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佐伯啓思コミュの佐伯先生のことを日記に書いています。

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コメント(18)

僕の問題意識を述べた日記です

「経済性と倫理性

この二つがクロスすることを目標として

日本の成功法則昔話は創られたのではないだろうか?

「花さか爺さん」が非常によく現れている


批判を浴び

瓦解した戦後五十年政策の根底には

この思想があったのでは


大成功は無理でも

「ある程度の倫理性を持って働けば

それほど食うには困らない社会」

そんな政策目標の理想像があったように思う


この思想にたいして国民はNOを言った

悪平等である、競争社会が善という理由から


さてどうしたものか?

日本には倫理を生み出す何か

そう宗教というようなものが無い

倫理や道徳はない

バトルロワイヤル社会 」


ある意味、煩悩驀進社会
岩井克人先生の、身分から契約+信任という社会。

信任と高い倫理性。

藤原正彦さんがいう、国家の品格とかすべて脈絡は同じと思っているんですが、どうなんでしょうか?
おやっさん殿

岩井克人先生、藤原正彦さん共に

私、読んでいませんので何とも言えないのですが

佐伯先生の仰る事から考えると

近代を無自覚に輸入した日本は

ニヒリズムに陥っている

ニヒリズムの社会的な問題は何か?

それは道徳・倫理が消滅してしまう

正確には道徳・倫理の根拠が失われる

しかし、社会的な人間は規範無く、無秩序に生きられない※

そこで

何の根拠も無いところから

道徳・倫理・規範・ルールを持った

秩序ある社会を構築できるか?

これが21世紀の人類の課題


おやっさん、仰る『すべて脈絡は同じ』とは

この課題から、と言い換えられるのでは?


(※ここは議論が分かれるところ)

「生きられない」とするか

「無秩序な社会は宜しくない」とするか

どちらでも現状は無秩序ですけども
岩井先生は、資本主義の3要素、つまり「言葉」「法」「貨幣」を人間が使用・流通させることにより、それらの3要素は社会的実体として存在する。

しかしながら、それらの3要素は、人間が存在しなければ「社会的実体」としても存在しない。

要は、「無」となってしまう。

藤原正彦氏は、要は論理Aの立て方が問題だとおっしゃる。

「言葉」「法」「貨幣」を使用流通させながら、日本人として何に根底となる価値観を置くのか。

その論理Aの立て方について、日本人として、歴史、文化、掟、慣習、情愛など等、深く掘り下げ、日本人としての倫理観を醸成していかなければならないというということだろうと思っています。

さてその時、薄っぺらなマスコミには任せて置けないし、白洲次郎さんではありませんが、ノブレス・オブリッジな人材をどう参画して考えていくのか、崇高なルールが必要だと思います。

薄っぺらな大衆民主主義はノーサンキューですね(笑)
我々ができる事といえば

お話する

なんとシンプルな方法でしょう

でも私はこれがないことにはと思っています

大和は、大きな和ですから

和(輪)になって話しましょう

これぞ日本的方法論

海外のワークショップより歴史がありますよ
勘太郎さん

おはようございます。

そうですね。

とりあえず、話し合って行くということが大事かと思います。

緩やかに、着実に、楽しく、真剣に・・・
>>勘太郎さん >>皆様
>「ある程度の倫理性を持って働けば
>それほど食うには困らない社会」
>そんな政策目標の理想像があったように思う

これがここ10年位であっという間に崩壊しちゃいましたよね。
勘太郎さんの言い回しで言わせて頂ければ
「人並みに働くというだけでは
食う保障が無い社会」
それでいい、というように人々が選好した。
「一定以上努力して働かなければ
平均以上の生活をする事が許されない社会」
となった訳です。

・誰がその「努力」を認めるのか
・社会に依存しない「能力」などあるのか

これらのリベラリストですら問う問いかけすら我が国では行われないままで、劇的なパラダイムの転換が行われてしまいました。

これは、かなり危機的な状況だと思います…
『集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか』
http://mixi.jp/view_item.pl?id=668580
を読んで
改めて
『20世紀とは何だったのか―現代文明論〈下〉「西欧近代」の帰結』
を読んだ

おやっさんの
>薄っぺらな大衆民主主義はノーサンキューですね(笑)
に確かに同感なのですが
佐伯先生の問題提起は
現代社会では民主主義は
“薄っぺらな大衆民主主義”
にならざるおえない
必然的になってしまう
ということみたいです
現代社会に生きる我々に
民主主義を選択すると
民主主義=薄っぺらな大衆民主主義
を必然的に選択するしかない
その他の代替案が無い
というところみたいですが
いかがでしょうか?

私、現代国語強くなかったので
読み間違いかもしれませんが
市民自治区って制度があるんですが、神奈川県大和市では、2万人くらいの人口規模で、集められた税金の再配分について、自治のルールが一定整備されたなら、権限と財源を移譲していきましょうと市長は言っていますし、実行に移しております。

2万人と言えば、なかなかリアリティな場面で議論ができないので、IT技術、インターネット、SNSなんかで補完しようという考え方です。

とにかく、政策の意思形成過程から参画可能な自治のシステムが整っていけば、なかなか根付かなかった民主主義のやり方も地域経済社会にビルトインされていく可能性は高まるのではと私は思っております。

Web2.0の進展も、プラスに働くような気がしてるんですが。

甘い考えなのでしょうか(笑)
さあ〜どうなのでしょうか?
個々の具体的な政策のことは正直あまり分かりませんね
申し訳無いですが・…
色々と試行錯誤していくしかないでしょうね

それに私はマクロに対して基本的には
絶望しています
これも申し訳無いことですが
絶望というより
関心が日々出会う人のあいだの常識について
とうミクロレベルに向かっています

いろいろ書きましたが
佐伯先生の本を読んで
私の要約ですから
とりあえず限りなく
私の独断と偏見が大きく反映されているでしょう
9にも書きましたが
大学は現国が2次に無いところを受けたくらいですから
「大転換」を読んで、久々の関連コメントです。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1328544662&owner_id=940907

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1330184628&owner_id=940907
おやっさん殿

「大転換」
読みたく思っています一冊です

現在は
「国家についての考察」
を再読しています

マクロに
絶望していましたが
絶望しながらでも
“国家”について
一度、自分なりの態度を決める
必要を感じております


国家を考えるに私が至る契機となった
精神科医であり
心理療法家であり
カウンセラーである
おっさんのHPを紹介します
http://jalsha.cside8.com/diary/
もし良ければ、どうぞ
涼月@ειρήνη 殿


“これは、かなり危機的な状況だと思います…”

危機感というのでしょうか
私も共有しております



・誰がその「努力」を認めるのか
・社会に依存しない「能力」などあるのか

「努力」にしろ
「能力」にしと
市場において、だけ、その価値がはかられる方向は
避けたいところです


>>[9]

>『20世紀とは何だったのか―現代文明論〈下〉「西欧近代」の帰結』

この本を今、読ませていただいている最中ですが、とても面白い本ですね。しかも佐伯先生は、とてもわかりやすく論述される先生ですね。

真正保守派と市民主義派の対話として貴重なものと思われますので、抜き書きしました。


【対話】斎藤貴男 × 佐伯啓思「分断される日本」(2005年3月)
http://open.mixi.jp/user/12258289/diary/1561827625


>>[015]
大変、興味深い本
だと私も思います

分かりやすく
説明されていると
思います


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