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意識構造探究クラブコミュの「自己」という意識構造は何だろう?

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「身体」あるいは外界との境界面とされる「皮膚」というものの、単なる物理的身体である肉体の表面とは異なる意味や概念とは何だろう。ここで言う「皮膚」とは少なくとも次の(1)〜(5)の5種類くらいはあるように思う。

(1)「個人的自己」という身体とその外界
(2)「対面的自己」という身体とその外界
(3)「集団的自己」という身体とその外界
(4)「国家的自己」という身体とその外界
(5)「同時代的自己」という身体とその外界

(1)の「個人的自己」とは、それが「自己」「わたし」だと思い込んでいる物質体(肉体)的自己、感覚的自己、感情的自己、具体思考的自己、抽象思考(一般思考)的自己の総称を指す。問題は「自己の(物理的)時空」というものを、これらとどう関係づけし得るかということになるが、せいぜい物質体(肉体)的自己、感覚的自己までしか関係できないようにも思う。

(2)の「対面的自己」は、自己−他者(単数)関係によって規定される自己を指す。この自己は自己−他者(単数)相互に規定されるが、自己が規定する自己(自己Aから見た自己A)と、他者が規定する自己(他者Bから見た自己A)はもちとん異なる。

(3)の「集団的自己」は、もちろん複数存在し得る。集団の一番最小単位は「自己が所属する家族」であり、次に重要となる集団は家族の生計を支えるための「自己が所属する職場」である。後は、自己が所属する地域集団(地縁集団、市町村、都道府県など)である。とりあえず、ここでは「国家」は含まないものとする。

(4)の「国家的自己」は、ひとまとまりを持った国家的集団、民族的集団を指す。

(5)の「同時代的自己」は、一般にはあるまとまった範囲の時代における全世界(つまり、ある時空)を指す。ある意味、国際社会全体と呼べるものかもしれないが、国際社会と呼んでしまうと取りこぼしが起きそうにも思う。ネグリ=ハートの《帝国》そのものかもしれないが、またこの《帝国》との関係は定かではない。

さて、ここで、私たちの住んでいる「地球」という惑星の身体についてはどうであろうか。それは、(5)の「同時代的自己」と一致するであろうか。地球を取り巻く大気や海洋、地殻より下部の層を含む「自然」全体は、各「国家」の枠組みを超えるもののように思うが、その一方で、各「国家」の活動が、これらの自然を脅かす結果を引き起こすことがある。すると、(5)の「同時代的自己」とは別に、(6)として「地球的自己」がありそうな気がする。

(6)「地球的自己」という身体とその外界

すると、さらに、こんな身体も考えたくなる。

(7)「局所恒星(太陽)系的自己」という身体とその外界
(8)「局所銀河(天の川銀河)的自己」という身体とその外界
…
(∞)「全宇宙的自己」という身体

(∞)の「全宇宙的自己」には外界がなく、全知全能の「神」そのものと言えるべき存在ということになる。

(6)の「地球的自己」までが、個人の人間として意識し得る限界であって、(7)以上はあまりピンと来ない気がする(つまり、それぞれの「私」自身の生身の下へと落ちてくる話としてはあまりに貧弱すぎるのだ)。

少し戻して考えてみると、(3)の「集団的自己」と(4)の「国家的自己」の間の境界の「壁」は決定的にも見える。私たちはふだん「国家」「国」の枠組みに保護されて暮らしていることにあまり気がつかない。それを「平和ボケ」と言われてしまえばそれまでなのだが、この国の内外を少しでも垣間見るには、少なくとも一度は海外に旅行し、しかも一度はしばらくの間暮らしてみる必要があるようにも思う。そうでなければ、この隔たりの壁を認識することはできにくいように思う(ちなみに、私は海外経験がないので、この間の「壁」の正確な、というより、よりリアルな認識は難しいように思う)。

しかし、この間の「壁」の厚みは相当に分厚い。何せ、家族という単位「核」集団から、都道府県のように、ようやく国と関係し合えるようになるレベルの集団までであるから、ここはもう少し詳しく分解した方がいいと言われるかもしれない。実はここの部分の成長・発展の構造に、私たちの「集団的自己」の社会的成長があるように思う。そこでいつも問われることになるのは、「集団的自己」に対する「集団的他者」とは何か、誰かということである。この答えは、各個人が自己の社会的成長の中に求められるべき答えとなるであろう。「私は誰であるか」という問いの答えとは、結局、この問いに対する自己、つまり、私自身から社会への存在価値の落とし所と言えるのもしれない。

「私」「自己」とはいったい誰なのだろう…。

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ここで、ある本で、面白い考え方を見つけた。

講談社新書メチエから出ている中沢新一の『対称性人類学』において、南アメリカのグアラニ族という先住民たちを研究していたクラストルは、〈一〉は「悪」であるという先住民たちの概念について、以下のように述べているそうで、これは非常に興味深い考え方だと思った。

滅びうるすべてのものが〈一〉である。〈一〉の存在様式とは、過渡の移ろいゆく束の間のものである。消滅するためのみ生誕し生長するものが〈一〉と呼ばれる。それは何を意味するのか。ここでわれわれは、同一性の原理の奇妙な適用を通して、グアラニ宗教の宇宙の基底にふれることになる。〈一〉は、滅びうるものの側におかれることによって「限りあるもの」の記号となる。(……)今ではもう少しはっきりと理解できるかもしれない。「ものごとがその総体において〈一〉である」不完全な大地、それは欠けるところのあるものの王国、有限なるものの空間であり、同一性原理が厳密に適用される場なのだ。というのも、A=A、これはこれであり、人は人である、と述べることはとりもなおさず、Aは非Aではないところ、これはあれでないこと、人間は神ではないことを宣言することに等しい。(……)秘められた真の力とは、沈黙のうちに、これはこれであると同時にあれであり、グアラニは人間であると同時に神であると明言することのできるものなのだ。思い知ることの悲劇。というのも、われわれがそれを欲したわけではないからである(ピエール・クラストル『国家に抗する社会』渡辺公三訳、水声社)。

ここで取り上げられている〈一〉こそ、上で私が述べた(1)〜(5)〜(∞)の各段階における「自己」ではないかと思うわけである。

コメント(5)

Φさん こんにちは。

難しいですね。
私は、各段階の自己というのは、あまり区別できていないかもしれません。
というか 区別したくないだけかもしれません。

私は宇宙は神そのものだと思えるし、自分も神だと言っても間違っていないように思えます。
そうすると、他者や物や自分には境界がなくなってしまいます。
でも 明らかに別々のものとして存在しています。というかそのように見えます。
どうして そのように見えてしまうのか説明できたらスッキリするんですけどね。
それは わかりません。(当たり前 私のような青二才にわかるはずも無い。10000年早い)
miaさん、こんばんは。いろいろと考えてみることは楽しいですね。

「神」と言うと、私たち日本人の多くが、ひとりの「神」を思い浮かべてしまうのは、西洋文化による一神教の影響がかなり私たちの意識構造に影を落としている証拠だと言えます。私たちの多くは、葬式は「仏教」形式の場で行うし、正月には初詣で神社、つまり「神道」形式の場を訪ねます。これらは、「多神教」、つまり、複数の神がおられるとする見方です。

何が言いたいかと言いますと、「宇宙は神そのものだ」と言ったとき、果たして、単数の「神」を思い浮かべるか、それとも、複数の「神」を思い浮かべるかによって、宇宙全体のイメージが変わってくるのではないかと言いたいわけです。

そして、その「神」と呼ばれる存在は、私はある種の構造(ある意味、数学的構造かもしれない)ではないかと思っています。構造というとき、私たちは、直線的な(あるいは円環的な)単純構造を描きがちですが、実は宇宙の構造はもう少し違った構造をしているのではないかと思います(実際、量子物理学などでは奇妙な形の図形構造が登場しますし、それらをトポロジー的に構成しているようです)。つまり、人間がふつうに思うような単純な形をしていないのではないかということです。

でも、宇宙にとってはそれが単純かもしれないのです。人間にとっての単純と、宇宙にとっての単純は違うんじゃないかってことです。

「境界」というときも、私たちは単純に、球の内と外という1階層差だけで考えてしまうくせがあるかもしれません。しかし、その境界自体も何階層かの差異があるかもしれないのです。

ひょっとしたら、私たちが「メビウスの帯」に見えてしまうものが、神にはただの「輪っか」に見えているかもしれません。そして、そのような関係すら、階層があるかもしれないということです。

私もあまりうまく説明できませんね…(苦笑)。
なんとなくわかります。
例えば、こういうことも言えますよね。
目に見えない空気は、誰かがはいた息であったり、植物たちの光合成によってできた酸素であったり、車の排気ガスだったり・・・さまざまです。
さっきまで別のものであったものが自分の中に入ってきます。
食物も同じです。
呼吸や食べ物によって肉体は維持できています。
肉体を構成している細胞は(脳以外)全て入れ替わっても、別の何かになってしまうわけでもなく、私は生まれてからずっと私なんですよね。
こういうことを考えただけでも、「境界」というものは単純なものではないように思えます。
宇宙にとってはたぶん単純なんでしょうけど。

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