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小説書き込み自由コミュの死を告げる妖精?-S.E.D.S.-(1-5・改訂版)

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第伍話 First Contact

 作戦を終えて基地へ帰る途中、私は赤く染まっていく空を見上げながら今日の戦果を振り返る。今回の戦闘でゲブラー地域からイクスリオテ国境までの制空権を確保できた。陸軍の戦車部隊が撃った敵車両から逃げ出した兵士に銃弾を浴びせ、出撃前に整備兵に頼んで搭載してもらったナパーム焼夷弾で地べたを這いずり回る歩兵と一緒に装甲車を数台焼き払ってやった…。
「ゲルヒルデ1よりオルトリンデ1、今日もたくさん殺せたようだね」
「はい。大収穫です」
 私の声は明るい。だがまだ…私の眼に映る敵という敵、それらすべてを殺した時、私の復讐は成るのだろう。イーグレット少佐はいつも私をかばってくれた。メファリア司令や上層部から何か言われると、彼は自らのグリフィロスナイトとしての特権を使って私をかばい、時には隠蔽工作を働いてくれたりもした。
「……ん?」
 突然広域レーダーの隅に輝点が表示された。IFF(敵味方識別装置)はUNKNOWN…。これだけ離れると、大型機くらいしかひっかからないのだけど…。この距離じゃ通信も出来ない。でもフォーリアンロザリオへ向けて飛んでいるのだから、友軍機だろうと思うのだが、単機で飛行中…? この距離で感知できるサイズなら輸送機かとも思ったけど…その機体は輸送機には似つかわしくないスピードを有していた。それにいくら味方の勢力圏とはいえ、こんな空を輸送機が護衛機もつけず飛行するなんてこともない。ステルス戦闘機が護衛に…?
「オルトリンデ1よりアヴァロン、レーダーにUNKNOWN。方位075、数1。IFFの応答がありません。現在この空域を飛ぶ友軍部隊の確認を願います」
「こちらアヴァロン、了解した。こちらでもその機影は捕捉している。少し待て」
 もしかしたらこちらのセンサーが故障して誤認しているだけかもしれない。軍用機には民間機よりも高性能でタフな計器が搭載されているとはいえ、絶対故障しないとは言い切れない。被弾すればもちろん壊れるし、多少強引な機動をした時にも稀に壊れたり不具合が生じたりすることがある。このレーダーに映っている機体もUNKNOWN表示であるとはいえ、IFFが故障した友軍機かも知れない。十数秒後、空中管制機から答えが返ってきた。
「アヴァロンよりオルトリンデ1へ。本部からの情報によれば現在この空域を飛ぶ友軍機はいない。被撃墜機を除いて未帰還機もいないとのことだ」
「……オルトリンデ1、了解。これより接近を試みます」
「行けるか?」
 私は燃料計と装備の確認をする。燃料は問題ない。ミサイルは撃ちつくしたが、バルカン砲の残弾には若干の余裕もある。これだけあればコクピットを撃ち抜けるだろう。
「燃料にはまだ余裕があります。オルトリンデ1より各機、追うのは私だけで十分です。他の機はこのまま帰還してください」
 そう言って私は編隊から離れる。するともう一機、ゼルエル改がついてきた。
「こちらゲルヒルデ1、ぼくもついていくよ。隠れ蓑も必要だろう? 敵だった場合も想定しなきゃ…」
「…そうですね。とにかく接近してデータを取得してみます」
 イーグレット少佐の操る電子戦闘機型ゼルエル改にはレーダーを擬似破壊する通常のECMに加えてルシフェランザで開発され、プラウディア攻防戦で使用されたジャミングミスト発生装置を小型・高性能化し、航空機への搭載が可能となったバージョンを装備している。纏った機体と外部とのコンタクトを完全に遮断する、特殊な霧だ。そしてこれを無効化するためのワクチンプログラムを搭載しているのは世界でハッツティオールシューネ改とゼルエル改だけとなっている。
「じゃあ前を失礼するよ」
「代わりにコントロールをもらいます。レーダー範囲は私のほうが優れていますから」
 こちらの前方に転移したゲルヒルデ1の機体から白い霧が噴出され、二機がそれに包まれる。これでゼルエル改に乗る人間以外には私たちの機影は見えない…はずだった。
「…え?」
 もうすぐオルトリンデ1のデータリンク構築可能範囲に捉えられるところまで接近した直後、目標の所属不明機が急加速をかけたのだ。しかもそれは…加速性では現存する戦闘機の中でハッツティオールシューネ改の次に早いゼルエル改ですら追いつけないくらいのスピードだった。
「気付かれた!?」
「まさか…。今のぼくらは完全にステルスのはずなのに…」
 見る見るうちにその機体は私たちを突き放し、レーダーの索敵範囲外へ到達するまでに二分とかからなかった。
「……」
 肉眼では捉えられない距離はあったし、コクピットからはどうやっても見えない機体後下方より接近したのに気付かれた。私とイーグレット少佐は共に言葉を失った。何故バレたのだろう? いや、そもそも何故逃げたのだろう? 敵なのか? 味方なら逃げないだろうし…いや、そもそも私たちのIFFはおろか機体さえ感知できなかったはずなのに…。
「…とりあえず、この件はメファリア司令に報告するとして、一度帰還しよう。あんなの追いかけるんだったら燃料もこれだけじゃ足りそうにない」
 まだCAUTIONランプは点灯していないが、確かにスピードで勝る相手を追いかけるには燃料が足りない。あれが仮に敵ならば、基地へ帰った後スクランブルでまた空へ上がることになるだろう。データを取るのもその時で十分だ。
「そうですね。帰還しましょう」
 私たちはジャミング・ミストを解除し、基地へ機首を向けた。

「何も…ないんですか?」
 基地に帰った私たちは発令所にいたメファリア司令に遭遇した所属不明機についての情報を求めた。しかし、司令の口から聞かされたのは…あれが幻影かUFOだったのでは?ということだった。被害に遭った基地も無く、レーダーも平静を保っている。
「ええ、それに第一AWACSやあなたのオルトリンデ1以外のレーダー範囲で捉えられない距離で感知できる巨体とゼルエル改を引き離す加速性を併せ持つ機体なんてもの自体が信じられないわ。ゼルエル改とハッツティオールシューネ改に搭載されたエンジンは実用化されてまだ一年よ? ルシフェランザが新型を作ったって噂も聞かないし、イクスリオテごときにゼルエル改を超える代物を作れるとは思えないし…誤認の可能性はない?」
「ありえません。オルトリンデ1とアヴァロンのメモリーを確認していただいても結構です」
 メファリア司令はう〜んと腕を組む。確かに、現存する戦闘機の中でゼルエル改はハッツティオールシューネ改と並んで最新鋭・最強の戦闘機だ。それを上回る性能を持つ戦闘機…いや、交戦していない現段階では加速性においては、と前置きがつくか。
「極音速の偵察機…ということは考えられないかな?」とイーグレット少佐。
「さっき受けた報告じゃマッハ5クラスで飛行したらしいからねぇ…。そもそもそんなスピードでかっ飛ぶ飛行機なんて作ってもあまり意味ないはずよ。そんな高出力なエンジンなら燃費も悪くなるし、維持費だけで相当の金が飛ぶわ。偵察機なら尚更ね。どっかの馬鹿がクーデターなんて起こさなければ、そんな極音速偵察機なんて必要ないわけだしね」
「8年前の戦争以来、世界は軍縮へ進んでいたはずですしね…。ゼルエル改以外ではカマエル型偵察機が十数機配備されていますけど…ゼルエル改をあんなに簡単に引き離せるほどの性能はないはずです」
「しかもカマエルはステルスになってるはずだよ? 遠距離からレーダーに映るような巨体でもないし…」
 条件に当てはまる機種が思いつかず、三人が同じように頭を抱える。
「司令、やはり追尾部隊も振り切られたようです。帰投させますか?」
 薄暗いこの発令所でレーダーや気象データを表示させるディスプレイなどを見つめながら作業をしていたオペレーターがメファリア司令に報告する。
「そうね、帰ってくるように伝えて。どこまで追跡できた? それと、やっぱりどこにも被害はないの?」
「はい、イェソド地方のレギンレイヴ付近まで飛んでいったのは確認できたのですが…それ以降の足取りはまったくつかめません。各基地に連絡したのですが、どこのレーダーにも引っかからなかったそうです」
「そう…。判ったわ、各基地に警戒レベルを第二種警戒配置に下げて待機するよう伝えて」
「了解しました」
 イェソドのレギンレイヴ…? あそこは国が管理する広大な森が広がっているだけで何もない場所だ。フォーリアンロザリオに伝わる神話の龍が傷ついた体を癒したとされる湖の抱く森があるが、女王がこの地域の開発に難色を示し続けるためにイェソド地方は全体的にいまだ開発途上の田舎町という印象の強い地域である。
「レギンレイヴ、か。あそこは確かにうちの警戒も手薄な場所ではあるけど…」
「確かに身を潜めるには適していますが…あんな密林に基地でもあるんでしょうか?」
 ますます判らなくなり、最終的にどこにも被害がなかったのなら今回はよしとし、とりあえずレーダーの誤認ではなかったことは確認されたのでこれ以降遭遇した時にまた対処すればいいという結論になった。

 しかしヴァルキューレ隊も大所帯になったものだ。当初九機で構成されていたこの部隊も、一小隊四機編成が九つ…計36機の大部隊。8年前の戦争で失ったジークルーネ1とロスヴァイセ1は終戦三年目にゼルエルが再生産されて復活した。一応小隊長を務めるゼルエル改のパイロットには8年前の戦争を生き抜いた優秀な人物を起用してはいるが、戦闘になるとその戦闘能力の差は歴然だった。小隊長機以外はローレライ?で構成されているのだが、それに乗るパイロットはほとんど訓練学校上がりの新米ばかり…8年前の戦争に参加もしていない、実戦経験に乏しいヒヨッコばかりだ。
「あ、本隊長! どうです? あの所属不明機について何か判りましたか?」
 シミュレータールームへ向かう途中で、ロスヴァイセ1に乗るシュトライバー・リュンクス中尉が話しかけてきた。戦争終盤…ちょうど私たちヴァルキューレ隊がルシフェランザのグリーダース地方の制空権争いをしていた頃に前線へと送り出されたパイロットで、一応あのプラウディア攻防戦を生き抜いた優秀な人物である…が、他の部隊ではそうでもこのヴァルキューレ隊の…それもゼルエル改を操るには若干の未熟さが残るパイロットだ。
「いいえ、残念ながら…。それよりどうですか? シミュレーターのノルマ、達成できましたか?」
 作戦の合間や期待の整備も終えた後などの空き時間には新米隊員たちにあるシミュレーターで訓練するように言ってある。そのシステムを組んだのは私とイーグレット少佐、我ながらなかなか面白いシミュレーターが作れたものだ。シミュレータールームの前まで行くともう一人、今度は女性パイロットが部屋から出てきた。
「うう…イーグレット少佐、あのシミュレーター難易度高すぎだと思いますぅ」
 ゲルヒルデ2を担当する、アリサ・ヴォルフスシャンツェ中尉である。彼女はプラウディア攻防戦でもイーグレット少佐の僚機として飛び、見事生還しているパイロットだ。彼女はその気になればジークルーネ1もしくはロスヴァイセ1になれたはずだが、あえて部隊機となったのは単に彼女にとってイーグレット少佐の後ろを追いかけることこそが重要、それ以外はどうでもいい…という理由だった。
 ちなみにそのシミュレーターとは僚機2、敵機30機の架空戦闘空間でたった5機撃墜すればいいだけのミッションなのだが、その5機は自分が墜とさなければならない…という条件付だ。つまり彼らにとって問題なのはその僚機…。僚機の2機はコンピュータ内に保存された“ある戦闘データ”から構築されたAIでコントロールされている。そのAIのモデルとなった戦闘データはブリュンヒルデ1とオルトリンデ1のもの…つまり、フィリルさんと私というわけである。
「あのペアから5機奪えるだけの腕を身に付け、実戦でそれが出せればどんな敵にも劣りはしないだろう?」
「そうは言っても…コブラ、フック、クルビットまで駆使して、一分間に4機単位で撃墜されちゃこっちは何も出来ませんよぅ。こっちの搭乗機はローレライですしぃ…」
「では…私がやってみせましょうか」
 私の言葉にシュトライバー中尉とアリサ中尉が驚きと期待のまなざしを向けてきた。
「ホントですか!? 是非参考にしたいです!」
「判りました、お手本を見せてあげますよ」
 私はシミュレータールームへ足を踏み入れ、悪戦苦闘する部下たちに席を譲ってくれるよう頼むと席についてシミュレーターを起動させた。軍用の最新コンピュータの処理速度はすばらしく、かなり容量の大きいグラフィックによる空間描写でも動きは滑らかかつリアルである。
 私は搭乗機選択画面で他のみんなと同じようにローレライを選択し、トレーニングミッションの最高難易度のステージにアクセスを開始する。画面に「Starting Mission」と表示された直後からスロットル全開。レーダーディスプレイを埋め尽くす敵機に、そして何よりも…レーダー上の「Brunnhilde-1」という表示にふっと口元がほころぶ。
『ラノンシー1、エンゲージ』
 AWACSからの通信という設定で声が聞こえる。ラノンシーとはこのシミュレーション内で使用される仮のコールサインだ。
『火事場の馬鹿力にも程があるぞ、こいつら!』
 フィリルさんの通信記録から再現された、ブリュンヒルデ1の無線…。私は少し切なさを感じながら、敵機が密集する空域へと飛び込んだ。敵機を正面に捕らえ、ロックオン。だがミサイルを放とうと思った途端、敵機が爆発した。ブリュンヒルデ1とオルトリンデ1が撃墜したのである。実はこのシミュレーター、あえてこの二機にはこちらの周辺の敵機、特にこちらがターゲッティングしている敵機を狙うようにプログラミングしてある。我ながら…嫌なプログラムを組んでしまった。だがそのプログラムにも付け入る隙はある。そこに気付けるか、気付いてもそれを実践できるか…そこにこのシミュレータークリアの鍵がある。
「…なぁ!?」
「そんな手があったのか!」
 周囲からどよめきが起きる。それもそうだろう…こんな卑怯まがいな手、思いつける人間もそういない。私は敵機とそれを狙うブリュンヒルデ1とオルトリンデ1との間にローレライを滑り込ませたのである。射線軸上に私がいるため、後方の二機はミサイルを撃てない。私も敵機と接近しすぎているため、バルカンで蜂の巣にする。
「あとは…これの繰り返し」
 だが言うほど易しいことではない。比翼の鳥ペアに与えられたフォーリアンロザリオ最強の肩書きは伊達ではない。ちょっとでも射線を開けてしまうとそこを狙われてしまう。しかもローレライはゼルエルよりも小型で、カバーできる範囲が狭い。そこで機体コントロールの腕が試される。幸い、最小旋回半径に関して言えばローレライはゼルエルに勝っている。そこを活用し、敵機の後方100m前後くらいまで張り付いて確実に撃破する。
「…これで、目標達成」
 私は五機目を撃墜し、シミュレーターに設定された規定をクリアした。ここからは逆に作戦時間内に撃墜されないことが目標となる。ちなみにここで比翼の鳥ペアは補給を名目に戦線から離脱、レーダーは再び敵機で埋め尽くされる。だけど…私にとってこれは別に問題じゃなく、残りのミサイルで敵機を撃墜してバルカン砲も空にして…合計13機を撃墜したところで規定時間超過、ミッションを終えた。もちろん被弾はゼロ。弾丸一発かすることさえ許さずミッションコンプリート。
「…ふぅ、こんなところですか。どうです? 参考になりましたか?」
 戦闘結果画面から最初のミッション設定画面に戻ったのを確認して、席を立った。若干の静寂…呆気にとられ言葉を失った隊員たちの中で、最初に口を開いたのはジークルーネ1を担当することになった新人、アベルト・リッター中尉だった。
「か、感動しました! なるほど、そういう手があるんですね…。さすがは本隊長です!」
「戦場で生き残るために必要なのは経験に裏づけされた直感です。考えてから動くのでは遅い…考えると同時に動けなければ墜とされます。最初は自分が撃墜されなければOKでしょう。仮想空間とはいえ、この空を生きて帰れればとりあえず実戦でも生き残ることは出来るでしょうし、あとは追々身に付いていくでしょう…」
「はっ! 目標達成に向け、日々精進いたします!」
 ハキハキと喋るこの青年…彼の乗るジークルーネ1は対空攻撃が主任務。このシミュレーターはゼルエル改を駆ることになった彼のためにあるといっても過言ではないかも知れない。あの仮想空間を生き抜き、目標を達成できればそれなりの戦力になるはずだ。
「期待してます。では、私は隊長室に戻ります。イーグレット少佐、あなたにはここで彼らのアドバイスなどをお願いしたいのですが…」
「了解した。でもまあ、基本彼ら自身に試行錯誤させるけどね。悪戦苦闘する様を見守らせてもらうさ」
 アリサ中尉が「イーグレット少佐、ひどいですぅ…」と小さく嘆いたが、以前あの人も言ったように、戦闘機乗りは基本一人で飛ぶ。それ故自分で道を切り開く力はおのずと必要となるスキルでもあるのだ。イーグレット少佐の判断は冷たく見えて、実際は実に彼らのことを考えている。
「ふふ、では後は任せますね」
 その場に居合わせた全員が私を敬礼で見送る。私は軽く返礼して、シミュレータールームを後にした。

「…はぁ、やっぱマグナード隊長って…憧れるなぁ」
 ファルがシミュレータールームを出て行って間もなく、シミュレーターの席を他の隊員に譲ったアベルト中尉がそう溜息を吐いた。
「あんな綺麗で戦闘機の操縦も上手くて最強部隊の本隊長…あそこまで完璧な人間がいるんだなって思います。天は本隊長に二物も三物も与えたんですね」
「…まぁ確かに、尊敬に値する人物であることはぼくも認めるけどね。最近はちょっと頑張りすぎかな」
「ナハトクロイツ少佐は確かバンシー隊の頃から一緒なんですよね。本隊長の…何か好きなものとかって知ってませんか?」
 目をキラキラさせながら訊いてくる彼に、ぼくは「ああ、こいつはファルのことを何一つ理解しちゃいないんだな」と心の中で溜息を吐いた。
「彼女にアプローチするつもりかい? やめたほうが身のためだよ」
「そんなこと言わずに…教えてくださいよ」
 今度は心の中だけでなく口から溜息が零れた。彼女の好きなもの…ねぇ? そんなの決まってるじゃないか。
「彼女が好きなものなんて、古今東西・未来永劫たったひとつしか無いよ」
「何なんです?」
「…やれやれ、本当に判らないのかい? 君は彼女の何を理解してるんだよ。彼女にとって最高の上官であると同時に最高のパートナーであり、己のすべてを分かち合えた彼女の片羽…。『比翼の鳥』、フィリル・フォーリア・マグナード中将その人以外に何があるというんだね?」
 ぼくの言葉にアベルト中尉は「そういうのじゃなくて…」と零した。
「それ以外の物なんて、彼女にとっては何の価値も無いよ。少なくとも、“今の彼女”にはね。ぼくや君が死んだところで涙も流しはしないだろう。彼女はそういう人間だ。純粋で不器用で、誰よりも誇り高い女性だよ。その彼女が自分のすべてを捧げ愛したのはフィリル中将だけだ。別の言い方に直すなら、彼女はフィリル中将に自分のすべてを捧げてしまったんだよ。彼女の性格から言って、おそらく今後フィリル中将以外の人間を愛することは無いだろうね。彼女にとってすべてを捧げたフィリル中将こそが、文字通り彼女のすべてなのだから」
 …我ながら、ちょっとまくし立てすぎたかな?とは思ったけど、ぼくの言ったことは事実だ。アベルト中尉は反論も出来ない様子で、黙りこくっている。
「ま、どう足掻いても君には高嶺の花さ。諦めることをオススメするよ」
「は、はぁ…」
 意気消沈といった感じに溜息にも似た返事が返ってくる。ぼくは再び意識を仮想空間での激戦に悪戦苦闘する部下たちに向けた。今はアリサ中尉が頑張っているみたいだが…ふむ、あと一歩及ばずか。そんなことを考えていても、隣のアベルト中尉がぼそっと呟いた言葉を聞き逃すことは無かった。
「…地上で死んだようなヤツがなんだってんだ」
 彼の言葉の中にある“ヤツ”が誰を意味するのか、瞬時に判ってしまう。その瞬間、ぼくの頭は二つの感情が同時に生み出されていた。ぼくや他の真ヴァルキューレにとって誇りそのものといっても過言じゃない彼を侮辱されたことへの憤怒と、何故この耳は彼の呟きを聞き逃してくれなかったのか…それが不可能でも、ならばせめて聞こえなかったフリをしてくれてもよかったんじゃなかったのかという後悔。
 直後、ぼくは反射的に彼の襟首を掴んで壁に叩きつけていた。
「がはっ…!?」
「今ここに彼女がいなかったことを幸運に思うんだねっ! でなけりゃぼくは迷うことなく君の頭と胴体を分離させていただろう! 君如きの命、グリフィロスナイツ守護騎兵であるぼくなら簡単に消せるんだ。使う言葉は慎重に選びたまえ。今度またぼくらの隊長を…ぼくらの誇りを穢したらその時は容赦なく君を殺す。…肝に銘じておけ」
 この時の彼の瞳はぼくに対する恐怖で硬直し、奥歯がカチカチと鳴っているのが聞こえたほどだ。ぼくは彼を壁にもう一度強く押し付け、解放した。ゲホゲホとむせる彼を尻目に視線をシミュレータールーム全体へ戻すと…まぁ、予想通りその場の全員がこちらを凝視していた。いや、まぁそうだよね。ぼく自身が一番信じられないってぐらい久々に声を荒げてしまったし…。
「…何をしているんだい? シミュレーターのノルマは達成できたのかな?」
「あ、あの…ナハトクロイツ少佐。先ほどのお言葉は…本当ですか?」
 さっきの言葉って…色々ありすぎて判らないけど。とりあえず嘘は一つも言ってないし…。
「ああ、本当だよ。ぼくらにとっての“隊長”は、今もフィリル中将をさす言葉だ。ぼくはバンシー隊へ異動になる前は随分所属部隊を変えたけど、彼ほどのエースをぼくは知らない。ただ生きること、そして生かすことを目標に戦場を駆けていた。常に自分が一番の矢面に立ち、部下へ向ける眼も持ち合わせ、いつもぼくらを生きて帰らせてくれた。『比翼の鳥』と呼ばれたフィリル中将、ティユルィックス准将、そしてファル中佐…この三人はぼくらナンバリング無しで飛んだヴァルキューレにとっては誇りそのものさ。それを穢す人間は絶対許さない。それがたとえ味方であろうとね」
 淡々と、しかしニュアンス的にはかなり強い口調でそういうと、隊員たちはしばらく沈黙してからシミュレーターへと向き直った。みんなの胸の内は容易に想像できた。そりゃまあ、部下の命を簡単に消せるなんて言われたら…消される側に立つ彼らにしてみれば決して気持ちいいはずは無い。
「…さて、ゲルヒルデの調子を見たら、ぼくもそろそろ休むとするかな。消灯時間までにはちゃんと各自機体のチェックを終えて自室へ戻るんだよ?」
 ぼくがそういうと、その場の全員から「了解です」と返事が返ってきた。みんな幾分元気が無い。…う〜ん、自分で「言葉は慎重に選べ」と言ったけど、ぼく自身ちょっと配慮が足らなかったかも知れないな。でもまあ、ぼくらの絆が如何に固いかを示すいい機会だったと思えばいいか。

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