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人と街コミュの第三話

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  エレベーターが止まる瞬間に体が覚える重みは、
  この27階という存在を、どこかで僕に伝えようとしている。

  時折そんな風に思う。


  会社の朝は早い。
  僕がオフィスに着く頃には、
  いつでも一日のスタートが切れる状態になっている。
  色々な人が、それぞれの朝を迎え、
  その朝の上に、僕等の朝が成り立っているようだ。
  と、調子のいい朝にはそんなことまで思ってみる。
  実際は、ノルマに忙殺される毎日だ。

  うちの部の上司の出勤は早い。
  何でも、【部下より早く】がモットーらしい。
  笠原は(上司の名だが)、いつも朝からニコニコしている。
  部下1人1人への朝の挨拶に添える一言は、
  一体どこでいつ考えてきたのだと思わせるほどに"うまい"。
  なれなれしい訳でもなく、かといって気さくという言葉が合う感じでもなく、
  何と言うか・・・時々彼が自分の上司であることを忘れそうになることがある。
  
  しかし仕事になると・・・と言いたいところだが、
  彼はその調子を変えない。
  決して気の抜けたといった訳でもなく、てきとうにやっている訳でもないのだが、
  いいのか悪いのか、会議中にも「ピリっ」とした空気はない。
  ただ、ふとした拍子に感じる彼の"人をみる目"は圧巻だ。
  それが、彼があの調子で、20人を抱える部署の上司たりうる所以だろう。

  僕は、彼の心の中がよくみえる気がする。
  というより、彼自身それを誰に対しても隠そうとしない。
  いわゆる裏表のない人だ。
  そんな所が、部下にはここちよかったりもするのだ。
  
  【おうっ、おはよう!今日も洒落たネクタイしてるね〜
   それで女の子たぶらかしてないでちゃんと仕事するんだよ〜】

  【ネクタイでおちる人がいるなら会ってみたいですよ】

  と、ありふれたつっこみを入れる。
  これが僕と笠原の朝一番に行われる日課である。
  こんなくだらない一言が僕にとっては心地いいことも、
  彼はよく知っているのだろう。


  
  自分のデスクに着く。
  机上は、相変わらず汚い。
  ものがなくてシンプルな空間が好きな僕だが、
  どうしても必要なものが増えるところでは、
  整理整頓というものがうまくできないらしい。
  「きれい好きな嫁さんみつけないとね〜」とよくオフィスの人間に言われるが、
  もっとも過ぎて言い返す言葉も見付からない。
  とは言っても、今の時点での結婚はこれっぽっちも望んでいない。
  まあその理由は追々話そう。


  【今晩、ナースちゃんたちと合コンあるけど立志も行かない??】

  女のケツを追いかけて27年、竹部だ。
  こいつの女好きは呆れるを通り越して尊敬に値してしまう。
  どうしたらこれ程に夢中になれるのだろうか、一度話をきいてみたい。
  そう思ったのが大学1年の春だった。
  竹部とは大学で知り合った。
  学部が同じだというただそれだけだったのだが、
  授業のプレゼンで同じグループになったのをきっかけに、
  かれこれもう9年の付き合いだ。
  そしてこの9年間、一度などではない、もう100回は聞いた、
  やつの"女論"。
  最初に一度でも聞きたいなんて思った僕が馬鹿だった。
  今となってはそんな風に思う。
  が、竹部も相当のキレ者だ。
  四六時中、女のことばかり考えているのかと思いきや、
  いや考えてるのかも知れないが、
  そんな中でも物事の流れや会話の空気をつかむのが殊に上手い。
  笠原も、厄介な商談には必ず竹部を送る。
  その中で7割なんて数字で契約を持って帰ってくる。
  そしていらない土産も。
  先方の受付の電話番号だ。
  「その余力を商談につかって残りの3割もってこい!」
  というのは笠原の口癖になってしまった。
  
  ま、何はともあれいいやつだけど。


  【ん〜今日は仕事積もってるからパスするわ】

  【またかよ〜、いつもそう言って残業10分とかで帰ってるじゃんかよ〜
   いつまでも昔のことなんて引きずってないでさ、
   白衣の天使たちと楽しい一時過ごそうよ〜♪】

  【だから別に引きずってないって笑】
  
  【立志君、つれないね〜。ま、立志が次は行こうと思うような
   土産話持って帰ってくるから期待しててよ!】

  【はいはい笑 君は遊びすぎて痛い目みないように気をつけて】



  立志(りっし)

  父がつけた名だ。
  父とは言っても、幼い頃に何ヶ月かに一度くらい顔みただけの、そんな男だが。
  高校に入った頃から、もう一度も顔を合わせていない。
  父が何の仕事をしているのかもよく分からないが、
  母の話を聞く限り、とにかく世界をよく飛んでいる人といった感じだ。
  そしてごくごくたまにする彼の話は必ず同じセリフで終わる。

  【あの人は、あなたの父さんは、とにかく大した人よ】

  母は、あまり深くは話したがらない。
  だから僕も深追いすることはない。



 「立志」

  そんな父がつけた名に、僕はまだ到底たどり着いていないだろう。


 

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