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MD-11など[後発エンジン]が好きコミュの悲運の3発ワイドボディ機

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 DC-10、トライスター、MD-11の3発ワイドボディ機、どの機体も個性的な素晴らしい飛行機でした。が、結局どれも商業的には成功していません。総生産数はトライスターが230機、DC-10が386機(ほかに米軍のKC-10Aとして60機)、MD-11はわずか200機で製造を終えています。

 当初メーカーが目標とした販売機数(採算ライン)はトライスターが300機、DC-10は500機でした。しかし、似通った飛行機が同時期に市場に出たためにセールスは苦戦し、ロッキードは世界各地で賄賂をばら撒いたためにアメリカ議会で追求を受け(その日本版がロッキード疑獄)、ダグラスはDC-10をトライスターより先に就航させようと開発を急いだため貨物室ドアに欠陥があり、事故を連発させて航空機メーカーとしての信用を失墜させます。

 結果、ロッキードは赤字に転落して民間機から撤退、ダグラスも、DC-10の商業的失敗が尾を引き、後にボーイングに吸収される遠因となりました。

 両機の販売不振は、石油ショックによる燃料高騰や旅客減、さらにはエアバスA300という思わぬ伏兵の登場など、外部要因もあります。しかし元をたどると、ダグラス、ロッキードという2社が、同時期に、3発のワイドボディ機の開発を決断したこと自体が、そもそもの悲劇の始まりではなかったでしょうか。

 もしも、3発機を開発したのがダグラス、ロッキード、どちらか1社だったなら、その販売は大成功してメーカーは存続し、トライスターまたはDC-10(MD-11)の発展型は、今も世界の空を飛んでいたのではないか、そういう気がします。

 (もしそうであったなら、A340やA380は誕生しなかったでしょう)

コメント(3)

林彪事件で有名になった Trident は、開発中に de Havilland が倒産、Hawker (Sidley) → British Aerospace へと流転した飛行機でした。

http://www.luftfahrtmuseum.com/htmi/itf/dh121.htm

しかしまぁ、文革中の中共に幹部専用機を売りつける、大英帝国の商人根性も見上げたもんです。
で結局、1960年代当時の FAA が双発機の洋上/大陸横断飛行を認めなかったため、予備のエンジンを1基積んで飛ぶ無駄を強いられた訳です。

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