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良寛コミュの月の兎について、たまたま思ったこと

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日本歌曲に「月の兎」というものがあります。
良く歌われていると聞きます。

その歌詞を良寛の「月の兎」をそのまま使っていると
思っていました。

今日、その歌詞を初めて知りました。
ずいぶん話が単純化されているのに驚きました。
良寛の「月の兎」はヒントにしている程度です。
また歌詞も分かりやすい現代語で、
長歌の5・7調でもありません。

兎に憐れを感じるところまで、誰でも分かります。
しかし、なぜ、このような長歌を良寛は作ったのか?
改めて考えさせられました。

今昔物語にある仏教説話を知ったから、あるいは
感動したから作ったでは、なぜ作ったのか理由を
、良寛の感じる心を理解したとは言えません。

また、歌曲にした人もなぜ、こんな歌を歌おうと思ったのか。
歌っている人たちは何も考えないのに驚きました。

「月の兎」の長歌を二つ作っています。
その二つの違いは何でしょう。
今回、読み直して、ちょっと疑問に思ってのは
「天のみこと」と「天の帝」という言葉です。

今昔物語における帝釈天ならば
仏教的であるのが分かりますが、
「天のみこと」は国学の影響でしょうか。
「天の帝」ならば中国的な感じがします。

仏教・儒教の教養に万葉調の表現が
与えられているように思われます。
良寛は思想的な深みを大和言葉に
与えようとしているのではないかと思われます。

コメント(5)

昼、空を見ていたらあの天上大風の文字が空に書いてあるように思われました。

夜、月を見ていて、この長歌を思い出しました。
我々現代人は、エネルギーの支点を一番下のチャクラ、セックスセンターに
置いて行動している人がほとんどだと聞きます。
金銭の損得や異性とのセックス、自分の縄張りの確保のようなことが
行動を決める場合の重要な要素になっています。

お伽噺が醸成されていた頃の人は、別のところに支点を置いていました。
彼らはハラに支点を置いていました。
彼らには仁義や信義が 己の命に優先する要素でした。

その頃の人の心は ある意味で純粋であり、美しさをもっていました。
その象徴的、極致的なものの一つが このウサギの行動で描かれています。
命まで差し出すほどのその無我なる心。

ウサギの物語には現代の我々が忘れてしまったある種の美しさが残されています。
その美しさを 私たちはほのかに記憶しているのです。
命を投げ出す愚かしいとも思えるウサギの行動に どこかで共感できるのです。
何かしら私たちがほとんど失ってしまった美しさ、無我の心、

良寛はその美しさを見て、
我々にそれを思いしのばさせてくれています。
この長歌に付けられた3つの反歌の3番目に良寛の思いが現れています。

   ます鏡 磨ぎし心は 語り継ぎ 言ひ継ぎしのべ 万代までに
まさし難陀さん

ありがとうございます。
詩経のことを忘れていました。
兎の話やじょうふきょう菩薩の
関係は目から鱗が落ちました。
本の紹介もしましたが月の兎の自己犠牲とコルベ神父の話がありました。
http://www.akai-shinbunten.net/Main/chita/backnumber/jiai/jiai220.html

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