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2017年05月27日23:44

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平安五神伝二作目 発つ鳥跡を濁す 1章−5

序章   http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1954301029&owner_id=51444815
1章ー1 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957642461&owner_id=51444815
1章ー2 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958604276&owner_id=51444815
1章ー3 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958655792&owner_id=51444815
1章ー4 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1959968997&owner_id=51444815


虫と蛙の鳴き声が響く夜半時、光元宅の縁側で大人達よりやや早めに食事を終えた朱夏が腰を下ろしている。

「おい朱夏、これ食おうぜ」

屋敷の正面から庭を通ってやって来た黄龍が喜々とした様子で両手の丸いものを掲げる。

「わー!おっきな蜜柑(みかん)ー!」

朱夏が嬉しそうに諸手を上げた。黄龍が持ってきたのはやや色味の薄い、個々の大きさが朱夏の手の平より大きな四つの柑橘系の果実だった。
横に座った黄龍から蜜柑を一個受け取り、早速黄色い皮を剥がしにかかる。しかし子供の細い指では表面が滑り、なかなか初手を加えられない。

「コーちゃん、これ剥きにくいー」
「仕方ねぇな・・・ほら、こっち喰え」

黄龍が外皮を剥き終わった自身の果実と彼女の物を交換してやる。

「ありがとー!えへへ」

甘えられる相手に、少女は非常に楽しそうである。

「・・・すっかり仲良しさんだねぇ」
「あの男に子供を手なづける才能があるとはな」
「・・・・・・」

縁側にいる二人の背中を、屋内から光元、玄武、燿が見守っていた。掛盤(かけばん。食事用の卓)の前で食後の茶を啜っている最中である。

「あ、そうだ。燿さんには僕の職業について話しておこうかなぁ」

光元がふと思いつきを口に出す。

「僕のお仕事は、この平安京を守る陰陽師。陰陽道を用いてこの世のあらゆるものを占ったり、はたまたお昼みたいに人ならざる者から人々を守ったり・・・そんな感じのお仕事です。で・・・」

光元は碗を掛盤に戻し、空いた手で床を軽く叩く。

「僕みたいな専門家がいるって事は当然この都、平安京も呪術的守護で守られてるって事。それはもう、神様を祀ったり、神木を称(たた)えたり、時には怨霊供養した挙句神様になって頂いたりって、先祖の代から積み上げてきた守りがてんこ盛り」

自分達の先祖の偉業を説明する光元の顔は少し誇らしげであった。しかし少年と二年連れ添っている玄武は内心で苦い顔をする。
光元はこの玄武と出会った当初とほぼ同時に平安京にやって来た、言わば地方の者。つまり彼の先祖はそれらの所業に関わっていない可能性も大きい訳で・・・我が事のように話す光元の様子に違和感を覚えてならない。そんな揺らぐ男の心情を読み取ったのか、不意に光元が玄武の方へ振り向く。

「クーちゃん、この平安京の周囲を守る最終結界の力って、何と思う?」
「し、・・・四神相応」
「その通り!」

向けられた視線に戸惑いつつも玄武から返って来た正答に主人が嬉しそうに笑う。単に質問をしたかっただけのようだ。

「青龍・朱雀・白虎・玄武。四方の土地に宿る四神獣の名を持つ力・・・そこに本物の神獣を実際に据えて強固にしちゃおう!・・・っていうのが僕の計画。だから朱雀族である燿さんと朱夏ちゃん!二人には是非僕の仲間になってもらいたいんです!」

光元の声は力強かった。

「二人の髪や瞳の色に強い火気を感じる妖気の質・・・そして燿さんの昼間に見せてくれた繊細ながらも力強い技!絶対に朱雀に違いない、というか、あれ!」
「結局重要なところは願望止まりなんだな・・・」
「だって!燿さん自分でそうだって言ったわけじゃないし〜。僕この二人以外の朱雀見たことないから確信持てないし〜」

呆れた様子の玄武は睥睨の眼差しのまま燿を見やる。

「ちなみにオレは薦めんぞ。この主人は人使いが荒いし何より変な名前を付けたが―――」
「あっはっは、クーちゃんったら天邪鬼ぅ!」

玄武の警告という名の本音は、ふざけた調子の光元に思いきし背中を叩かれて阻止される。

「ッホ、ゲホ・・・お前な・・・!」

非難しようと振り返った背後に既に傍若無人な主人はいない。いつの間にやら、燿の前に移動して碗を持ったままの手に自分の手を添えていた。身長の差で見上げる形になる燿の切れ長の瞳を、懇願の色を乗せて一心に見つめる。

「僕としてはそういう事情なんですけど・・・承諾して頂けませんか?」

優しい自分の師匠であれば快諾させ、意思と正義感の強い兄弟子さえ怯ませるという自慢のおねだり顔であった・・・が、

「・・・・・・」
「・・・・・・」
赤髪の男は見上げてくる少年の瞳を静かに受け止めるばかり。
「・・・・・・」
「えっと・・・せめて一言くらい欲しいな?」
「・・・・・・」
「・・・燿さんって声、出ないの?」

不自然な沈黙に光元は困り顔で首を傾げ、彼の全身を見回す。

「ん〜見た目喉とかに異常があるって訳でもなさそうなんだけど・・・」
「何か訳ありのようだな」

玄武は既に彼が『そういう者である』と認識したらしく追求も咎めもしない。主人のように強い執着も興味があるはずもなく、冷めた顔つきで茶を啜っている始末である。

「・・・ふぅん、朱雀一族のお話でも聞こうと思ったのにざ〜んねん!」

燿の態度にこれ以上の勧誘や介入は無駄と光元も判断し、いそいそと自分の席に座り直す。

「これじゃ僕とクーちゃんのいつもの会話と変わんないね」
「あの新入りでもいれば違ったろうにな」
「シーちゃんの事?でもシーちゃんには一度お屋敷に帰ってもらわないといけなかったから仕方ないよねぇ、『白河』として」

白河の名前が出た途端、燿の眉が僅かに動く。その小さな変化を少年は見逃さなかった。

「燿さんも白河の名前くらい聞いた事あるみたいだね」

彼の表情の変化が見れて嬉しかったのか、光元は微笑む。

「ま、行きはともかく帰りは荷物や身分の心配もないだろうから、明日には帰って来ると思うよ〜」

玄武がおもむろに顔を上げる。遠くで時刻を知らせる鍾鼓が鳴っていた。

「光元、そろそろ引き上げんと明日に響くぞ」
「もうそんな時間か。じゃ、僕は先に寝かせてもらお。朱夏ちゃん、一緒に寝よっかー!」
「は〜〜〜い!」

光元の誘いに蜜柑を食べ終えた縁側の少女が駆け寄って来る。

「遊び相手を奪ったらもう一人のガキが五月蠅いかもしれん」
「大丈夫!僕の防音術は完璧!喚き声どころか足音一つ聞こえないから」

少年は最後に親指を突き出してみせ、朱夏を伴って寝室へと引き上げていく。

「光元がお前達を気にしているというだけで、居座ろうが出ていこうが勝手にすればいいと思うぞ。オレとしてはさして興味の湧かない話だからな」

玄武が気怠そうに腰を上げる。

「面倒な事だがオレ達は光元の話していた命令・・・京の守護、もとい妖異退治に出てくる。そういえば・・・人手が増えればオレの負担が少なくなるか。その点は魅力的だな。・・・おい」
「わかってるよ」

黄龍も蜜柑の皮を縁側の隅にまとめ置いて立ち上がる。玄武と違い戦闘好きな黄龍にとっては嬉しい指令で新しい日常だ。拳を打ちあわせ気力満々といった風情で、高揚した意欲のままに屋敷の塀をひと飛びで超えてみせる。

「そうだなぁ・・・今日は羅城門の方から攻めてみるとすっか」

軽い調子で今夜の予定を脳内で組んでいると背後で足音。振り向くと、燿が塀の上まで進み出ていた。視線は黄龍を見つめている。

黄龍が歩み始めると塀の上の足音も追ってくる。どうやら後をついていく心積もりらしい。

「・・・なんだよ。ついてきても何もやらねぇからな」
「・・・・・・」

歩みを止めずに警告するが、相変わらず沈黙が返ってくるのみ。黄龍にも燿の意思は汲み取れない。

「変な奴」

妙な同行者を連れ、黄龍は夜の平安京を進んでいく。


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