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【作る】 井戸茶碗 【鑑賞】コミュの[雑感]井戸茶碗

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陶李さんとこに遊びに行っていた愚左エ門が昨日わが家に帰って来ました。聞けば、家にいる時よりも百倍もチヤホヤしてもらえて帰って来たくなかったと言う。

それにしても、久し振りに見る我が愚息は痩せて貧相しい。陶李さんと一緒にトレッドミルでもしてダイエットしていたのかと訝しく思いました。

口径は14cm強(丈は8.3cm程度)。普段使っている唐津茶碗は14cm弱(丈は7.8cm)。ところが、唐津茶碗の方がずっと大きく見える。見込みも広々としている。これ如何?

わが愚左エ門は、その堂々たる竹節高台に比べて碗が小さいのだと思います。もっと大きくて深くてちょうど良い。井戸茶碗たる物、口径は15〜16cm、丈は9cmは欲しいと思いました。皆さんはいかがですか?

コメント(32)

確かに高台の径はもっと小さくてもいいですね。
でもとてもいい釉調だし、いい茶碗だと思います。
立派なご子息ですね。うらやましい。

伝わっている大井戸とは少しだけ違いますが
いいものを見せて頂きました。ありがとうございます。
白菜さんに褒めて頂けて嬉しいなあ!私の方は普段あまり褒めて貰えないので、まるで自分が褒めてもらったよう(^▽^;)

痩せこけてしまったように見えた愚息も長い間ためつすがめつ眺めていると、結構良い表情になってきますから不思議です。

陶李さんに撮影していただいた他の写真は私のBlogに貼り付けておきましたので、宜しかったらご覧になって下さい。

http://lifeand.tea-nifty.com/
拝見しました。
見込みの釉が意外と厚いですか?
それもこのお茶碗の個性ですね。
目あとがまたすてきですね。

お茶をたてたら、きっともっと素敵に映えることと思います。
写真があったらいつかまた拝見させて下さい。
白菜さん。

分かりました。いつかその内に…。デジカメ買ったら…

見込みの釉が厚いかどうかちょっと判断できませんが、本当に柔らかな感じの釉肌で、素人の私は釉垂れの所はケーキの表面に付いたお砂糖を思い浮かべました。

話変わりますが、桶谷寧の井戸はどう思われますか。黒田陶苑はえらく高く評価してましたけど。正直、私はちょっと眉唾で見ています。成長株かも知れませんが、窯変天目から井戸や楽に移る美意識が理解しがたい…。まあ、人それぞれですが。

http://blog.goo.ne.jp/kurodatouen/e/0678641ccaf50d799ee852085ad2234c
白菜さん。

それから、ちょっとお聞きしますが、「運営期間85日」って、これ何なんですか?85日経ったら、「さよなら」しちゃうって事ですか??
運営期間○○日っていうのは…何だろ、多分
このコミュができてから○○日経っていますよ、という
ことだと思います。
前はこんなの出てなかったような。(?)

桶谷寧さんは、恥ずかしながら私の不勉強で作品を
手に取って見たことがないので何とも言えません、済みません。
ただ何にせよ、今後も更にいいものを作っていって欲しいですね。
急に激しく思ったのでメモ代わりにここに書き込ませてもらいます。題して「井戸茶碗作りに物申す」。

世に井戸茶碗に憧れてその再現を試みる陶芸家諸氏は数多(あまた)いるが、何か欠けていないか。

井戸茶碗の約束事を揃えてみたところで、何か意味があるのか。16世紀の猿真似をしてみたところで、誰か喜んでくれるのか。真似の巧拙に一喜一憂する前にじっくりと考えてみるべき事があるのではないか。

すなわち、良い茶碗とは何か。茶碗の美しさとは何か。そもそも自分にとって茶とは何か。その辺りの事をどうかじっくりと考えてみて欲しい。

門外漢の戯れ言でした。
陶李さん。長文のレスをありがとうございました。

「真摯に向かい合い再現したい」と仰いますが、何を再現なさりたいのでしょう?ここに2枚の画像をあります。1枚目は誰の作品かお分かりですよね。2枚目は堀野証嗣という50代の作家の作品です。良く見てください。どちらの方が上手に見えますか?

殆どの人は1枚目の茶碗の方が良く出来ていて、本歌に近いと言うと思います。私もそう思います。でも、画像で見る限り、2つの茶碗には明らかな共通点がある。どちらの茶碗も面白味がないという事。そして、これが写しという物の宿命だと私は思うわけです。

かつて半泥子は言ったそうです。茶碗も人間と同じだとつくづく思う。馬鹿で十分。ただ格が有りたい、と。

「馬鹿」は下手に「格」は中身という言葉に置き換えても良いと思いますが、中身のある茶碗を作ってこその陶芸家ではないでしょうか。梅花皮が出てこなくたって良いんです。中身のある茶碗を作って下さい。
ラッコさんと陶李さんのご発言とは、関連がないかも知れませんが、
少々思うことがあるので、書かせていただきます。
的外れでしたら、ご勘弁下さい。

話は少し遡りますが、ラッコさんのレス5の中で、
「桶谷寧の井戸はどう思われますか。〜中略〜、窯変天目から井戸や楽に移る美意識が理解しがたい」
と仰ってますね。
私はこの意見に同感です。

桶谷さんの作品を手にとって見ていないので、
見たら考え方が変わるかも知れませんが、
窯変天目・井戸・楽は、明らかに魅力の根幹が違うと、私は思います。

もし一人の画家が、
ルネサンス絵画から水墨画や浮世絵に表現を変えていったら、
美意識が理解しがたいというより、
悪く言えば節操がないと言えるのではないでしょうか。

しかし作り手として、桶谷さんの表現に少し共感できる部分もあります。
それは、誰も再現できない名品を、現代の原料と独自の推理で解明し、
名品に迫り、できれば超えるものを作りたいという願望です。

桶谷さんが、どういう動機で作陶されているかは存じませんが、
私にはそういった願望があります。
実際に私は、唐津・萩・備前・信楽・美濃と、
節操なく各地の土で、桃山陶器を目標に作っております。

ただ自分の中では、
「桃山時代に隆盛した窯業地」という括りで統一感はあります。
(ここで言う桃山時代とは、秀吉が天下を維持していた期間ではなく、16世紀中ごろから17世紀前半くらいまでの期間を意味します)

ですから、桶谷さん自身の中にも、何か統一感があるのかも知れませんが、
私は窯変天目や楽には、今のところ食指が動きません。
はじめに書いたように、ちょっと理解に苦しみますね。

とは言いつつも、桶谷さんの井戸は、写真では格好よく見えます。
もし同じ物を自分が作ったら、かなり満足し、自慢していると思いますよ。
陶李さん、COMさん、おはようございます。

陶李さん、一枚目の写真は小林東五が平成4年の個展に出品した作品です。たった一枚の写真だけからも、轆轤目の勢いと力強さが伝わってきて、作り手が相当な力量の持ち主である事が窺われますね。碗形も梅花皮も素晴らしい。二枚目の茶碗などとても比べ物にならない。2つを選んだのは写しの上物と下物とを並べてみせるためでした。正に小林東五は井戸茶碗はじめ高麗茶碗の写しの優等生だと思います。しかし、彼はそこまでです。

お茶を飲む者は良い茶碗が欲しいと思う。何故でしょう?茶碗とつかの間の話がしたいからです。その茶碗の来し方、己の行く末、ひいては人間の運命というものについて思いを馳せ、その思いを茶碗と語り合いたい。しかし、そんな事が茶碗にできるのでしょうか?たかが一個の茶碗に!

できる茶碗があるのです。何も難しい話ではない。かつて愛情によって結ばれていた人の遺愛の茶碗がそうではないでしょうか。茶を飲む度に様々な事を語り掛けてくれるはずです。ただし、それは飽くまでも個人的なレベルのお話です。

もっと話を広げて、民族のエートスという事を考える時、多くの人たちに語り掛けられる茶碗というものがある。我々日本人のエートスを考える時にまず取り上げたいのは、自然という事です。近代以前には日本にはnatureに相当する概念はなかったというような話はこの際端折ります。それは兎も角として、日本人は火焔土器以来、土と炎に魅せられてきた民族だと思います。中国人が陶器を磁器に至る一つの過程と見なしたのに対して、磁器に対する憧れを抱きつつも日本人は陶器(や�Т�)をこよなく愛した。今でも愛し続けています。遥かな昔から我々は土と炎と人為の鬩ぎ合いの中に人間の運命とこの世界の秘密を見続けてきたのではないでしょうか。

私が言う「中身」とは、このエートスの事なんです。東五の茶碗にはロゴスを見ても私はエートスを感じません。彼は井戸のロゴスを懸命に追究した人だと思います。それが写し作家というものでしょう。だから、彼が薪窯から電気窯に移ったのには十分な理由があったのです。愚朗の井戸は東五に比べれば汚くて下手ですが、私はエートスを感じます。それが意図的であったのかそれとも無意識で為されたのかは彼をもう少し詳しく研究してみなければ分かりませんが、とにかく彼の茶碗にはロゴスだけではない物が加わっています。

少し長くなりましたからこれで終わりますが、私は半泥子の信奉者ではありません。彼は幾つかの素晴らしい茶碗を作りましたが、愚作もまた多い作家だったと思います。彼は3万個近くの茶碗を作ってはどんどん友人知人にやってしまっていたそうですが、たった一つだけ手元に留め置いた茶碗があったそうです。それが「赤不動」です。ご承知の通り、この茶碗には大きな窯割れが出来ています。しかし、半泥子は茶碗を捨てなかった。そして、金で繕った。赤不動の完成です。ここに私は先述した自然と人為との鬩ぎ合いの見事な例を見ます。確か光悦の赤楽茶碗「雪峰」もそうでした。

茶碗は割れていたって良いんです。梅花皮が出なくたって良いんです。では。
ラッコさん
小林東五さんの素晴しいお茶碗を見せていただきありがとうございます!!

エートスとロゴスのお話も
茶碗は割れていたって、梅花皮が出なくたって…のお話も
自分にとって茶とは?茶碗とは?も
作り手の皆さんにとっては、百も承知のことではないかと
思えます。

出来る人・わかってるけど、出来ない人・わかってるけど、やらない人。作り手としての考え方もいろいろあるんでしょう。

受け取る側も1つではないので、この議論は、いつまでたっても交わることはないように思います。

陶李さん
>おだやかな茶碗良し、奇をてらったようなものだけは狙うべきではない。

非常によくわかります!
そこで、ご質問?ご相談?があるのですが、お聞きください。

陶李さんだけでなく、皆さんにもお答えいただければ嬉しいです!!

ラッコさんが、仰った「茶とは何か?茶碗とは何か?」
にも通じてますが、僕は、個展の際に出来る限り
創作茶室を即席で作り、自作の茶道具でお客さん全員に
お薄茶を点てて、お出ししたりもしています…
(出来る会場と出来ない会場は、当然ありますが)
今までの経験上、10代20代の方たちもたくさん来られます!

そこで、改めてご質問です!!
今どきの10代20代の人たちに「お茶」「お茶碗」を
どのように伝えていけば、彼らの日常に取り入れてもらえる
ようになると考えますか??

※まず古陶なんかに興味なし!茶道経験もなければ、興味もない!!
井戸茶碗を見せても「どうして、こんなご飯茶碗かどんぶりの出来損ないみたいなモノでお茶を飲ませるんだろう?」って、顔をされます!

どう思いますか?まず、興味を持ってもらう取っ掛かりとしては、どのようにすべきですか?
この問題をすぐにでも解決していかないと
本当に「お茶」と「茶道具」は、1部の人間のマニアックなものに成り下がってしまいます!!

COMさん
>もし同じ物を自分が作ったら、かなり満足し、自慢していると思いますよ。

これには、(爆笑)です☆
正直な方ですね。。

桶谷さんは、井戸茶碗しか見たことがなく、
天目と楽は、知りませんでした。。
このお話が事実であれば、統一感というか…
おもろい考え方の人やということがわかります!

それは「1人、茶の歴史!」です。
室町後期〜江戸初期の70年〜80年ぐらいの短期間で
天下を取った茶碗の順番に作ってるように感じます♪♪

天目茶碗から始まり→井戸茶碗→楽茶碗。

楽の次は、、織部かな??

だとしたら、めっちゃ!おもろい☆
ますます、桶谷さんを好きになりそうです。
「1回の人生、後悔なく生きぬいたる!」って、声が聞こえてくるようです。。
しかも彼、まだ32歳前後だったはず…
やるなぁ〜。。。(他人に関心してる場合じゃない!!)
祥さん、ウケていただき光栄です。
いつも駄洒落を連発していますが、相手にされることは滅多にありませんので・・・。
でも、ウケてくれたのは駄洒落じゃなくて、本音なんだよね。
ちょっと複雑。

『今どきの10代20代の人たちに「お茶」「お茶碗」をどのように伝えていけば、
彼らの日常に取り入れてもらえるようになるか』とのご質問ですが、
具体的にどうすればよいかは、私にはわかりません。

ただ私は、今どきの若者の感覚は、
日本人ではなく、欧米人のようなものだと考えています。
同じ日本人だと思うと、コミュニケーションに支障をきたしますが、
異文化の外国人だと思えば、納得のいくことが多いです。

畳の部屋に靴で上がってしまう人に、日本文化を説明する感覚で接すれば、
彼らなりに、お茶を日常に取り入れるかも知れませんよ。
どう取り入れるかは、あまり創造したくはありませんが・・・。
「あまり創造したくはありませんが」
それはシャレ?打ち間違いですかいダンナ?


祥さんのおっしゃる件ですが、
確かに古陶にも茶道にも興味のない方には
侘びたものより、京焼の絵付けのような華やかなものの
ほうがウケがいいですね。
各人の好みだからこちらからどうということではないけれど。
茶碗を見慣れてくるにしたがって華やかでないものの中にも
何かを見出してくれるようになると思いますが。

なんちゃって私も分かったようなフリして分かってないですけどね。
ニャハハ。
祥さん、こんばんは。

トピック違いの話題でしょうけれど…

私ならゴチャゴチャした事は一切しませんね。個展に来てくれてありがとう。喉が渇いたでしょう。まあ、美味しいお茶を一服どうぞ。それで構わないと思いますが。

「日常生活に取り入れてもらう」とか「興味を持ってもらう」とかいう事は考えない方が良いですよ。なんか卑屈に聞こえます。実際、美味しいと思えば飲めば良いし、興味があれば色々と勉強してみれば良いだけの話ですから。

抹茶という嗜好品を堅苦しい作法や茶道から開放してやらなければ駄目だと私は思いますね。お茶は片手で飲んだって、立ったままで飲んだって良いじゃないですか。とにかく「お茶ってこんなに美味しいのか!!!!」と思う人がいれば良いんじゃないでしょうかね。後は人それぞれでしょうから。
言い忘れました!

だから、なまじ経費節約なんて事考えて、料理用なんかの安い抹茶使っちゃ駄目ですよ!(笑)

濃茶クラスの茶で薄茶を点ててやって下さいな。丸久小山園だったら「雲鶴」クラスかな。

「沢山来るから、それじゃたまらん」とおっしゃるなら、お勧めはこちら!ラッコ愛飲の野乃ちゃんです。

http://www.osadaen-honten.com/

では、では。
>白菜さん
「あまり創造したくはありませんが」
ただの変換ミスです。ハイ。
COMさん
笑ったのは、本音だと感じたからです!
何だかんだ言っても、いいと思うものは素直に認める。
それがとても清々しくかっこよく思えて嬉しかったんです!
誤解を与えてしまったみたいで、失礼しました!

白菜さん
確かに、、絵付けに華やかなもの・逆に無彩色のシンプルなもの・デザインが変わっているもの。若者に限らず、人の好みは十人十色ですね。。
みなさんは、どうなのかわかりませんが
僕は、自分が素晴しい!!と感じたものを人に伝え
1人でも多くの共感を得たい。…いや、、知ってもらうだけでも嬉しい♪
その取っ掛かりが、例えば「奇をてらった茶碗」だとして
そこから興味を持って入っていき、その先にある渋いものにも興味を抱いてくれるのであれば、、、
作り手(発信者)は、自分を犠牲にしてでも
人が受け入れやすいモノを発信してもいいのでは??
全ては、自分の感動したものに気付いてもらうためです。

このコミュの人には、客に媚びてるとしか思われないかもしれませんね。。
それでも、お茶文化が再興するのであれば…
日本のどのカフェに行ってもメニューに「抹茶」
もちろん、お茶碗に入って出てくる形式で。。
外観が、茶室のようなカフェがでてきても面白いし…
「お茶」ってかっこいい〜☆と、自分んとこの文化を自慢できるようになるなら…
僕自身が、何て思われても、、
作る意義は、あるかな。。と。
(ちなみに、カフェで「抹茶」も人が興味を抱く取っ掛かりにすぎません)

>ラッコさん
めちゃめちゃ!!嬉しいです☆☆
18・19のコメントは、僕の考えを代弁してくれてるかのようで(泣)、、まったく同意見です!!
書かれていることを実際にやってるとこなんです!!
付け加えますと、、個展前には、その会場近くのお茶屋は
全て行きます。
そして、擂り溜めしてるとこは駄目!
その日に擂ったお抹茶を出してるとこを探します。
その店で最高のお茶を毎朝、買いに行く感じです。

トピ違いの質問で、失礼やなぁ〜と気付きつつも
毎日、こんなことを考えて生けているので、、
つい、ポロっとでてしまいました。。

みなさま、本当にありがとうございました!!
文章が苦手で…うまく伝えられないのが歯がゆいぃ、、。
ラッコさま
はじめまして。
上記でおしゃっていたことは利休の茶の湯の神髄と共通しますね。真理は単純。そこに至るのが簡単なようで見栄や、知識などの論争で呆けてしまう。反省です。
黒田草臣さん。この人、結構まともな事を言ってます。

http://13447958.at.webry.info/200704/article_25.html
や、ラッコさんご紹介のページに出てるの、
いい茶碗ですね…!
白菜殿

そのご感想に至るまでに5ヶ月かかったんですね?
お元気そうで何より。

また井戸を掘り進めていただきましょうかな?
憧れ、に近づく、その努力。なんじゃないでしょうか?

井戸茶碗を作るのって。

人それぞれ同じものをみていても
違う目から違うように見えてると思うので
近づき方もそれぞれ違うでしょうし・・・・・

少なくとも僕はそんな気持ちで
陶芸に携わって20年目で
やっと井戸茶碗にチャレンジしてみました。
まだ6年しかたっていないので
見方、感じ方が少しずつ動きます。
>ラッコさま

ハハハハハ…
もう、敵わないなあ〜、ラッコさんには!
これからも宜しくおねがいします。



>かず?さま
同じ井戸と言ってもどこを見ているのかも違うのかも知れませんが
共通するのはやはり、おっしゃるように憧れ惹かれるということかも知れませんね。
かず?殿

貴兄のHP拝見しましたよ。お若いのに、中々やりますのお。

ただ、わしが上で紹介した黒田草臣氏の話は頭の片隅に置いておいて損な話では決してないと思っとりますよ。単なる写しや伝統を墨守するだけでは矢張り悲しい。

わしが敬愛する愚朗の限界もそこにあったような気がします。彼は前衛と古陶再現とを分け過ぎたようです。時代の限界であったのかも知れませんな。しかし、今は違う。ぜひ頑張って精進して下され。

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