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深沢七郎連盟 極楽まくらおとしコミュの文壇による深沢七郎評

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中村光夫
「あれは一種の天才かも知れない、妙な人だけども」
伊藤整
「天才だね、あれは」

コメント(17)

「うす気味悪い者」
武田泰淳

「まことに困った芸術家」
佐伯彰一

「現代の隠者」
松永伍一

「〈天才と狂気は紙一重〉の紙」
厳谷大西

「常識の発育不全症」
丸尾長顕

「深沢七郎に会ったけどもまったくガッカリした、あんなのが作家なら、おれは文学をやめる」
火野葦平

「それは当然だろうな、火野葦平をしてそう言わせるところが深沢七郎のオリジナルなところでね」
平野謙

「深沢君の文学は、日本の文学の中で非常にユニークな存在だ」
丹羽文雄
「セックスについても、生活苦についても、大げさな観念性に先走る傾向がどぎつすぎる近頃、深沢氏の、とぼけたような、泥くさくもまた飾り気の無い作風は、何よりも貴重である」
武田泰淳

「現代よりはるか先の時代からやってきた、新しい人に思えてくる」
川本三郎

「大変な作家なわけですよ。それを、何だ深沢七郎っていうのはと、スキャンダラスな面とかエピソードばかり捉えているような気がするんですよ。きちんと深沢の小説を批評したのはね、誰もいないんですよ」
野坂昭如
「(「楢山節考」中央公論新人文学賞受賞において)…私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」
白鳥正宗

「(楢山節考について)この小説のもっとも大きな迫真性は、そういう暗い事実が、ヒュ的な意味では現代でも跡を絶っていないし、それは人間性に深くかかわっていると思えることに基因する」
山本健吉
「どうも自分はヒューマニストというのを甘っちょろいと思っていたけれども、やはりこういうのを読む(楢山節考)と、自分はヒューマニストだと思うね」
三島由紀夫
「私にとって理想の小説とは、限りなく「楢山節考」に近いものだ。(中略)平易な文章を用いながらも、小説以外の表現手段では表すことのできない人間存在の不気味さを浮き彫りにしている」
南木佳士

「私がはじめてこの小説を読んだのは昭和四十三年冬、高度成長期のさ中に学校を出る直前だった。物恐ろしい衝撃を受けた」
車谷長吉
「明治以降、かりそめの近代ぶりに狂奔して生きてきた日本人にとって、深沢さんの出現は「滅亡教」などといわれていても、実は救世主とみた方が正しいのである、(中略)救世主が、滅亡を唱えて登場するところに、近代のどうしようもなさが、あるともいえるだろう」
野坂昭和
「完全な想像力の産物としての虚構の世界をうち樹てることのできる才能の所有者である」
山本健吉

「(笛吹川には)ドロドロとしたものの底にとにかく堅固な実体がある。(中略)実体といったのは、人間の原存在といったものと吾国の原存在といったものがそこにつかまれていることを言いたかった」
埴谷雄高
「だがそれにしても深沢七郎の文学がもつ明るさは何だろうか。徹底した暗さが逆に明るさをもたらすのかもしれない。水そのものは澄んでいるが、水深がふかくて底がみえないのだ」

尾崎秀樹
「深沢七郎の想像力は、疎外されてゆく内向へのプロセスを踏まずに完全に疎外された地点から、そのまま逆に外部の物象につき刺さっていく(中略)…万人が見ることの少ない人間の正確な動作をとらえることができる。(中略)…内向へのプロセスが連続化の方向をたどらずに、すぐに作者の原質がむき出されてくるのは、深沢七郎の本来の性格によるものであろう。そのような計画性に富んだ陰湿性はもともと内包されていないし、また試行錯誤における迷路の探求方法もない。それらは全部脱落していて小気味がいいくらいだ。
極端に言えば、深層心理には語りつくせないほど複雑なものが埋蔵されており、おそらく狂気に近い領域が広がっているのであろう。
その領域への接近を深沢七郎はある程度自制心をもって避けているようである。むしろ避けて通っているところにくまない知恵が働いており、非現実の世界を語ったとしても、現実の理解が成り立っている。深沢七郎の知恵と集中力は、この一点に全力をこめて計算されている様である。
この作家の計算には他意はなく、断片的な自意の現実がえりにある。(中略)
夢を夢そのものとして語らない。夢を現実にはねかえるものとしてとらえる。この逆転発想の秘密が、深沢七郎の魅力ともなっている」

長谷川龍生
「深沢七郎の作品に触れた人で驚きを感じない人はまずいないだろう。記憶にあるだけでも『楢山節考』を「人生永遠の書でとして心読したつもりである」と述べた正宗白鳥をはじめ、小林秀雄、三島由紀夫、井上光晴、高橋和巳といった錚々たるメンバーが深沢七郎の作品に驚きを素直に表明している。あの口の悪い花田清輝にして『楢山節考』『笛吹川』『盆栽老人とその周辺』を評価するのにやぶさかではなかった。政治的な左翼と右翼、あるいは感性的な近代と反近代、私小説と前衛文学。そうした枠を超えて深沢七郎の作品に触れると(中略)自分の驚きを否応なく「素直に」表明せざるをえなくなってくる。私にはその原因のひとつは、深沢七郎の主人公たちが徹底した「大庶民」であることにあるように思える。自分の身近なことにしか関心を持たない「大庶民」というのは、逆にいえば、「内面」という荷厄介なものを持っていない者という事である(中略)近代日本の文学は、この「内面」を前提にしてはじめて成立しえていた筈だ。(中略)おりんやおつまたちは、いってみれば「社会生活を営むうえでの馬鹿話」だけに生きている。昼間の自分は仮面の自分で、夜の自分こそが「ほんとうの自分」なのだという分裂とは無縁である。
昼も夜も「馬鹿話」それだけなのである。深沢七郎の主人公たちが、私たち現代人を驚かせる一因は、そこにある。(中略)深沢七郎は「内面」をどこに捨ててきてしまったのだろうか。(中略)どうやら深沢七郎について「仏教的虚無感」だの「日本的土俗の世界」だのの言葉で理解するのはやめにした方がよさそうである」

川本三郎
〉えび天サンバさん

ソースを一度探してみます。
情報アリガトウゴザイマス。
「…そして奇しくも深沢七郎が登場したのはちようど、そのような時点であつた。しかも今までの農民文学を含めた日本の近代文学が忘れていた世界でもあつただけにその衝撃は強かつたのだ。これが在来の農民文学、その中で宣伝されてきた「農の思想」だつたら、三島由紀夫がうなされて一夜、寝つけなかつたなどということは起こりえようもなかつただろう。
そこには都市流浪者、故郷損失者のすさまじい想像力による痛恨が、凶器のように表出しているのである。それを見落として、深沢七郎を単なる庶民精神、あるいは「農の思想」の直接体現者だと讃美するだけでは本質を見誤るであろう」

松本鶴雄
「深沢七郎に、ことばの厳密な意味における〈反近代〉はない。しいて言うなら〈前近代〉であり、しかもその〈前近代〉が〈近代〉に対峙するとき、意味として生じてくるのは〈非近代〉であり〈超近代〉なのである。そういう形で深沢の文学は〈近代〉に向かってなおきわめてアクチュアルな働きかけを持ちえていると言えよう」

高橋春雄
「深沢は現代きわめて異色の作家である。それは深沢がよそおいとしてではなく、あくまでも知識人であろうとはしないからである。と言うより、深沢がしんそこから知識人的発想とは無縁の作家だからである。(中略)深沢が作家として一級の作品を多く残しているかどうかは疑わしい。(中略)しかし深沢にとつては、それが失敗作であろうとなかろうと、おそらくどうでもよいことであろう。深沢は書きたいことを、書きたいから、自然に書いただけなのである。深沢の自然の前には、近代のニヒリストたちが唯一の例外としてあがめた芸術の美神さえもが、まつたくの価値をもつていない。
深沢の人生が屁のようなものであるとすれば、その作品もまた屁のような生理作用によつて放出されたものにすぎないのである。それについてあれこれあげつらうこと自体、まつたく無意味なことであろう」

川嶋 至
「子供の頃からとても好きだった小説家に、深沢七郎という人がいて。この人は笛吹川をはさんで対岸側に生まれた人で、あの人が書いている世界は、甲州の精神世界そのものです。ひと言で言うと『ふとどき』なんですね(笑)天皇制にも、日本というものにさえ、きわめてふとどきな考えをする。東北とは違うかたちで、天皇制とか日本国家とかが浸食できない、できなかった部分を心のなかに抱えているんですね。深沢七郎はそういう意味では、天皇についてもものすごくふとどきな、自由きわまりない考えをいだいてました。
そこから『風流夢譚』事件も発生したわけですよ。深沢七郎は文字どおり放浪者となって、ギターを持って全国を逃げ回るわけですね。逃げ回っているその情けない姿に、ぼくはすごく共感を持ちましたね。文によって対抗する、そんな立派なことはしなかった。尻尾まいて逃げてたんですね。ストリップ劇場とかパチンコ屋とか、そんなところを逃げ回ってるんですね。あの姿を見て、子供ながらにすごい人だなぁと感心した。
深沢七郎の心では、天皇制の根がすでにすっかり浮いていたと言えないでしょうか(中略)山梨の友達が、網野さんが亡くなった後、その人生について書いてある新聞記事などを読んで『この人はまったく山梨の人だったんだなあと思う』って言うのです。日本とか、天皇に対する処し方であるとか、あるいはアカデミズムを相手にしたときのふるまい方を見ていると、ああこれはまぎれもない山梨の人だね、と言うんですね。ある意味で言うと、それは深沢七郎なんかに通じていくような、野性的なふとどきさというものがあったということでしょう」

中沢新一
(赤坂憲雄との対談集「網野善彦を継ぐ。」より抜粋)

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