ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

諸事情により佐藤春夫コミュの質問:ライブとは!

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ガハハ、ご無沙汰です。

以前ドラびでおの日記でアルフィ〜の高見沢ネタでコメントがヒートアップしたのを見たことがありますが、こんどはdaysukeの日記コメントでヒートアップです。ほんま、いくつになっても皆ホットだこって、お母ちゃん楽しいわ。(あっ! どっちも参戦するイナダっちが、真面目な音楽話ではスルーできない青二才節炸裂ってことか・・・。がんばれ、朋輩!!)


ところで皆さん。
管理人たるわたくし、先日佐藤春夫購入以来、はじめてライブのお誘いを受けてしまいました。あ、いや、受けてません、大風邪で寝込んでたのと、心の準備もできてなかったので残念ながらお断りしたのですが、まぁ人生短いので、人に迷惑がかからんと判断できる範囲では恥を捨てて好奇心を放し飼いにすることにした2006年。
「いきなりライブというのもあまりにあんまりですから、こんど客の居ないとこで一緒にあそびましょう」と申しました。
(わたしとしては開始後3分で幻滅されるとか、想像するだけで悪寒モノですので(苦笑))

で、皆さんに質も〜ん!!

「ライブに必要なものって、何ですか?」
佐藤春夫本人と私、ドモンケーブル以外に、絶対に必要なもの、あると便利なもの、持ってるだけで他を圧倒できるもの、などなど、必需品から精神面まで、ご教授ください。
できる限り揃えたいと思っております。

コメント(31)

サスペリアはプロ中のプロバンドなので、恐れ多いです。

「まごころとどこんじょう」か。
自分にあるのか確認するのは、意外と難しいじゃないですか!
いきなり難問。そしてどちらも持ち合わせたと自負できたとして、それらは発露発散発射されなくちゃいけないんだろうか。
おのずと現れるってヤツだろうか。
用意しようと思ってできるもんでもないから、意識すると果てしない感がみなぎって参ります。


それにしてもなぜ弱い者いじめの人殺しの話に・・・。
わたしは最近、強い者は得てして強い者には動じないのに、弱者の引っ掻き傷に弱い気がしてきております。
道ばたの不良に刺されて死んだプロレスラーみたいに。
「まず打席にはいるまでの自分の型を完成させなきゃならない」なるほどねー。
これは無意識にできてる人に才能を感じるし、いつまでも自覚ない人にはあきらめを感じるな。灰野さんまでいかずとも、クールネスのある人はみんなある程度あると思うな、型。逆にちゃんと型を持ってる人は、何やってもカッコいい。パッと思い浮かぶのはSkistのはるなですな。しかしどんどん「はじめてのらいぶ」への道から遠のいてる気がするぞ。


自分に唾かけて鬱憤晴らし! これは凄いな。
ほんまやったらスカトロマゾやん。
このイメージはどんな事件から?
なんか老人が犯罪するし小さい子はどんどん殺められるし、かなり極端な世相ですよね、祖国。どうなってんねんろ。
同世代の他人を見て、何か思うトコロある?
>イナダさん
強者に媚びず弱者をたすくる、その人は強者なのか弱者なのか。
強者、弱者のベクトルで考えている限りより強いもの、より弱いものが存在しているわけで結局は弱いものを助けるためにより強くなるしかないという結論にいたってしまうのでは?
弱者をそして強者をも助ける、それこそが理想かな。
助ける相手が弱者だろうが強者だろうが助けてあげることができるなら助けるべきではないでしょうか。

そういう考えでないと強弱のベクトルでは弱者である僕は助けることができる人は少なそうです。

ライブとは関係ありませんが撮影は完成形がないので毎回微調整を繰り返しています。
そういう意味でも経験というもの大事なんじゃないですかね。
当たり前すぎる意見で申し訳ないです。
強さをたすくるにスポットを当てられると困ってしまいますがようは強い、弱いという概念で助ける助けないの判断をするのは危険ではないかな、と思うわけです。

ようは強い、弱いという概念があるかぎり強者→弱者という流れは止めることはできないんじゃないかと思います。
何かの拍子に弱者が力を持ってもそれはその下にまた弱者を作ることになるのではないでしょうか?
強いものがいる。
弱いものがいる。
それを同じベクトルの上に乗せること自体に違和感を覚えます。
ニートと呼ばれる人がいる。
確かに年収というものを比べた場合に僕よりも低いかもしれませんが、それは年収が低いというだけで僕より下ということにはならないと思います。

好きか嫌いかで言えばニートとは嫌いですけどね。
強いも弱いもいっしょくたにしてしまう前に、何を持って強い弱いと認識してるか、それもラベル貼りでしかない気がします。

私は強者か。ある文脈に置いてはそうでしょうし、ある文脈においては弱者でしょう。そんな自分を多角的に捕らえてこそ、色んな場面での違う立場を想像できる。
わたしは電車の中では(ひとりなら)健康で荷物も少ない、強者です。でも妊婦経験などを踏まえて、車内の弱者をおもんばかることはできます。妊婦時代は弱者だったと言えるし。
アルバイトとして働いたこともあるし、ある程度の決定権を持って本採用として働いたこともある。国勢調査的にいえばある時期ニートだったことになりそうだし、今は主婦と括られるでしょうが自覚は無職だったりします。

思うのですが、自己認識、セルフイメージとしてわたしは強者なのか弱者なのか、あの人は強者なのか弱者なのか。これをたった一枚のラべルで確定してしまうがもっとも危険なことではないでしょうか。弱者、負け犬、性別、ユダヤ人、失業者。どんな言い方であろうと、人間をたったひとつのラベルで種別すること、断定することは救い難い愚政のはじまりと思えて仕方ない。それを日本は皆でやる傾向があって、なんだか最近強く眼につく。

自分の場合は「どっちなんやろう」「どっちでもたり得る」そう思うことが他者への想像であり自戒にも成ります。
リストラや見てとれる弱点がある人を黙殺することに、イナダくんは暴力的な他者(弱者)排斥を感じるんだと思いますが(もちろん私も)、ラベル貼りは他者排斥の第一歩ですね。

知人と夜、新宿を歩いてる時、ホームレスか行き倒れのオッサンがコンビニの前に座り込んでおりました。通り過ぎてから立ち止まって知人は「あのおじさん、晩ご飯食べたかしら」と呟き、すぐさまコンビニへ引き返して炊き込みご飯弁当を買って温めてもらい、おじさんのところへ行き「これ食べて」とだけ言って置いて、さっさと歩いて行った。なんだか勇気あるな、と思って、
「逆ギレとか、されたことないですか?」と聞いたんだけど、「ない。まったくない。」と言いました。そして、
「話しかけちゃいけないのよ。失礼でしょ。黙って渡して立ち去ればいいの」と言っていた。

続けてたらトピ趣旨にいずれたどり着くと信じて・・・(笑)。
んー、むずかしいっすね。
けどどっからどう見ても弱いとされる赤ちゃんにすらいろんな意味で救われています。
そういう意味でもやはり強い、弱いってのは僕には関係ないかな。
illueくん、それではイナダくんの意を汲んでませんよ。

>人間はその場その時で「生み出される」強い弱いにすぐ反応すると。そしてその反応が自分の影には過剰であったり完全な無視であったり、とにかく最近身の回りで、なんかあまりに変になってるんじゃないかとおもってるんです。

なるほど。
「弱者」と言うのが語弊があるなら、例えば「ワリを喰う人」ですね。昨今の祖国の現状は「ワリを喰う人」が極端に喰ってる様子です。これはいつの世もそうであったと言えば言える。しかしこんなに極端であった時代は得てして戦争直前だったんじゃないかな。ちょっと土井たか子的見解ですが(苦笑)。

こないだ9ヶ月ぶりに帰って、例えば年少児の母達の“危機感”と言うのは尋常ではないものを感じました。彼女らが口にする危機感もさることながら、学校からの危険啓発プリント、行政から配布されるアラーム、回覧板etc.。
おなじく目が点になったのは、耐震性偽装事件の疑惑解明は当然とは言え、メディアに露出する人々の尋常ではない感情移入過多。

感じたのは、「無過失な自分が青天のへきれきで被害者になり得る危機感」に過剰反応して過剰防衛、しいては口撃。
「子どもを守れ」。この旗印のもとでは子どもは徹底的に弱者です。これは確かです。大人が知恵を寄せ合って守らなければいけない。では何から守るのか、と身構えた時、仮想の敵として何を誰を想像するのか。とても慎重にしなくてはいけない、「大人」にしかできないはずの熟慮と判断が必要です。
仮想の敵が特定しづらかった偽装事件においては、集団ヒステリー的な犯人探しです。あとから状況を聞いた私には、発覚当時の的外れな個人攻撃に唖然としました。

つねづね私は、想像力とバランス感覚、この欠如だと考えてるのですが。
すいません確かに全然文脈と関係ない話を反射的にしてました。
申し訳ありません。

もう少し噛砕いて考えます。
得てして話が噛み合ないと「終わらせる」傾向が強い、私も人々も。と、よく感じてます。けど早く終わらせ過ぎてないか、日本人?って気も最近するので、ぜひ噛み砕いたらまた教えて下さい。illueくん。
良心こそが最良のブレーキになる
確かにそうかもしれないですね。
ただ、バチがあたるからいいことをするってのはなんだか情けない感じもしますが小さい頃からそういう教育を受けるのは心のブレーキのひとつとなりえるかも知れないですね。
僕が小さい頃はまんが日本昔話とかよく見てたんですがほとんどの昔話は因果応報というカタチをとっていたので自然といいことをするといいことが、悪いことをすると悪いことがという話を信じていました。

強い弱いということを考えていましたが結局は個人のイメージなのかなと思います。
強いものしか弱いものを助けることができないなら周りの者を自分イメージで弱者とすることによって助けることができるのかな、と。
そうなるとやはり強さ、弱さのベクトルは無意味になってくるんじゃないのかな。
言い換えると思いやりという言葉になるような気がします。
思いやるときに相手が強い弱いは関係ない、と言いたかったわけです。

強者と弱者の線引きが自分次第である以上、イナダさんが書いている鍛われた良心こそが最良のブレーキという考えには納得させられます。

そうなると良心をいかに鍛え上げるかが問題になってきますね。
細木はアカンやろ〜(笑)。そもそもあの人の話術は暴力団式恐喝よ。

それにしても、なんで江戸時代は天下太平だったんだろう。
でも農民一揆とかは無数にあったんじゃないの??

日本に帰って日本的な絵本を買おうと意識したんだけど、勧善懲悪はもちろんだけど仇討ち話が多くて閉口しました。サルカニ合戦とか舌切り雀とか。ちょっと気が引けてしまった。
自分が小さい頃は大して抵抗なくふむふむと読んで聞いてたし、子どもは意外とわかってる、大丈夫、という説もわからなくもないけど、でもこの説って実は「子どもは残酷である」の前提に立ってる気がするのね。
「子どもは残酷である」というのは深い意味で正しいとは思うけど、昔の子と今の子の残酷さはかなり違うと思う。
それはかつての社会の残酷さと今の社会の残酷さの違いでもあると思う。
そのひずみに注意しないと、ややこしいと思うんだけどな。

で、トピ元ではなく何個目かのコメントでの質問ですが、「社会」の中の、身の回りの友達よりもっと遠くの“我々の世代の人々”って、どうですか、最近? 30代前半の人々。
どこへ行っても同世代の人々と会えるので、まだまだ多いなぁと実生活では感じるんだけど、例えば犯罪がらみであまりこの世代出て来ない気がする最近。メディアで元気なのはホリエモンか。
宮崎勤って、犯罪起こした頃は30代前半かと思うんだけど、ああいった変態事件の犯人、最近昔より若くなってない?
違ったらいいんだけど、ちょっと不気味な気がして・・・。
ライブに必要なのは
「知らん客」
かなー。

友達とかより、お、知らん人がおるぞ、というのが面白い。
が、いま心身調子激悪で、ライブどころじゃないですが
いや、こういう時ほどライブした方がええんでは?

寝られへんから、前後の脈絡なくこんなん書き込んでます
許してください。
いや、許さないでください。
よし、じゃあ許さん!(笑)
いやーたぶん、もしほんまに引っ張りだされたら98%知らん客になる模様よ。内橋さんも「知らん客の前でやるのがメチャ好き」なので、いまだにはじめての国は破格のディスカウントで行ってる模様。

不眠には運動ですよ、運動! 肉体疲労! お散歩万歳!
がんばれネクサス!
えええーーーっっ!!
「だましてばかり」!?!? カチカチ山の詳細を記憶していなかったけども、イナダ解説を読んでさらに怖れをなしてしまったよー。
香音は以前、サルカニ合戦の絵本を幼稚園で借りてきて、親カニが泡吹いて死ぬるところで引いてましたよ・・・。こないだは「ひとまねこざる」が救急車で運ばれるところで号泣してたしね(苦笑)。
いやー、今日は久々に散歩しました。
久々すぎて、いつから散歩してないんか思いだされまへん
ジムかよってた昔がウソのよう。

らいぶには予備の乾電池とか、海外の場合は変圧器必須ですな
あ、延長コードも
スタッフの充実ねー 「FBIの人」的にはグッとくる意見ですな。これを信じて、無賃労働者の福利厚生を真剣に考えてきたこの10年ですから(笑

個人的にガタガタしないテーブルの頷ける!
今井さんは「微妙にこれがちょうどいいんだよ」と言って、いつも折りたたみ式ピクニックテーブルを持参しておられた。

延長コードもドモンケーブル製を持ち歩いていた内橋氏。
やっぱ大事なんスかね。
しかしその有馬さん、はんだごてがもしもの為に必要…って、どんなセットで演奏してらしたのだ??

ネクサス! 散歩ご苦労! 散歩は女体のどこぞにもええらしいから、ガンガレ!!!

と、ほろ酔いの失言でした!

ログインすると、残り14件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

諸事情により佐藤春夫 更新情報

諸事情により佐藤春夫のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。