時間は…午前二時半、か。大体五時間前、夕飯と仮眠をとる前に他の艦へ移動してブリーフィングを行うカイラス、アトゥレイ、ソフィ、メルルとはもう別れて、その他の部隊も移動し終わったようだ。着艦の衝撃も発艦する音も聞こえず静かだった。寝る前にブリュンヒルデ隊となったケルベロス隊の面々と通信して打ち合わせもしたし、後は作戦開始を待つだけとなった。残り一時間半…オレは朝食を食べておこうと食堂へ向かった。 食堂もそうだったが、艦内は何処も嵐の前の静けさに包まれていた。誰も自分から会話をしようとはせずに、ただ時間の経過を待っているようだった。 「みんなしんみりだな。あんたらの活躍でこの重苦しい空気を吹き飛ばしてくれよ」 給仕係はそんなことを言っていた。戦闘中ならそれも出来るが、今は生憎作戦前、どうにも出来ないし…同じ部隊でもないし。 「まあ、気持ちも判らんでないが…」 戦友と何か話せば、その会話が最後になってしまうかも知れないから言葉選びも慎重になり、怖いのだ。もう目指す勝利は目前…だがこれまでとは比較にならないくらいの激戦となるだろう。自分が生き残れるか判らないのに、他人の心配なんて出来るわけも無く、まして会話なんて何を話せばいいのかも判らないに違いない。 「実際、オレも似たようなもんか」 トレーに乗せられた食事も黙々と消化し、片付けた後でオレは格納庫に向かった。今回の戦闘では対地攻撃は攻撃機隊に任されるので、ブリュンヒルデに空対地ミサイルは積まれていない。コクピットを覗き込むと、ディスプレイにメッセージが表示された。 <What’s the matter? You have a time to beginning operation. > どうしたの? 作戦開始まで時間があるよ? 一瞬驚いたが、何となくそのままシートに背中を預けてしまった。 「…別に、艦内うろついていても暇なんでな」 <…I see. > …なるほど。 ふと機械であるこいつなら、この質問にどう答えるのか気になって訊いてみた。 「オレは生き残れるか?」 答えはすぐに返ってきた。 <It hinges on you. Isn’t it? > それはあなた次第。違う? 「オレ次第…か。確かにな」 <But…> でも…。 ん? なんか続くらしいが、なかなか表示されない。しばらく無言で待っていると、アラクネはこう続けた。 <I don’t wish your death. > 私はあなたの死を望まない。 思わず笑った。機械が『望む』だと? こんな人間くさい機械は初めて見た。 <…What make your laughing? > 何がおかしいの? 「いや、別に…。ただオレは多分オレが死ぬとしたらそれはお前に殺されるんだと思うぜ?」 <…Yeah, maybe you right. > …ええ、そうかもね。 簡単に言ってのけやがった。こういうとこはさすが機械…。 「オレが死んでもお前は飛んでそうだもんな」 <Of course. If I lost a wing, I absolutely come back to carrier. > 当然。翼を失っても母艦へ必ず帰ってくるよ。 「頼もしいね。もしオレに息があれば必ず帰って来れるわけだ」 <Right. So you’ll not become to a dust of sky. > そうね。だから空の塵にはならないね。 きっつ…。やっぱ結構怖いな、こいつ…。オレはしばらくこうして機械相手に雑談をしていた。端から見ればかなり寂しい奴だと見えるに違いない。そんなときだった。 『オペレーション・アルマゲドン開始まで一時間です。第一波攻撃隊は出撃準備をして下さい。繰り返します…』 そっか、もうそろそろか。オレはシートから体を起こした。 「ありがとな、いい暇つぶしになった」 <You’re welcome. > どういたしまして。 格納庫が賑やかになりだした。この艦からはイーグレットが出撃予定になっている。空軍のミカエル?を引き連れて飛ぶため、今回僚機とは空で合流する。そのため一応機体脇に増槽タンクを取り付けられている。 「よし、オレもそろそろ準備しておくか。…ただ、その前に」 格納庫を出て艦橋下まで歩き、階段を上って飛行甲板に出た。空はまだ星が輝く夜空で、朝陽はまだ遠く水平線の彼方だ。夜の空気は冷たく肌を刺した。息が白い。第三艦隊が南へ進んでいたのは第二艦隊との合流が目的だったらしく、オレとティクスが帰ってくる頃にはすでに進路を北へ向けて進撃中だった。ここは赤道から遠く、季節も秋の終わりだった。考えてみれば寒いのは当たり前である。 「…こんな寒空の下で、何をしてるんだい?」 不意に声をかけられて驚いたが、振り向いてみるとイーグレットがパイロットスーツに身を包んで立っていた。 「な、なんだ。おどかすなよ」 「それはすまなかったね。お詫びしよう」 ほとんど表情を崩さないイーグレットだが、たまにその表情を変える瞬間があった。ただしそういった時でもやはり笑ってるんだか悲しんでるのか、おどけているのか真剣なのかよく判らない表情だった。 「第一波はそろそろ発進だろ?」 「もしかして見送りに来てくれたのかい?」 「まあ、そんなとこだ」 甲板の上ではスタッフが忙しく走り回りながら各部のチェックを行っている。 「嬉しいね、部下を想うその気持ち」 「結構な付き合いだからな。長く一緒に戦ってきた奴らに死んでもらいたくは無い」 「そうだね。一緒に本国の土を踏みたいものだ」 飛行甲板の計四基あるエレベーターのうち一基が昇降し、格納庫から引っ張り出されたゲルヒルデが姿を現す。 「さて、そろそろ準備に入らないとね。ぼくはシルヴィ少佐みたいに手際よくないし」 「そうか。ECM周りだけでも大変そうだもんな。よし、じゃあ行ってこい」 「お互い、終戦のその時に飛んでいられればいいね」 そう言ってイーグレットはパーキングスペースに運ばれた自分の愛機に乗り込んでいった。暗くて見えないが、80km離れた場所に浮かぶ二番艦メガエラの甲板上にもカイラスとアトゥレイの機体が格納庫から出される頃だろう。オレはもうしばらく見ていたかったが、第一波が発進して15分後に第二波も発進する。オレもそろそろパイロットスーツに着替えた方が良さそうだ。艦内に戻る。