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セーブルコミュのセーブル窯って・・・、どんな窯?

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管理人様、ごめんなさい、勝手にトビ立てちゃいました・・。

マイセン、ロイ・コペ、はたまたウェッジなどは、百貨店の特選食器売場で
よく目にしますので知名度も高いですね、それにくらべ、セーブルは、
数がすくなく、売っているところがまず見当たらないので、知る人ぞ知る・・。
そんな知名度ですし、素朴な疑問として「セーブル窯」って、どんなんだろう・・。
と思ったのです。
今年は、マイセン300年周年だそうでが、我がセーブルにも負けず劣らず
の歴史があったり、ですし。

ということで、トビ立ててしまいました。
(不都合なら削除してくださいね、よろしくです)

コメント(20)

その1

まず、今も昔も磁器を生産する窯なのですが、和ものの世界では、「やきもの」「陶磁器」といって、磁器と陶器をごっちゃにすることもありますが、こと「洋」の世界では、はっきりしているかと。
ヨーロッパでは、中国や日本に比べ、この磁器生産開始が遅く(というか技術的に出来なかった)、ようやく1710年頃のドイツのマイセン窯が最初です。(もっとも、ヨーロッパにも陶器はすでに有り、磁器に近いものを指して、マイセン以前にも「あった」と公儀には解釈することも出来なくはないのでしょうが・・。)

前置きが長くなりましたが、セーブル窯が誕生するのは、マイセン以後、1738年(1740年頃とも言われており、実際ははっきりしない)頃、ヴァンセンヌの地においてでした、このため、初期はヴァンセンヌ窯と呼ばれ、希少なセーブル中でも、さらに希少で高価なものとされています。
もっとも、最初は、先行するマイセンがヘロルトのシノワズリーや、柿右衛門写しなどで、全盛を極めるかたわら、まともに磁器を焼成できず悪戦苦闘の、我がヴァンセンヌ窯であったそうです。

つづく
その2

前回記述しましたが、ヴァンセンヌ窯設立時期(1738〜1740年頃)は、
必要な技術や設備がなく白磁と呼べるものを生産できず、それに目処が立った
のは1745年頃のようです(白磁のレリーフ調の壺が現存しています)。
その後、1750年頃までに、装飾としての地色の発色や色絵付け、金彩等の
技術を得たことにより、セーブル(ヴァンセンヌ)窯の長い歴史のなかで、
1つのピークを迎えることとなります。
それは、いち早く磁器製作に成功したマイセンが、10数年程の技術的模索期間
を経て、ヘロルトのシノワズリーや柿右衛門写しという、その歴史の中での
金字塔を打ち立てたのと、重ね合わせることができ興味深いところです。
ヴァンセンヌ時代の製品がなぜ、最も評価が高いのかについては次回に譲るとし、
このヴァンセンヌ窯の時代は、1756年にセーブルの地に製作拠点を移すこと
により終了することとなりました。

つづく
さすがたけさんです、感服です。続きも読みたいですね
世界最高の剣豪さん、
ありがとうございます。
少しづつですが、続けていきま〜す。
宜しくお願いします。

最近はめっきりフランスに行くチャンスもなく、手に入れてないです。
近い将来、ボルドーマラソンに参加する時には、帰りにセーブルのパリの店に行って、また購入したいですねえ
>たけさん
う〜んわかりやすいですね♪ さすがです。本当につづきが楽しみですね

>世界最強の剣豪さん
ボルドーマラソンですか!いいですねぇって反応するところが違いました!?w
飲みながらはしるのって相当大変そうですがどうなんでしょう?

飲んで走るのは、医学的には当然良く無いですよねえ。
でもラフィットとかもタダでワイン提供しているようですよ、まあカリュアドかもしれないですがねえ。とにかくボルドーは超楽しいところですねえ、ホント萌えます。
って、だいぶ脱線しましたわーい(嬉しい顔)
>世界最強の剣豪さん
カリュアドで私は充分かもw今年は少しカリュアドが安く買えたので気軽に飲みきり出来るハーフを
沢山確保しました。参加されたら是非感想をおきかせください♪
その時はまた、って早くても来年9月ですけどねえ(笑)
世界最強の剣豪さん、
ボルドーマラソン、話しには聞いた事があります〜。

プロメリアさん、
恐縮で〜す。ぼちぼちと続けますね。
その3

ヴァンセンヌ窯時代の特徴は、その独特の所謂軟質磁器(マイセンは硬質磁器)からくる白磁の柔らかくて温かみのある発色の白磁をベースに、強くはないが垢抜けた発色、金そのものの質感の金彩、東洋趣味から脱した造形や絵付けと考えます。
たしかに、後世のセーブル製品の方が色の多様性、絵付けの細かさや、デザイン力などでは、技術的進歩は見とめられるのですが、この時代のほうが質感高く製作できていています。
感覚的には、開窯以降の技術的困難期を乗り越え、一気呵成に咲き誇るような勢いと表現できるのでしょうが、やはり、冷静に考えれば、
それを実現できるのは、コストをいとわず、技術(つまり有能な職人達)と設備を使い、ロスを厭わず良い出来上がりを求めるだけの手間隙を許される環境に「より」あった(ヨーロッパの他窯よりも、また同じセーブル窯の歴史においても)ということだと思います。
この背景には、当時のルイ王朝(このころはルイ15世統治)の特権階級は、その権威のためのテーブルウェアを是非とも必要としていた事情が上げられます。
つまり、僅かでいい、対価も厭わない、が、しかし、「当代一のものを絶対に製作せよ」との強いプレッシャーがあったのです。
セーブル(ヴァンセンヌ)窯の宿命は常に当時の権力者とともにあったわけですね。

つづく
その3 余談

ヴァンセンヌ期の記述、普通は、
・創設者(じつは最初は王立窯でなかったのです)フランス財務官 フルヴィや、
シャンティーイ窯からの流れ者で白磁製作術を、フルヴィに売り込んだ、デュボア兄弟(実際は役に立たなかった)。
・そして、ご存知のポンパドール婦人。
・技術面では、
「柿右衛門等の東洋風絵付けで始った」との記述(実物が残ってないので、本当のところはわからない)。
・文化的背景では、ロココ様式等々・・・。
で、もって語られるわけですが・・・、
このトビ、実際に現存している「お品そのものを見て」のわたしの勝手な主観でいかせていただきま〜す。



その4

今の時代からは、なかなか想像しにくいのですが、当時のヨーロッパでの磁器製品は、最先端技術を用いた貴重で大変高価ものであり、権力者の食卓や宮殿を飾るものとして珍重されており、そのような時代(ルイ15世の時代)背景の中、ヴァンセンヌ窯の製品は、それを満たすものとしての宿命を背負わされ、より豪華に、より多くの品をとの要求を満たさねばならなず、発注者にとっては、製作に手間と費用がかさむにことなぞお構いなしでした。
そして、1756年、手狭となったヴァンセンヌからセーブルの地へと移すこともまた、この宿命を果たすための必然なのでしょう。
ヴァンセンヌ窯時代は終了し、セーブル窯へと移っていきます。


ヴァンセンヌ窯時代の作例です
http://www.adriansassoon.com/categoryartworklisttemplate.php?Search=Vincennes&PageType=Sevres&NumberTableColumns=4&SearchType=SubCategoryForSale&PrintType=ThumbnailLink&NumberTableRows=3&StartPosition=0
 ( ※ めずらしくも、シノワズリーが1品載ってますね )


その4 余談

ルイ王制時代の窯印について

洋食器の裏を見ると、中心付近に、そのメーカーのマーク(窯印)があるのに気付きます。セーブル(ヴァンセンヌ)窯にもあるのですが、18世紀におけるその見本例がこの画像です。
この菱形の各辺が突き抜けたように見える青い染付けは、ルイ王制の頭文字「L」を二つくっつけたところから来ています。ここにも、王の権威の下にあったことが伺えますね。そしてよく見ると、アルファベットが表記されているものが多いことに気がつくと思います。これは、その製品の製作年代を意味していて、アルファベットなしが1750年前後の極初期(これは例外も有り)、「A」は1753年、「B」は1754年と続き、「Z」が1777年で、翌年の1778年は「AA」、そして1793年の「PP」がこのルイ王制を意味する表記方法の最終年になります・・・。そう、この年にルイ16世が処刑され王制廃止の年だからです。
それ以後の窯印については、また後日としまして、セーブル(ヴァンセンヌ)窯は、このように比較的はっきりと年代別に窯印を表記している窯なのです。

窯印と、偽物について

この窯印があるからといって、本物とは限りません。かえって、偽物の方がしっかり窯印があり(しかも、Lの交差が上手だったりします)ます。返って本物の場合は、無印だったり、金彩で表記したり、年代のアルファベットを飛ばしたりと例外が結構あるのです。
考えてみれば、本物は窯印なぞなくても存在価値がありますが、偽物は窯印がなければ「私はセーブルです、信じてください〜!」とのアピールができないわけで・・・。面白いものですね。
なお、西洋磁器中でセーブルは最も偽物の多いという現実で(悲しい限りなのですが)、この件も後日取り上げ(ざる得ない)たいと思います。
その5

王立磁器製作所の誕生

官営窯として、今もその責務を負い少量、高品質の磁器を生産し続け、その点において他窯を一線を画す、セーブル窯(国立セーブル磁器製作所)ですが、じつは、その出発点であるヴァンセンヌ開窯以降(ルイ15世の庇護、及び出資の下にあったとはいえ)、セーブルの地への移設後である1759年にようやく王立窯となったのでした。
それは、あまりにも、手間のかかる製品を要求しつづけた結果、経営に多大な支障をきたしたことに対する責任としての王立セーブル磁器製作所の誕生であったといわれています。
先輩格のマイセン窯は、すでにヘロルトやケンドラーの時代を過ぎ、精彩を欠いていくのとは対照的に、第一線の職人達(というか当時の科学者達)の投入、地色や金彩の他窯に対する独占使用権等、王立窯としての特権も得て、相変わらずの特別な磁器製品を製作することに変わりはありませんでした。

なお、1793年のルイ16世とアントワネットの運命同様、革命による混乱とともに王立窯時代は終焉を迎えることとなり、「L」を二つ重ねた窯印の中のアルファベットは「PP」で終ってしまいました。
たけさんすごいですねえ。
自分ももっと欲しいけど…
最近のものと昔のものは大分違いますねえ
世界最強の剣豪さん、ありがとうございます。
今の世は、磁器はどこの家庭でもありますが、18世紀は
とっても貴重(特にヨーロッパでは)で、王侯貴族、
大ブルジョアのものでしたから、コストのかけ方が桁違いかと。
番外

〜 外交とセーヴル磁器展 〜

http://www.museumlab.jp/

東京の五反田で5月15日まで開催中です。


先日、見学してきました。
点数は10点と少ないですが、貴重な、18世紀、軟質磁器
に焦点を当てた出品で、事前予約制をとり少人数で、じつに
ゆったり見ることができます。また、体験型の展示構成で、
無料でもあり、なかなか良い企画と感じました。

(注 わたしはいつも「セーブル」表記をとってますが、
こちらは「セーヴル」表記でしたのでタイトルはこれに忠実に
しました)

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