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意識構造探究クラブコミュの常識的な世界観について

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私たちがふだん、常識的に持っている世界観はどんなふうだろうか。このことは意識構造というものを考える上で重要だと思うので、考えてみよう。

廣松渉氏の『事的世界観への前哨』において、近代人が日常意識において即自的に懐(いだ)いている世界観を以下のように掲げている。

−−−(引用開始)−−−
(?)世界は
(a)物体的(無生命の非霊魂的な)存在と精神的(生命ある霊魂的な)存在とからなっており、
(b)精神的存在(の一部)と物体的存在とのあいだには、能知(能動)と所知(所動)との関係、主観(主体)−客観(客体)関係が存立している。

(?)客体は
(c)一定の質的・量的な属性をもち、一定の空間的・時間的な場所を占め、一定の様態にあり、一定の関係をむすび、一定の機能を演ずるが、これら偶有性(属性・位置・様態・関係・機能)とは区別されるそれ自身の存在(実体性)を有する。
(d)実体としての物体は相互外在的に併存し、その複合として物的世界を形成する。基本的な属性もまた、各々、代数和算的な成素複合型の存在様相を呈する。

(?)主体は
(e)実体的・本質的な構造において同型的であり、諸主体は各々自律的であって、各主体の意識は本源的に人称的である。
(f)主体はその内に意識内容(表象・観念)を内属せしめており、この意識内容に対して一定限の能動的な作用を及ぼしうる。

(?)認識は
(g)客体がそれ自身でもっている相在が意識内容を介して認識主観に与えられること、裏返していえば、認識主観が意識内容を介して客体の相在を把(とら)えること、である。
(h)物的客体が同一であればそれについての認識内容も同一の筈(はず)であり、認識は客体と個々人(人称的主観)の関わりなのであって、他人(言語的交通)の介在は偶有的である。
−−−(引用終了)−−−

カントはこの(?)〜(?)と、さらに次の(?)をほぼそのまま前提的了解として認識論的省察を遂行するとしている。

−−−(引用開始)−−−
(?)認識能力は
(i)受容性の能力(感性)と自発性(知性)とからなり、前者は対象によって直接的に規制されるのに対して後者は対象から相対的に自由である。
(j)感性を通じて受容されるのは高次的認識の素材であり、この素材を知性が成型化することにおいて認識形象が成立する。
−−−(引用終了)−−−

著者は、認識について、以下のように述べている。

−−−(引用開始)−−−
認識を表象(意識内容)と対象(客体相在)との合致の関係として考える場合、この合致は、
?表象が対象に依準するか
?対象が表象に依準するか
?両者が平行的・調和的に照応するか
三つのケースしかありえない。
−−−(引用終了)−−−

私はあまり哲学的考察というものは得意でないが、以上のことは私たちの常識的な観点と言えると思うので、意識構造の探究において、いろいろ整理する上で、こうしたことも改めてざっと目を通しておくのもよいのではないかと思う。

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