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とにかく怖い話。コミュの【著者本人の体験】さつきと言う人

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このお話は前置きが長いです。それは、わたし自身について、そしてわたしにとって、妹?のような『さつき』について、どうしてもお話する必要があるからなのです。どうか皆様、お許し下さい。忍耐をもって最後まで読んでいただけたなら幸いです。まず、わたしについて、わたしは、わたし自身の自認する性別は男性で生まれながらにして、その性的指向は男性を性の対象とする人、すなわち男性同性愛者です。登場する「さつき」もまた、男性同性愛者なのです。さつきと知り合ったのはわたしが30才の時、さつきは22だったと記憶します。当時、会社の営業勤務だったわたしは晴れた日は新宿二丁目にある公園で弁当を食べるのが習慣でした。そんなある日さつきと出会ったのです。「さつき」と言う名は本名ではありません。本名は「松岡正志」と言いましたが、彼は実の母親の源氏名を名乗っていたのです。母親は名古屋のスナックで働く女性でした。さつきは、父親の話をしたがりません。母ひとり子ひとりの生活で母親によって高校までやっと卒業したと言います。彼さつきは18で家を出ます。名古屋から大阪の堂山界隈で風俗の道へ入るのでした。話に聞く、ゲイバーと言ったお店で生活の生業(なりわい)を求めていったのです。本人によると母親ゆずりの容姿とキャラクターでお馴染みのお客が多かったようです。なるほど、その話を裏付けるかのような魅力がさつきにはありました。背丈は180を少し切り、スリムな割に骨格はキリッと締まり、それでいて、顔は二重のくっきりとした少し目力のある綺麗な面立ち、よく気の付く好青年でした。そんな『さつき』とは、友達以上恋人未満の兄弟のような関係が続いたのです。わたしは、すでに両親や弟、周囲の親しい友人にいたるまで自分のセクシャリティについて打ち明けていましたので、家族に紹介し、上京したての数ヶ月をわたしの実家で一緒に過ごしたこともありました。しかし、そんな『さつき』でしたが、今はいません。享年37才。脳腫瘍でこの世を去りました。
あれはさつきの死を知らされて4年目の夏のことでした。さつきは東京では新宿二丁目でホストをしていました。しかし、この業界はどんなに売れっ子でも年齢には勝てないようです。30を過ぎると陰りが見える。でも、さつきは風俗から足を洗おうとはしませんでした。わたしは何度か転職を薦めたこともあったが、さつきは、わたしの話を遮るように「イッちゃん(わたし、ゴローのこと)には、わかんないだろうなぁ…この仕事はね、あたしの『ふるさと』なの。ここに居るとね…うーん何ていうのかなぁ…自分の産まれた場所にいるみたいな…安らげる処なんだよねぇ。『ふるさと』捨てれないっしょ」。さつきは人の世話になること、拘束されることを極端に嫌いました。昔の馴染みの客から世話する話が何件かあったが断っています。「あたし,そんなに長生きしたくないわ。美しいうちに死にたいの」さつきの口癖だった。 「仕事は専業主婦よ」矛盾した話ですが、人に尋ねられるとそう答えていましたね。
そんな『さつき』と、別れの時が近付いていたのです。最後に撮った写メ、さつきの死の4年前の夏に浅草のファミレスで撮った画像です。
今は使われていない携帯にはいっていいます。
さつきにせがまれさつきを撮影したのです。わたしが写真を撮り終えるとそれをしげしげと眺めて、「なんだかね、これが最後だったりしてね。」と、ひょうきんに笑うさつきでした。さつきはこんなことも言った『イイ?写真ってね歳が止まるんだから」って
それが本当に最後の写真となってしまいました。さつきが死んで何年たったでしょうか。話は、今から二年前の夏のことです。わたしは深夜,バイクで外苑西通りを新宿方面から天現寺に向かって走っていました。千駄ヶ谷を抜けて、左手に青年会館のある公園沿いに差し掛かった時のことです。ふと、声をかけられたような気がしたのでバイクを停めて振り向きました。 誰もいません。なのに気配を感じるのです。わたしは、バイクを路肩に寄せて降り立ちました。思い出したんです。さつきと連立って、遊んだ公園でした。その時、突然、次々と走馬灯のように記憶が呼び覚まされます。思わずわたしは「さつき!」とその名を叫んでました。さつきは、幸せだったのだろうか…こころで呟いたその時、「な〜に?」間違いなくなく、さつきの声に思わず顔をあげると、すぐ間近にさつきはいました。「…あたしは幸せよ。…それよりイッチャン,しっかりしなよ」さつきは、わたしを抱き寄せました。間違いなくさつきでした。さつきの感触でした。さつきはキツくわたしを抱き締めて…わたしの耳元で、話したのです。『あたし、ずっといっちゃんのそばにいたんだから!いっちゃんが、しあわせにならなかったら怒るんだから!』わたしは背の高いさつきの胸元に顔を埋めながらさつきの言葉にうなずきました。ややあって、ふっと力が去った気がして、わたしは、われに帰りました。
何ごともなかったように外苑西の通りに外灯の冷たい光りが路上を照らしていました。
でも、さつきと交した約束と抱き締められた感触は消えていませんでした。「ありがとう…さつき」わたしは心に呟いて、またバイクを走らせ家路に向かいました。わたしはふと、バックミラーを見ると公園沿いの車道に立って、大きく手を振るさつきの姿を確認したのです。
ありがとう
さつき!

コメント(16)

『さつき』と言う名前に反応してしまいました。

同じ名前なもので★

切ないお話ですが 亡くなったのは病気だったんですか? きっとトピ主さんを見守ってくれてるんでしょうね。
(´・ω・).。oO(改行を入れて下さい…
きっと今も見守っていて下さるんでしょうねぴかぴか(新しい)
さつきさんの分まで長生きして幸せになって下さい。それがさつきさんの願いなんですから。


改行して下さると、より読みやすいなぁと思いました。
ほんとに感動しました

素晴らしいお話ですね(´・ω・`)
いつまでも元気で幸せに…

それがさつき様の願いなんでしょうね。


私も中一で母を亡くしまして、その20年後に産まれた息子に母の名の一文字を付けました。
きっと母も私と息子を(もちろん父や妻も長女も)見守っていると信じています。
感動しました°・(ノД`)・°・

見守ってくれてる。すごく温かいですねexclamation ×2
マロさん>
温かい話ばかりなら イイのですが
そうでないものもあるんですよ
こんな話ばかりならしあわせなんですがね(^_^;)
いい話しですねー・・・。感動しました。
さつきさんのやさしさが伝わってきました・・・。(泣)

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