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中東問題コミュのイギリスの三枚舌外交

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こんにちは。

中東問題初心者ですが、よろしくお願いします。

中東問題の根はもちろん何千年もの歴史があるので、それを全部理解するのは不可能と感じるのですが、現代の中東問題は、やはり近年のイスラエル建国によるパレスチナ難民発生が根底にあるのではないかと思います。

それで、イスラエル建国に至る経過で、イギリスによる悪名高い「三枚舌外交」を理解したいと思っているのですが・・・

以下Wikiより:

イギリスは第一次世界大戦中に戦後の中東問題に対して、以下の三つの協定を結んでいた。それぞれ、アラブ・フランス・ユダヤに配慮した内容であった。

1915年10月 - フサイン=マクマホン協定(中東のアラブ独立 公開)
1916年5月 - サイクス・ピコ協定(英仏による中東分割 秘密協定)
1917年11月 - バルフォア宣言(パレスチナにおけるユダヤ民族居住地建設 公開)

これは要するに、第一次対戦中、イギリスが世界中のユダヤ人から軍事資金を得るために、アラブの独立を約束していたにもかかわらず、ユダヤ人にはイスラエル建国させてやる、と矛盾した約束をしたのが原因で、ユダヤ人はイギリスの支持を得たと思い込んで、むりやりパレスチナ人を追い出してイスラエルを建国した・・・という解釈で合っているのでしょうか?

バルフォア宣言が、イスラエル建国を約束したという風には解釈しにくいのですが、ユダヤ人の立場から考えると、金を出してやった以上、文句は言わせまい、と強気に出たと思えるし、イギリスは軍資金を出してもらった立場上、ユダヤ人の大量入植・イスラエル建国をもはや押しとめることはできなかった、ということなのでしょうか?

「三枚舌外交」と呼ばれる上記三つの約束が、このような矛盾を呼び、結果的にパレスチナ難民を大量発生させ、今の中東問題を作り出すことになろうとは、当時のイギリスには予想しえなかったのでしょうか?

イギリスばかりを攻めるつもりはありませんが、ここのところ、詳しい方がいらっしゃいましたら、説明を加えていただければうれしいです。

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