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狐笛のかなたコミュの感想は、こちらへどうぞ。(読了者用)

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読み終わった方、全体的な感想はいかがでしたでしょうか。
ぜひひと言、どうぞ♪

※ここにはすでに読了済みという方に感想を書いていただきたいと思います。
読み途中の方は、ネタバレご注意下さい。

コメント(15)

★「物語はハッピーエンドだったか?ということについて」(注:ネタバレ全開につき、未読の人は読まないほうがいいです!)

こんにちは。
感想といってもこれほどの物語なのだから、ひとことで表現するなんて難しくて無理だわ、と、自分ながら(=こんなトピ立てしておいて)思いました。(苦笑)

と、いうわけで、部分的になりますが・・私から見た「ラスト」の感想を、書きます。

あのラストをどう捉えるか、ということに関しては、見かたはいろいろあると思うのですが・・。
読了後、「切ない終わり方。ハッピーエンドとは言えず、ちょっと悲しくてフクザツな気持ち。」と言った人が私の周りに2人います。
私はその感想を聞いて驚きました。
というのも、私はそうは思わなかったんです。
私自身の感覚では、ハッピーエンドだと思っていたんですよね。
だから読む人の感性によって、ラストの印象はけっこう違うものなんだ、と驚いたんです。

私が感じた「ハッピーエンド」という言葉に込めた気持ちは、いわゆる「めでたしめでたし」という単純なハッピーエンドとは少し違うんですけど・・。

たとえば私たちが犬を飼うと、犬は必ず人間より先に寿命が尽きて死んでしまいます。
でも、たとえその犬を喪失したことによって大きな悲しみを背負ったとしても、その犬と過ごした日々はかけがえの無い宝ですし、思い出すだけでも心が温まるし、別れの悲しみがどんなに胸を締め付けようとも、その犬と出会えたことは絶対不幸ではないと思うんです。

そういった意味で、小夜がどんな姿であろうとも、これまで一緒に生きてきた人たちとの関わりが消えようとも、愛する者を得、共に生きることを得たあのラストはハッピーエンドだった、と感じたのです。
愛する二人の間に共に生きる時間が流れているという事実、これからも二人はどこかの世界で重なる時間の中で生きていくんだろう、と思わせるあの終わりかた・・に、私は「幸せな結末」を感じたのでした。

しかしながら、「ハッピーエンドだ」と感じる直前に、私は人間の姿を失い人間世界への関わりを殆ど失った小夜に、ほんの少しだけ取り返しの付かない運命を悲しむような感情を感じました。
私は小夜のことが大好きだったので、小夜が周囲の人々とあのようなカタチで別れることになるのか、と知り、驚きを感じると同時に辛かったんです。
私がこのとき少しだけでも辛さを感じたのは、「人間の姿を失い、あのような世界で生きることが本当に幸せなことなのか?」ということが未知数で、確信を持てなかったからだと思います。
「人でなくなった小夜を見るのは辛い」と感じたのは、読者である私が「人間世界こそが生きるのに最良の場」と考えていて、煩悩がありありだからかも知れません。(笑)

しかしそう感じた直後・・愛する者とともに自然の流れに身を任せて生きる、という自由を手にした小夜は、ラストで、とても幸せそうな姿を見せてくれます。
私はその部分を読んだ瞬間、
「どんな姿であろうとも、精一杯生きることに、良い・悪いという区別は無い。自然の流れの中に身を任せて生きることは尊く、幸せなことなのだ」
と確信したのでした。(あくまで私の感覚ですが)

私は最後の1行で、3匹の狐たちとともに自分も美しい自然の中に溶けていくような感覚を味わいました。
そこは喜びに満ちた温かい幸せな世界・・。
その世界を読者に垣間見せつつ、裏表紙を閉じさせる上橋さんの素晴らしいこの物語に、私はかつてない読書体験をさせてもらった、と感じました。


そうそう、読み終わって本を閉じて感じたことをもう1つ・・。

最初におもてのカラー表紙を見たとき、そこにいる狐は普通に「野火」だと思っていたのですが・・。
物語を読み終えて再び表紙を見たとき、その背景が野に桜の花びらが舞い散る風景であるのに気付き、「この狐は小夜なのでは?」と思いました。
最初、表紙は寂しげな一人ぼっちの狐に見えたのですが、読み終わってから見ると、喜びに身を躍らせている狐に見えました。
また、カラーの表紙をめくってみて、その下のモノクロの表紙&裏表紙にも意味深なものを感じました。
作者は、この隠れた内側の表紙にどのようなメッセージを込めたんだろう・・と時々カラー表紙をめくっては考えています。
つい3日前、大事に大事に読もうと思っていたのに、
やっぱりあっという間に読んでしまいました・・・。

あぁ・・・・・・・
久しぶりに、良い作品を読めたなぁ。

クライマックス、読んでいるうちに、知らない間に涙が出ていました。
野火の命、野火の想い、小夜の想い、そして、二人の命と想い。

結末は、二人にとっての最善だったんだと思いますし、幸せな結末だと思います。
でも、どこか切ないですね。手の届かないところに、行ってしまった二人を思うと、寂しいような切ないような・・・。

それと同時に、うらやましくもあります。
人として生きることを捨てられるほど、野火を愛せる小夜も、
小夜にそうさせるほどの、野火の愛も。
“愛”って言葉で表現するのは、何となくチャチな気がしてしまうのですが、これほど命がけの想いをぶつけ合う二人は、やっぱりうらやましいなぁ。

それから、表紙のお話・・・
本当に、そうですね!じっくり見ていませんでした!
これは面白い・・・☆
ティターニアさん>

感想をありがとうございます★
(・・って、反応が遅くてスミマセン。このところバタバタしておりまして・・^^;)

私も、野火と小夜の間にある感情はたぶん「愛」なんだろうけど・・でも「愛」なんて呼ぶとなにか薄っぺらい・・と感じてしまって。これを何と呼んだらいいんだろう、と思っていました。^^;

野火と小夜の間には・・うまくいえないけど、すごく素朴であたたかく、強い何かが・・お互いの間に血液のように流れあっているように感じました。
「血液」って、不気味な表現をしてスミマセン。^^;
どうして血液って表現したかというと、血液って、命のみなもとじゃないですか?
感動したりうれしいときに心臓がドキドキするときも、怒りで頭に血が上るときも・・いつも人間が心に突き動かされるときは血液が命そのものとして、身体をかけめぐりますよね。
何か、二人の関係は・・血をわかちあい、血をそそぎあう関係のようだと思うんです。
そういう関係の、ふたりの心の根底にあるものは、一般的なイメージでの「愛」というひと言で表現できるものじゃなく、特にとうとい、「別のもの」っていう気がしたんです。
そんな特別なふたりの関係・・ティターニアさんの感想と同じく、私も「うらやましいな」と思いました。

表紙&カバー下の表紙等・・
見ていただけてうれしいです。美しい芸術品のような本だと、私は思っています。
3年ぶりに、再読してみました。

やはり、小夜と野火の哀しい運命と切ない恋心には、グッとくるものがあります。

ラストの若桜野のシーンは、やはり、ほのぼのした気持ちにさせられました。


何故、再読したのかと言いますと、マイミクに『狐笛のかなた』を勧めたので、自分も再読しようかな?思ったからです。

そんなもので、再読した序でに、2回目となる狐笛日記を最近書いてみましたので、よかったら見て下さい。
http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=453102686&owner_id=8701664

※普段は、公開を制限しています。
木琴鳥♭ さん>

感想をありがとうございますー晴れ
木琴鳥♭さんのミクシイ内の日記にも、失礼してお邪魔させていただきました。

3年前に読んで、また、今読んでもぐっとくるほど感動できるって素晴らしいですね。
普通、本というのは結末が解っているともう2度目は読まなくてもいいやと思うことが多いものですが・・。
上橋先生の本は、綺麗な日本語を目で追っているだけでも癒されるし、何より小夜と野火の絆は、何度でも泣ける素敵な物語だと思います。

これからもお友達に勧めてくださいね〜。
これほどの物語なんですもの、広く読まれなければ勿体無いと思います!

>いおさん

来訪ありがとうございました!

拙い文にも関わらず、コメントまで頂いて…f(^ー^;

「狐笛のかなた」は、本当に素晴らしい本だと思います。

マイミクも、今週の月曜に読み終わり、狐笛の世界にどっぷりハマってるようで、勧めた甲斐がありました(笑)
木琴鳥♭さんへ>

お返事ありがとうございます。わーい(嬉しい顔)
お友達には喜んでいただけたのですね。私もうれしいです!

私は友達に勧めて、文庫を何冊か押し売り(?)してしまいましたあせあせ(飛び散る汗)
でも後日買った友人たちから、「感動したよ!」とケータイにメールが入っていましたので・・ほんとうに、この本は当たり外れなく、多くの人の心を捉えるんだなあ、と感心しました。

これだけ「絶対はずさない」という本はあまりないと思います。
私もこれからも 木琴鳥♭さんのように、友達に勧めていきたいと思います。
コメントをゆっくり、じっくり、読んでいる時間がないので、
ざっと目を通しただけなのですが、
我慢できずに書き込んじゃいます。

私は、元々小夜は、人の世に添いにくい存在として感じて読んでいたのです。
心がわかってしまうっていう能力も、
それゆえに人里離れて育ったこと、
家族との縁が薄いこと・・・
けれども、生まれつきの正しさというのか
一人で立つのが当たり前という感覚で生きていて、
一本通った強いものがあって、かつ、絹のような透明な柔らかい優しさがある。
そういうあり方自体が、人の世界にそぐわない・・・というのか、
小夜の良さ、感性を全開にして生かしていかれないような気がしていたから、
あわいで、野火とともに生きるというのは、納得できました。


ただ・・・・
「あわい」という所、「私は何もないところ」だと思っていたんですよね。
空(くう)。
そういう意味で、そこで生きるというのをイメージしにくくて、
深く考えるのをやめてしまっていました。

また、3人以外との関わりは?とも思うと、
3人孤独・・・とでもいうような感覚もあって、
それは寂しいのでは?とも感じていました。

ただ、いおさんが指摘された、「美しい自然の中に溶けていくような感覚」というところを読んだとき、
そもそもすべての生き物の存在は、自然とともにありつながっているのだから、孤独ではないのかな、と思えてきました。
そういう、生命とか世界とかとの根源的な広がりのある存在となったんだな、
と、今は思っています。

私には、ティターニアさんのいおうとしている「愛」
いおさんのいう、
「すごく素朴であたたかく、強い何かが・・お互いの間に血液のように流れあっている」ものは、
まさに、そのありとあらゆる命の一つ一つが身のうちに持ち、同時に自然とつながっているような深いところからくる触れ合いっていうか、関係っていうか、そういう風に思えました。

そんな風にイメージしたら、
これ以上のパートナーはいないように思えます。

ただ・・・・・・・・・・・・果てしなく寂しいと私が感じるのは、
そういう関わりは、人としては無理だ、ってところかな、とも思います。

私は、あわいが、スキだけれどキライ。
人が入れないから。
人の人臭さが好きな私には、ちょっと辛いと思えるものがある。

そういう意味で、酔うことができないから、
素直にハッピーエンドと思えなかったのかな、と思ったりしました。
でも、小夜のようなあり方には、この上ないハッピーエンドだと思う!!
なんだか凄く間が空いてのコメントでどうかとも思うのですが、書いておきたかったので書き込みしちゃいます♪

もう5年前でしょうか。
仕事が忙しくてしょうがなかった時期に帰り道にふと目にして一目ぼれした作品がこの狐笛のかなたでした。
寝る前に読み出して気づいたら朝でしたうれしい顔それぐらい惹きつけられて感動した覚えがあります。

ラストについてはハッピーエンドであったと思っています。
世界は永久に穏やかであることは難しいものではありますが、この物語のラストに各々がそれぞれの生きるべき世界で穏やかにいることが出来た、その場にある風景を美しいと思える時間を作れたということがなにより幸福なことだと思っているのです。

この時期になると美しい日本(笑)を実感するとともにこの作品を思い出します。そんなすばらしい作品を読めたことがとても幸せです!!
全部読む時間が足りないので、ざっと読んだだけで書き込もうとしている私をゆるしてください・・・っ!!
こんなに素晴らしい感想を読んだ後に、私などのような者が感想をかくのに勇気がいるのですが、がっ頑張って描いてみます!!

『狐笛のかなた』は、何度読み返しても、飽きがこない・・・読み返すごとに、感じ方が変わってきる、素敵な素敵な物語だと信じてやみません。本を手にとって読んだりせずに、ただ内容を思い出すだけでも、胸の内がじ〜んと熱くなって、自然と涙がでてきてしまいます。
ラストについては、私「ハッピーエンドだよ☆」っと、はっきりいえるものではないとずっと思っていました。今でもやはり複雑に感じてしまいますが・・・。
姿の変わってしまった小夜を目の前にして、野火は始めどのように感じたんだろう、とか。大朗さんや鈴、それに小春丸君のことを考えると、素直に受け止めて「嬉しいね、良かったね」っと、感じることが私にはできませんでした。いおさんや、他の方々の文を読んでみて、人の姿でいられなくなったことを嘆くよりも、もしかしたら野火と同じ姿になって、心身共に近づくことができて、彼女はこれはこれで私には理解できないような喜びを感じていて、とても幸せなんだろうなぁ〜っと思うようになりました。ありがとうございます。
ところで、私は小夜と野火は最終的に「あわい」に住んだのではなく、人間界の若桜野で、霊狐としてではなく、ただの狐として生き続けたのだと考えていたのですが、実際はどっちで暮らしたのでしょうか?
でも、小夜と野火ならどこに住もうと、お互いがそばにいるだけで幸せなんだようなぁ〜・・・。

あぁ〜この物語について話そうとすると、止まらなくなるので、ここらへんで妥協して終わりにしたいと思います。

『狐笛のかなた』大好きだぁああああ!!!
こんにちは。

皆さんがこの物語から感じた世界に、
管理人の私が速攻で手を付けたり足を踏み入れて総括するのはどうかな?と思ったので、運営途中から、ここのトピックには私の主観的な、「感想の感想」みたいなお返事は入れないようにしようと思ってきました。
お返事がないな??と思った方、ごめんなさいね。
皆さんの感想、じっくり読ませていただいて、「うんうん(涙)」と頷いています。
もちろん、他のメンバーの皆さんは、「感想の感想」を書き込んだり、自分の感想や解釈を持ち寄って自由にお話してください指でOK

ところで、私には11歳になったばかりの娘がいるのですが、つい最近、「狐笛のかなた」を2回、読み終わりました。
最初に、だーっと通して読んでみて、理解できない部分があったので、また時間を置いて再読した・・ということらしいです。

で、その娘が2回目読了後に聞いてきました、
「最後の場面で小夜が、『ひとの姿でいる時間が短くなってきている』でしょう?それって、小夜が自分で選んでそうしているの?それとも、小夜がそうしたいかそうしたくないかに関係なく、そうなっちゃってるの?」と。
私は何も考えずに、
「え?小夜の意志でしょう?だんだんそっちの世界が小夜の世界になっていったんだと思うよ。小夜が時間をかけて選んだんじゃない?」
と答えました。
それを聞いて18歳の兄(=読了者)は、
「もちろん、本人の意志とは関係ないだろ?(=狐笛の力のはたらきで、小夜は人間ではいられなくなってしまった、という解釈。)」
と言いました。

私は娘に聞かれた瞬間、とっさにその言葉を選んでしまったのですが・・・
う〜ん、そういわれてみれば・・どっちだろう?

娘はどんなに考えてもわからない、と言います。
私もちょっと考えたら「兄解釈」に落ち着くのが普通なのでは、と思ったのですが、
娘に聞かれたときは当然、小夜の意志だ、と思ったんですよね。

前の感想にも書いたのですが、この解釈は、読み手の「自然観」や、
「この世界への肯定感」に左右されるのかな?と思いました。
私の感覚では
「小夜が人間でなくなったことは不幸だが仕方が無い、でもその結果小夜が幸せになったのだから、いいではないか」
というより、
「小夜が人間世界からだんだん離れていってしまうのはショックだけど、野火と生きる世界には、私たちが見えない幸せがあるんだろう。だから小夜は少しずつ皆と別れて、そちらの世界へ行くと決めたのだろう。小夜がどんな姿になっても、そこで幸せになってくれて、うれしい」
って感じでしょうか。
決して小夜が人間世界を見限ったということじゃなく、小夜にとって世界は姿かたちにとらわれるようなものじゃなく、もっと大きなものになったんじゃないかな?って思ったんです。(まとまらない感想ですみません。)

考え出すと色々な解釈が生まれるように思いました。
また読まねば。
(↑で、またラストシーンに、泣く。)

はじめまして。日本の美しい情景が浮かび上がってくるような、抒情的な物語とおもいました。
戦う場面もありますが、決して興奮することなく静かな空気がいつでも流れているような、いつでも夕暮時な感じが印象に残ります。それなのに読後感は本割りと温かい気持ちになるので何度も読みたくなる1冊です。

いおさま。
「人の姿でいる時間」の解釈ですが、わたしは「母でいる時間」が自分の意志によるものかどうか説明できないようなものだと思います。
読むたびに感じ方や解釈がが違ってくるのも楽しみの一つですよね。恋をしてから、母になってから読むと、きっと、違うでしょうね。少女時代にこの物語と出会えたお嬢さんを羨ましいな〜と思います。
友人から この本を読んで貴女がどんな表現をするか知りたい。
と手渡された本でした。

本を読み進めると物語の情景が鮮明にイメージでき、
音、色、登場する人物も本から飛び出してくるようでした。

心に沁みる。素敵な本に出会いました。

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