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あまやま想のひねくれ者文学コミュの「遺伝子の奴隷」 最終章

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読者の皆さん、長いことお付き合いしていただきありがとうございます。

あともう少しでこのお話も終わりです。最後までじっくり楽しんでください。

コメント(9)

(第43話)

 穏やかで平和な日々にたどり着くためには、たくさんの努力とたくさんの犠牲が必要である。でも、平和な日々と言うのはどんなに頑張っても壊れるときはいとも簡単に壊れる。まるで平和な日々をあざ笑うかのように…。

 張樹と清子が生まれてからの10年間はとても平和だった。張樹と清子の二人が本当は妻・ひばりの血を引いていないことを忘れていた。それぐらい幸せで穏やかな日々が続いていた。それが次の不幸の始まりであることなんてことを、あの頃気付くはずもない…。

 2057年4月、3年間の鹿児島支局長勤務を終えて再び、九州日日新聞本社の社会部部長として福岡に戻ってきた。
3年前、高校2年生だった花月は叔母・清美に面倒を見てもらいながら、福岡の高校を卒業して、現在は地元の短大に通っている。張樹と清子とひばりの3人は、僕と一緒に鹿児島の義父母の家に移った。この間に長い長い不幸の序章が静かに準備されていたのであったことを僕は思い知らされた。

「お父さんとお母さんにどうしても聞いておきたいことがある」

 それは福岡に帰ってきてからすぐの出来事であった。突然、花月が真剣な眼差しで僕らに尋ねてきた。それは張樹と清子は学校の宿泊学習でいなかった夜のことであった。外からは新緑の匂いがかすかにしていた。

「清美叔母さんから聞いたけど、お母さんは子供が産めない体なんだってね…。初めは嘘だと思った。でも、本当だった。そう言えば、私が小さい頃、お母さんは交通事故にあったし、病気にもなってたよね? 私、ぼんやりと覚えているよ…」

 ひばりは黙っていた。僕も何も言えなかった。いつかは子供達にも話すつもりであった。清美は僕らがいつまでも本当のことを話さないことにしびれを切らしたのかもしれない。でも、こんなやり方はないと思った。娘を預けた3年間の間に、何も言うことなく花月に全てを話すなんて…。

「ねぇ、2人とも黙ってないで何か言ってよ! どうして、今まで何も教えてくれなかったのよ。もし、叔母さんが本当のことを話してくれなかったら、私、未だに本当のことを知らないままだった。私達、同じ家族だよね…。それなのに、どうして本当のことを教えてくれなかったのよ…」

「違うんだ。花月が大人になったら話すつもりでいたんだ…」

「お父さんは…いつもそうやって私を子ども扱いする。私をいつまでも子ども扱いしないで!」

 隠し通そうとなんて思っていなかった。花月が大人になったら話すつもりでいた。子供にはあまりにも荷が重過ぎる話…少なくてもこの話を受け止められるだけの力を持つまでは黙っておこうと考えていただけのこと。それは清美も同じだった。しかし、いつから大人になるかの認識が違っていたようだ。子供は親が思ったよりも早く大人になることに気付くことができなかった。

「花月は小さい頃、事故で子供を失った私に『痛いの痛いの飛んでいけ〜』って言いながらお腹をさすってくれた優しい子だったのに…。私達、どこで何を間違えたのかしら…。やっぱり、張樹と清子を産んだのは間違いだったかもしれない…」

 寂しそうに妻がつぶやいた。僕は何も言えずにいた。花月はもうリビングにいなかった。この日から花月の様子がおかしくなった。

「もう、何も信用できません。この家を出て、一人で暮らしていきますので、探さないで下さい。   花月」

 張樹と清子がいなかった夜から1ヶ月ほど経ったある日、花月は僕らの前から突然、姿を消した。食卓に短い置き手紙を残して…。
(第44話)

「清美が余計なことをしたばっかりに花月は家を出て行ったのよ。難しい問題だから、きちんと話す機会を作った上で話さないといけなかったのよ。それなのに…どうして、私の断りもなく、花月に勝手に話したのよ。そのせいであの子は何かも信頼できなくなり、何も言わずに家を出て行った…」

 外ではセミがうるさく鳴いていた。子供達の笑い声が外から聞こえてくる。そんな中でひばりと清美は姉妹2人で花月のことを話していた。今更、こんなことをしても花月は帰ってこないことなんかわかっていた。でも、聞かずにはいられなかった。どうして、花月に話したのかを…。

「花月は思った以上にいろんなことを知っていたのよ。もし、私が黙っていたり、嘘をついたりしていたとしても、いずれは本当のことに気付いていたはずよ。あの子は短大に入学した頃から、やたらと配偶子管理バンクのことを調べていたのよ。そして、ちょうど1年前、こう言ったのよ。『張樹と清子はお母さんよりも叔母さんによく似ていますね』ってね。もう、これ以上隠せないと思った。あのとき、姉さん達に黙っていたのは、事を荒立てることで、まだ幼い張樹と清子が事実を知ってしまうことを恐れたからよ。いずれはしるべき事実だけど、そのことを知るのはまだ早すぎると思ったのよ。それがこんな結果になるなんて…。姉さん、私はどうすればよかったのよ…」

 そう言って清美は泣きだしてしまった。妹を責めるつもりはなかったが、気付いたら妹を責めていた自分がひばりは嫌だった。本当はこんな悲劇を繰り返さないために、3人で話し合うことが目的だった。ところが太郎は急な仕事が入ってしまったので、先に2人で話していた。セミと子供の声は止まることなく、外から聞こえる。

 やっとの思いで仕事を終わらせて、義妹の清美の家に行くと、2人とも泣いていたので僕はとても驚いた。確かに花月がいなくなったことはとてもつらくて悲しいことであった。でも、それから何かを学ばなければ、張樹と清子にも同じ事を繰り返してしまう可能性があった。このような事を2度と繰り返さないために、今回の悲劇のきっかけを作ってしまった僕ら3人がしっかりと話し合う必要があった。

「真実を話す時期としては中学校卒業後すぐがいいのではないかな? そして、僕ら3人が一緒にその場にいることが大切だと思うけど…。清美さんはどう思う?」

「そうね。それがいいと思う。張樹と清子が生まれるのに私も関係している以上、そうすべきでしょう。あっ、できればその場に花月ちゃんもいるべきよ。今、花月ちゃんはいないけど、どうにか居場所を見つけ出して、説得するべきよ。本音で語り合えば、誤解もとけるはず…」

 清美がこういうとひばりはうなずいていた。僕もうなずいた。僕らはクーラーの聞いた部屋にいるはずなのに、汗をかくぐらいに真剣に自分達が引き起こした問題と向き合っていたのだろう。

「2人は張樹と清子の面倒を見ないといけないから、なかなか花月ちゃんを探せないと思う…。花月ちゃんを探す役目は独身の私に任せて欲しいの」

「ありがとう、清美。恩に着るわ」
 あの頃、最悪の事態から脱却するために僕らは必死だった。でも、それをあざ笑うかのように次の事態が進行していた。
(第45話)

 2059年、ひばりの父と母が亡くなった。それぞれ、享年80歳と77歳であった。それは冬のとても寒くて九州でも雪が積もった日のことだった。母がインフルエンザをこじらせて肺炎を悪化させたために亡くなった。それから後を追うように看病をしていた父もインフルエンザにかかり、同じように肺炎になって亡くなった。

 この年、新型のインフルエンザが大流行した。これは21世紀の初頭に鳥インフルエンザと呼ばれていたものが、さらに進化したものである。そのため、多くの高齢者が肺炎に亡くなってしまった。また、学校では学級閉鎖などが相次いだ。この大流行により世界中で約5億人がインフルエンザにかかり、約2千万人がインフルエンザで亡くなった。
 日本では約700万人がインフルエンザにかかり、20万人がインフルエンザで亡くなった。それらは連日のように新聞で大きく取り上げられた。我が家もみんなが順番にインフルエンザにかかってそれぞれが1週間ぐらい寝込んでいた。

 やがて、義妹の清美もインフルエンザにかかってしまった。彼女はかつて胃ガンにかかり、胃を全て摘出したため、まだ44才でありながら体力的には老人と全く変わらなかった。そのため、肺炎を併発しないように細心の注意を払っていたようである。しかし、このころに大きな仕事を抱えていた彼女は無理をして、仕事をこなしていた。それがいけなかったのかよくわからないが、彼女は肺炎を併発させてしまった。

 その後、絶対安静をしっかり守ったおかげで清美は何とか元気になった。再び、仕事に対して精力的に取り組めるようになった。

 このような状態でありながらも、未だに花月が家に帰ってくることはなかった。花月がいなくなってからもうすぐ2年が経とうとしていた。花月はもうすぐ21歳になる。僕らもどんどん年をとっている。僕は51歳になったし、ひばりは49歳になった。張樹と清子は12歳になった。

 この春、張樹と清子は小学校を無事に卒業した。2人に出生の秘密を話すと決めた中学校卒業の日まで、あと3年となった。時の流れは実に速いものである。それは時としてとても素晴らしく、時としてとても残酷なものであった。
(第46話)

 2060年9月、清美が肝臓ガンにかかっていることがわかった。最初、かつて胃ガンにかかったときのものが完全に取れてなくて、転移したものであると思われたが、これはまったく別のものであった。しかし、今回のガンは肝臓ガンであったため発見が非常に遅れてしまった。そのため、ガンはすでに体のあちらこちらに転移しており、すでに手遅れの状態であることがわかった。医者からは長くて、あと1年だと告げられた。それはもちろん清美本人にも伝えられた。彼女は事実をきちんと受け入れてくれた。いや、事実を受け入れるしかなかったに違いない…。

 それから清美は少しずつ体が弱っていった。本人は少しでも長く生きられるようにと抗ガン剤治療もしたが、ほとんど効果はなかった。ただ、副作用によって髪の毛がなくなり、体が一層弱っただけであった。

 このままでは彼女は張樹と清子が中学校を卒業してから、ひばりと僕の3人で張樹と清子の出生の秘密を教えることができなくなる。そこで清美は将来の張樹と清子に対して遺言を書くことにした。それを読めば、実際に面と向かって話しているのと同じような内容にするために、彼女は1ヶ月もかけて遺言を完成させた。その内容についてはひばりや僕も彼女と何度も話し合って、3人の言い分が食い違わないようにした。

 ところが、2061年が明けてすぐの出来事であった。突然、清美がひばりと僕の前で必死になって書いた張樹と清子への遺言を破り捨てた。そして、僕らにこう言ったのである。

「やっぱり、張樹と清子に自分の口で直接伝えたい。どんな考え抜いた言葉でも、こんな紙切れでは自分の全てを伝えることは出来ないと思う。義兄さんや姉さんには申し訳ないけど…私が生きている間、3人がきちんとそろっている間に…張樹と清子に本当のことを伝えたいのよ。お願いよ…」

 僕とひばりは顔を見合わせた。問題は張樹と清子が真実をきちんと受け止められているだけ、心が成長しているかどうかである。もし、真実をきちんと受け止められるほど、心が成長していない場合は2人が事実を受け止められずに自殺をしたり、ひねくれて不良になったりするかもしれない。

 でも、話す時期が遅くなったら、花月のように自分は家族の一員として思われていないんだと思うようになる可能性だってある。少しでも早くても、少しでも遅くても、このような話はだめである。どうにかして、最もふさわしい時期に話すことが大切である。しかし、実際はそんないい環境が整うわけもなかった。多少のリスクはやむをえない。もう、しばらくしたら清美はこの世からいなくなってしまう。そうなれば、もう真実を話すのにふさわしい環境は完全に整えられなくなる。
 しばらく考えた末、ひばりと僕は清美の言い分を聞くことにした。ただし、1つだけ条件をつけた。

「清美、私達はあなたの言い分をのむことにしたよ。ただし、一つだけ条件があるの。清美が亡くなる直前に張樹と清子には話すことにしましょう。そのような緊迫した状態なら、張樹と清子も逃げることなく聞かざるを得ないし、私達だって逃げることなく話すしかないからね」

「さすが、姉さんね。確かにそんな状況なら私だけでなく、誰一人として逃げることができないよ」

 こうして、張樹と清子に真実を話すときの舞台はほとんど整えられた。全てを話し終わった後、2人は一体どんな反応をするのだろうか…。現段階で全く予想のつかないことであった。
(第47話)

 2061年4月、また春がやって来た。春が来るたびに桜は咲くことを繰り返し、人々に春の訪れを告げる。そのころ、4年前に突然、家を出て行った花月から手紙が来た。その手紙は徳島から来たものであった。これはつらいことばかりが続いていた僕らにとって、とてもうれしいものであった。

 手紙の内容は長いこと実家に帰らないで大変申し訳ないということから始まって、みんなは元気にしているだろうかとか、最近の福岡はどうなっているのかとかの内容がほとんどであった。最後の方に近いうちに実家に帰りたいということが書いてあった。そして、張樹と清子のことについて、じっくり話して欲しいとのことだった。 

 彼女自身は徳島にいる友人を頼って、徳島に移ってから働きながら専門学校に通っていたそうである。現在は保育園で保育士をやっているとのことだった。

 ひばりと僕はこのことを大いに喜んだ。そして、そのことを清美にも伝えた。清美もこのことを大変喜んでくれた。

 僕達はこの4年間にこの家であったことを手紙に書いてまとめた。ひばりの両親の死、清美のガンのことなどを中心に細々したことまで書いた。その上で張樹と清子のことをきちんと話さなかった非礼をわびた上で、花月との連絡がつかなかった4年間をどれだけ心配したかを、とにかくたくさん書き綴った。

 花月からの手紙が来たことを張樹と清子もとても喜んだ。特に清子は花月を慕っていたので、花月が帰ってくるということをとても喜んでいた。また、清美にとってはこのことが励みになったらしく、一時的に体調がよくなった。

 医者の話ではガンの進行がとても早く、もしかしたら1年は持たないのではないか…というぐらい弱りきっていた。この頃になると、ご飯にほとんど手をつけられなくなり、栄養のほとんどを点滴でまかなうようになっていた。しかし、花月からの手紙を見せてから、しばらくはご飯を食べられるようになっていた。

 そこで、病院から清美の外出許可をもらって、僕らの家族と一緒に花見をすることにした。清美はこれが最後の花見になるだろうとわかっていたのか、目に焼き付けるようにしっかりと桜を見ていた。桜吹雪の中で彼女は、桜の花びらと共に風に揺られていた。それほど彼女は弱りきっていた。

 5月…6月…と、月日が経つにつれて、彼女は日に日に弱っていくのがわかった。ひばりは自分のたった一人の妹のために毎日病院に通って、清美の世話をしていた。もうこの頃、中学3年生になっていた張樹と清子はひばりがいなくても自分達で何でもできるようになっていたので、特に問題はなかった。むしろ、僕らはひばりに余計な心配をかけないようにして、妹との最後の時間を少しでも充実したものにできるようにした。

 週に1回は家族全員で清美のところにお見舞いに行った。彼女はそれを何よりも楽しみにしていた。
(第48話)

 8月に入ってから清美は起き上がることはほとんどなくなった。体のあちこちに通されるカテーテルがどんどん増えていった。そんな中、4年ぶりに花月が実家に帰ってきた。花月は変わり果てた叔母の姿を見てただびっくりしていた。清美も4年ぶりに花月を見れたことにとても喜んでいた。少しばかり、清美が元気になったような気がした。

 担当医者がもう長くないと言っていた。花月も帰ってきたし、真実を話すのは今しかないと感じた。僕はまず、ひばりと清美の3人で最後の打ち合わせをした。次に花月を加えた4人でどうやって話を進めたら2人をいたずらに傷つけることなく、事実を受け入れてもらえるかを検討した。

 花月は話す以上は2人を1人の大人として、全てを包み隠さず話すこと、また相手のことをしっかり信じることが必要だと言っていた。まさにその通りだと思った。かつて、僕らが花月をいつまでも子ども扱いしていたばかりに、花月は全てを信用できなくなり、家を突然出て行った。それから再び信頼関係が戻るまでに4年間もかかってしまった。そのような悲劇を繰り返さないためにも花月の言うことをしっかり聞く必要があると3人は痛感した。

 ひばり達の両親が亡くなってから2回目の盆が近づくにつれて、まるで去年の初盆のときの元気な清美の姿が嘘のように感じられた。1年が経つのは実に早い。そして、将来は全く予測不可能である。
 
 1年後、清美が病室で死を待つだけの状態になるなんて誰が予測しただろうか…。1年後、花月が何事もなかったかのように再び帰ってくるなんて誰が予測しただろうか…。1年後、中学卒業時に告げる真実を前倒しして告げることになるなんて誰が予測しただろうか…。

 1年後も…2年後も…同じような毎日が続いていくと思っていたのに…。物事は時の流れにそって、緩やかに…そして、ゆったりと変化していくと思ったのに…。物事は時に激しい嵐のように劇的に荒々しく姿を変える。その後、再び何事もなかったかのように、また、緩やかでおだやかな日々が繰り返される。それは嵐の中でぽっかりと明いた大きな穴を少しずつ埋めていく作業である。

 激しい嵐の後にまた太陽が何事もなかったかのように、大地を照らす。それは嵐で倒れた木の後を受け継ぐかのように新しい芽が息吹く自然の営みと同じようなものであった。
(第49話)

 8月10日の朝、清美の病室にひばり、花月、張樹、清子、僕の6名が集まった。とうとう、張樹、清子の2人に真実を話すときがやって来た。まず、ひばりが切り出した。

「張樹…清子…今からお母さんと…お父さんと…叔母さんと…花月の…話すことをしっかり聞いてね。とても大切なことだから」

 すると、ただでさえ重い病室の空気はさらに重くなった。張樹、清子が真剣なまなざしで僕らを見ているのが痛いほどよくわかった。 

 まず、ひばりと清美と僕の3人が張樹、清子の2人が生まれるときに何があったのか、それぞれの立場で話した。2人とも、うすうす何かを感じていたのか、変に驚くことなく鋭いまなざしで話を聞き続けた。この日は朝から雨が降って、真夏なのに肌寒い日だった。この年は冷夏で毎日がこんな感じであった。それは僕の心の中を再現しているようだった。

 僕らが話し終わるとすかさず、張樹がこんなことを言ってきた。

「今まで…俺はお父さんとお母さんの血を受け継いで、お父さんもお母さんも同じようにお父さんとお母さんの血を受け継いで、じいちゃんとばあちゃんも同じようにお父さんとお母さんの血を受け継いで…そんなふうにどこまでも遡っていけると思っていた。大人になれば、自分もみんなと同じように命のリレーを次の子供に受け継いでいくものと思っていた。でも、でも…僕の命のバトンの半分は普通なら受け取れないところからやってきて…」

 張樹は自分なりに話を整理しようとしていたが、自分の遺伝上の母親が清美であることに驚きを隠せないようだった。清子はこの事態にふさわしい言葉を探しきれないようだった。

「次に私が話すわよ。2人とも姉ちゃんの話をよく聞くんだよ」

 花月がそう言うと2人とも黙って頷いた。そして、花月はどうして、ある日突然いなくなったのか。そして、自分の体験を元にして、真実を共に共有することが家族のきずなを深めるという話をしていた。この話も2人ともさっきと変わらずしっかり聞いていた。しかし、さっきと違って清子の方が反応はよかった。昔から張樹は理論的な話に強く、清子は感情的な話に強い。花月が話し終わるとすかさず、清子がこう言った。

「私達のことでそんなに苦しんでいたなんて…私達って、生まれてきてよかったのかな?」

 僕は言葉を失った。なんて言えばいいのかまったくわからなかった。
(第50話)

「清子…張樹、この世にね、生まれる必要のない人なんていないのよ。この世に生まれてきた人はみんな必要とされて生まれてくるのよ。2人が生まれてきたとき、母さん…うれしかった。お腹をいためて産んだ子供だもの。たとえ、血のつながりがなくても、2人は私のお腹に9ヶ月もいた。そこでは確かにつながりがあった。生まれてからも家族のつながりがずっとずっと続いていく。たまに血のつながりがないなんてありえないと思うぐらいよ。今日、清子と張樹に本当のことを話したけど、それで家族がバラバラになるどころか、もっともっと家族の絆が強くなると確信しているから…」

 僕はひばりの言葉を聞いて、とてもうれしかった。僕が言いたかったことを見事にまとめてくれていた。でも、それを聞いて清子はますます混乱してしまった。

「私にとって、本当のお母さんはお母さん? それとも叔母さん?どっちになるの?」

「清子、どっちも本当のお母さんだよ。叔母さんは…遺伝子上のつまり、血を分けてくれたお母さん、お母さんは僕らを産んでくれて…そして、育ててくれたお母さん。だから、どっちも本当のお母さんだよ」

「お兄ちゃんは、相変わらず…頭の回転が速いね…」

 ここで張樹が清子にわかりやすく説明していた。それを他の家族がほほえましく見ていた。2人は双子とだけあって、いつも2人でお互いを補い合っていた。2人は2つで1つといっても過言ではなかった。

「2人を育てたのは私だけではないのよ。お父さんも、叔母さんも、じいちゃんも、ばあちゃんも、みんなで一緒に育ててきたのよ。もちろん、花月も同じようにして育ててきた…」

「じゃ、叔母さんもお母さんも本当の育てのお母さんだね」

「そういうこと! 張樹、いいこと言うじゃない」

「叔母さん、お母さん、お父さん、みんな…みんな、ありがとう…ありがとう…」

 ここで清子が感極まったのか泣き出してしまった。それにつられて清美も、ひばりも泣き出してしまった。この涙は絶望や悲しみの涙ではなくて、希望の涙そのものだった。

 そのとき、コン、コン、コンとドアを叩く音が聞こえた。

「東芝さん、お昼の検診の時間ですよ」

 そう言いながら看護師と医師が入ってきた。2人はこの雰囲気を気にすることなく、いつも通りに検診を始めたので、僕らは邪魔にならないように1回この部屋を出ることにした。

 いつの間にか昼になっていることに驚いた。そこで僕らは昼食を取りに病院の近くの定食屋に向かった。彼女はもう、食事を取ることができないぐらいに体が弱くなっていたので、彼女に対して何か申し訳ない思いがした。
(第51話・最終話)

 僕らが昼から戻ってくると、清美がさみしそうに窓を眺めていた。朝から降っていた雨が止み、久々に夏空が広がった。セミが大声で鳴きだした。ひまわりが夏の日差しを浴びていた。

「真夏の日差しとひまわりの組み合わせを見られるのも、あとわずかね…。私、この組み合わせが好きだったのよね…」

 しばらく、清美と一緒に病室の窓からのひまわりを見ていた。病院の花壇にはひまわりがたくさん植えてあった。

 次に張樹と清子の名前にこめられた思いを清美が話していた。2人の名前はひばりが大好きな作家「松本清張」から取ったものである。実は清美もひばりと同じぐらい松本清張が大好きであった。その中でも「黒革の手帳」は2人が最も好きな話の1つであった。
 さらにひばりと清美の親も松本清張が大好きであったので、清美の名前も彼からあやかったものらしい。そのことは初耳だったので、僕はびっくりした。松本清張にそんな深い繋がりがあったとは…ただ、言葉を失うだけだった。

 かつて、張樹と清子の名前をつけるとき、清美と同じような名前になってしまい間違えやすいので、清子には他の名前をつけようとしていた。しかし、清美との繋がりをせめて名前にだけは残しておこうということになったので、2人の名前はひばりが決めたものをそのまま使うことにした。しかし、そのときはこの命名の仕方にそんな深い意味があるとは知らなかった。

 その後、しばらくはみんなでたわいのない話をしていた。朝から思い話ばかりしていたので、気分転換をしたかったのかもしれない。何より、張樹も清子の2人が反発したりひねくれたりすることなく、事実をありのままに受け止めてくれたことがうれしかった。

 しかし、清美は朝から無理をしたのか、夕方に入り、急に容態が悪化してしまった。医者や看護師があわただしく動き出した。

「私、あなた達と深く関わることができてよかった…。そうでないなら、生涯独身を貫いた私は一人さみしく、このときを迎えていたかもしれない…」

 僕達は彼女との別れが近いことを本能的に感じていた。もしかしたら、今日無理させなかったら…もう少し長く生きられたかもしれない…。いくら、彼女の希望だったとはいえ、かなりむごいことをしてしまったように思えた。ひばりも、花月も、張樹も、清子も、僕も、何も言えなかった。

 しかし、それを清美は感じ取ったのか、僕らに対してこう言ってくれた。それはこれからも生き続ける者に対しての、精一杯の優しさであった。本当は死を迎えることが怖くてたまらないはずなのに…どうして、こんな気遣いができるのだろうか。僕にはこんなことは絶対できないと思う。

「できることなら…1日でも長く生きたかった。でも、病室で意味もなく、ただ延命治療をうけるよりも…たとえ、命を削ることになっても伝えなければいけないことを伝えられることが幸せなんだってわかったの…。」

 それが東芝清美の最後の言葉だった。8月10日18時26分に彼女は息を引き取った。享年46歳。
 僕らの家族にとって、彼女の存在はあまりにも大きすぎた。彼女がいなかったら、張樹と清子はこの世に存在していなかったに違いない。また、家族のみんなで問題に立ち向かい、共に解決していくことの大切さに気付けることができた。

 遺伝子技術が生み出した特別な関係が、普通の家族関係では絶対気付けなかったことに気付かせてくれた。ないからこそ、かえってその大切さに気付けることもある。それに気付けたことこそ、張樹と清子を産んだことに対する答えであり、遺伝子技術に対して僕が長年探し続けた答えであった。

                 (遺伝子の奴隷・完)

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