳缶を載せて歩いて来るのを見つけた。ヴィヤーサデーヴァは彼女に、近くに食べ物が買える店がないかどうか尋ねた。すると彼女は、そんな店はないが、彼を彼女の家へ歓迎するし、来れば喜んでご馳走すると答えた。
 ヴィヤーサデーヴァは彼女に付き従い、彼女は彼に存分な食事を与えた。
 彼は彼女の親切に大いに感謝を述べた。
 彼が出立しようとしているその時、彼女は「もしあなたが列車の切符を買うお金に困っているのなら、私が都合しましょう。そうすればあなたは列車で旅が出来るでしょう」と言った。
 ヴィヤーサデーヴァは彼女の優しい愛に圧倒され、幾日も彼女の下に滞在し、彼女のもてなしで彼は大変快適に過ごしたばかりか、彼女は彼を自分の息子として養子に迎えたいとまで言った。
 しかし彼はお礼を述べてから、彼の人生の目的は他にあり、ハリドワールに行きたいのだと伝えた。
 この婦人はヴィヤーサデーヴァに、困ったことがあったら遠慮せずに彼女に手紙で知らせれば、援助の手を差し伸べましょう、と言った。
 若者は彼女に心からお礼を述べて、彼女の元を発った。
 電車でハリドワールに向かう途中、列車の中で知り合った乗客仲間の4人のサードゥが、話の成り行きで、彼がサンスクリット語を習い、ヨーガ修行を学ぶ為にハリドワールに向かっている事を知るに至った。
 彼らはヴィヤーサデーヴァがそのような高貴な考えを抱いていることを大変喜び、彼を彼らの庵へと招き、3〜4日間もてなした後、パタンジャリ・アシュラムに住むヨーガ行者のスワーミー・テージナートに彼を紹介した。
 スワーミーはこのような高貴な目標を抱くヴィヤーサデーヴァとの出会いを大変喜び、彼にヨーガの教えを授けることを承諾した。
 後にこの聖者はヴィヤーサデーヴァをモハン・アシュラムへ連れて行き、彼をスワーミー・ヒターナンダに紹介した、スワーミー・ヒターナンダは、サンスクリット語を学ぶ熱意にあふれたこの若者との出会いを大層喜んだ。
 ヒターナンダは、デーラドゥーンのセス・バルデーヴァ・シンによって創立され、彼の息子の名前をとってモハンと名付けられたサンスクリット語の学校の校長であった。
 ナヌ・ラーム・シャーストリは、この学校のサンスクリット語の教師であった。

◎ヨーガ行者テージナータとの出会い


 テージナータは優れたヨーガ行者であった。ヴィヤーサデーヴァは彼からヨーガを習いたいと思い、彼にその旨を申し出た。
 テージナータは、この若者の熱心さと鋭い知性に深く感銘を受け、先ず最初に彼がテージナータの宗派の入門儀式を受けるという条件で、喜んでヨーガを教えることを承諾した。
 ヴィヤーサデーヴァは、先ずその宗派について学んでから入門儀式を受けると答えた。
 その後、ヴィヤーサデーヴァは折に触れてテージナータの元を訪ねたが、テージナータが属するナータ派の入門儀式を受けることを承諾することはついになかった。
 しかしヴィヤーサデーヴァはサンスクリット語の学校に入学することを許され、サンスクリット語の文法を学び始めた。
 この学校の生徒達は全員、ブラフマチヤーリンや林住者、あるいは出家修行者であった。

 ヴィヤーサデーヴァはナータ派の入門儀式は受け入れなかったが、ヨーガを学ぶことを激しく渇望していたので、ヒターナンダは彼を気に入り、後に彼が大変親しくなるブラフマーチャリス・サティヤブラタに彼を一任した。
 サティヤブラタは彼にヨーガ修行を教え始め、プラーナーヤーマと、ガーヤトリー・マントラを心の中で唱える方法を教えた。
 彼はヨーガを学ぶことにとても熱心で、これらの修行に毎日6時間を費やした。彼は午前2時から8時までヨーガ修行を行なったが、眠気に負けそうになると、座っている頭上の木の枝から垂らしたロープに自分の衣服の腰紐を括りつけた。これらの努力によって、彼は日に4時間以上眠ることはなかった。
 午前8時以降、沐浴してから、彼はよく、聖なるアグニホートラを行なっているアシュラムのブラフマチャーリの仲間に加わった。それから、スワーミー・ヒターナンダや他の聖者の霊的講話を聴いた。
 この後、彼はパンディット・ナヌ・ラームからサンスクリット語を学んだ。
 アシュラムに滞在している間に、ヴィヤーサデーヴァは、スワーミー・ベーダーナンダやスワーミー・シヴァーナンダ・バラティ、スワーミー・ヴィジャヤナンダ・ビクシュ、スワーミー・チダーナンダ、ブラフマーチャーリ・サティヤブラタ、マヌダッタ、フカムチャンドらと大変親しくなった。
 またヴィヤーサデーヴァは、日に一食しか食べず、夕食はなしで済ませたものだった。
 後に彼は、午後6時から10時までの間もヨーガ修行のために充て始めた。
 したがって彼は日に10時間をヨーガ修行に費やし、6時間をサンスクリット語の勉強に費やしていたことになる。
 二年のうちに、彼はラグー・シダント・カウマリを学び終え、何冊かの文学書を学び、サンスクリット語で易々と書いたり話したりできるようになった。

◎サティヤデーヴァ


 サティヤデーヴァは博学な学者であった。
 シャーストリの試験に合格した後、彼はヨーガを学びたいと思い、家を出て森に入った。
 彼はジャンム州のブラーフマナ階級の出身であり、32歳で出家した。
 彼は素晴らしい人格の持ち主で、サンスクリット語のみを話すという誓いを立てていた。
 彼はかつて、一日のうち16時間をヨーガ修行に費やし、森で採れるアマラやビルヴァだけを食べて生活した。
 彼は自らの感覚器官を完全に調御していて、塩、砂糖、砂糖菓子を断っていた。

 サティヤデーヴァはヴィヤーサデーヴァに父親のような愛情をもって接し、大変な関心をもって彼にヨーガを教えた。
 彼は若き新参者に、1日のうち12時間をヨーガ修行に充てるよう求め、塩と砂糖を完全に断つよう説得した。
 サティヤデーヴァの所持品は二冊の書物からなり、一冊は112のウパニシャッドで、もう一冊はヒンドゥーの六派哲学の格言集であった。
 それ以外には、ひょうたん一個と小さなヤカン、それに小さなドーティを一枚所有していた。
 サティヤデーヴァの禁欲生活は、ヴィヤサディーヴァに大変強い影響を与えた。
 ヴィヤーサデーヴァはヨーガ哲学の格言集を熱心に暗記した。
 サティヤデーヴァは、激しい感情と味覚を調御することの重要性を強調し、感覚の征服が最も本質的かつヨーガ修行に向けて踏み出す最初の第一歩であることを告げた。

 サティヤデーヴァとヴィヤサデーヴァは共に監視台に住んだ。そこには野獣は高過ぎて近づけないからだ。
 柔らかい木の葉は彼らのベッドとなり、木々の枝々は日よけや雨よけの役目を果たした。
 監視台の下には動物よけの焚き火を常に絶やさなかった。
 彼らは、日中は象が池の中で水遊びをする様を目の当たりにし、夜間は虎の荒々しい唸り声や象の高い鳴き声を耳にした。
 ヴィヤーサデーヴァは暫くサティヤデーヴァと一緒に過ごすことで、落ち着いた態度を身に付けた。
 疲れているときには、彼はよくガーヤトリー・マントラやオームマントラを唱えながら眉間に集中することで、平静心を保ったものだった。
 サティヤデーヴァは時々、彼にたまに便りを書いてよこす彼の指導者に会うためにビムゴーダへと出掛けた。
 ヴィヤーサデーヴァが森に住み始めて数ヶ月が経った頃、もしサティヤデーヴァの許しを得ることができたなら、スワーミー・ヒターナンダに会いたいと感じていた。
 というわけで、ある日彼らは共にビムゴーダへと出掛けた。

 ヴィヤーサデーヴァは、ハリドワールに戻るまでの11ヶ月間、森に滞在した。
 サティヤデーヴァは彼の指導者から、彼が感覚器官の調御と心の浄化を達成したことで、より高度な教えを学ぶ資格を有するに至ったことを告げられていた。
 よって、彼はより高度な教えを学びに戻らなければならなかった。
 サティヤデーヴァは、まさにこの目的の達成のために快適な家庭生活のすべてを放棄したが故に、より高度な教えを得ることへの激しい熱望を抱いているヴィヤサ・ディーヴァに、この手紙を見せた。
 そこでヴィヤーサデーヴァはサティヤデーヴァに、自分も一緒に指導者の下へ連れて行ってくれるよう頼んだが、サティヤディーヴァは指導者からの許可を得ていないという理由でそれを断った。

 その後、ヴィヤーサデーヴァはモハン・アシュラムへ行き、学校への再入学を許可された。
 彼が実践した苦行生活のせいで、彼は骨と皮になってしまっていた。
 そんな彼を、アシュラムの仲間達は散々からかったが、ヨーガ修行を愛好する者達からは賞賛の的であった。
 ヒターナンダは今、ヴィヤーサデーヴァのヨーガ修行に対する熱望に深く感銘を受け、ナヌ・ラームは、さらなる関心を以て彼にサンスクリット語を教え始めた。
 ヴィヤーサデーヴァは、今は以前のようにサティヤヴラタと一緒に住み、ヨーガの修行法を学びながら、サンスクリット語を学んだ。


◎スワーミー・ラーマーナンダの手紙

 
 出家してからというもの、ヴィヤーサデーヴァは、もし彼の父にどこで何をしているかを知らせたら、彼の父は無理やりにでも彼を家に連れ戻そうとするのではないかと恐れて、彼の父にもスワーミー・ラーマーナンダにも、彼の近況を知らせてはいなかった。
 スワーミー・ラーマーナンダは、ヴィヤーサデーヴァの霊的傾倒に大変感銘を受け、彼に対して大変な親愛の情と思いやりを抱いていたので、彼がどこでどうしているのか大変気に掛けていた。
 そしてかなり探し回った結果、ヴィヤーサデーヴァが今はモハン・アシュラムにいる事を知るに至った。
 ラーマーナンダは彼に手紙で、ヨーガ修行、サンスクリット語の習得の進歩の程はどうか、健康状態はどうかを尋ね、もし必要ならば金銭的援助を与えると約束した。
 この頃までにヴィヤーサデーヴァは、サンスクリット語の書き方を既に習得していた。
 よって彼は、彼のヨーガ修行とサンスクリット語の学習の詳細をサンスクリット語で綴って返信した。
 彼は現在お金を必要とはしていないが、もし彼の父が彼がハリドワールに居ることを突き止めたら、彼を引きずってでも家に連れ戻し、彼の勉強とヨーガ修行を邪魔するのではないかと恐れている旨を伝えた。

  
◎ヴィヤーサデーヴァの父、ハリドワールへ行く


 ある日、スワーミー・ラーマーナンダはヴィヤーサデーヴァの生家を訪ねた。
 スワーミーを見るなり、ヴィヤーサデーヴァの母は哀れに泣き崩れ、苦々し気に言った。

「サードゥ達は、普通は優しくて思いやりに溢れています。しかしあなたの場合は、私から息子を取り上げて、本当に酷いことをしてくれましたね。
 あなたには、母親の心の痛みなど想像すら出来ないでしょう。あなたは私の息子を遠くにやってしまい、彼を乞食にしてしまったのですよ。
 天は彼が何処に居て何を食べているのかご存知でしょう。彼が私の元を去ってからというもの、私はきちんと食事を摂ったことはないし、彼が戻るまでは、決して摂らないでしょう。」

 スワーミーは、この婦人の嘆き悲しむ様子に心を動かされ、彼が心身ともに健やかで、サンスクリット語を学んでいる事を伝えて、彼女を慰めようとした。
 しかしながら、この知らせが彼女を落ち着かせることはなく、彼女は夫にスワーミー・ラーマーナンダと共にハリドワールへ行くよう懇願した。
 二人は共にハリドワールの町へ行って、スワーミー・ヒターナンダに会いヴィヤーサデーヴァのことを尋ねたところ、この時間はガンガーの岸部でヨーガの修行を行なっていると告げられた。
 スワーミー・ラーマナンダとヴィヤーサデーヴァの父がそこへ行くと、ヨーガ修行に深く没頭している彼を見つけたのだった。
 彼が二人の会話に全く心を動かさない様子を観て、スワーミー・ラーマーナンダは、ヴィヤーサデーヴァが習得した集中力と瞑想の力に大変感心した。
 彼が自らの座所から起き上がり、父と指導者を見て礼儀正しいお辞儀をしたのは、午前8時であった。
 父は感動で涙を流しながら彼に近づき、愛情一杯にしばらく彼を抱きしめた。
 それから三人はスワーミー・ヒターナンダのところへ行き、スワーミー・ラーマーナンダは、「この若者は家出をし、父親が彼を家に連れ戻しにやって来たのだ」と告げた。
 ヒターナンダはこう答えた。

「我々は、寄宿舎を用意して我々が与えうる最高の教育を施し、彼らの道徳的レベルを上げようとしているのです。
 我々は、何者をも無理やり家からここへ引きずり込んだりはしませんよ、彼を連れて帰りたかったらどうぞ連れてお帰りなさい。」

 傍に控えていたヴィヤーサデーヴァは丁重に、

「私はサンスクリット語とヨーガ修行を学べないので家には帰りたくありません。あそこにそのような機会があったなら、家を出などしませんでした。」

と述べた。
 スワーミー・ラーマーナンダと父は、彼にサンスクリット語の授業を始めさせる事を約束した。
 その後、ヴィヤーサデーヴァは彼らについていって、父は、月謝40ルピーで息子にサンスクリット語を教える教師として手配したダラムデーヴァ博士の元へと息子を行かせることを約束した。

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