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2015年07月07日00:21

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「チャイルド44 森に消えた子供たち」は恐怖政治を描く

ソヴィエトでは、理想国家の「楽園では殺人は存在しない」、
だから、子どもが殺されていたとしても、それは「事故死」とされた。

元のノンフィクション『森に消えた子供たち』のチカチーロ事件では、
「連続殺人は資本主義の弊害、この種の犯罪はこの国では存在しない」という
公的見解のために、捜査の遅れから、52人もの女性や子供の犠牲者が出たという。

「チャイルド44 森に消えた子供たち」
http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=10258677&id=3624853
http://child44.gaga.ne.jp/

映画は、実際のソヴィエト崩壊前の時代をずらし、スターリンの独裁時代が背景。
親友の子供が鉄道脇で死体となって見つかった「事故」を調べ始めた
レオ・デミドフ(トム・ハーディ)は、同様の事件が起きていることに気づいた。

レオは第二次大戦中のドイツとの戦いで、たまたま国旗を手渡されて英雄とされ、
恋したライーサ(ノオミ・ラパス)と結婚もでき、
秘密警察(のちのKGB)の捜査官として順調に出世していた。

だが、この事件を調べることは、「反体制的」な行為。
妻のライーサがスパイと疑われたり、彼自身にも危険が忍び寄る。
ライーサのレオへの告白には、どれだけ過酷な社会だったかと驚かされる。

コツコツと調べ、推理して犯人を追うというミステリー的な要素はもちろんある。
しかし、圧倒されるのは、この時代にこの国に生きる人々の姿だ。
スターリン時代は「反体制」とされた人々が数百万人も虐殺されている。

独裁政治の国で暮らすということは、どれだけ人々の自由な心を押し潰し、
人間的な温かみを奪い、社会を歪め、人々を不信と恐怖に陥れているか。
それに慄然とさせられた。


でもこれを、自分たちには関係のないことと片づけてはいけないと思う。
独裁的な政治家は、人々権利を徐々に奪って行く。

それに気づかない、または気づかないふりをしていると、
いつの間にか、秘密保護法などに脅かされて自由のない国になっているかも…。

そして、こうした息苦しい社会は、戦前・戦中の日本もそうだったのだ。
遠縁の哲学者は、戦中に教職を追われ、不当に投獄され、
戦後も釈放が遅れて、48歳で牢病死している。
政府の方針に反対する意見を言うことすら、出来ない時代だった。

(妻が早くに亡くなっていたので、投獄された彼のもとに通って
差し入れなどをしていたのは、私の入った編集部の編集長だった。
退職された後に、先輩から聞いたので、本人から聞くことはなかったが…)

今、「秘密保護法」や「集団的自衛権」、そして憲法9条を含む
「日本国憲法」までもが危うくなっている。

憲法とは、「政府は憲法を護って政治をしているか」と、
国民が政府を縛るものである(このことを国民は知っていなくてはならない)。

それを、国民を縛る憲法に変えたがっているのが、自民党憲法法案だ。
嘘だと思う方がいらっしゃるなら比較して欲しい。 

このHPの後半4分の1くらいから始まる対照表を見て頂ければわかるだろう。
http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm

「集団的自衛権」を国民に問うこともなく、
裁判官や研究者からも、「違憲」と判断されているにもかかわらず、
「憲法解釈の範囲内」という嘘を、数を頼んで通そうとする政治家。

私たちは日々の生活に追われているし、楽しく過ごせれば幸いだ。
でも…ハッと気づいた時は、もう遅いのかもしれない。そんなことまでを考えさせる。

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