1月8日の月曜日、トラさんが逝った。
享年18歳、人間の年齢に換算すると91歳だそうだ。
こんな張り紙が保護ネコハウスの入り口に掲げられていた。
1月7日の日曜日14:25、保護ネコハウスの主宰者のサニアさんからすぐ来て!という叫びが共用LINEに入った。
で、行ける人はみんな行った。
でも、そのときおいらはお祝いの席の真っ最中で携帯が鳴ったことに気がつかなかった。
共用LINEに目を向けたのは家に戻った17時過ぎだった。
慌ててスーツを私服に着替えて駆けつけた。
サニアさんが迎えてくれた。
「よかった。まだ間に合います」
2階のトラさんの部屋に上がった。トラさんは布団に横たわって、数人のボランティアさんに見守られていた。
おいらは枕元に座って、トラさんのあごの下辺りを撫でた。しかし反応がない。
いつもはグフグフと嬉しそうな音を立てるのに。
トラさんは朝ごはんは多少残したけれど、ちゃんと食べたという。
しかし、昼過ぎに痙攣を起して倒れた。で、サニアさんが共用LINEで皆に助けを求めるに至った。
「私は家で寝て明朝5時半にまた来ます」
サニアさんはいったん帰った。
残ったボランティアさんも適当に帰っていった。みんな明日があるからね。
最終的にはご婦人3人とおいらが残った。
トラさんはときどき痙攣を起す。誰かがついていないといけない。
実際、9回、そういう症状が出た。
「トラさん、もう頑張らなくていいよ」
1番ひどいとき、おいらは声をあげた。女性たちも思い思いの声をかけた。
しかし、トラさんは反応しない。
痙攣以外のときはすやすや眠っている。
ボランティアさんの一人が魔法瓶を持ってきていた。
それから熱い麦茶を紙コップに注いで渡してくれる。美味い!
結局その4人で明け方までトラさん番を務めることになった。
一人が言った。
「明後日の仕事始めのときは眠くてしょうがないんだろうなあ」
別の一人がおいらに向かって言った。
「明後日からは皆仕事だからね、そのときはよろしくお願いしますね」
「もちろんです」とおいらは答えた。こういうときこそ、フリーマンの出番だ。
まあ、実際にトラさんの枕元のタオルを替えたりなんだりのお世話をしたのは女性3人で、おいらは椅子に座ってその様子を見守っていただけなんだけどね。
で、明け方の4時半頃にサニアさんが再び来てくれた。
予定では5時半のはずだったんだけど、眠れないので来ちゃったんだと。
「あとは私がみるから、皆さん帰ってもらって大丈夫ですよ」
その言葉に有難く従うことにした。
宴席から帰った直後に徹夜だったので、頭がガンガンしてたんでね。
そんなんで気がつかなかったんだけど、俺らが帰るときトラさんはニャンニャンニャンと鳴いたそうだ。
後でサニアさんに教えてもらった。意識はないものと思っていたけど、あったんだ。
とにかく、おいらは家に帰って布団にもぐりこんだ。
よく眠れなかったけど、そうはいっても眠った。
トラさんの夢を見たような気がするけど、気のせいだけかもしれない。
8時ごろにいったん起きて生ごみを出して朝シャンして、再び布団にもぐりこんだ。
朝シャンして気分はすっきりしたけれど、あんまりうまく眠れない。
そしたら、サニアさんから共用LINEが来た。
12時〜14時と14時〜16時は決まっているが、16時〜18時がいない。誰かトラと一緒にいれる方、ご連絡ください。
速攻で手を挙げた。
で、布団を出て昼飯を食おうとしていたところ、11:15に共用LINEが鳴った。
トラが亡くなったそうです。
カミさんがトラさんに似たネコが写っている絵葉書に弔文を書いてくれた。 お香典と一緒に封筒に入れる。 冷蔵庫から保冷剤をありったけかき集めてビニール袋に入れた。
それらを持ってハウスに行った。
サニアさんにお香典だけ渡して、トラさんの前に行った。
トラさんは別のボランティアさんが用意してくれた花に包まれていた。
安らかなお顔だった。
トラさんに初めて会ったのは一昨年の11月だった。
10月に準備中の保護ネコハウスの様子を覗いていたら、一人の女性に声をかけられた。
それがハウスを主宰するサニアさんだった。
「ボランティアを希望の方ですか?」
「はい」とおいらは答えた。 来年1月末に定年退職するので、身の振り先を探しているなどの事情を話した。
で、11月にハウスをオープンしたらLINEで連絡すると言ってもらった。
その連絡が来たので、さっそく出かけた。
そしたら、サニアさんと4匹のネコに迎えられた。
そのうちの1匹がトラさんだったわけだ。
トラさんは最初から人懐っこかった。
なんでも、おじいさんと二人で暮らしていたんだけど、そのおじいさんが亡くなってしまって、行く先がなくなった。それでハウスに来たんだそうだ。
「それにしても、17歳とはまた年寄りですね」
「はい、里親は出てこないでしょう。ここで余生を全うしてもらうつもりです」
それがしばらくして里親が出てきた。外ならぬサニアさんだ。
お世話をしているうちに、トラさんが愛おしくてしょうがなくて誰にも渡したくなくなったのだという。
ただし、ハウスにそのまま残して面倒をみるのだという。
ハウスの譲渡第1号。
こうして、トラさんは大手を振ってハウス内を闊歩することになった。
ちなみに、おいらを迎えてくれた残りの3匹はというと。
通称、太郎チーム。3匹が2階の部屋で暮らしていた。
なんでも、ホームレスの人と荒川の河川敷で暮らしていたんだそうだ。
だからかどうか、人に慣れていない。
中でも、太郎は人が部屋に入るとさっと押し入れに隠れてしまう。
一方、白い子猫が小太郎で、黒い子猫が小次郎。
2匹はいつも一緒にいた。
ただし、性格はぜんぜん違っていた。
小太郎は人懐っこい。なので早々に里親が決まってもらわれていった。
今もその里親に可愛がられて幸せに暮らしているそうだ。
一方、小次郎の方は太郎ほどではないけれど、人に対する警戒心がむき出しだった。
それでも徐々に人馴れしていって、これなら大丈夫と思ったんだけど。
病に侵されて亡くなってしまった。去年の8月のことだ。
その分、太郎が人馴れしている。
夕方になっておいらがカーテンを閉めにいっても、窓際の椅子を離れない。
なので、ナデナデさせてもらっている。
で、トラさんのことに戻ると。
知り合ってから1年3か月。いろいろあった。
最初、トラさんは太郎チームの部屋以外はハウスのどこでも歩き回ることが出来た。
ネズミがガタピシ騒ぎまわっていたのが、トラさんが出入りするようになったら、その気配を察してぴたっと収まった。 どこかに逃げていったに違いない。
なんていう実績もあったしね。
その後、保護ネコが増えてトラさんの居住区はだんだん狭まっていったけど、それでもハウスの中では別格的な扱いだった。
トラさんの2階の部屋はVIPルームと呼ばれた。
なんでVIPかというと、トラさんはそこを1匹だけで占有していたからだ。
他のネコたちは何匹かで部屋に住んでいたからね。
そのVIPルームの窓際に置かれた陽当たりのよい椅子がトラさんのお気に入りで、しょっちゅう寝そべっていた。
で、おいらはその向かいの椅子に座って、トラさんとまったり過ごすのが常だった。
トラさんは自分の部屋から通じる階段、その下のお風呂場の辺りまでは自由に出来た。
その先はフェンスで仕切られていて、夜はそのフェンスが閉められる。
でも、人がいる間はフェンスが開けられるので、トラさんはその先にある台所も自由に行き来できた。
トラさんは台所のテーブルで寝そべるのも好きだったし
人がいるとすぐに寄っていって、ネコ日誌をつける邪魔をしたりした。
炊事場に置いてあるバケツの水を飲むのも好きだった。
たぶん、腎臓を病んでいたのだろう。トラさんは大量の水を飲んだ。
うちらはトラさんが望むままにバケツを開放した。
そして台所の窓。
トラさんが台所にいる間はそこの窓を開けて網戸にしておくのがルールだった。
トラさんはそこから外を眺めるのも大好きだったからだ。
台所のテーブルについているシートで寝そべるのも好きだったし
ひんやりしているのだろう。夏は台所の出入り口の土間で寝そべった。
トラさんがシートや土間で寝そべっているときは、うちらはそのままにしてフェンスは閉めないで帰ることにしていた。
さらに暑くなると、お風呂場がトラさんの避暑地になった。
トラさんが最初にお風呂場に避暑に行ったとき、おいらはそれを見つけられないで右往左往したことがある。
一方、トラさんを他のネコたちと接触させるのはご法度だった。
トラさんは人に優しい分、ネコには厳しいネコだった。
若かりし頃は美丈夫だったことは間違いない。
たぶん、近辺のボス的な存在だったのだろう。
しかし、今のトラさんは老いている。昔の馬力はない。
そうしたトラさんを若いムキムキのネコに会わせたらどうなるか。
そんな姿は見たくない。
なので、トラさんと他のネコたちの居住区の間のフェンスは閉めっぱなしにしておくのがハウスのルールだった。
そんなトラさんのもう一つの特徴は大きな声だった。
おいらが昼飯当番をしにハウスに行って台所に入ると、気配を察して2階から駆け下りてくる。 その先のフェンスが閉まっている。
アオー、アオーと大きな声で鳴く。(早くここを開けてくれ)
おいらが急いでフェンスを開ける。
そうすると、ダッと台所に入り込んでくる。テーブルに駆け上がる。
楽しいランチタイムの始まりだ。
こら、こら、それはトラさんのじゃないよ。
逆にハウスから帰るときはしんどかった。
トラさんが自分の椅子で寝入った頃合いをみて、抜き足差し足で部屋を出る。
廊下と台所の間のフェンスを閉めて、ネコ日誌を書く。
そのまま帰れればよしなんだけど、トラさんが目を覚ますときもあった。
そうすると、アオー、アオーと大きな声で鳴く。
耳をふさぐようにしてハウスを後にしたものだった。
まるで、「喝采」だった。
あれは3年前 止めるあなた 駅に残し 動き始めた汽車に 一人飛び乗った ♪
喝采 / ちあきなおみ 1972
https://www.youtube.com/watch?v=tOGB74vILT0&pp=ygUG5Zad6YeH
そんなトラさんの元気な姿を最後に見たのは去年の暮れ。トラさんは防寒用の服を着ていた。
別にイヤなそぶりはなかった。自然なふるまいだった。
しかしその後、トラさんは階段を上り下りできなくなって、人に抱っこされるようになった。 テーブルから飛び降りることも出来なくなったという。
おいらはそういう様子を共用LINEで見ていた。
でも、食欲はある。 だったら、大丈夫だ。 物が食べられるうちはなんとかなる。
トラさんはこれまでにも3回、そういう危機を乗り越えてきている。
しかし、今回はだめだった。
昨晩、トラさんの葬儀に参列してきた。
ボランティア10数名は皆参加した。
小次郎のときもそうだった。
最後は車に積んだ機械で火葬に付された。
トラさんは天国では他のネコたちと仲良くやっているだろう。
小次郎とかね。
うちの先代ネコのまりんもそうだ。
まりんも人には懐くんだけど、ネコはダメだった。
お隣のアメショー君と窓越しではルンルンだったのに、実際に彼が家に来た時には2階に駆け上がって押し入れの中から一歩も出てこなかったそうだ。
そんなまりんとトラさんが仲良くできるお空の上はなんて素晴らしい世界なんだろう。
最後はそういう歌で〆たい。
トラさんの葬儀の間中、おいらの頭の中で鳴っていた曲だ。
【和訳付き】Louis Armstrong - What a wonderful world
https://www.youtube.com/watch?v=czI0VtKsvFM&pp=ygU944Or44Kk44O744Ki44O844Og44K544OI44Ot44Oz44KwIOOBk-OBrue0oOaZtOOCieOBl-OBjeS4lueVjA%3D%3D
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