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SGIコミュの創立75周年記念協議会での名誉会長のスピーチ 〜海外在住の同志のために〜

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創立75周年記念協議会での名誉会長のスピーチ?

――戸田先生 天王山を制するのは勢いと執念だ――

◆◆◆いざや前進! 「関西は一つ」と

◆◆入信満58年 全同志の奮闘で広宣流布は磐石に!!

◆◆◆「8・24」部の日 完勝の総仕上げは壮年部の手で


 創立75周年記念の協議会が8月24日、長野研修道場で行われ、この日、入信58周年を迎えた池田名誉会長がスピーチした。

【名誉会長のスピーチ】

                   ◇

 一、フランスの文豪ユゴーは綴っている。
 「団結だ、団結だ」「民衆は団結をのぞんでいるのだ」(辻昶訳『ヴィクトル・ユゴー文学館 第6巻』所収「九十三年」潮出版社)
 団結の力は、偉大である。団結した民衆ほど、強いものはない。
 なかんずく、「正しい信仰」を持った民衆のスクラムは無敵である。
 いかなる逆境にも負けない。どんな困難も乗り越えて進む。断じて勝っていける。
 それを現実社会のうえで、厳然と証明してきたのが、創価学会の75年の歴史にほかならない。
 敬愛する全世界の同志とともに、晴れやかに「8・24」を迎えることができた。
 全同志の異体同心の前進によって、今や世界広布の土台は完璧にでき上がった。誉れの創価の1千万の同志に心から感謝申し上げたい。本当にありがとう!(大拍手)


◆◆ガンジー 心からの祈りは奇跡を可能にする


◆太陽会が活躍!

 一、「8・24」は、「壮年部の日」である。激動する社会の荒波の中にあって、壮年部の皆さんは、連日連夜、本当によく頑張ってくださっている。
 先日もある婦人部の方々から、「壮年部が青年部をぐんぐんと引っぱっている。とくにヤング壮年部が頼もしい」「だれが見ていなくても、地道に地域に貢献している太陽会の皆さんは、本当に素晴らしい。学会の誇りです」等と喜びあふれる報告があった。
 地域の“信頼の柱”として、同志の“安心の灯台”として、壮年部が光っている。
 私も壮年部の一員として、これほど、うれしいことはない。
 戸田先生は言われた。
 「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければいけない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」
 何事も“中途半端”では喜びはない。
 一歩でも足を踏み出すことだ。前へ進み続けることだ。
 前進のなかに、栄光がある。勝利がある。幸福がある。
 最後まで広宣流布に戦い抜いた人は、夕空を黄金色に染め上げる荘厳な太陽のごとく、「見事だな!」と人々から賛嘆される「完勝の人生」の総仕上げを飾ることができる。
 一、インドの“独立の父”であるマハトマ・ガンジーは語っている。
 「ゴールへ到達しようとの試みにこそ、栄光はある」
 偉大な目的に向かって邁進しゆく、地道な一日また一日に、真実の栄光の歴史が綴られていくのである。
 御聖訓には、「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(御書329?)と仰せである。
 使命の天地で、労苦をいとわず、勇敢に戦い進む、わが同志の功徳は計り知れない。
 さらに、ガンジーは、こう断言している。
 「心からの祈りは奇跡を可能にする」(保坂俊司訳、『私にとっての宗教』新評論)
 我らには――
 「祈りとして叶わざるなし」の信心がある。
 「法華経に勝る兵法なし」の妙法がある。
 「異体同心なれば万事を成し」(御書1463?)の団結がある。
 創立75周年を晴れ晴れと勝利の大行進で飾ってまいりたい(大拍手)。

◆天下分け目の戦

 一、朝の“戸田大学”で、恩師が「山崎の合戦」の話をしてくださったことがある。
 明智光秀が織田信長を襲った「本能寺の変」の後、主君の仇討ちに駆けつけた羽柴(豊臣)秀吉軍と、明智軍が戦った合戦である。
 別名を「天王山の戦い」という。
 天王山のある山崎の地は、京都と大阪を結ぶ要衝であり、ここでの勝利が、秀吉の天下統一の流れを決した。
 ゆえに、天下分け目の戦いを「天王山」というようになったのである。
 ことに、どちらが天王山を先にとるかが勝負だった。
 文豪・吉川英治氏も、『新書太閤記』で、先を争うように天王山に殺到する、羽柴軍の将士たちを描いている。
 ともかく、「絶対に天王山を取ってみせる」という「勢い」と「執念」が違ったのだ。
 戦いは「勢い」があるほうが勝つ。最後の最後まで「執念」を燃やしたほうが勝つ。それが恩師の人生哲学であった。
 一、人生には、必ず、「ここが天王山」という勝負の時がある。
 学会の歴史でも、まさに「天王山」の決戦を、わが関西は戦い抜いてきた。
 「関西は一つ」との鉄壁の団結で、「天王山」の攻防を見事に飾ってきた。
 今こそ、創立75周年を決する「天王山」を勝ち取る時である。
 広布の戦場では、大将も、一兵卒もない。
 皆が一丸となって、威風も堂々と前進してまいりたい(大拍手)。

◆桜井の別れ

 一、天王山のある山崎の近くには、“大楠公”にも歌われる桜井(桜井の宿)がある。
 「青葉茂る桜井の 
 里のわたりの夕まぐれ……」
 「父は兵庫に赴かん……」(詞・落合直文)
 戦場に旅立つ武将・楠木正成が、後継を誓う長子・正行に、今世の別れを告げた桜井の地。
 ここから、父・正成は決然と、兵庫の湊川へ赴いたのである。
 “湊川の決戦”の舞台となった神戸兵庫区には、現在、緑に囲まれた「湊川公園」が設置されているとうかがった。
 また、隣接する神戸長田区に厳然とそびて立つのが、常勝関西のシンボル・長田文化会館である。
 あれは5年前、2月ではあったが、春のような暖かな日差しに包まれた日でえあった。
 私は長田文化会館を初めて訪れ、“大楠公”の曲をピアノで弾かせていただいた。
 恩師が大好きな曲であった。私たち弟子が広布の決戦に臨む際、いつも歌った出陣の曲であった。戸田先生も、“早く生い立て”との心で一緒に歌ってくださった。
 一、長田の友は、兵庫の友は、あの大震災の苦難を雄々しく乗り越えてこられた勇者である。
 そしてまた、神戸市北区をはじめ多くの皆さんが、「関西は一つ」の心で、救援活動に全力で取り組んでくださったことも私は忘れない。


◆◆昭和31年「大阪の戦い」で拝した御聖訓 今まで生きて有りつるは 此の事にあはん為なりけり


◆明年は「大阪の戦い」50周年

 一、昭和31年(1956年)の「大阪の戦い」で私と関西の同志がともに拝した御書を、今再び生命に刻みたい。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚ぐるか名をくだすかなり、人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり」(1451?)
 「大阪の戦い」から50周年の明年、待望の「関西池田記念会館」が完成する。
 私も、この晴れやかな“常勝関西の大城”に、わが同志とともに集い合いたい。
 大関西の勝利は、全国の勝利であり、世界の勝利である。
 いざや前進! わが生命の大関西よ、勝って勝って勝ちまくれ、と申し上げたい(大拍手)。


◆◆戸田先生 信心の利剣で魔を断ち切れ


◆信越の皆さん ありがとう!

 一、昭和32年8月、戸田先生が“生涯最後の夏”を過ごされたのは、長野の地であった。
 信越(長野・新潟)の皆さんには、この夏、大変にお世話になった。長野研修道場の共栄会(守る会)等の皆さん方にも心から感謝申し上げたい。本当にありがとうございました(大拍手)。
 昭和32年といえば、6月には北海道で「夕張炭労事件」が、7月には「大阪事件」が勃発した。
 広布を阻む障魔の嵐が、相次いで学会に遅いかかってきたのである。
 戸田先生は厳然と教えられた。
 「魔が狙わんとするところは、日蓮大聖人の大精神を断絶せしめ、広宣流布を阻止することにあるのだ。そのためには魔は、手段を選ばない。いささかたりとも信心の眼が曇れば、魔に翻弄されていくことになるぞ」
 「魔の蠢動の息の根を止めるためには、われわれの信心が一歩も退かなければよいのである」
 鋭き信心の眼で、魔を見破れ!
 鋭き信心の祈りで、魔を断ち切れ!
 そして鋭き信心の行動で、魔を打ち倒せ!
 ここに、不滅の学会精神がある。

◆「広宣流布へ 弟子よ勝て」

 一、戸田先生は、学会の未来を見つめて強く叫ばれた。
 「要は、広宣流布のために一切を捧げようとする、本物の信仰者をつくれるかどうかである。
 師子だ! 一人立つ師子をつくる以外にない。
 そこに、これからの学会のすべてがかかっている」
 私は、戸田先生の弟子として、一人立った。
 どんな迫害にも耐え抜いて、学会を守り、同志に尽くしてきた。
 私は勝った。蓮祖の御遺命のままに、世界に仏法を弘めた。牧口先生、戸田先生の偉大さを全世界に宣揚してきた。
 師弟で築いた創価学会の偉大な勝利を、恩師も会心の笑顔で見つめてくださっているにちがいない。私には、一点の悔いもない。
 広宣流布は、弟子の戦いで決まる。
 わが弟子よ! 広宣流布へ、一人立つ師子であれ!――この戸田先生の遺言の叫びを、今、私は、そのまま、後継の青年部に訴えたいのだ。

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創立75周年記念協議会での名誉会長のスピーチ?

――歴史を動かしたキッシンジャー博士の信念 勇気が夢を現実にする!――

◆◆◆心をつかめ! 誠実と熱意で


【名誉会長のスピーチ】

 一、人生は、戦いがあるから、おもしろい。
 我らの戦いは、声のchから、精神の力で社会を変える戦いだ。
 幸福と平和を築く立正安国の戦いである。
 戦いは、遠慮したら、だめだ。臆病であったり、ひいたりしてはいけない。ちょっとやって終わり――それでは、戦いとはいえない。
 徹底してやるのだ。
 イギリスのシェークスピアの戯曲のせりふに、こうあった。
 「なぜ勝つまで戦わないのです?」(小田島雄志訳『シェイクスピア全集?』白水社)
 あと、もう少し!
 もうひと踏ん張りだ!
 そうやって、歯を食いしばって進んでこそ、心晴れ晴れと勝鬨をあげられる。ともに勝利の喜びを味わうことができるのだ。

◆世界を結んだ武器は「信頼」

 一、憲政の父・尾崎咢堂は言った。
 「今日の世界を救うものは獣力ではない、腕力ではない、人間の知恵である。世界の平和と人類の幸福を心から願う人間の知恵の力である」(『尾崎咢堂全集第10巻』公論社。現代表記に改めた)
 この知恵の力を最大に発揮して、世界を結んだ名外交官に、私の友人であるアメリカのキッシンジャー博士がいる。
 初めてお会いしたのは30年前。ワシントンの国務省であった。
 博士は、電撃的な米中接近をはじめ、歴史的な外交を何度も成功させた。「外交の魔術師」とも呼ばれた。
 しかし、いわゆる「外交術」だけが、偉業を可能にしたのではなかった。博士の外交の力は、どこまでも人間対人間の信頼にあった。
 何より博士は、「対話は不可能」という思いこみを打ち破り、勇敢に道を開いた。かつての敵をも味方に変えていった。
 博士は言われた。
 「どんな偉大な事業も、はじめは、すべて『夢』にすぎなかったのです。だから必要なのは勇気です。前人未到の道をひとり征くには、勇気が必要なのです」
 夢を現実にする力。それは勇気である。何があろうと、断じて勇気を手放してはならない。
 一、キッシンジャー博士が満面の笑顔で、青春の乱舞を絶賛してくださったことがある。
 昭和62年9月12日、わが東京・足立の青年平和文化祭であった。
 私も、決意みなぎりる青年たちと、ともに舞い、ともに平和を謳った。あの晴れやかな一人ひとりの顔は、私の心から永遠に消えない。
 博士は、私との対談で言われた。「青年は、自分より大きなことに挑戦すべきです」
 本当にその通りだ。
 青年ならば、勇敢に、自己の小さな殻を打ち破っていくことだ。
 私は、恩師・戸田先生の言葉を思い出す。
 「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。要は自分だ」
 人ではない。自分が人間革命するのだ。今こそ壁を破るのだ!
 さらに先生は、こう教えられた。
 「戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
 人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。
 ただ誠実と熱意によるものである」
 誠実と熱意――ここに勝利のカギがある。
 力強く立ち上がった、王者・足立よ! そして北区の同志よ! 
 世界広布の本陣である東京と第2総東京よ!
 大変だろうけれども異体同心で断固勝て!
 偉大なる英雄として勝ちまくれ!
 そう私は叫びたい。心から勝利を祈っている。


◆◆◆米・民主主義の父ジェファソン 「師との出会いが人生の幸運」 師弟の道をどこまでも 心晴れ晴れと勝鬨を!


◆「師なら今どうするだろうか」

 一、アメリカの第3代大統領ジェファソンといえば、「アメリカ民主主義の父」として、あまりにも有名である。独立宣言を起草し、信教の自由を打ち立て、大学総長として教育に尽くした。
 彼の原点は何か。
 それは青春時代の恩師との出会いであった。
 ジェファソン青年は、故郷バージニアの大学に入学する。そこで自然科学や数学、倫理学などを教えていたのが、スモール博士であった。
 博士の講義の際、真理の探究に燃える目で、鋭い質問をする学生がいた。ジェファソンだった。ある日、講義の後、博士は彼に声をかけ、散歩しながら話をした。
 以来、博士とジェファソンは、毎日のように、科学をはじめ、さまざまなテーマをめぐって語り合った。 
 まさに、「一対一」の人間教育であった。
 博士は、ジェファソン青年を、実社会で活躍する識者や指導者にも、どんどん会わせた。
 師の薫育によって、若き知性は劇的に開花し、目覚しい成長を遂げていったのである。
 一、後年、ジェファソンは、スモール博士との出会いが、一生の運命を決定づけたと感謝している。
 ほかに影響を受けた人物に、ランドルフ教授やウィズ教授がおり、ジェファソンは孫に、こう書き送っている。
 「私は大変早い時期に高貴な性格の人と知り合えたこと、そして、彼らのようになりたいと常に願っていたことで、私がいかに幸福であったかを思います。
 誘惑にあった時、そして困難な状況に面した時、スモール博士、ウィズ氏、ペイント・ランドルフ氏はどうするであろうと自分自身に問うてみたものです。
 どうすればこれらの人々の承認を得られるだろうか〔と自分に問いました〕。
 このようにして自分の行動を決めたことが、他のどんな理由よりも、正しい方向に自分を導いたと思います」(明石紀雄著『モンティチェロのジェファソン』ミネルヴァ書房)
 一、偉大な師匠を持つ人生は、幸福である。
 偉大な師匠の弟子として生きゆく人生ほど、強く、深く、美しい劇はない。
 ジェファソンの思いが私にはよくわかる。
 青春時代、私は全生命をかけて戸田先生にお仕えし、訓練を受けた。
 今も胸中の先生と対話しながら、広宣流布の指揮を執っている。「戸田先生なら、どうするであろうか」と。
 「師弟不二」なれば、何ものにも揺るがない。
 「師弟不二」なれば、何ものをも恐れない。
 「師弟不二」こそ、究極の「絶対勝利の力」なのである。

◆政治を監視せよ

 一、ジェファソンは、教育の普及が民主主義の柱であると考えた。
 彼はしばしば言った。
 「人民をして知らしめよ、然らば彼らは正しい決定を為すであろう」(長守善著『トーマス・ジェファーソン』刀江書院)
 その思想の根底には、民衆に対する限りない愛情と信頼があった。
 彼は主張した。
 「私は、わが国民には今後長い間にわたって、権力の濫用をただすにたるほどの美徳と善意とがあるにちがいないと信じております」(富田虎男訳『ジェファソンの民主主義思想』有信堂)
 民衆よ賢明になれ!
 為政者を監視せよ!
 権力の乱用を糺せ!
 これがジェファソンの叫びだったのである。
 思えば、私との対談でトインビー博士は、こう慨嘆しておられた。
 「今までのところ、政治は、人間が最も悲劇的な失敗に終わっている分野」であり、「政治は人類の活動のなかでも、これまで最も不首尾で、最も才能がなく、最も非創造的で、最も工夫が足りなかった分野ではなかろうか」。
 全くその通りと思う。
 よき政治、よき社会、よき指導者をつくるためには、民衆がもっと賢明になることだ。青年が声を上げることだ。
 戸田先生は、鋭く言われた。
 「今日の政治の堕落の根源は、その罪の大半が青年にあると論ずる外はない。
 青年は敏感である。
 もし、自己というものを確立し、自己の思想抱負を尊重し、天下大衆の幸福を切願するならば、今日のような、腐敗した代議士にだまされるわけはない」
 「とまれ、青年は心して政治を監視せよ」
 この重大な遺訓を忘れてはならない。
 

◆◆幸福と正義を拡大 語った分だけ仏縁に


◆「活発な精神は常に幸せ」

 一、ジェファソンは言った。
 「時間を無駄にすることのない人は、決して時間が足りないという不平は言わないものである。常に行動していれば、実に多くのことを達成できる」(前掲『モンティチェロのジェファソン』)
 全く正しい人生哲学だ。
 行動だけが自分をつくる。行動だけが歴史を開く。行動の中でこそ、生き生きとした勝利への智慧が生まれる。
 私の大好きなジェファソンの言葉がある。
 「活発な精神は常に幸せである」(同)
 まさに、勢いよく広布へ進む、わが同志の姿である。
 仏法のために、努力また努力し、動き、苦労して、わが目標を達成していく。それらは、全部、功徳に変わる。自分の得になるのである。
 要領よく泳ぐ人間は、結局、損をする。まして広布を阻む悪人の末路は厳しい。皆さまが、よくご存じの通りだ。
 また、世間の財産は、今世だけで終わる。
 仏法に生き抜く人は、三世にわたる福徳を築いていける。想像を絶する大満足の幸福境涯になることは、御書に照らして絶対に間違いない。
 日蓮大聖人は「法門を説き聞かせたので、未来までの仏種になる」(御書1486?、通解)と仰せである。
 妙法を語った分、仏縁が広がる。仏になる種を蒔いているのだる。
 これほど幸福を深め、正義を広げる聖業はない。
 我々は、広宣流布という最も崇高な使命のために行動している。
 私たちほどの幸福者がいるものか!――この晴れ晴れとした大確信で、わが決勝点へ、悔いなく走り切ってまいりたい(大拍手)。
創立75周年記念協議会での名誉会長のスピーチ?

――広布の戦いは全員が幸福になる戦――

――勇敢に攻めて攻め抜け――

◆◆前へ! 前へ! 最後に勝つのが真の勝利者

◆◆劣勢をはね返したアレキサンダー 最前線へ「我と共に進め」


【名誉会長のスピーチ】

 一、広宣流布のための戦い、毎日、本当にご苦労さま!
 勝負は、途中では決まらない。最後で決まる。
 朗らかに、一歩でも前へ!
 勇気をもって、攻めて攻めて攻めまくれ!
 その心で進んだ人が勝つ。最後に勝つのが真の勝利者である。
 「声仏事を為す」(御書708?)である。
 堂々と、大きな声で、真実を言い切るのだ。
 確信ある声で決まる。
 たとえ偏見をもった相手でも、こちらの声で、真実をわからせることができるものだ。
 ともあれ、動かなければ、何も変わらない。語らなければ、何も伝わらない。しゃべって、しゃべって、しゃべり抜くのだ。
 どうか、体に気をつけて! 祈りと行動で、断じて勝利を!
 法のため、人のため、一生懸命に戦う人は、必ず、子孫末代まで大福徳に包まれる。そのことを深く確信していただきたい(大拍手)。

◆絆を増やせ! 沖縄に続け!

 一、フランスの思想家ジュベールは言う。
 「すべて人間を人間に結びつけるきずなをふやすものは、人間をよりよいもの より幸福なものとなす」(大塚幸男訳『世界人生論全集9』筑摩書房)
 人間と人間を結べ!
 未来まで続く友情の絆を、たくさんつくれ!
 それが創価の運動である。全部が自分の財産となるのである。
 何よりも“人のつながり”を大事にする。その模範が、心美しき沖縄の皆さまである。
 沖縄健児の大闘争が光る“宝物”――それは、赤褐色に変色した古い一冊の綴りである。
 そこには、沖縄広布の一粒種である故・安見福寿さんを第一番として、4000番までの同志の名前が並んでいる。
 安見さんが沖縄に渡った昭和29年から35年2月までに入信された、懐かしい「蒲田支部沖縄地区」の方々である。
 単なる「4000人」の名簿ではない。
 必死の「一人」が、あらゆる縁で、あの人、この人とつながり、広宣流布という新しき民衆の大行進を創造してきた証明なのである。
 草創の同志は、先駆者ゆえに、悪口され、迫害された。だが、「賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091?)と仰せの通り、勇んで烈風に挑み、地涌の連帯を広げていったのだ。
 この「善の連帯」を、世界平和への潮流とするため、私は沖縄を初訪問した。第3代会長に就任して間もない昭和35年の7月16日のことである。
 以来、激闘につぐ激闘の45年――わが沖縄は、私とともに、堂々と勝った。
 久米島、渡嘉敷島、座間味島、粟国島、渡名喜島、南大東島、北大東島など、尊き島の同志も、世界中の人が憧れる、最強の正義と幸福の大陣列を築き上げてこられた。
 私は、沖縄の初訪問を小説『新・人間革命』に綴り、その一章を「先駆」と題した。
 先駆――それは、沖縄と異体同心で進む九州の精神である。
 沖縄も先駆だ!
 大九州も先駆だ!
 荒波を越えて、創価の勝利へ、一心不乱に走り抜け!
 そう心から叫びたい。

◆獅子の気概で!

 一、9月10日から「大ナポレオン展」が横浜のそごう美術館で開催する(10月15日)。
 世界史の巨人ナポレオンのごとく、神奈川そして全国の同志よ、いかなる山も乗り越えよ! 栄光と勝利の歴史を綴りゆけ!――そう私は祈ってやまない。
 ナポレオンが憧れた英雄。それがアレキサンダー(アレクサンドロス)大王(前356〜前323年)である。 
 20歳でマケドニアの王に即位し、22歳で当方へ大遠征を開始する。
 そして、東西の世界を融合させ、新しい文化創造の原動力となっていった大王である。
 そのドラマは、数々の文学に結晶した。12世紀のフランスの詩人ゴーチェによる叙事詩の傑作「アレキサンダー大王の歌」も、その一つである。
 若き王子アレキサンダー。その心には「獅子の気概」が燃えていた。
 「大胆不敵」であった。
 王子の師匠は哲学者アリストテレス。
 師は王子に教えた。
 「真の気高さとは精神を品位ある行為で飾るものだ」
 「正義」を「行動の指針」とせよ――。

◆燃えたぎる勇気

 一、祖国マケドニアから遠征に出発したアレキサンダー大王は、ペルシャの軍勢と戦った。
 勝敗には、さまざまな要因がある。相手は、自分の部隊の数を遥かに上回る大軍である。
 しかし、この若き大王とともに戦った軍勢は、「敵をさらに攻め立てることを止めなかった。燃えたぎる勇気こそが彼らの数の劣勢を補って余りあったのだ」と綴られている。
 人数ではない。
 勇気で決まる。
 攻めて攻め抜く攻撃精神で決まる。

◆同じ心で勝った

 一、アレキサンダー大王は、いかなる指導者も、「自ら垂範して勇敢な人びとを動かし、勇者の証拠を示さねばならぬ」と信じていた。
 指導者は、皆に“先に行け”と言うより、“私とともに戦え”と言って自ら先陣を切るべきだ。そう確信していた。
 大王とともに戦った青年たちは、「同じひとつの心と願望をもって戦った」とされる。
 叙事詩には綴られている。
 「(青年たちは)彼らの指導者(大王)自身とよく似ていた。余りにもよく似ているので、これらすべてのアレクサンドロスの戦友たちが激戦している姿を見たなら、大王はかくも多くのアレクサンドロスを持つことを大いに喜ぶことであろう」
 そこには“だれかがやるだろう”という無責任はなかった。皆が「アレキサンダー」となって戦ったというのである。
 ともあれ、広宣流布は、戦ったすべての人が、無上の幸福に輝く大法戦である。
 全員が、勇敢に勝利者となる戦いをやり抜こうではないか!(大拍手)
 <ガルテールス・デ・カステリオーネ著、瀬谷幸男訳『中世ラテン叙事詩 アレクサンドロス大王の歌』南雲堂フェニックスを参照した>


◆◆師子吼せよ! 今こそ! 邪悪を砕く言論を


◆臆するな! 沈黙するな!
 
 一、文永8年7月ごろ、行敏という邪悪な坊主が、日蓮大聖人を幕府に訴えた。
 実は、その黒幕が極楽寺良観らであった。大聖人は、訴状を御覧になると、「行敏訴状御会通」(御書180?)を認められ、相手の愚劣な誹謗を一つ一つ破折された。
 明白な文証をあげて、相手の論拠を粉砕する。自語相違を突く。
 それこそ、一撃で敵の急所を突き、さらに二撃三撃と追撃し、白日のもとに誤りを暴き出されている。
 さらに、大聖人一門が不法行為を行っているとの事実無根の誹謗に対しては――
 「この件、確かな証人を出して物を言え!」
 たった一言で粉砕である。
 悪口中傷の類は、たいてい根拠のない噂、デッチ上げに過ぎず、証拠を問われると、たちまち馬脚を現す。皆も、今も、下劣な嘘八百の連中は似たり寄ったりである。
 大聖人は、極楽寺良観らに対して、明白な証拠を出せないのならば、自分たちで捏造したデマだと断定された。そして、この大妄語以上の破戒はなく、無間地獄は必定であると、畳みかけるように呵責されている。
 ともあれ、正義は叫ばねばならない。決して沈黙してはならない。遠慮などいらない。一の邪論があったら、5倍10倍、いな、20倍の正義の反撃を返してやるのだ。


◆◆昭和31年「大阪の戦い」で拝した御聖訓 
・湿れる木より火を出し
・乾ける土より水を儲けんが如く 強盛に申すなり


◆尼崎で闘争宣言 

 一、最後は必ず、真実が勝利する。大阪事件では、昭和37年1月25日に無罪判決を勝ち取った。
 忘れもしないその前夜。私は関西男子部と女子部の会合に出席した。
 常勝関西の心臓部、兵庫の尼崎で、私は後継の友に宣言した。
 「次の世代にバトンを渡すまで、なんで自分の生命が惜しいものか。善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う!」
 この決意のままに、私は広布の大道を駆けた。
 そして、私とともに、民衆の大城を築いてくださったのが、わが愛する関西の皆さんである。
 「大阪の戦い」「関西の戦い」で何度も拝した御書の一節を、全同志に贈りたい。
 「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(御書1132?)
 今こそ、猛然と祈り、大きく動き、歴史的な大勝利をつかもうではないか!(大拍手)
創立75周年記念協議会での名誉会長のスピーチ?=完

――新しき広宣流布の夜明けを!――

――最後の勝利をもぎとれ ユゴー――

◆◆戸田先生が東北青年部に 「地涌の使命を自覚せよ」

◆◆◆完勝を世界の友が待っている! 悔いを残すな! 走り抜け


【名誉会長のスピーチ】

 一、明るく進もう!
 創価学会は、平和と文化の教育の大行進だ。
 我らの勝利を、世界の友が見つめている。待っている。
 思うようにいかないこともあるかもしれない。しかし、人のせいにして愚痴を言うだけ――そんな消極的な姿勢は、勝利者の生き方ではない。
 そういう時こそ、元気よく、朗々と題目をあげるのだ。
 「わが地域を日本一にしよう!」
 「わが使命の本陣を、世界一にしよう!」
 師子吼するのだ。
 猛然と祈るのだ。
 「私の祈りで、私の叫びで、皆の心を動かしてみせる!」と。
 断固たる決心で進むのだ。
 わが地域の組織を、新しく、もう一つ、つくるくらいの心意気で!
 最後の最後まで、皆を励ましていくのだ。そして、叫んで叫んで叫び切っていくことである。

◆広宣流布は大宣伝戦!

 一、今は「宣伝」の時代である。いいことも、話さなければ、伝わらない。
 広宣流布は、仏法の正義を伝える「大宣伝戦」であるといえよう。
 語れば、語った分だけ力になる。それをしなければ悔いを残す。
 創価の同志は、190もの国と地域で活躍している。世界中から数多くの顕彰を受けている。
 「こんなに、すごいんだ」「これだけの多大な期待と評価があるのだ」――そう語る声が人々を変えていくのである。
 勇敢に、自信をもって語り抜こう!
 戸田先生のもとで学んだ小説『九十三年』。
 そのなかで文豪ユゴーは呼びかけた。
 「戦闘の最後の勝利は、つねにもぎとるようにしてかちえられるものなのだ」(辻昶訳『ヴィクトル・ユゴー文学館』潮出版社)
 新しい広宣流布の夜明けは目前だ。
 ともに祈り切り、戦い抜き、最後の勝利をもぎとろうではないか!(大拍手)

◆白馬に乗って広大な心で!

 一、ある東北出身の青年が、うれしそうに古い聖教新聞のコピーを届けてくれた。
 一つ破、昭和27年11月1日付の聖教だった。
 それは、仙台指導に行かれた戸田先生を、東北の二人の女子部員の“記者”が取材した訪問記であった。
 女子部員の“会長直撃インタビュー”である。
 私も、そうだった、そうだったと、本当に懐かしく思い出した。
 先生は、緊張する二人を励まされながら語られた。
 「皆、日蓮大聖人の命を受け、広宣流布する役目をもって生まれてきたということ自体、深遠な宿習なのです。そういう地涌の人生をよく見つめることが大切だよ」
 「自分観、人生観、社会観、宇宙観の四つをきちっとまとめているのが仏法なのです」
 もう一つ届けられたのは、昭和32年に聖教の「北日本版」(東北・北海道版)に載った、「北日本の青年部員に与う」と題する連載記事である。
 これは、師匠である戸田先生のご精神を学び、広布の使命感を深めようとの企画で、当時、青年部の室長だった私へのインタビューであった。
 師匠に真っ正面からぶつかっていこうとする北日本の青年の純粋な求道心に応えようと、私も真剣に語った。
 そのなかで、私は、東北の青年に呼びかけた。
 「白馬に打ち乗ったつもりで、関八州はおろか北海道にも伸びていくという意気に立って前進していただきたい」
 「一にも人材、二にも人材、三にも人材の輩出を」と期待をこめた。
 壮大な東北の未来を見つめながらの語らいは、今も忘れ得ぬ思い出である。
 ともあれ、青年が、大求道心を燃やして、師匠に直結していく。この心が今の偉大なる東北青年部の大城を創ってきたのである。
 人材育成グループ「仙台・青年と語る会」の伝統を受け継ぎ、このほど新たに「21世紀 東北・青年と語る会」が結成されるとうかがった。
 東北青年部の新時代の幕開けを心から祝福したい(大拍手)。


◆◆アインシュタイン博士の確信 勇気をもって語れば人の心は変えられる


◆正義で立てば力は2倍に!

 一、東北の広布史は、「限界を突破する人材」「逆境に打ち勝つ人材」への境涯革命の歴史であった。
 ある哲学者は叫んだ。
 「正義によって立て! 
 汝の力を二倍せん」と。
 我らの「正義」とは、立正安国の精神であり、広宣流布の闘争である。「二倍せん」とは、単なる数字では決してない。
 「自分の力は一しかない」と思い込んでいる、自分の「心の限界の壁」を勇敢に打ち破ることである。
 生命の奥の“あきらめの鎖”を、きっぱりと断ち切ることなのだ。
 ゆえに、それは「2倍やればいい」という問題とも違う。必ず3倍4倍に拡大していく突破口なのだ。
 一、戸田先生とともに旅した仙台に、かのアインシュタイン博士も訪れた。博士は関西、東京、愛知、九州にも足を運んでいる。
 博士が、第2次世界大戦のころから、繰り返し、訴えていたことは何であったか。
 それは、「人の心を変えなければならない」という一点であった。
 核戦争による破滅を防ぐ手だてはあるのか、との問に、彼は「ある」と断言する。
 「邪悪な心を征服さえできたらね。科学的手段に頼らず、われわれ自身が心を入れ替え、勇気をもって語れば、人の心を変えられるだろう」(ウィリアム・ヘルマンス著、雑賀紀彦訳『アインシュタイン、神を語る』工作舎)
 「人間革命」の哲学と深く響き合う。
 ゆえに友よ、人間の心に巣くう、邪悪と戦え!
 勇気をもって正義を語れ! 平和の道も、幸福の道も、その一人ひとりの戦いから始まるのだ。

◆関東に栄光あれ

 一、関東に縁の深い日寛上人は断言された。
 「我等、妙法の力用に依って即蓮祖大聖人と顕るるなり」(当体義抄文段)
 広宣流布のために、不惜身命で戦う人は、偉大なる仏の生命が、わが身に厳然と涌現するとの仰せである。
 何と素晴らしいお言葉であろうか。大聖人に等しい力がわきあがる。ならば、いかなる困難にも負けるわけがない。これが信心の究極である。
 このことを、だれよりも確信して進む関東の同志に「栄光あれ! 幸福あれ!」と、私は強く祈っている。

 
◆◆常勝将軍 ナポレオンの信念 いかなる戦いも 最後の5分間で決まる


◆後世の人から讃えられる歴史を

 一、自分が縁した友、そして、ともに戦う同志の幸福を、心から祈り、陰に陽に尽くしていく。それが仏法のリーダーである。
 その人が、一生涯、幸福な人生を歩めるように――私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
 先輩は、後輩に対しても、ふざけがあってはならない。真剣でなければならない。
 また、何度も申し上げるが、壮年のリーダーは婦人部の意見を大事にするべきである。独りよがりではいけない。
 皆が「いいな」「見事だな」と思う名指揮をお願いしたい。
 団結こそ勝利である。心を合わせて、仲良く進んでいただきたい。
 皆、いい人生を!
 青年は親孝行の人に! 
 そして、わが使命の天地で大勝利して、皆から喝采される、素晴らしい一生を生き抜いていただきたい(大拍手)。
 一、9月12日は「竜の口の法難」の日である。
 日蓮大聖人の時代は、山に山を重ねるような大難の連続であられた。
 難こそ誉れ――その崇高なる心を、私はかつて「熱原の三烈士」の詩にうたった。
 
 生死流転の神四郎
 桜の花に吹く風に
 あれよ広布の鑑よと
 その名かんばし熱原の
 烈士の命 誉れあり
 
 この歌を、そして戸田先生が大好きだった。“大楠公”を、わが心のピアノで奏でながら、「わが友よ負けるな!」「断じて勝ちゆけ!」と祈ってきた。
 我らもまた、後世の友から讃えられる大闘争を、勇敢にやり遂げよう!
 最後に、常勝将軍ナポレオンの言葉「いかなる戦いも、最後の5分間で勝負が決まる」を贈り、スピーチを結びたい。
 きょうは、ありがとう! 勝って会おう!(大拍手)


(2005・8・24)

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