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同居と家族の違いって何。

時々というか、私は些細なきっかけで『家族、同居』に敏感になる。



「それじゃあ同居してるだけじゃん」
「そんなの家族じゃないじゃん」


こういう事って、
人それぞれの感じ方の違いとか、
人それぞれの物差しの違いだから、
家族と同居の境界線って
はっきりしないものなのか。



疲れた。


他人が家族になるという事ってなんでこんなに難しくて努力が必要なの。



私の離婚の経験が余計にそう自身で意識してしまうのか。


少なくとも私は、
そう思いたくない。

離婚を経験したからこそ、家族にとって致命的なものをみたからこそ、

家族を築き上げていく事を丁寧に思いたい。



こういう事に敏感になると、
すごい孤独感に襲われる。




気持ちを保つのがキツイ。



すみません、心の叫びです。
あ、悲鳴かも。

コメント(3)

同居と家族の違い。

C-ORIさんが言われるとおり、人それぞれ捉え方が違うだろうし、境界線もはっきりしていないと思います。

僕なりに思うところをいろいろ書いてはみたのですが、まとまりのない文章になってしまったので、改めて書き直しています。

物理的な距離は近くても心が離れてしまっている家族もいれば、血の繋がりや戸籍上の家族以上に親密な同居人もいる、という一般論はあっちの方に投げちゃって、僕がときどき考える、自分にとって、「家族」ってこうあってほしいな、という感じのことを話してみます。

多くの人たちが生まれ、いろいろな生き方をして、そしていつか死んでいく。
何千年も、何万年も繰り返されてきた幾多の生と死の歴史から見たら、僕ら一人一人の生はあまりにも短く、儚く思えてしかたがありません。
その短い生の間に、多くの出会いや別れがあり、誰かとともに過ごす時間はさらに短い。
一瞬の生の中のさらに一瞬を、分かち合い、生きていることを、生きていたことを、お互いに確かめ合えるのが家族なのではないかと思います。
そういう相手と一緒にいられるなら、その人は家族なのではないかと思います。

僕らはあまりにも儚く不完全な存在なので、完全な関係性というのはたぶん存在しないんじゃないかと思います。
一度構築できたと思っていた「家族」も、形態が変わることはある意味自然というか、そういうものなんだと思います。
C-ORIさんは離婚について触れられていますが、長い目で見ると家族の形態は常に変化していると思います。
例えば僕も、かつて両親の下に生まれ、家族として育てられ、その家族を離れ、自分の家族ができました。
そして僕の子供達もいずれ、僕らの下を離れ、彼らの家族ができるのでしょう。
あるいは離婚や死、気持ちの変化などから、今後いつ、どのように現在の形態が変わるかわかりません。
もちろん、これまでもこれからも、できるだけ現在の形態を維持する努力はしますが、努力だけでは押しとどめられないことがあることはもう、よくわかっているつもりです。

家族というものにはいろいろな形態があり、完全なものではなく、その形態は常に変わり得る可能性がある、という認識を持ってみると、少しは気持ちが楽になるかもしれません。

書き直してはみたものの、やっぱりよくわからない文章になってしまいました。
とりあえずC-ORIさんのお話を伺って、今の時点で思ったことだけでも書こうと、普段漠然と考えていることを文章化したことによるまとまりのなさとご容赦下さい(要はアタマが良くないのと文章力がナイだけですがw)。

いろいろありますけど、大丈夫。
みんな悩みながら、一所懸命生きてます。
ファイト!

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