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2017年09月23日23:52

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映画 ”オン・ザ・ミルキー・ロード” エミール・クストリッツァ監督

”オン・ザ・ミルキー・ロード”  エミール・クストリッツァ監督


”アンダーグランド”(96/5)で衝撃を受けて以来、”黒猫白猫”(99/5)、
”ライフイズミラクル”(05/4)、”ウェディングベルをならせ”(09/4)と、
毎回、戦争に翻弄されつつも逞しいセルビアの人々の生活や恋愛を
ユーモアと風刺、そして音楽と、画面から溢れ出さんばかりのパワーで描く
大好きな監督、八年ぶり待望の新作がお目見えです。

隣国と戦争中のとある国。右肩にハヤブサを乗せたコスタは、
村からの戦線の兵士たちにミルクを届けるため、
毎日銃弾をかわしながらロバに乗って前線を渡っている。
国境を隔てただけの、すぐ近場同士で続く殺し合い。
いったい戦争はいつ終わるのか、誰にも見当がつかない。
そんな死と隣り合わせの状況下でも、村には呑気な暮らしがあった。
おんぼろの大時計に手を焼いている母親と一緒に住んでいるミルク売りの娘ミレナ。
美しく活発な彼女の魅力に村の男たちはメロメロで、
皆がミレナ目当てもあってこの家のミルクを注文する。
そのミルクの配達係に雇われているのがコスタだ。
コスタに想いを寄せているミレナは、ひとつの計画を思い描いていた。
戦争が終わったら、兵士である兄のジャガが戦場から帰ってくる。
兄は、この家に花嫁として迎える女性と結婚する予定だ。
その時と同じ日に、自分はコスタと結婚するのだと――。
ミレナは難民キャンプから兄の美しい”花嫁”(モニカ・ベルッチ)を調達し、
村に連れ帰るが、コスタと”花嫁”は互いの不幸な過去に共感し惹かれ合う。
ようやく停戦が宣告され、村はお祭り騒ぎ。ジャガも村に帰って、
コスタにミレナと結婚するように迫る。途方にくれるコスタ。
いよいよダブル結婚式の日、多国籍軍の将校がかつて愛した”花嫁”を
奪い返すために特殊部隊を送り込み、村を焼き討ちした。
そしてコスタと花嫁の果てしない逃避行が始まる、、、。


空を飛ぶハヤブサ、ハヤブサが俯瞰する村の姿、群れをなすガチョウ、
屠殺されるために運ばれるブタ、そのブタから出た血が貯められたバスタブに
次々と飛び込むガチョウ、それを眺めうごめく蛇、
映画はさながら動物の記録映画のように始まります。
どうやってこの動物たちを演出したんやと、最初から圧倒され、
画面に引き込まれます。
そんなのどかなから動物たちと村人の生活一転して戦闘が始まりますが、
その中をコスタが弾除けの傘(避けれるのか?)をさし、
ロバにまたがりミルクを運びます。 
村の人々の生活を隣り合わせの中で戦争が行われる不思議さ、不条理さ、
これこそが昔からの監督の描く世界です。

物語はミレアのコスタへの熱心なアプローチと、視線でコスタを虜にする花嫁、
花嫁に惹かれるもジャガに脅されミレアとの結婚を拒否できないコスタの困りようが、
戦闘シーンや村人全員が歌い踊る祭りや愉快な動物の生態に挟まれて
ユーモアたっぷりに描かれます。
ああ、今回はこんな感じでハッピイエンドで終わるのかなと思いきや、
花嫁を奪還すべく現れた三人の特殊部隊の登場で
映画のトーンがガラッと変わります。

たった三人で村を焼きつくす様は、今までの作品の旧態然とした兵士同士の
緊迫感の低い撃ち合いが中心だった戦闘シーンとは明らかに違っており、
昨今のリアルな戦闘シーンが中心のハリウッド映画的でもありました。
そのあとの森や草原や川の中を必死で逃げる二人を執拗に追いかける場面も、
いつもなら牧歌的に描くところを音楽も抑えめにして緊張感を高めて
描いていたのも今までにない演出に感じました。
とはいえ二人が絶体絶命の危機の時は動物たちの助けや
不思議な力によって切り抜けるのは、
今まで通りとても監督らしく、ファンタジーでした。

終盤、動物たちが凄惨な目にあい、いたたまれない気持ちになります。
監督はインタビューで、今の人間は戦争で人が死ぬことより、
ペットや野生動物たちが死ぬほうが残酷さを感じる、と述べています。
動物好きの監督ですから、できればこういうシーンは描きたくないでしょう。
でも、昨日まで隣人だった人々が殺し合い、
そして大切な人々をたくさん失うという辛い思いを経験している監督は、
戦争の愚かさに麻痺している世界中の人々に
可愛くそして非力な動物たちの死を描くことで
なんとか警鐘を鳴らしたかったのでしょう。

ラストのあの白い瓦礫、
”アンダーグランド”のラストと同じように、
なんだこの世界は 一体どうなっているんだ、という感じで、
ハッと息を飲みました。
そしてすぐ、これがコスタの十五年の思いかと、深い感動を覚えました。
それはまるで、あの牛乳を運び、”花嫁”に会いに行ったあの道、ミルキー・ロード、
いや、道というよりもっと広い、二人のための白い世界、
幸せな物語がまた始まるのを期待して作り上げた世界。
とても美しく、広大な、深い愛の集積でした。
(あれは”花嫁”が望んだものなのか、そういうセリフがあったのかどうか?
 あったとしたら聞き逃しました)

コスタを演じたのは監督自身ですが、心に傷を持った不器用でシャイな男、
後半では花嫁を守ろうとする力強さや執念をよく演じていました。
女性二人が野戦病院の隣同士のベットで寝ている時、
両方に雨漏れがかからないように両手の鍋を腕を伸ばして受ける姿の滑稽さが
印象的でした。
あと楽器を演奏するシーンではたまにポール・マッカートニーに見えたりも。

”花嫁”(最後まで名前がない)のモニカ・ベルッチ、
ボンドガールにも選ばれた美女ですが、
花嫁衣装や薄着で森の中を駆け回り、川の中を潜ったり、
体を張ったサバイバルな見事な演技でした。
ミルクの缶を抱え、それを服にこぼしながら(何かのメタファー?)
走って追いかけてくる姿がとても色っぽくて美しかった。

リズムにノッて身体を揺らしコスタの肩にちょこんとのるハヤブサ、
次々とバスタブに飛び込むガチョウ、コスタを運ぶ主人思いのロバ、
卵を産み落とそうと飛び跳ねる鶏、コスタと口移しでみかんを食べる体重300キロの熊、
二人を囲んで守ろうとする羊の群れ、そしてミルクをくれた恩で彼らを助けるヘビ、
これらの動物たちの演技にはほんと驚かされます。
まさに監督の映画の集大成と言えるでしょう。ほんとうに唯一無二の演出です。
監督曰く、食べ物を与えれば言うことを聞いてくれる、人間と同じ、だそうです。

監督の息子が担当した音楽は、先日見たライブ(息子は今回参加せず)でも堪能した
裏打ちリズムのジプシーパンクが随所に使われ、
特に村の祭りのシーンでは長すぎるでと思うぐらい延々と流れてました。
その音楽に合わせて踊る村人の楽しそうな姿を見ると祝祭の音楽なんだと納得です。
そういった賑やかな音楽だけでなく、美しくかつ物悲しいエンディングの曲なども
素晴らしく、監督の息子の幅広い才能を感じました。

監督は映画だけでなく、バンド、そして今年は日本でも初短編小説が翻訳出版されたり、
本当に幅広い活動をしており、その映画同様のごちゃまぜなパワーに感心します。
以前、引退宣言をしましたが、まだまだ63歳、これからもいい作品を期待したいです。

日本でも大ヒットした”この世界の片隅に”と同様に、
戦争と隣りわせの日常や人間より弱い動物の死を描くことによって
再認識する戦争の愚かさを、改めて強く感じました。
東京でも単館ロードショーなのがもったいない傑作です。

動物の使い方、村の祭りの音楽、現代的な戦闘シーン、凄惨な動物の殺戮、
静かなエンディング、と今までの作品のいろんな要素を
さらに振り幅を広げたような作品、
人々の姿に笑い、二人の恋の逃避行にハラハラし、動物の生態にびっくりし、
音楽にノリ、心を痛めたり、深く感動したり、
あらゆる感情ごちゃまぜの大きなパワーを持った映画、大満足でした。

https://www.youtube.com/watch?v=81V7bbUTqF8


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