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呪法(調伏)おまじない研究会コミュの結界の作り方。

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自分で出来る結界とは|実際に効果のある結界の張り方5つ http://spi-lab.com/how-to-make-barrier-568 @spi_laboより


結界とは
1.塩を活用した結界の張り方
 1-1盛り塩による結界の張り方
 1-2クリスタルソルトによる結界の張り方
2.本を活用した結界の張り方
3.霊符を活用した結界の張り方
 3-1怪奇現象を解消する霊符を活用した結界
 3-2凶方位の祟りを除く霊符を活用した結界
4.アチューンメントを活用した結界の張り方
 4-1シルバーバイオレットフレイムとは
 4-2アチューンメント方法
 4-3エネルギーを活用した結界の張り方
5.パワーストーンを活用した結界の張り方
 5-1ヘマタイトを活用した結界
 5-2ブラックトルマリンのナチュラルポイントつき原石を活用した結界
 5-3セレナイトを活用した結界


※面白いなと思ったので、これを紹介しましたが、特に私とそのブログ関係あるというわけではありません。
イベント等への参加については、みなさん各々自己責任でお願いします。(この方法、もしくは団体について、何か悪い情報等ありましたらコメント欄、もしくはメッセージでお願いします)

コメント(9)

そもそも結界とは?wiki

結界(けっかい)は、仏教において、サンガ(saṃgha, 僧伽(そうぎゃ)[注釈 1])がひとつの「現前(げんぜん)サンガ」(sammukhībhūta-saṃgha)[注釈 2]の空間領域(sīmā =界)を設定することを言う[1]。結界についての規定は律蔵の犍度(けんど)の第一章に見られる[1]。

後世、界の概念と密教の神秘主義が合体することにより、原初のインド仏教にはなかった、「特殊なエネルギーを保持した神秘空間としての界」という観念が生じ[2]、聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するために区域を限るという意味あい(けっかい、Siimaabandha)も生じた。さらに日本では、古神道や神道における神社などでも、同様の概念があることから、言葉として用いられている。大和言葉では端境()やたんに境ともいう。
律に見える結界の規定 [3]

律の規定では、サンガは、全世界のあらゆる比丘・比丘尼が理念上所属する「四方(しほう)サンガ」(cātuddisasaṃgha)と、各地に拠点を置き、4人以上の比丘・比丘尼をメンバーとする個別の「現前サンガ」(sammukhībhūta-saṃgha)に大別される。

比丘・比丘尼はそれぞれの「現前サンガ」の間を自由に移動して所属先を変更したり、新たなサンガを発足させることができる。

それぞれの「現前サンガ」は、所属する比丘の全員が参加する会議(羯摩(こんま), S:karma, P:Kamma)において、その現前サンガの領域(界)を設定し、変更する。

サンガは、様々な修行上の儀式やサンガとしての意思決定などで、所属メンバーの全員参加を必要としており、各「現前サンガ」の規模と領域は、「所属するメンバーの全員が定期的に集まることができる程度の範囲」で決定される。

4人以上の比丘・比丘尼が集まって界を設定(=結界)すれば、その界の内部がひとつの「現前サンガ」となる [4]。
結界は、その時に設定される界によって成立する「現前サンガ」の構成員、すなわち今からそこにサンガを作ろうと考えている比丘・比丘尼たち全員が集合して合議のうえ所定の形式を経て成立する [4]。その後、この構成員がどのように変化しようとも、いったん作った界は存続する[4]。

サンガの合議によりひとたび「結界」したら、抹消のための儀式を執行しない限り、その界は永続する。たとえその界の中に居住する比丘・比丘尼が一人も存在しなくなった場合でも、界は消滅しない。その界の中に居住する比丘・比丘尼が丸ごと入れ替わったり、いったん無住になったのち、新たにやってきた比丘・比丘尼が生活するような場合でも、もう一度、結界しなおす必要なはない[4]。
従来あった界の領域を変更する必要が生じた場合には、その時点でその「現前サンガ」に所属するすべての比丘・比丘尼が合議した上で、従前の界を消して、新たな界を設定する[5]。
ある「現前サンガ」が近くにある別の「現前サンガ」と合体して大きな「現前サンガ」を作る場合は、それぞれのサンガの界を消したのち、両サンガのメンバーが全員集合して、両者を包含する新たな界を設定する[6]。

界の設定(結界)にあたっては、複数の「現前サンガ」の界の領域が重複することは厳しく禁止されている。二つのサンガの領域が一本の境界線で隣接する事も禁止されている(一人の人間が、その境界線をまたいで、複数のサンガに同時に所属することが可能となるため)。そのため、二つのサンガの境界には、人間がまたぐことができない程度の空白地帯を設定することが求められ、この制約に反して設けられた界は無効とされる[6]。
密教

清浄な領域と普通(もしくは不浄)の領域との区切ることである。これにはいくつかの種類がある。

摂僧界() - その内側で受戒や布薩などを行う
摂衣界() - その内側で三衣を離れて止宿しても罪にならない
摂食界() - その内側で食を煮ても罪にならない

また、密教では、修行する場所や道場に魔の障碍が入らないようにするため、結界が行われる。これには以下の3種類がある。

国土結界
道場結界
壇上結界

高野山や比叡山は国土結界、護摩修法は壇上結界の例として挙げられる。
神道・古神道

古神道である神籬()や磐座()信仰は、神の依り代であるとともに、その鎮守の森や森林や山や海や川や岩や木などは、禁足地である場所も多く、神域や常世と現世の端境を示し、結界としての役割も果たしている。神籬の「籬」は、垣の意味であり、磐座は磐境ともいい境を意味する。この考え方が積極的に用いられ、古来より郊外の集落の境や辻などに配置された道祖神、庚申塔、祠などの石仏は、災厄を集落に入れないようにするための、結界の役割をしていたともいわれる。

神道においても、結界は神社などでも用いられ、たとえば境界線を示すために、神社・寺院などの境内や建築物では意図的に段差を設けたり、扉や柵、鳥居や注連縄などを用いる。一般の家庭などでも、注連縄飾りや節分の鰯の干物なども結界である。

古神道や神道において、一定範囲の空間に設定されたタブー(禁足)を視覚化したものとも言え、それは聖なる領域(常世)と俗なる領域(現世)という二つの世「界」を「結」びつける役割をも持つ。
結界の例

自然崇拝である古神道の影響を受けた仏教、密教である山岳信仰でも用いられ、修行の障害となるものが入ることを許されない場所や土地に対しても用いられるが、女人結界などがその例である。なお結界は僧事をなすために設けたものであり、本来、女性が入る事を禁ずるためではない。然るに高野山などの結界の地に女人が入るのを禁じたのは、戒律の条文にないものを地方の宜に応じて設ける随方毘尼()の一種である。

この他、生活や作法上注意すべきなんらかの境界を示す事物が、結界と呼称される場合もある。作法・礼儀・知識のない者は境界を越えたり領域内に迷いこむことができてしまい、領域や動作を冒す侵入者として扱われ、無作法または無作法者とよぶ。

日本建築に見られる「襖(ふすま)」「障子(しょうじ)」「衝立(ついたて)」「縁側」などの仕掛けも、同様の意味で広義の「結界」である。商家においては、帳場と客を仕切るために置く帳場格子を結界と呼ぶ。

空間を仕切る意識が希薄な日本においては、日常レベルでもさまざまな場面で「結界」が設けられる。例えば、「暖簾(のれん)」がそうである。これを下げることで往来と店を柔らかく仕切り、また時間外には仕舞うことで営業していないことを表示する。このような店の顔としての暖簾は、上記の役割を超えて、店の歴史的な伝統までも象徴することとなる。
茶道における結界

静謐を旨とする日本独自文化の茶道においては、もてなす側の亭主と客との間にある暗黙のルールを視覚化するため、種々の仕掛けを設けこれを結界とする。

茶道具の一つで、客畳が道具畳に接続している時に、その境界を表示するために「炉屏」というものを置き、結界とする。

茶室に至る庭の露地などで、客が立ち入るべきでないことを示すため、目印として縄で結わいた石(関守石・留め石)、あるいは小石に差し渡した竹筒などを置き結界とする。

茶室への入り口である「躙口()」での、低く抑えて意図的に入りにくさを強調する仕掛けも、茶席を聖なる非日常空間とするための結界である。また、茶室に入る前に手を水で清めるための「蹲踞()」の仕掛けも同様である。
1992年5月)の講師にお招きした額田厳先生(故人)。発足12年目の春、結びをテーマに熊倉功夫先生(国立民俗学博物館教授)

http://furoshiki.life.coocan.jp/furoshiki%20talk/furoshiki%20talk/48-isao%20kumakura/48-isao%20kumakura.html
から抜粋

結びは、新たなものを生じる力

 「結ぶ」ということですが、「結す=ムス」というのは、「生す(ムス)・産す(ムス)」であり、物が生じてくるという意味です。「蒸す」のように膨れあがってくるムスもあります。「霊(ひ)」というのは、御霊(みたま)、魂ですね。結びというのは、生命を生み出す新たな魂なのです。
 結びの神とは、新たなものを生み出してくる神様。例えば、女の子が生まれてきたら「娘=ムス女」で、男の子が生まれてきたら蒸し上がってできた子どもということで「息子=ムス子」です。新しい生命が生まれるところ、生み出す霊魂が結びであるというわけです。これは折口信夫説です。
 新しい生命を生み出す結びというのを、物産では、産土神(ウブスナガミ)といい、その土地の生命を生み出す神を祀ります。私たちは氏子として、その土地の産土の神の子どもになります。
 「結合」が対となって、新しいものが誕生します。ムスビの神の仲立ちがあって「結婚」が成立するのです。
 例えば、結びの盃と言いますが、盃を通して人間と人間が結ばれる、ということがよくあります。親子の盃、やくざの盃、結婚の時の三三九度もそうです。歌舞伎に「三人吉三」というお芝居があります。お坊吉三、お嬢吉三、和尚吉三が盃をめぐらせることでお互いにより深い縁をもらう。結びの盃が、ひとつの象徴的な役割を果たしています。

手に水を結ぶのが、おむすびの語源

 「結ぶ」とは、ひもで糸を絡ませて結ぶのと同じように、なにか絡んでしまうことを「結ぶ」というのでしょうか。
 そういえば「おにぎり」のことを「おむすび」といいますが、なぜ、あれを「おむすび」というのでしょうか。結ぶということは両手を絡ませることだと私は考えています。両手の指を組み合わせ、絡ませると、両手を併せたかたちになります。これをお椀にします。お椀は結んだかたちになります。両手でお椀にして水を掬うわけです。
 水を掬うことを結ぶといいます。手に水を結ぶわけです。これを掬う、手に月を掬う。月が映る。これがお椀、おむすびの語源だと、私は思っております。

結びは、魔除けのかたちでもある

 さらに連想を広げていきましょう。仏教では印を結ぶといいます。大日如来の印相とか。とくに密教では数多い印相があります。一般的には、お釈迦様が禅定に入る印ですが、あるかたちを手に作り、お坊さんは結びます。有馬頼底先生によると禅宗では印は一つしかない。わざわざ袖を隠して中で蓮華が開くかたちで印を結ぶのだそうです。「なぜ印を結ぶのですか」と、いうと、これは魔除けだというのです。
 ジャンケンでは、グーをして結んで、パーをして開いてとします。これは印を結ぶことと同じなのです。こうすることで身の回りに押し寄せてくる魔を除けていたのです。
 昔は、魔を除けるなどということに敏感でした。だけど我々が元気で気力が充実していますと、魔は入ってきません。お寺では香を焚きます。追い払うために、強烈な匂いを立て魔を除けているわけです。香水も魔除けで、人と惹き付けるためのものではないのです。
 季節の節目に行う魔除けの習慣があります。節分の鰯の頭や柊、春は草餅、初夏は菖蒲を軒先に差す。秋には菊。菊というのはものすごく強い香りです。除虫菊は、虫が逃げるくらいです。そのくらい魔というものを除けるためにいろんな防御壁を作るわけです。
 その中にひとつ、結ぶということがあった。ものを生じる力である結びをいろんなかたちでデザインします。結びの飾りが出てきます。例えば、なげしに水引を結ぶとか、幔幕を結ぶとか、花結びをします。日本の食卓には結び花というものが食卓の上にありました。
 古代には、魂が逃げないように結び枝という松の小枝を結んでおく風習があり、万葉集にも「岩代の野中に立てる結び松 心も解けず いにしへ思ほゆ」と歌われています。神社で引くおみくじも、この歌のような意味合いかも知れません。


結びには「閉じる」という意味もある

 さて、「結ぶ」ということには、もう一つ大切な意味があります。それは「閉じる」ということです。閉じることで、ある一つの世界が生まれます。仏教では結界と言います。接しているところ、境界線を結んでいるところが結界なのです。お寺には、内陣と外陣があります。我々は内陣には入れません。内陣と外陣の境のところが結界で、越えては行けない場所です。
 日常では、注連縄(しめなわ)というのが結界になります。注連縄とは、悪霊が入ってこないよう閉じてしまおうというのが注連縄です。村境などに仕切を作るのはひとつの知恵でもありました。

 信州に行きますと、道々に道祖神が祀ってあります。男神と女神の神様が仲良く手を取り合っているのもありますが、塞(さえ)の神とも言い、そこから悪霊が中に入ってこないように塞いでいるわけです。これは別名、石神(さぐじの神)ともいい、一種の結界の役割をしているのです。
 私たちはお正月がくると、注連縄の飾りをして家に悪霊が入らないように固めをします。
 相撲では、横綱が綱を締めています。注連縄を付けている横綱そのものが神なのです。人間に成り代わって、神の舞を舞うわけです。相撲は、素(裸)で舞うという意味なのです。
 例えば、地鎮祭などをし、四隅に竹を立て、注連縄を張って外界から閉じ、そこだけ清らかな場所とします。俗界から聖と俗を切り離す…。これが結界の意味です。
ゼロコメントの記事について日記を書きました。
自分で出来る結界とは・・本を活用した結界の張り方 #mixi_diary https://open.mixi.jp/user/110966/diary/1975951219

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