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2017年09月26日22:47

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『SRサイタマノラッパー マイクの細道』再放送

 東京テレビのドラマ24の枠は、放送した直後のクールにBSジャパンで再放送される。映画やドラマを見る機会が多くはないので、できるだけたくさんの作品を触れたいという気持ちが強く、一度でも見たものは基本的に見返さないのだけれど、この枠の『SRサイタマノラッパー マイクの細道』はなぜかまた見てしまった。

 最初にかつての仲間を捜しにいった青森県の大間で、主人公たちは妙にしょっちゅうラップ口調でやりとりをする。そりゃ、ラッパーのドラマなんだからそんなもんだろと言われればそうかもしれないけれど、別にラッパーだっていつもあんな口調でしゃべっているわけではないと思う。

 そういう様子を見ていて思い浮かべたのが、ある動物学者の言葉だった。もう名前も憶えていないその学者の専門はゴリラだったのだけど、この類人猿は実はけっこう頻繁にハミングをしているらしい。
 それを見たその学者は、言葉ができてから歌が生まれたのではなくて、歌のために言葉が生まれたのではないかと言っていた。

 なんとなくありうることのような気はする。少なくとも、かつては今ほど散文と韻文の区別が明確ではなかったように思う。平安時代の歌物語などをみても、両者の間にある垣根がそれほど高くなく、かなり自由に相互を行き来している印象がある。

 次の岩手県の遠野では、河童の怒りを鎮めるためにラップをやることになる。ここでは、宗教と未分離だったころの芸能の1ジャンルとしての音楽が扱われていると思う。

 さらに次の福島県の猪苗代では、世界で唯一のラップ寺、竹田寺で修行することになる。この竹田寺のかっとんだ設定とそこでの僧侶たちの振る舞いがおもしろい。
 というより、このドラマはようやくここからふつうのドラマとして盛り上がってくる。それはまでは正直、言わんとするところはわからんでもないけど、淡々としすぎているきらいがある。
 テレビドラマは、とりあえず初回はできるだけ見て、次第に絞っていくのが一般的な見方らしい。実際、ドラマ枠はどこも第1話はそれなりの視聴率をあげつつ、そこからも横並びにストンと数字を下げていく。だいたい第4話あたりで落ち着くので、そこまでついてきた人は最後まで見るということなのだと思う。
 とすると、とりあえず、畳めない風呂敷でもなんでも広げて第4話までいかに視聴者を囲いこむかが、テレビドラマ作りのセオリーということになるのだろう。
 しかし、このドラマはその最初の山場の後から調子を上げてくるわけで、東テレのこの枠はDVDの売り上げで製作費を回収する仕組みらしいから、いわゆるプライムタイムのドラマと一律に較べるわけにはいかないけれど、セオリーを外していること自体は事実ではある。このあたりは、やはり、テレビドラマではなくて、映画の組み立てなのかなあと思う。むしろ、そこを買われての起用だったのかもしれないけれども。

 ここでは一見、音楽はまだ宗教の下にありながら、「自分の心と向き合え」という指導がなされているように、すでに内面化への萌芽が兆しているようでありつつ、実は竹田寺自体がラップのために創建されたところなので、すでに音楽と宗教の関係は逆転してしまっている。
 それはともかく、寺で修業しながらずっとやってきたはずのラップの今まで見えなかった側面に気づいていくここでのシークエンスは、よくできているしおもしろい。

 そして、一行は埼玉県の赤羽へとやってくる。芭蕉の『おくのほそ道』は東北から北陸までをぐるりとまわって大垣で伊勢を目指そうといって結んでいるので、別に東北だけを舞台としているわけではないのだけれど(もっとも、タイトルは明らかに東北を意識している)、このドラマでも音楽への問いかけのようなものは東北編で区切りをつけ、関東に入って彼らは自身の現在の問題と直面することになる。

 刑務所に服役して今回の旅の原因を作ったMightyはここで昔の仲間と出くわし、捕まってしまう。連中のアジトで凄惨な暴力を振るわれながら、それに対して徹頭徹尾、ラップで対抗するところに竹田寺での修行の成果というか、このなにかと血の気が多くトラブルメーカーだった人物の変化が如実に表れている。

 一方、ライブが妹の結婚式と重なってしまったIkkuは、妹にラップで自分の気持ちを伝え、妹も聞き覚えのラップでそれに応えたことで、この件を落着させている。

 思うに、このドラマ全体のクライマックスはここ赤羽で迎えていて、川崎のクラブ・チッタのライブは、むしろ、余韻だと思う。
 入江悠という人自身はおそらく、ラップというか、音楽自体にそれほど思い入れはないような気がしている。制作の最初のきっかけは「埼玉とラッパーって、なんか少しずれていておもしろいな」という、ただそれだけのことではなかったろうか。
 もちろん、埼玉でラッパーをやる人間だっているはずで、ちゃんと考えれば埼玉とラッパーがそんなにかけ離れているはずはないのだけれど、でも、なんとなく、やっぱり、ちょっとずれていて、そのずれ方の微妙なところもおもしろいとか、そういうか細い理由だった気がする。

 自分の好きなこと、身近なこと、熱中していることを題材にするのは下調べを省けるし、なにより自身のモチベーションとして最高に好ましいことではあるけれど、自己満足に陥ってしまいがちというリスクも負うことになる(好きなことを仕事にすると、往々にして嫌いになってしまうというのもある)。
 入江監督は、そうでなくて部外者としてのニュートラルな視点でじっくり描写を積み上げながら、自分でも対象に迫っていくタイプだと思う。

 だから、ドラマで音楽やラップが最高であることを確認したい人には、楽しめたかどうかよくわからないのだけれど、自分のように音楽を聴く習慣のない人間は、監督のアプローチを後から追いかけていく感じがあっておもしろかった。

 心の支えになるもの、人と人を結びつけるもの。上記の二つのシークエンスに、入江監督は音楽にそうした働きを負わせている。それは言葉にすればこんなに陳腐だけれど、そのために映画を3本撮った人物がたどりついたところを、テレビドラマのシーンとして構成して見せた時には相応の説得力があったと思う。

 そして、いよいよ一行は最後にクラブ・チッタでのライブを迎える。このシーンでは、実際にクラブ・チッタに客を入れ、そのライブの様子を撮影したっぽい。肝心のパフォーマンス中の客席の様子があまり映っていないので、盛り上がったのかよくわからないのだけれど、かなり日本語よりのラップを役者の演じるグループがパフォーマンスしたのだから(ドラマの展開としてはそうなるのだけれど)、客としてはふつうに戸惑ってそうではある。

 とはいえ、ロビーに出ると好意的に声をかけてくれる人もいて、感触は悪くない。のだけれど、次のシーンでは一転して人気のないロビーで、Ikkuが一人、静かに立ち尽くしている。
 さまざまに解釈はあるだろうけれど、このシーンは、とりあえず、やりきった後の虚脱感のようなものを表していると思う。すべてを出し尽くしたようでいて、実は最初からてんで間違っていてなにもできなかったようでもあり、充実しつつ、なにもかも喪失していて、えもいわれぬ不安や焦燥に駆られてもいる。
 それは、ライブを終えたミュージシャン、舞台がはねた後の俳優がいつも味わう、そして、堅気の生活をしている人間にはあまり近づくことのない感覚だと思う。なにより、監督自身が、映画を一本撮り終えた後の名状しがたい雰囲気をあそこに表したかったのではなかろうか。

 やがて、宴は終わり、彼らは埼玉へ戻ってくる。どことなくライブの後の置きどころのない気持ちをひきずって持て余しながら挨拶を交わし、別れていく。そして、Ikkuが歩き出したところで番組のエンディングがかかる。
 このドラマのエンディングは手間がかかっていて、曲はずっと同じぼくのりりっくのぼうよみ『つきとさなぎ』が流れ、映像はその回の舞台か近隣の場所を、主要メンバーが画面の上手から下手へと歩いてカメラがそれを追い、背景にゲスト登場人物たちがいることもある、という構成になっている。
 なんでもないようでありながら、その回のことを思い返しながら眺めていることが多かった。

 しかし、最終回だけはIkkuだけが一人、画面の下手から上手へと歩いてカメラがそれを追っている。そして、曲が終わったところで、Ikkuは一人の女性と出くわす。どうやらその女性とは旧知の仲らしく、かなりざっくりした調子で会話を交わすのだけれど、テレビドラマしか見ていない視聴者には彼女が誰だかわからない。

 おそらくあの女性はAV女優のみひろだと思う。みひろは映画の第1作にAV女優の役で出演していて、登場人物たちが彼女のAVを見るシーンがあり、監督がメーカーに出演シーン使用の許可を申しこんだところ、「抜けない範囲でならOK」というアバウトすぎる返事をもらって、逆に困ったらしい。
 AVメーカーが意外に自主製作映画には優しいということがわかる、不思議なエピソードではある。

 どうやら、その女性は一つところに居座るタイプではなくて、またどこかに出かけるためにスーツケースを引っ張りながら歩いていて、結局、去っていくのだけれど、去り際に「まだやってたんだ。えらいじゃん」と言うのだった。

 だからどうした、というなにかが鮮明になる終わり方ではないのだけれど、それはそれでそういうものかなあと思える幕の引き方だった。

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