☆小説☆SFファンタジー☆愛知コミュの「少年とストライカー」

（この物語は、以前僕の日記で、一部マイミクさんには話したことがあります、本当にあった話です。また様々なスポーツ誌がこの事件を取り上げましたので、もしかしたらもうご存知かもしれませんね。）


２００２年のサッカーＷ杯は日韓共催となり、
諸外国のチームが日本の各地で合宿をしました。
その中でデンマーク代表は和歌山で合宿をしました。

たくさんの和歌山の子供たちがサイン会につめかけました。
エース・ストライカーのトマソン（小野のいたフェイエノールトの選手です。）の前には長い列ができました。

ところが自分の順番になっても前に出てこない少年がいます。
トマソンが不審に思って通訳の人にその少年に前に出るように伝えてもらうと
少年は一枚の紙をトマソンに差し出しました。
そこにはこう書いてありました。

「僕は小さい頃に病気をして、耳が聞こえません。だから話す事もできません。
でもサッカーが大好きです。イングランドのベッカム選手と デンマークのトマソン選手が好きです。
ワールドカップ、頑張ってください。」

読み終えた通訳が涙ぐんでいます。

トマソンは通訳に頼みます。
「私が英語で話しますからそれを日本語で紙に書いてください。
その少年の書く言葉を英語にして私に聞かせてください。
そうやって彼と会話させてください。」

こうしてトマソンと少年の静かな、そして暖かな会話が始まりました。

「君のご両親は？」
「僕の後ろ、あそこにお母さんが居ます。」

「そう。いいかい？
君が背負った障害は君だけの試練ではないんだよ。
君のご両親も同じ試練を背負っている。
だから君はひとりじゃないんだよ。理解できますか？」

「はい。わかります。」
「約束しましょう。私は次の試合で必ず１ゴールを決めます。
君の生きていく勇気になるように。」

こうしてデンマーク代表は、ウルグアイ代表との試合を迎えたのです。
サッカーの最高の舞台、ワールドカップ。
オリンピックを超える世界最大規模の祭典。
全世界が注目する中で、
超一流のプロ選手が祖国の威信をかけて必死で戦う舞台です。

その舞台で、得点を予告するなど。前代未聞です。
しかもひとりの少年の将来を左右するような約束をしてしまったトマソン。

一体どれほどの重圧をトマソンが背負ってこの試合に臨んだのか
想像もつきません。

ところが開始５分。
トマソンはウルグアイのディフェンダーを振り切ります。
左サイドからの切り裂くようなシュート！
「ゴール！」
客席にはあの少年が居ます。

後半１５分。せりあいからトマソンは
凄まじいヘディングシュートを放ちました！
さらに１点が追加！
歓喜！熱狂！客席で少年も叫んでいます。

次の試合でもトマソンは２ゴールを決め、
デンマークは Ａ組1位で決勝リーグへ進出します。

そして決勝リーグ第一戦で、前回の優勝チーム＝フランスと当たります。
結果は負け。３対０の完敗でした。

和歌山に戻って来たデンマーク代表を迎える人たちの中に
あの少年がいるのをトマソンは見つけます。
またふたりの静かな会話が始まりました。

「ごめんなさい。負けてしまいました。」
「いいえ。僕は凄く嬉しかったです。
トマソン選手が約束通りゴールを決めてくれたから。」

明日には母国に帰ってしまう世界的ストライカーは
少年の目線までしゃがむと、微笑みながらこう言ったのです。

「よく聞いてください。
これが私が君に贈る最後の言葉です。

これから君は、多くの苦しい思いをしなくてはなりません。
でも、それは君に神が与えた試練です。

そして、君が前を向いていれば、
神は、ゴールのチャンスも必ずくれるのです。
それは君が「幸福になる」というゴールです。

もしそのゴールのチャンスが訪れたなら、
強引に、しかし、しっかりと決めるのですよ。」

優しいふたりの約束。
涙を流しながら見守る母親。周囲の人たちも
泣きながらふたりの最後の握手を見ていました。

こうして日本で行われたワールドカップは終わりました。
でも　世界的ストライカーに生きる勇気をもらった
少年の闘いは、続いているのです。今も。これからも。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（2007.02.10　ｔｏｕｊｉ）