奇妙なのは、ウィングフィールド=ヘイズがこれを日本の慢性的な問題、つまり日本がとっくの昔に解決すべきだったのに、いまだ放置されている問題として取り上げている点だ。
だが実際には、不動産価値の下落は、日本の最大の強みの一つである。日本人は欧米人の多くがそうするように持ち家を貯蓄代わりに使わないため、日本にはニンビー主義(Not In My Back Yardの頭文字からNIMBYism:公共的に必要な施設だろうけど、我が家の近くには建てないで)がほとんど存在しない。
つまり、資産価値が下落するのではと不安にかられ、地元のあらゆる開発事業を阻止すべく徹底抗戦するようなことはない。どのみち資産価値はゼロになるからだ。
その結果、東京をはじめ日本の都市部では、地方から都市への人口流入が続いているにもかかわらず、住宅コストの低下を実現するために充分な住宅を建設することができた。日本が停滞していると思うなら、東京と主要な欧米の都市との比較をしてみるといい。
さらに驚くべきことに、日本は住宅数の増加と並行して、平均的な住宅面積の拡大を成し遂げている。
ウィングフィールド=ヘイズが懐かしむバブル時代、日本の都市部のマンションは広く「ウサギ小屋」と揶揄されていた。だが、40年後、都心に住む日本人一人当たりの住宅床面積はヨーロッパの標準に並び、イギリスを追い抜くまでになった。
なぜウィングフィールド=ヘイズは、住宅価値の低下を問題視するのだろう?
おそらく、それが日本の中産階級が資産を築けない原因だと考えているのだ。だが、不動産が値下がり傾向にあるなら、そもそも購入時の負担が減ることを意味する。住宅価格が低ければ、家庭内に自由に使える金が増えるので、その分を株式や債権購入に回すことができる。
生産性のない土地ではなく、生産性のある資産に富の根拠を置くことは、経済にとって有益だ。住宅不足は価格をつり上げ、所有者の個人資産を増強するかもしれないが、国レベルで見たら単に経済成長の足かせでしかない。
●BBCは自社の特派員が持つ固定観念にとらわれている
アール・H・キンモンス
https://japan-forward.com/japanese/126068/
BBCが掲載する特派員の記事には、ステレオタイプや誤った情報が含まれているものが少なくない。これは報道機関としてのBBCの姿勢に懸念を抱かせる。
1月20日のBBCニュースに、ルーパート・ウィングフィールド=へイズ記者による "Japan was the future but it's stuck in the past"「日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている」と題する記事が掲載された。(日本語版の掲載は1月22日) 彼は2011年からBBCの日本特派員であった。
この記事はニュースというよりも、日本がいかにウィングフィールド=へイズ氏の期待に応えていないかという愚痴を延々と述べたものである。
記事に対し、外国人と日本人双方の読者から様々な反応があった。日英両国をよく知る読者は否定的に受け止める傾向があった。日本語が堪能で日本について幅広く書いている英国人の友人は、「戯言」と評した。私も同感である。
他方、ツイッター上で日本と日本人を誹謗中傷する多くの外国人と少数の日本人にとっては、格好の話題となった。
その決定版と言えるのが、ウィングフィールド=ヘイズ氏の記事のわずか2日前にフィナンシャル・タイムズ紙に掲載された”Is life in the UK really as bad as the numbers suggest? Yes, it is”(英国の生活は本当に数字が示すようにひどいのか?そう、ひどいのだ)である。
著者のティム・ハーフォード氏は経済学者で、BBCで自身がプレゼンターを務める素晴らしい番組も持っている。記事によると、英国には「生活費の心配が広がっていること、いたるところでストライキが起きていること、英国の救急医療が完全に崩壊していることなど、明らかな問題がある。」
そして、「英国の所得の中央値は、ノルウェー、スイス、米国などを大きく下回り、先進国の平均を大きく下回っている。」
テレグラフ紙は、英国の年金の金字塔である「確定給付型」制度の破綻が迫っていると嘆いた。イングランド銀行によると、10月6日現在、英国の年金基金は「破綻から数時間」のところにある。
■年老いた者が生き残る
記事の中で歴史を一般化した部分は、あまりにお粗末だと言わざるを得ない。
ウィングフィールド=ヘイズ氏は「1945年に2度目の大転換が訪れても、日本の『名家』はそのまま残った。」と言う。
処刑されなかったという意味では、名家のメンバーは生き残った。しかし、戦前の資本主義を支配していた財閥は、その資産の大部分を失った。そして、企業のトップは、家柄や財産ではなく、学歴だけを資産とするサラリーマンに引き継がれたのである。
英国、特にイングランドとは異なり、日本では封建的な地権を持つ貴族が国土の大部分を所有しているわけではない。ましてや首都の一等商業地を所有しているわけでもない。
確かに政治の世界では、ある程度の連続性があった。しかし、安倍晋三の祖父である岸信介について ”Kishi was a member of the wartime junta”(戦時中の軍事政府の一員だった)と言うのは、初歩的な間違いである。(BBCが掲載した日本語版記事では「岸氏は戦時下に閣僚を務め」となっている。)戦時中の日本を動かしていたのは軍事政府ではない。国会は機能していた。1942年には選挙が行われ、斎藤隆夫のような無所属の候補者が国会議員に当選している。
岸は独立した権力基盤を持たないキャリア官僚で、1944年7月に政府から追い出された。政府で最も注目された軍人である東条英機も同様であった。東条もまた、基本的に官僚であり、独自の権力基盤を持たなかった。
■東京の地理
これも初歩的な誤りだが、記事の初めの方に ”In front of the Imperial Palace in Tokyo, the skyline was dominated by the glass towers of the country's corporate titans - Mitsubishi, Mitsui, Hitachi, Sony.”(東京の皇居前には、三菱、三井、日立、ソニーなど、この国の巨大企業のガラス張りのビルがそびえたっていた。)という記述がある。
お気づきの読者もいると思うが、BBCが掲載した日本語版の記事では、日立とソニーの社名は削除されている。ソニーは皇居の前にガラス張りのビルを建てたことはないし、本社は皇居からかなり離れているからだ。
そして、日立の本社はソニーより皇居に近いとはいえ、皇居の前ではないからだ。