１９８０年代は遠くなり、もう３０年以上も経ってしまった。８０年代の日本はバブルで、音楽ではディスコのようなダンサブルなものが流行した。プログレにとっては暗黒時代だったが、７０年代の大物バンドの多くは、ポップ化することによって生き延びようと模索した。
・ 曲 バンド アルバム
�� Owner of a lonely heart / Yes [ 90125 1983 UK ]
この時代を象徴するプログレの代表曲といえば、イエスの「ロンリー・ハート」だろう。８０年にジョン・アンダーソン抜きの「ドラマ」を出して８１年にはいったん解散していたイエス。アンダーソンが戻ってきて、トレヴァー・ラビンの洗練されたポップセンスを中心にサウンドを再構築。シャープなギターにパーカッシブなキーボード。ノリノリの単純なリズム。しかしイエスらしさを失っていないのは、ハイトーン・ヴォイスのメロディーが豊かだからだ。
�� The voice / Moody Blues [ Long distance voyager 1981 UK ]
ムーディー・ブルースの８０年代は、この曲とともに始まった。プログレッシブ志向のメロトロン奏者マイク・ピンダーが脱退し、加入したパトリック・モラーツは、演奏しながらぴょんぴょん跳ね回る陽気なキーボード奏者。アルバムが全米１位となり、一気にポップ・バンドとしての地位を確立。水晶のように透き通ったヴォーカルも爽やか。容姿も美しい３０代の青年たちは、既にキャリア２０年近い。メロディー・センスが抜群。
�� Moonlight shadow / Mike Oldfield [ Crises 1983 UK ]
マイク・オールドフィールドは、インストルメンタルの作風を捨てない一方で、レコードのもう片面に小曲を散りばめた。この曲はヨーロッパで大ヒット。オールドフィールドの歌作りの才能が開花した。マギー・ライリーによる女性ヴォーカルのメロディーの秘めやかさが胸にしみる。ストレートなのに影を刻み、森や夜や月光が郷愁を持って浮かび上がる。
�� Moby dick / Banco [ Banco 1983 Italy ]
バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソは、バンコと改名した。８０年代は、重厚長大さを嫌ったのだった。サンレモ音楽祭にも出場したが、この時代のバンコは何をやっても成功せず、結局８５年には解散の憂き目にあう。迷宮サウンドを廃して、分かりやすい単純なメロディーで、キーボードもシンプル。コーラスの中からだんだんと強調されてくるジャコモの声は少年のように艶やかで、やっぱり悠久の時間の彼方を見せてくれるのだ。
�� Heathaze / Genesis [ Duke 1980 UK ]
ジェネシスが８０年代を迎えたとき、フィル・コリンズを中心とする３人組になっていた。ポップ・ロックの方に舵を切ったジェネシスは、本国イギリスでもアメリカでも大人気のバンドとなり、８０年代に４枚のヒットアルバムを残す。ヨーロッパ的な気品のある翳りに加えて、哀愁もアップ。３人とは思えない分厚いサウンドは、多彩で奥行きのあるキーボードの賜物だ。
�� Lay down your guns / Emerson, Lake & Powell [ Emerson, Lake & Powell 1986 UK ]
ＥＬ＆Ｐの７８年「ラブ・ビーチ」は時代を先取りしたポップな作品だったが、ファンからは批判された。８０年代、エイジアで多忙なカール・パーマーに替わって、コージー・パウエルをドラマーとしてエマーソン・レイク＆パウエルを結成。社会的な問題意識を歌ったバラードでは、キーボードはストリングスとピアノの背景に徹していて、グレッグ・レイクが豊かな声量で叙情的に歌う。
�� How do you feel now / Barclay James Harvest [ Turn of the tide 1981 UK ]
バークレイ・ジェームズ・ハーヴェストは、７０年代末にメロトロン奏者が抜けて３人組になった。ジャケットは都会に向かう蝶。アルバム名は「潮の変化」。時代の潮流を感じ取り、ポップ・バンドに転身。ドイツを中心に人気を博すバンドとなって行く。ジョン・リーズの少年のような孤独で憂いのある声が印象的。この曲は、キーボード・オーケストレーションやブラスを加えて流麗なシンフォ・バラードになった。
�� Rain is falling / ELO [ Time 1981 UK ]
エレクトリック・ライト・オーケストラも、もはやＥＬＯという短いバンド名を名乗っている。しかしバンド内オーケストラを最初に取り入れた実験的なバンドだったとは信じられないほど、もともとポップだった。溌剌とした若々しい声で、くっきりと輪郭の際立った英国的なメロディー。美しい曲がずらりと並んだアルバムであり、メロディーの力というものを感じさせる。
�� In derselben Bahn / Stern Meissen [ Stundenschlag 1982 West germany ]
東ドイツのシュテルン・コンボ・マイセンも、シュテルン・マイセンと短く改名。共産圏でもポップ化の波が押し寄せてきた。音楽を解体して前に突き進む西ドイツのクラウト・ロックと違って、東ドイツのシンフォは伝統に忠実で繊細にして品格がある。このバンドは、軍隊の行進曲のようだった７０年代作品と打って代って、のびやかな牧歌調のヴォーカルが切なくて懐かしさを感じさせる。
�� Les lorgnons / Ange [ Vu d'un chien 1980 France ]
フランスの人気バンドだったアンジュも、８０年代を迎えた。こちらはダンスビートへの転換のような迎合はないものの、さすがにメロディーをくっきりと際立たせて歌もの的なサウンドが多くなった。ひねたメロディーが大仰にドラマチックであり、クリスチャン・デカンの張り上げるヴォーカルは奥深くてまとわりつくような粘着質。ギターも粘着質。ポップ化しながらも個性を強化。５０年近く支持されるバンドはさすがだ。
[次点] Matte kudasai / King Crimson [ Discipline 1981 ]
７０年代後半長く解散状態にあったキング・クリムゾンが再結成して出した「ディシプリン」には愕然とした。７０年代の面影はなく、ポリリズムという変拍子のリズムを中心とした軽妙で奇抜なサウンドになっていた。そして、謎のようだったのが、日本語で歌われるラブソング「待ってください」。声質はドライなのだが意外とメロディアスで、聴き慣れない砂漠のような新奇なサウンドの中の一服の清涼剤だった。
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