今年の桜の開花は例年よりも大分早くなるらしい。
しかし新型コロナウィルスの蔓延で日本各地全般的に花見の宴は自粛だ。
まあ私などは群衆の混雑は苦手なので、閑散とした桜並木の小径をぶらぶらするのも返って風情があって一興かなと思ったりもする。
あらたまって言うまでもないが“桜”は日本を象徴する花である。
“さくら”の“の由来とは
� 蛤蕕�”に接尾語の“ら”がついたとする説、
�∈�の霊である木花咲耶姫（このはなさくやひめ）から“さくら”に転じた説、
�Ｎ錣靴�咲くことから“咲麗”（さきうら）の略とする説、
�ぁ箸機匹呂気�み（田神）からで穀霊、“くら”は神のよりつく座（くら）で、桜は穀霊のよりつく座の意とする説、等々諸説あるらしい。
いづれにしても“さくら”という語感の響きには、端麗な華やかさを持ちながも、
淡く、儚く、切なく、散りゆく、といったイメージが内包されていると感じられる。
日本では古来から“桜”は様々なかたちで歌に詠まれてきた。
万葉集では、都の繁栄と春の訪れの喜びを一心に表現してみせた次の歌が有名である。
あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり
小野老
※この歌の“咲く花”とは、梅なのか桜なのか、はたまた様々な種類の花が咲き乱れているのか？と定かではない。
実は万葉集には桜を詠った歌が以外な程少ない。おそらく奈良時代以前の日本では、桜よりも梅の方が歌の題材には相応しかったと思われる。
平安時代に入り醍醐天皇の勅命により史上初めての勅撰和歌集＝“古今和歌集”が編まれる事となる。撰者は紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑。
この頃になると桜は散る様の美しさ（無常の美、もののあはれ）が美意識として抽象的に詠われるようになる。
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
紀友則
※が百人一首にも撰ばれていて有名であるが、
さくら花散りぬる風のなごりには水無き空に波ぞ立ちける
紀貫之
※のような象徴的な表現を用いた当時においては斬新（新感覚派的）な歌もある。
そしてなんと言っても女性の心情から諸行無常を詠ったこの傑作を外すことはできない。
花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
小野小町
基本的に和歌は中国の漢詩のように韻を踏むことは無いが、こんな遊び心のある歌もある。
いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな
伊勢大輔
※七（なら）→八（やえ）→九（ここのえ）と視覚的にも音としても優美に広がっていく。
現代のソメイヨシノは江戸中期以降にエドヒガンとオオシマザクラを掛け合わせて作られた品種であるが、少なくとも平安・鎌倉の田舎の桜は、現代のソメイヨシノ（クローン）の一斉一辺倒の咲散りぶりとは違ったもう少し多様で素朴な野生種（山桜など）が多かったであろう。
平安末期の歌に、おそらく里山の街道沿いに咲いている山桜を詠ったであろう一首がある
行きくれて木の下陰を宿とせば花や今宵の主（あるじ）ならまし
平忠度
※一ノ谷の合戦で討死した平家の御大将＝薩摩守忠度（平忠度）は文武両道にして、
かの藤原俊成に師事していた程の和歌の名手であった。
平家物語によると、退却の帰途の最中敵に見つかり、討取られ息絶えた忠度の箙（えびら）に結び付けられていた文（ふみ）にこの歌が残されていたという。
続古今和歌集（山家集）から、あまりにも有名な次の名歌を知らない者はいないであろう。
願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ
西行
※“如月の”とは勿論、釈迦の入滅の日を意識しての事であろう。
西行と言えば桜、桜と言えば西行、と言われるほど西行の桜への酔狂は現代に知られる。
旅と放浪の歌聖＝西行への憧れと実践は、後に俳人：松尾芭蕉、与謝蕪村、種田山頭火、等へと時代を超えて後世に引き継がれていく。
最後に、これは蛇足になるが、西行の上記の名歌を本歌とした私の拙歌を一首
望月に照らされ散りぬる花なれど白さ増されば悲しかりけり
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