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小説書き込み自由コミュの死を告げる妖精?-S.E.D.S.-(2-2)

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第弐話 閃光

「どうやら陽動は上手くいったようね」
 第一・第二遊撃部隊は交戦状態に入ったらしい。特にオルトリンデ隊が率いる第一遊撃部隊には相当の戦力が向かったらしい。サポートに同行したAWACSの報告では善戦している、という話だったが…。それでも三個小隊で何処まで持つか不安は残る。そう思っていたら、緊急入電が飛び込んできた。
「こ、こちら空中管制機ヘルメス! 中央戦線にて例の所属不明機と思われる機体と遭遇! 現在第一遊撃隊が迎撃にあたっているが既に五機が撃墜された。至急増援を送れ!」
 例の所属不明機、というのはこの間アルティオ基地を攻撃したアレか。ヴァルキューレ隊を半数近く撃墜するなんてどんな化け物!?
 苦戦している第一遊撃隊…幸いこの主力部隊には戦闘機も多く含まれていて、今から真っ直ぐ南下すれば中央戦線空域にたどり着けるポジションにいる。
「グリムゲルテ1よりアトロポス、第一遊撃隊への援護機を」
「…そうね、とはいえ基地攻撃もある。レギオン隊、頼める?」
「了解! …ん、なんだこの反応は?」
 レギオン隊のマステマとアエリアが編隊を離れるのとほぼ同時に、レーダーに見慣れぬ反応が現れた。ブリュンヒルデ1が搭載している高性能レーダーで捕捉したものを皆に知らせているらしい。
< Radar Contact. Target 9 o’clock. Distance 150km. > レーダーコンタクト。目標9時方向。距離150km。
 150キロも離れててレーダーに引っ掛かる機体なんてあるのだろうか? 何かの間違いだろうと思っていると、その反応は見る見るうちに接近してくる。
< Target is approaching. Distance 140km. Estimate speed, Mach 6. > 目標接近中。距離140km。推定速度、マッハ6。
「はぁ!?」
 思わず声が出た。たった五秒で10km移動したって…マッハ6で飛ぶ機体? そんな物が存在するの?
「…接触まで約一分、か。レギオン隊はそのまま第一遊撃隊の援護へ向かって。私たちはこの反応を確かめる」
「りょ、了解しました。レギオン隊各機、行くぞ」
 レーダー上では、不明機の接近で微妙な位置で南下を中止していたレギオン隊が再び南へと進路を取る。だがそれよりも視線を奪って放さないのは不明機の恐ろしいまでの速度。これにはホントに人間が乗っているのだろうか? 無人の偵察機…いや、高度はほぼこちらと同じ。地上目標の撮影を任務とするような純粋な偵察機であるならこんな高度は飛ばない。地上の動きが早すぎて撮影なんてしても映像の解析に時間がかかる。現にオルトリンデ1が戦闘中に撮影した敵機の映像なんて、ファル中佐が独自に組んだシステムによる画像修正無しで現像したらただの影になる。
「アトロポスより護衛戦闘機隊各機、戦闘態勢! 来るよ!」
 レーダーに目を落とせば、もう反応は巡航レーダーでも確認できるほど近くに迫っていた。そして…。
「えっ!?」
 左方向から日差しを受けて輝く白い機影が見えたと思ったら、轟音と凄まじい衝撃波と共に瞬く間に右方向へと過ぎ去っていった。
 なんというか…。面を食らって誰も口を開かない。今目の前を駆け抜けた白い機体…それさえ何か幻だったのではないかと思ってしまうくらい現実味を感じられないほどの衝撃だった。
「…あ、あはは。あっという間ってのはまさにこのことだわね」
 アトロポスが狐につままれたような声でそう呟いた。
「な、なんだったのアレ? 戦闘機? ラケシスに追加ブースターつけてもあんな速度出せないよ?」
「雪のように真っ白で…とてもキレイな機体、ではありましたけれど……」
 ラケシスもクロートーも、この衝撃に唖然としているようだ。私も信じられない。
「ま、まぁいいわ。私たちは私たちの仕事をしましょう。コースそのまま。どうせあんなの追いつけっこないし、第一遊撃隊が頑張ってくれてるうちに基地を潰すよ。全機、我に続け!」
「りょ、了解」
 私たちは気を取り直して、加速するアトロポスに続いて攻撃目標である敵基地を目指す。ブリュンヒルデ1も追うのは不可能と判断したのか、三女神にぴったりくっついていた。レギオン隊の増援も、無駄になったかもな。

 回避に専念し続けて三分は経った。充分映像も撮ったし、そろそろ攻撃に転じてみようか…。
「こちらシュヴァルトライテ1、無人機一機潰したぜ!」
「ジークルーネ2よりジークルーネ3、そっちいったぞ!」
「任せとけ! ロックオン、フォックス2!」
 誰かが撃って避けたところを援護機が確実に仕留める、ヴァルキューレ隊の真髄はその連携攻撃にある。数で勝るならば包囲攻撃が出来る。いくら回避機動が読みづらくとも、二機三機での波状攻撃はそうそう避けられるものではない。さっきも一機撃墜していたし、残る無人機は一機。
「ふん、思ったよりもやるようだな。貴様も避けて逃げ回るのは得意らしい」
「…そうですね、逃げるのも飽きました」
 私は左右へ急旋回をかけてなんとか振り切ろうと試みるが、後ろに喰いついて離れない。ゼルエル改より旋回性能においても優位に立っている、か。
「ほれ、逃げるのは飽きたのではなかっ…!?」
 喋ってる時って大体思考がそっちに幾分割かれるので反応が遅れがちになる。私はそこで一気に機首を起こし、特殊機動「コブラ」でケイフュージュにこちらの機体を追い抜かせる。
「さて、ここからです」
「くっ、油断したか。だが!」
 ケイフュージュは持ち前の爆発的な加速を見せ付けるが、そんなことをすればどうしたって旋回半径は大きくなるし、距離は離されてもその旋回についていけないゼルエル改ではない。それに…私を誰だと思っているのか。敵とリンクして情報を抜き取るだけがこの機体の能力じゃない。
「オルトリンデ1より全機、ちょっとコントロールとミサイル借ります」
「え、ちょ、うわ!?」
 私はケイフュージュが距離をとった隙に残存のヴァルキューレ隊全六機とシステムリンクを構築し、そのコントロールを掌握する。そして残っていた無人機を追っていた機首をコブラやクルビットなどを使ってケイフュージュに向けさせ、すぐさまミサイルを放つ。
「はい、返します」
 ミサイルはそれぞれの発射点から一直線にケイフュージュへ向かっていく。
「これは…? ほう、ロックせずに発射したミサイルか」
 ミサイルはロックしないと射出したところから重力に引かれ緩やかに降下しつつ飛ぶ。つまりロケットと変わらない。そこでミサイルはケイフュージュの速度を計算した上で正面に二発と左右45度までの間に二発ずつ通過するように放った。
「面白い戦法だが、この程度で我を捕らえることはできぬ!」
 一応それなりに考えて撃ったはずだったが、六発のミサイルをその巨体でいとも簡単そうにひらりと避けてみせる。だがまぁ、これは想定通り。
「さすがに六発じゃ無理でしたが、七発ではどうでしょう?」
「何?」
 六発のミサイルが進行方向上に放射状に放たれたあの状況下で考えられる回避ルートは数多あるにはあるが、初期動作で大体予測が出来る。あとはエンジンのリミッターを解除して全速力でそのポイントへ向かえば背中をとることが可能。私の読みは的中した。
「オルトリンデ1、フォックス…なっ!?」
 確かにHUDに収まっていたはずの漆黒の巨体が、突然目の前から消えた。
「何処に…!」
「シュヴァルトライテ1よりオルトリンデ1、下だ! ヤツは下に逃げた。後ろを取られるぞ、回避しろ!」
 アトゥレイ大尉からの声にとっさに操縦桿をきるが、時既に遅かったようだ。ロックオンアラートが鳴り響く。首を目一杯回して後方を確認すると、尾翼の向こうにさっきまで機首の前にいたはずの巨体がいた。
「今のは一瞬ひやりとしたぞ。生身の人間にしてはかなりやる。よくぞそこまで練り上げたものだと感心するが、貴様は危険だ。ここで排除させてもらう」
 何が起こったのかわからない。どうやってあの状況で下へ逃げられた? 映像を確認している余裕は無い。
「空の塵となれ、ヴァルキューレ!」
 ケイフュージュのウェポンベイからミサイルが放たれ、後方に迫る。この距離ではチャフもフレアも間に合わない。やられた。
「脱出しろ、ファル!」
「…片翼ではここまででしょうか、フィリルさん」
 8年前、あの人を愛した時から決めていた。最期はこの名を口にしてから死のう、と。あの人を死に追いやった軍を全滅にできなかったのは心残りでも、これであの人の許へ逝けるのならそれでもいい。
 無意味な回避機動などせず、脱出レバーに手を伸ばすことも無く、眼を閉じると機体に衝撃が走った。だが、意識まで吹き飛ばされることは無かった。真後ろからミサイルの直撃を受けたなら着弾と同時にバラバラにされてもおかしくないはず。目を開けると、やはり見慣れたコクピットと青い空。機体ダメージは左舷のエンジンと尾翼に軽い損傷…。
「な、なんだ今の光は…?」
 アトゥレイ大尉の呆然とした声。光? 一体何が起こったのか解らず首をかしげると、ケイフュージュの声が聞こえた。
「く、邪魔が入ったか。だがようやく逢えたな、我が宿敵!」
 キャノピーの中にケイフュージュのものとは別に空気を切り裂く音が聞こえてきた。ふとレーダーに視線を落とすと、それまでいなかった機影があった。その方向へ視線を投げると、ケイフュージュとほぼ同じくらいの巨体で真っ白な翼を持つ機体がそこにいた。
「フォーリアンロザリオの兵士諸君。我が名はグロキリア。我に集いて、我に従え」
 陽光を浴びて煌く純白の装甲で覆われ、ところどころに赤いラインがペイントされたその機体は、確かにそう名乗った。ケイフュージュと同様に主翼を挟んで上下に四基取り付けられたエンジンとX型に配置された二対の尾翼、可変翼の前方にはカナード翼が取り付けられ3サーフェイスと呼ばれる翼配置だ。ただケイフュージュと明らかに違うのは、機体背面に垂直カナード翼を設けているところか。それと…その機体にはキャノピーが存在していなかった。代わりにあったのは、神々しいまでに美しい姿とは対照的に禍々しいまでに大きく見開かれた巨大な眼…。もちろん、あんなのはペイントに決まっているが…そこだけ妙に異彩を放っていた。
「グロキリア、貴様はあくまでもフォーリアンロザリオに固執するか」
「この地を護ること、それが我が使命」
 グロキリアも変声機を使っているのか、奇妙な声だった。ケイフュージュの方はもはや私になど眼中に無いと言わんばかりに、現れた純白の機体に突進していく。

「な、なんなんだ? このバカみたいな光景は…」
 本当に質の悪いSF…いや、映画と言うよりもむしろアニメやゲームの世界だった。本当に戦闘機同士の戦いなのかと思うほどに、眼前で起きていることが信じられない。
「貴様がこの地を護るのはよかろう。だがそこに生きる人間がクズ揃いだと何故わからん!」
「クズだと? それを判断している貴様自身がクズでないと何故言える? 善悪など簡単に判断できるものではない、それが解らぬ貴様でも無かろうに!」
 白と黒の馬鹿でかい戦闘機同士の格闘戦。しかも航空機にはありえない機動を連発しやがる。物理的に考えて旋回とは大きかれ小さかれループを描くものだ。だがこいつらはそれをしない。ゼルエル改やハッツティオールシューネ改なんかじゃ不可能な急減速・急加速やコブラ・フック・クルビットの特殊機動なんて当たり前、どうやら機体の各所にロケットスラスターがあるらしく、それを使って瞬時に機体の向きを変えたり出来るらしい。さっきもオルトリンデ1が後ろを取った時もやってたな。コブラで機首を上に向けた途端、ロケット噴射で後退して一気にオルトリンデ1の真下に潜り込みやがった。
「…あ、あんなのデータ云々じゃねぇだろ。勝ち目なんてあんのかよ?」
 姿形こそ戦闘機だが、ありゃUFOだ。白いヤツなんてさっきレーザーみたいの撃ってたぞ?
「シュヴァルトライテ1よりオルトリンデ1、こりゃもう俺らでどうにかできる問題じゃ無さそうだぜ? 作戦目的は達成されただろ。帰ろうぜ?」
 最後の無人機もジークルーネ隊が片付けたみたいだ。となれば残るはあの白黒だけだけど…あんなのにケンカ売ったら命がいくつあっても足りねぇ。特に白い方はなんていうか、黒い方よりロケットスラスターによる無理矢理な軌道修正が少なく、無駄な動きが少ない。パイロットの性能は白い方が上なのかな。…まぁ、パイロットなんつーもんがあれに乗ってれば、の話だが。とにかくあんなのと戦うなんて無理だ。そう思って進言した撤退だが、オルトリンデ1は現実離れした空中戦を繰り広げる二機から離れようとしない。
「…オルトリンデ1? ファル、どうした?」
「あの機動、まさか…そんな……。右旋回…その後下に逃げる素振りを見せて左方向へ上昇して…」
 何をぶつぶつ言ってるのかよく聞き取れないが、グロキリアの機動を読んでるのか? 確かにその通りに動いてるけど…。
「…やっぱり、そうだ」
 ファルがそううわ言のように呟いた直後、オルトリンデ1が白黒の二機に向かってフルスロットルで飛んでく。
「な!? おい、バカ戻れ! あんなの俺らじゃどうにも出来ない!」
 俺の制止も聞かず、オルトリンデ1は白い機体を追いかける黒い方に攻撃を仕掛けようと複雑すぎて絡まってるようにすら見える飛行機雲の間をすり抜けていく。さすがに機動を読むのが得意なファル、ありえない機動を繰り返す二機の背後に滑り込み、ミサイルを放つ。
「む? おやおや、可愛いお邪魔虫が来たものだ」
 もはや手の内を隠す必要も無い、とチャフとフレアを放出しながらロケットスラスターで無茶苦茶な機動修正をし、ミサイルが避けられる。しかもそれだけでなく、オルトリンデ1の後方に移動して立場逆転。
「言わんこっちゃない。オルトリンデ1、ブレイクしろ!」
「貴様も我が計画の支障になる危険がある。ここで死ぬがいい!」
「…私は死なない」
 こんな時に何をわけわからんこと言ってるんだ!? 俺はオルトリンデ1のカバーに回ろうと試みるが…ち、間に合わないか。
「貴様の相手は我だろうが、ケイフュージュ!」
「無論だ。だが降りかかる火の粉は払わねばな。貴様の護りたかった民が死ぬのをその眼に焼き付けろ!」
 ケイフュージュからミサイルが放たれ、オルトリンデ1に向かい一直線に飛んでいく。
「させるものか!」
 グロキリアの機首の下部が、ちょうど口を開けたような形に変形して…そこからあの光が発射された。その閃光はオルトリンデ1に迫るミサイルを再び射抜き、爆発させる。
「くっ…ミストルティンか!」
「貴様との戯言は終わりだケイフュージュ! 我はこの地を、この国を護る!」
 グロキリアが通常のミサイルにしては妙に太いミサイルを放つ。それがケイフュージュに向かってある程度飛行した後、突然外装に亀裂が走り、中から無数のマイクロミサイルが射出された。あんなコスト高なミサイル、確か企画だけは上がっていたような話を聞いたことはあるが、実在していたのか。
「ちぃ!」
 さすがにミサイルの散弾による面攻撃は単発の威力は落ちるもののケイフュージュにも効果的らしく、何発か避けきれずに右尾翼と左カナード翼が吹き飛んだ。主翼にもダメージがあるらしく、煙が出ている。
「くそ、今回はここまでか。だがグロキリア、貴様が護ろうとする国民とて彼女の話を聞いても尚フォーリアンロザリオを愛するかな!?」
「その問答に意味は無い。我は我のまま、この地を守護するだけのこと。この地に留まる者達のためにこそ、我は在り続ける」
「くくく、くはははははっ! いいだろう、ならばこの国と共に腐敗するがいい!」
 そう言い残し、ケイフュージュは反転して東へ機首を向けると化け物級の加速力をもって彼方へと飛び去っていった。

コメント(7)

(続き・1)

 レーダーに敵性反応は無い。ケイフュージュはステルス性を有しているため50kmほど離れたところで見失った。やはりあの時に遭遇した機体は、このグロキリアだったということだ。
「…こちらフォーリアンロザリオ海軍第144特別飛行隊所属、オルトリンデ1、ファル・E・マグナード中佐です。グロキリアと自称する所属不明機に告ぐ。所属とパイロット名を答えてください」
 私は愛機をグロキリアの左に運び、キャノピーから巨大な単眼が真横やや下方に見える位置にポジショニングする。こうして近くから見ると、本当に美しい機体だった。神話に登場する光の龍の名を名乗っているのは伊達じゃない。その性能とゼルエル改の二倍〜三倍はあろうかと言う巨体はまさに天空の覇者。
「我に所属など無い。だが諸君らの敵でもない。この国を護るのが我が務め」
「…いい加減そのマシンヴォイス切ってくれませんか? 外側からは見えなくても、パイロットは乗っていますよね」
 私の指摘に一瞬間を空けてから「何故そう思う?」と訊いてきた。その問い方はパイロットが乗っていることを肯定しているのと同じようなものだ。
「あなたの飛び方、私はとてもよく知っている…。さっきの行動だって…あのプラウディア攻防戦でラグドメゼギスに追われていたところをカバーに入ってくれたあの人と同じ機動でした。ただ、あの時と違ってケイフュージュはミサイルを発射してきましたが、それもあなたは撃ち落としてくれた」
 再びのしばしの間。待ちきれず私は言葉を続けた。
「あなたは何者…いえ、誰ですか? 名前を明かせないのは、機械を通さねば通信すら出来ないのは…あなたが既に死んだとされて…」
 そこまで言った瞬間、グロキリアが突如四つのノズルすべてからアフターバーナーの炎を勢いよく噴き出して加速し始めた。
「くっ、待ってください!」
 すぐさまエンジンのリミッターと生命維持装置をカットし、最大出力でグロキリアを追う。だがそれでも追いつけない。じりじりと離されていく。体がシートに押し付けられ、肺が潰れそう。呼吸が上手くできず、意識がどこか垂直尾翼のもっと向こうまで置いていかれそうな感覚になる。それでも…。
「待っ…て、くださ…」
 それでもスロットルレバーを戻す気にはならない。もはや私の疑惑は確信に変わっていた。あれは、あの機動は…あの機体のパイロットは!
「我は往かねばならぬ。君と話している時間など無い」
 違う。その声じゃない。そんな作られた声じゃない。あなたの声はこんな歪なものなんかじゃない。グロキリアはどんどんスピードを上げていき、もはや視認は出来ない距離にまで離されてしまった。
「この私が…見間違える、とでも? あなたの飛び方…の、クセも…全部知って…わた、しが?」
 どんどん意識が遠のく。だけど諦められない。私はレーダーに映るグロキリアの反応に手を伸ばす。
「お願い、です。…答えてください。声を聞かせて…フィリルさん!!!」
 声の限りに叫んだ。けれど、私の望む声は聞こえてこない。変わりに聞こえてきたのは、愛機の悲鳴だった。
「きゃっ!?」
 ケイフュージュのミサイル…グロキリアのおかげで直撃はしなかったもののその破片で損傷していた左舷エンジンがこの限界飛行に耐え切れず、激しい衝撃と共に爆発してしまった。左舷エンジンブロックは木っ端微塵となって垂直尾翼も水平尾翼も一緒にバラバラになってしまった。
 右舷エンジンを一度アイドリング状態にする。そうでもしなければ、二基同時に使い物にならなくなるような事態を避けるために二つのエンジンが離れて配置されているゼルエル改の機体特性上、推力の偏りが生まれてきりもみ状態になりかねないからだ。ただしだからこそ、処置さえ誤らなければもう片方のエンジンだけで飛行が出来るように設計されている。
「くぅ、こっち!」
 操縦桿を前後左右に動かし、バランスを失いかけて落下しつつあった機体を立て直す。右舷エンジンを再起動して上昇。墜落は免れたが、グロキリアはもう追えない。
「…フィリルさん」
 あれは絶対フィリルさんだった。見間違えるわけが無い。あの人の機動なら全部把握してる。どんな状況で、敵との位置関係がどういった場合にどう対処するかも解ってる。自分の持つ知識と経験と勘があれはあの人だと告げている。
 もうレーダーにもその機影は無い。ひとつ溜息を吐くとふらつく機体を操って基地への帰投コースを飛んだ。
(続き・2)

 第一遊撃隊が約半数を失ってきたことも基地関係者には衝撃だったが、何時だって無敵を誇り、毎回出撃してもほぼ無傷で帰還していたオルトリンデ1が片方のエンジンを大破させた姿で帰ってきたことにはヴァルキューレ隊だけでなく三女神も整備班も本気で驚いていた。
「何があったの!? あなたにしては珍しいわね。例の不明機、相当手強かった?」
 コクピットから疲れ切った顔で降りてきたファルに、アトロポスが声をかける。
「ええ、あれを捕まえるのは骨が折れそうです」
「あたしたちも一瞬すれ違ったけど、ありゃバケモンだね。マッハ6とかありえないって」
「あんなのと戦い、帰ってきたなんてさすがとしか言えませんわね」
 三女神が三人ともファルに笑顔を見せる。8年前には想像もつかなかった光景だ。
「とにかく二機の不明機に関するデータは採取してきました。帰還報告をした後、データをまとめ終えたら改めてメファリア司令に報告しに行きます。その時はレイシャス特別准将も同行してください」
「了解、楽しみにしてるわ」
「それと…イーグレット少佐、ちょっと話があります。あとで部屋に来てください」
 二機の不明機、その両方とオルトリンデ1が遭遇した…そう聞いた時から覚悟はしていた。
「ああ、わかった」
 この作戦が終わったらメファリア司令に言われた調査に行こうと思っていたのだけど、先にこっちを解決しておかないと面倒そうだ。

 30分後、ファルの部屋に出向くと予想通りグロキリアについての質問だった。
「今回交戦した不明機、二機はそれぞれグロキリア、ケイフュージュと名乗っていました。私が8年前に国の中枢コンピュータにハッキングかけて見つけた設計図…あれのままではありませんでしたが、基本設計は変わらず、それは私の眼前に現れた。それにグロキリア…あれは間違いなくフィリルさんの機動でした」
 機動でパイロットを判別したというのか。まぁ比翼の鳥とまで言われた二人だ。まったく同時に同じループを描く旋回とか出来てたし、彼女ならありえない話ではない、かな。
「…そうだね、君が戻ってくる前に三女神やメルルから聞いた話でも、純白でマッハ6クラスで飛ぶ極音速戦闘機だったということだったし、君の見たそれはグロキリアで間違いないだろう」
「あなたは何を知ってるんですか? もはや答えられない、なんて言わせませんよ」
 ファルの金色の双眸がぼくを真っ直ぐに見つめる。どうやらもう誤魔化すのも限界かな。観念の意味で溜息を吐いた時、ファルの机に備え付けられた電話が鳴った。
「こんな時に…。はい?」
「マグナード中佐? 今すぐ司令室へ来て。面白いものが見れるわよ。あ、それから今そこにイーグレット少佐はいる?」
「はい、いますよ?」
「じゃあ彼も一緒に連れてきて。イクスリオテ軍のリーダーがカメラの前に立つそうよ」
 敵のリーダーがカメラの前に? ほう、今更この紛争の正当性でも訴えるつもりだろうか。ファルは了解、と電話を切る。
「…大体聞こえていましたね? そういうことなので司令室に向かいます。話はその後改めて…」
「解ってる。今更誤魔化すつもりも無いよ」
 誤魔化したところで、頭のいい彼女のことだ。すぐに真相にたどり着くに違いない。ならばこちらから話した方が彼女の信頼を失わずに済む。ぼくたちは揃って部屋を出て司令室へ向かった。
(続き・3)

 私とイーグレット少佐が司令室に出向くと、壁一面に設置された大型スクリーンにイクスリオテの国旗とネオ・クルーセイダーズのエンブレムであろう紋章が描かれた旗がでかでかと掲げられた部屋の映像が映し出されていた。
「あ、来たわね。もうすぐ始まるみたい」
 しばらくすると喪服にしか見えない真っ黒いドレスに真っ黒のマリアヴェールを目深に被った女性がカメラの前に現れた。そしてカメラに向き直ると静かにその口を開いた。
「こんにちは、フォーリアンロザリオの皆さん。私がネオ・クルーセイダーズを率いる者です。今日、私はあなた方に問いたいことがあって、このような場を設けさせていただきました」
 イクスリオテ軍のリーダーは女性だったのか。第二次天地戦争の勝利に酔った好戦派軍閥の寄せ集めだと聞かされていたので、少し意外だった。
「教えてください。あなた方が敬愛する女王陛下は、本当に信頼するに足る人物ですか? あなた方の敬愛に、真心に釣り合う存在ですか? 私は…許せない。私をこんな体にした女王陛下が許せません」
 こんな体? 見たところ五体満足のようだけど…。私が頭の中にクエスチョンマークを浮かべていると、彼女は言葉を続けた。
「冒頭に私はあなた方に問うためにこの場を設けた、と言いました…。申し訳ありません、私は問うのではなく伝えたい。真実を…フォーリアンロザリオの暗部を皆さんにも知ってほしい。そのために私は、元グリフィロスナイツ『猟騎兵』第十三席、エルダ・グレイは皆さんの前に立ったのです」
 そう言いながらカメラの前に立つ彼女はそれまで被っていたマリアヴェールを取り去り、素顔を見せる。色素の抜け落ちた真っ白で長い髪、自然のものとは思えぬピンク色の瞳、病的な印象さえ受ける白い肌。なんと言うか…確かにどこか気持ち悪さを感じる。作られた感じがするのだ。
「…エルダ」
 イーグレットがぽそりとスクリーンの向こうの女性の名前を呼んだ声が耳に入り、反射的にイーグレット少佐の方を向く。
「彼女を知ってるんですか?」
「…ぼくと同期だった子だよ。彼女がグリフィロスナイツを脱走するまではよく話したりしていた」
 イーグレット少佐と同期…それがグリフィロスナイツに任命された時期か軍に入った時期かは不明だが、イーグレット少佐とエルダ・グレイと名乗る彼女は親しい仲だったらしい。
「皆さんはグリフィロスナイツについて、どのように理解しているでしょうか…。女王直轄の特殊部隊? 軍人でありながら軍隊の指揮系統に当てはまらない特権階級? 違います」
 グリフィロスナイツについて? 私は自分が無関係でない話題に、彼女の口から発せられる次の言葉を待った。フィリルさんとティクスさんの死…だけど、少なくともフィリルさんは生きていた。あのグロキリアに乗っていたのだ。その謎に、少しでも迫れるかもしれない。
「その実態は、フォーリアンロザリオの暗部そのもの。医療技術の発達や軍事技術の発展のために、またある時には人種改良のような人道倫理に反した人体実験のためのモルモットの集まりなのです。実例を挙げれば、私の親しかった友人は人体の自己回復能力を高めるナノマシン開発の被験者となり、その結果から今日フォーリアンロザリオが世界最高を誇る医療技術は生み出されたのです。そして他にも政治的に大きな意味を担う“能力者”。それを人為的に生み出すことが出来るか、という実験もありました。…その被験者こそが、私なのです」
 彼女の話は突拍子も無い話だった。普通の人がこれをいきなり聞かされても俄かに信じられはしないだろう。だけど私は…その可能性を否定できなかった。もしかしてこれが…「人間でいることを諦めさせる」ということ?
「そして皆さんの中には、8年前の第二次天地戦争で親族を亡くされた方も多いでしょう。その保障は納得のいくものでしたか? 戦後の経済低迷期には誰もが苦しみ、誰もが資産の運用には神経をすり減らしたはずです。でも、知っていますか? そんな中でも行政府の中で例年通りに生まれたものが年間国家予算の二割強にも及ぶ使途不明金なのです。それほどの巨費が何に投じられたか、皆さんはご存じないはずです」
 確かに戦後間もなくは特に厳しかった。娘のメウイナルをエリィさんに預けた理由のひとつには、これがある。
(続き・4)

「どの政治家や軍関係者を問い詰めても知らないの一点張り。当然です。彼らは何も関与してないのですから。女王が自ら裏で進めていた計画がありました。グリフィロスナイツも元々はこのために用意されたもの…。その計画の名は、グロキリア計画。その要となるものは、グロキリアとケイフュージュという神話の龍の名を冠する巨大な戦闘機。戦場で戦う兵士の方には、既にご覧になった方もいらっしゃるのでは?」
 …つまり、このエルダという人はこう言うわけか。あの二機はフォーリアンロザリオが開発したものだ、と。それも女王が国民も政治家もみんな騙くらかして、極秘裏に開発したのだと。
「許せますか? 国民が愛する家族を、恋人を、友人を、住む場所さえ失くし苦しむ中でこんな計画のために国の金は使われていたのですよ? そしてこの計画は私の知る限りでも第二次天地戦争勃発よりも以前から、20年以上前には既に進められていたのです。ちょうどこの頃から、フォーリアンロザリオの医療技術は世界最高峰に上り詰めていることからも、またこの時期に各地で相次いでいた謎の失踪事件からもこのことが伺えるでしょう」
 彼女の話は憶測が混じり、はいそうですかと受け入れられるものではない。だが確かにそうした事件があったのは事実だ。そうした事件を無理矢理つなげて考えているだけ、とも取れるけれど…。
「フォーリアンロザリオの皆さん、私の話をすべて信用してくれとは言いません。でも私のこの感情に嘘はありません。私は憎い…。私にあの地獄を味わわせた女王が、私の家族と人生を奪ったフォーリアンロザリオとルシフェランザが! 世界に大国なんて要らない。世界は多様であるからこそ世界なんです。それを解ろうとせず、国と言う組織を発展させるがために誰かの悲痛な叫びに耳を塞ぐような国なんて、この私が潰します。すべての人に優しい世界。その創造のため、私たちは戦います。破壊の化身、ケイフュージュは私たちの手にある。一度すべてを壊してリセットし、そこからすべてを始めましょう。志を同じくする人に、私たちはいつでも扉を開けて待っています。では、私の話は以上です。ありがとうございました」
 そう言って彼女が頭を下げると、カメラの中継は切られた。それとほぼ同時に、メファリア司令がその画面を閉じる。
「…グリフィロスナイツ、か。どうにも私にゃ判断できないとこ突かれたわね」
 メファリア司令の視線はイーグレット少佐に向いている。そのイーグレット少佐は、しばらくはスクリーンを見つめたままだったが、眼を閉じて深く息を吐くと「このことは、内密にしてもらいたい」と呟くように言った。
「彼女一人が言っているだけなら国家反逆者の狂言で処理できる。今は騒がれても、民衆が騒いでもすぐに確証もない空論だと忘れ去られるだろう。だけど…」
「彼女の言っている内容こそ、真実…ということね?」
 メファリア司令の言葉に、イーグレット少佐は首を縦に振った。
「…ま、ここんとこのフォーリアンロザリオの技術革新は異常だったものね。だけどまさか裏でそんなことやってたとは思わなかったけど、それも首謀者が女王陛下とはね」
「ちょっと待ってください。だったらフィリルさんは…ティクスさんも!」
 グリフィロスナイツが女王による人体実験の被験者の集まりなら、近衛騎兵と特殊騎兵として任命された二人だって…。
「それについては場所を変えようか。誰の眼にも触れず、誰の耳にも届かない場所で…」
「もちろん私にも聞かせてくれるわよね? 守護騎兵様?」
「構わないが、闇討ちされても文句言わないでくれよ?」
 メファリア司令と私が頷くと、イーグレットはついてくるように言って部屋を出て行く。
(続き・5)

 こんなことがバレればぼくは国家反逆罪で殺されるな。ま、ぼくを殺すにはそれ相応の準備が必要だけど…。ぼくらはメファリア司令の所有する自家用車で基地の外へ出る。
「この車なら、あらゆるトコいじくってるから盗聴の心配もないわ」
「いじくってるって…メファリア司令?」
「あはは〜、エンジンからボンネット、ランプにウィンドウとありとあらゆるパーツを…ほら、ケルツァークで整備班指揮ってたゼニアスって憶えてる? あいつといじくり倒して作った一点ものよ!」
 そう満面の笑みで親指をビシッと立てる司令。車検、どうやって通ってるんだろう…。いや、この人の人脈だ。どうにでも出来るに違いない。
「さて、話してもらおうかしら? この国の裏側ってのを」
「そうだね、彼女が…エルダが話していたことはまず真実だと思ってくれていい。実際ぼくもモルモットだしね」
 もはや隠すつもりも無い。洗いざらい喋ってしまえ…。
「モルモットって…人体実験?」
「ああ、ぼくは…さっきエルダが言ってたやつだよ。医療用ナノマシン開発のための実験に参加させられていた。その時に試験運用された雛形のおかげで、最近は性能のいい義肢とか作れるようになったし、かつては不治の病もしくは治療が不可能とされていた怪我なんかも治療できるようになった」
 おかげでぼくは丈夫過ぎる体になったけどね、と心の中で自嘲する。
「そんなことはどうでもいいんです。フィリルさんは…やはりあの機体に!?」
「確証も確信も無いけど、他でもない君がグロキリアに彼の影を見たというなら…充分考えられるね」
「ちょ、ちょっと待って。いきなり二人で話進めないで。何のこと?」
 あ、そっか。司令はまだグロキリアのことをあまり知らないんだったな。
「今日の戦闘で、第一遊撃隊が交戦した二機の不明機のうちの一機。オルトリンデ1を二度に渡り護った純白の巨大極音速戦闘機、グロキリア。その眼でその機動を見たファルが言うには、そこに戦死とされているフィリル中将と同じものを感じたそうなんだ」
「あれは間違いなくフィリルさんの機動でした。ずっと一緒に空を飛んできた私が見間違えるはずがありません」
 司令の顔から察するに、半信半疑…といったところか。まぁそうだよな。
「確かに第二次天地戦争当時、彼の名前はグロキリアのパイロット候補としてあがっていた。彼とティユルィックス准将の死を偽装し、二人ともグロキリアを操縦するための処置を施した…という可能性はありえる」
「じゃあ、フィリルさんが生きている可能性はあるということですね? よかった…」
 久し振りにファルの安らいだ顔を見た気がする。胸元からお守りのように四六時中肌身離さず身に付けているドッグタグを取り出し、愛おしそうに見つめている。
「しかし解らないわね。あの女王陛下がそんなことやってたなんて…」
「…弁護するわけじゃないが、彼女も必死なんだよ。女王として、フォーリアンロザリオを、この広大な王国をよりよい国にしなければ…統治者としての義務感が暴走してこんな形になっている。行動こそ間違っているが、根幹にある思いに間違いは無い」
 だからこそ、ぼくはこの地位にいる。ぼくの体で試験された薬や医療用ナノマシンが医療の現場で誰かの命を救うのだ。それなら…ぼくの苦痛は無駄じゃない。それがぼくの務めならば、果たすべきだと思う。
「じゃあ今回のは何のため? 国家予算を食い潰して極秘開発したグロキリアとケイフュージュ…そんな兵器を作って何をしようと?」
「今回のプランが、実施されるなんて話はぼくには知らされていなかった。第二次天地戦争終結にグロキリアが間に合わなかった時点で計画は廃案になったはずだった」
 そうだ。あの終戦祝賀パーティの後、女王陛下に謁見した時確かに彼女は言った。このプランは白紙に戻す、と。それなのに何故…。
(続き・6)

「ちなみに、あなたに聞かされた時点ではどんな計画だったの?」
「…グロキリア計画フェイズ8。グロキリアの実戦投入による神話の再現。それによってフォーリアンロザリオ国民に、この国は神龍の加護を受けた国と言う認識を植え付け、その国に生きる自分達に誇りと思想的結束力が生まれることを期待したグロキリア計画の始動当初からの悲願を叶えるための試作案」
 淡々と答えながら、ふと窓の外を流れる景色に眼を向ける。街中を延々走り続けている。もう日も傾きかけた時間帯だからか、夕飯の準備に忙しそうな人たちが多く見られる。普通に暮らす一般市民には馬鹿げた夢物語に聞こえるだろうな。でも…この計画もこの国のためを思い練られた計画だった。戦いはやがて終わるが、本当に怖いのは平和の中にこそあるものだ。平和は遅効性の甘い毒…人々は平穏の中で共通の敵を見失い、身内の中で争い始める。やがて人々は身の周りの人間さえも信じられず、国民性は低下して国家としての結束は崩壊する。そんな事態を避けるために国家宗教とも呼べる確固たる思想的枠組みを築き上げるための計画だった。
「だけど今の状況は、ぼくの聞かされていたプランとは大きくかけ離れている。ケイフュージュまで用意してるなんて寝耳に水だったし…女王陛下は一体何をお考えなのか」
「グリフィロスナイツのナンバー2、守護騎兵様が…随分と信用されて無いみたいね」
 司令はいたずらっぽい笑みを浮かべる。まぁぼくはこのフェイズ8に限らずグロキリア計画そのものに何度も異議を唱えてきたしな、この件に関してぼくに知らせが来なかったとしても不思議じゃない。
「なんにせよ、今回の事態は女王陛下に指示を仰ぎたい。近日中に謁見を申し込む」
「トリプルエースの中も混乱しそうねぇ。フォーリアンロザリオの信用が揺らげばルシフェランザの部隊だって本国へ帰ってしまうかも…」
「それは無いよ」
 …しまった。即答してしまった。案の定、司令は「いやにはっきり言うわね、確証でもあるの?」と突っ込んでくる。
「いや、確かにフォーリアンロザリオ国内の情勢がしばらくぐらつくかも知れないけど、ルシフェランザにとってイクスリオテを助けるような真似をしたところで得るものはないし、エルダはルシフェランザも敵だって明言してたしね」
「ああ、そうだったわね」
 よかった、納得してくれたみたいだ。いくらグロキリア計画について暴露すると決心したとはいえ気を緩ませすぎだ。いけない、いけない。…そういえば、上手くやってくれてるかな、彼女。ふと窓の向こうに広がる空を見上げ、ぼくの申し出に頼もしい返事をくれた協力者に思いを馳せた。

 蛍光灯の温もりに欠ける明かりに満たされた、窓一つ無い廊下を歩きながら入手した資料に眼を通す。
「フェイズ3、自然治癒能力向上ナノマシン開発計画…。フェイズ4、能力者開発計画…なんてことを」
 この施設にはこの国の醜い部分が集約されている。潜り込んでからと言うもの、驚かされる事実がごろごろと見つかって…今となってはもはや驚きよりも呆れの方が大きいような気もする。
「…これが国を豊かにするということなの? こんなことが」
「あ、フィオナ博士」
 不意に声をかけられ、びっくりして振り返るとここの研究員の一人がこちらへ向かって歩いてきていた。
「何か?」
「グロキリアが帰還した。生体コンピュータのメンテナンスは君の仕事だったろう。いつもの部屋にいる。今回は敵味方双方にグロキリアとケイフュージュの存在を見せ付けることが目的だった。何かバグが生じているかも知れん。メンテナンスは念入りにな」
 生体コンピュータにバグ? パイロットのことをそんな風に呼ぶとは、ぜんまい仕掛けはあなた方のほうだ。心の奥で燃える怒りを押し殺して口元にだけ笑みを作る。
「ええ、解ったわ」
 何にせよ、今はより多く彼らと接点を持たなくては…。そのために私はここにいるのですから。私はどれだけ歩いても変わらぬ景色に迷いそうになりながら、目的の扉の前に立った。カードリーダーに自分のIDカードを通すと扉が開き、中にはベッドに腰掛けた青年と、彼に向かい合う形で車椅子に座った女性、その二人の視線が私に向く。
「お疲れ様、二人とも」
 私が笑顔を向けると、二人とも緊張を解いた表情を見せてくれる。
「フィオナ、だったか。今日も“メンテナンス”かい?」
 グロキリアに搭乗した際にはパイロットとして操縦全般を担当する青年は微笑を浮かべながらそうからかってくる。
「ここにいる他の人たちと一緒にしないでくれる? あなたたちの愚痴を聞きに来ただけよ」
「そうだよ、フィオナさんは他と違うよ」
(続き・7)

 車椅子の女性はまるで子供のような笑顔を浮かべる。グロキリア搭乗時には火器管制など、文字通り戦闘機の頭脳となる彼女は脳改造処置の度合いが高いためか、運動能力の低下が著しかった。
「今日はフォーリアンロザリオとイクスリオテの交戦エリアに飛んでいったって聞いたけど…」
 すると私の言葉に、二人の表情が曇る。
「…何か、あったの?」
「あったと言えば…うん、あったね」
 車椅子の彼女が、顔を伏せつつ青年の顔色を窺いながら言いにくそうにボソボソッと教えてくれる。
「…今日ね、指定された作戦空域に到達した時、ケイフュージュがフォーリアンロザリオの戦闘機にミサイルを撃ってたとこだったんだけど…その戦闘機がね、私たちがここに来る前まで所属してた部隊だったの」
「え!?」
 それは…切なかったでしょうね。私は二人のやるせない思いを感じ、胸が締め付けられる。
「あ、でもミストルティンでミサイルを撃ち抜いたからその戦闘機は助かったんだけど…」
 ミストルティン…グロキリアの固定装備の一つ、レールガンの名前だ。彼女が話を続けようとすると、青年が「裏切ってしまった…」と呟くように零れた言葉が耳に入ってきた。
「オレは…あいつの叫びを聞きながら、あいつに言葉のひとつもかけてやれなかった。大切な仲間なのに、誰よりも信頼してきたオレの援護機だったヤツなのに…。オレはオレがまだ生きてこの空を飛んでいるんだと教えることさえしてやれないのか。…くそ!」
 彼は思い切り壁を殴りつけ、激しい音を部屋に響かせる。彼の無念さが…ひしひしと伝わってくる。だから、私は“私”の言葉を彼に与える。
「…きっと、そのパイロットは解ってくれていますよ」
「ん?」
 私はそっと今壁に打ちつけた彼の拳に両手を添える。
「残念ながら、私は殺戮の現場を経験したことはありません。しかし、生も死も分かち合うというのは生半可な信頼関係で無いことは解ります。そこまで深く強い、何者にも断ち切ることの出来ない絆で結ばれた関係にあるならば…きっとあなたの思いはその人にも伝わっているはずです。そして互いが互いを求め続ければ…再び話す機会も自ずと訪れるでしょう。思いの力は時として、抗いようの無いように見える運命さえも打ち破るのです」
 彼の顔の左目周辺には機械が埋め込まれている。左目の視神経の働きに反応してロックオンが出来る…というシステムらしい。つまり眼球は既に無いが、左目で敵機を“見つめる”だけで攻撃ターゲットを指示出来るということだ。異様な左目とは違い、右目はキレイな空色をしている。その瞳が私を見据える。
「力も無く思うだけでは願いは叶わない、けれど思いこそが力となることを私たちは知っているはずです。違いますか?」
「…確かに、そうかも知れないな。叶わないかも知れなくても、叶えようと試行錯誤するのは悪くないはずだ」
「うん、そうだね。きっとこれが終われば何処かで逢えるよ」
 二人ともいい顔になった。この施設内でようやく少しずつ自由に動けるようになってきて、彼らの受けた手術に関する資料を見た限り、二人の体はあまり長くはもたない可能性が高い。けれど諦めさえしなければ、チャンスは訪れるかも知れない。それまでにこの紛争が終結すればいいが、エルダ・グレイの発表したこの国の暗部に触れる情報で、軍の足並みは乱れることは簡単に予想がつく。何とかならないものか…。そう考えをめぐらせていると、私を見つめる青年が再び悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「しっかし、フィオナも上品な言葉遣いが出来るんだな。さっきの口調、まるで良家のご婦人だったぜ」
 おおっとマズイ。あまり上品な言葉遣いをしてはせっかく変装してるのに発覚する糸口を作ってしまう。
「め、滅多に使わないけどね。二人を励ましてあげようという私の優しさを忘れないで欲しいわ」
「そのくらい解ってる、感謝してるよ」
 彼の言葉に、得意げに笑ってみる。
「それならよろしい。じゃあ、また時間が出来たら来るわね」
「ん、またな」
「フィオナさん、またね〜」
 車椅子の彼女は手を振って見送ってくれる。さっきは壁を殴ったりしていたが、基本的にあまり感情を行動で表さない彼と一緒にいると、なんだか幼く見えて…ちょっと可愛い。
「さて…」
 部屋を出ると、私に与えられた部屋へ向かう。

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