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2017年01月17日17:04

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1月新橋演舞場・右團次襲名披露(昼/「雙生隅田川」)

17年1月新橋演舞場(昼/「雙生隅田川」)


「雙生(ふたご)隅田川」は、初見。今回は、市川右近が、三代目右團次を継ぐ。合わせて、6歳の息子が二代目右近を継ぐことになり、初舞台を披露した。

新春の新橋演舞場の場内は、着物姿が正月気分を盛り上げ、襲名披露の祝い幕も飾られ、一段と祝賀ムードを盛り上がる。祝い幕は、慶応ボーイの三代目右團次らしく、幕の上手に「三田会有志」よりとある。中央に、三升に右團次の紋。中央から下手に向けて、三代目市川右團次、二代目市川右近丈江とある。幕全体は若緑の色がグラデーションになっている。

三代目市川右團次、81年ぶりの右團次復活である。初代右團次は。幕末期、河竹黙阿弥と組んで独自の舞台を見せた四代目小團次の実子。二代目右團次は、養子。二人とも、葛籠抜けの「石川五右衛門」や早替りの「鯉つかみ」などケレンや仕掛けのおもしろさを見せる狂言を得意とした。往年の時代劇映画のスターになった市川右太衛門は、二代目右團次の弟子であった。右太衛門の歌舞伎役者名は、市川右一、高島屋であった。ついでながら、右太衛門の次男が北大路欣也。贅言ながら、NHK記者時代の1979年、右太衛門が叙勲された時に、市ヶ谷のマンションにある自宅へ受章の感想をインタビューに行った記憶がある。テレビで放送した。


御家騒動と自然破壊の果てに


「雙生隅田川」は初見。近松門左衛門原作 、1720(享保5)年、大坂竹本座初演。久しく上演が途絶えていたが、1976(昭和51)年10月、新橋演舞場で、三代目猿之助(二代目猿翁)が256年ぶりに復活上演した。以後、三代目猿之助は、歌舞伎座で2回上演した。今回は市川右近改め、三代目右團次襲名披露のメイン演目として、23年ぶりに上演された。

京都の公家・吉田家の御家騒動(双子の梅若丸、松若丸が絡むという趣向)とその関連の吉田家元家臣・猿島惣太が犠牲となって生まれ変わった「善役」の淡路七郎天狗と「悪役」の次郎坊天狗の、天狗同士のバトルが基本構造となる。「勧善懲悪」なのだが、果たしてそうか。スペクタクルな見せ場は、大詰の「琵琶湖鯉つかみの場」。猿之助らの復活脚本に加えて、新たな補綴・演出で上演した。しかし、舞台を見ていると「勧善懲悪」の善と悪が? という気になってきた。その辺りにも少し拘って書いてみたい。

今回の場の組み立ては次の通り。
発端「比良が嶽山中の場」。序幕第一場「吉田少将館奥御殿の場」、第二場「吉田少将下館の場」。二幕目「下総埴生村惣太住家の場」。三幕目「班女道行より隅田川の場」。大詰第一場「正親町通り塀外の場」、第二場「琵琶湖鯉つかみの場」。

主な配役は、猿島惣太、後に、七郎天狗、奴軍介が、右近改め、三代目右團次。班女御前が、猿之助。大江匡房が、中車。淡路前司が、男女蔵。小布施主税が、米吉。次郎坊天狗が、廣松。双子の梅若丸・松若丸のふた役が、二代目右近(初舞台)。局長尾が、笑三郎。勘解由兵衛が猿弥。惣太女房・唐糸が、笑也。吉田少将が門之助。県権正武国が、海老蔵。

初見の演目なので、舞台再現のために、筋を追いながら記録しておきたい。
発端「比良が嶽山中の場」。吉田少将家の執権勘解由兵衛(かげゆひょうえ。猿弥)が山中に引き寄せられる。引き寄せたのは比良の天狗・次郎坊天狗(廣松)。山王権現の鳥居造営に大量の比良杉を伐採した吉田家に祟りをなそうとしている。吉田家の御政道は、批判されるのか? 次郎坊天狗の主張は、今なら、「自然破壊に反対」すること。「祟りをなそう」という方法が問題で、非難されるのか? その実、次郎坊天狗は、執権の立場を利用して吉田家横領を企む兵衛の悪心と共闘しようと申し入れる。権力側の悪の一員と通じる、という方法が批判されるのか? 舞台暗転となり、廻る。

序幕第一場「吉田少将館奥御殿の場」。祟りのせいか、吉田少将は病気である。御殿奥から出てきた局長尾(笑三郎)は、鳥居造営の責任者として出張中(伐採「強行」の代行者)のもう一人の執権・県権正武国(あがたごんのかみたけくに)の不在で不安がっている。奥家老の淡路前司(男女蔵)が松若丸(二代目右近)を連れて花道から登場する。松若丸は吉田少将の子息、梅若丸と双子、双子を忌み嫌う当時の風潮の中で、梅若丸は館で育てられたが、松若丸は実母の実家で育てられていた(右近ふた役、早替り)。双子の存在は吉田家の隠し事。限られた関係者しか、この双子の存在は知られていないが、父親の吉田少将の病状が思わしくないとあって、病気見舞いに初めて少将館を訪れた。松若丸は実父を見舞うとともに、双子の兄弟の梅若丸と初めて対面することになる。

御殿の襖の中から「悪役」次郎坊天狗が現れ、「ぶっかえり」という衣装早替りの演出。次郎坊天狗は吉田少将への罰として松若丸を攫って行く。次郎坊天狗は逮捕監禁事件の実行犯である。少将は、残された嫡男・梅若丸を下館へ避難させる。少将には天狗の面で変装した不審な男(実は兵衛)と次郎坊天狗の配下の烏天狗たちが襲ってきて、少将を殺してしまう。殺人犯たちの立ち回り。

同 第二場「吉田少将下館の場」。少将の死去に伴い、梅若丸が家督を相続することになり、朝廷に申請をする。朝廷の勅使・大江匡房(中車)が下館を訪ねてくる。館の奥より登場した梅若丸と母親の班女御前(猿之助)が小布施主税(米吉)を伴って勅使を出迎える。勅使は吉田家側の意向を認める代わりに吉田家に預けてある朝廷の家宝の「鯉魚の一軸」(絵柄は鯉の滝登りが描かれている)を返還するよう要求する。描かれている鯉に目を描き入れると軸から飛び出る恐れがあると伝えられる中国(唐)の掛け軸である。お家横領を企む兵衛の配下の唆しを受けて梅若丸は掛け軸の鯉に目を描き入れてしまう。鯉は絵から抜け出し、館上手の池に飛び込んで上手揚幕の向こうへ逃げてしまう。この鯉が、後に大詰で活躍することになる。これに驚いた梅若丸は兵衛の唆しを受けて出奔してしまう。吉田家の後継の双子は、大事な時に、一人は天狗に攫われ、一人は出奔してしまった。母親の班女御前は、双子の行方不明により狂乱して家を出てしまう。猿之助は、花道へと彷徨いでる。班女もの狂い。梅若伝説である。吉田家は崩壊の危機を迎える。

花道から、もう一人の執権武国(海老蔵)が登場。武国は鳥居造営の出張先から戻って来たのだ。淡路前司は、鯉魚の一軸の件も兵衛のお家横領の企みも打ち明け、すべて自分の責任だと切腹してしまう。前司の忠義を評価し、双子のうちの一人が無事戻ったら、吉田家の相続には尽力する、と武国は約束する。

二幕目「下総埴生村惣太住家の場」。竹本出語りの演出で、古風な舞台を演出する。上手商事の間より、惣太(三代目右團次)登場。右の眉の上にホクロがある。惣太の前身は、淡路前司の息子・七郎俊兼であったが、出会った当時遊女だった妻の唐糸(笑也)に入れあげ、吉田家の一万両を横領してしまった。本来なら死罪であったが吉田少将の温情で「勘当」止まりとなり東国に流れ、今は埴生村で人買い稼業をしている。きのう売った稚児がトラブルを起こし、戻されてきた。稚児を十両で売るつもりだった惣太は当てが外れたと怒り、この稚児を折檻の果てに殺してしまう。実はこの稚児が出奔していた梅若丸だったのだ。そこへ現れた深編笠の武士は武国(海老蔵)だった。「人買い惣太はご在宅か」と大声で訪う武国。「人『買い』ではなく、人『借り』商売だ、迷惑千万」と憤る惣太。武国は惣太の噂を聞いて訪ねてきたのだが、惣太が元の淡路七郎だと知り驚く。「なににもせよ、ごめん」と家の中に入り込んでくる。惣太の父親・前司切腹の経緯を聞かされ驚く惣太は殺してしまった稚児が主家だった吉田家の嫡男と知りショックを受ける。主家の若君殺し、という大罪を犯してしまったからだ。もう取り返しがつかない。若君殺しに使った責め道具で天井を突き破れば、小判が雨のように落ちてくる。床を逸れば千両箱。合わせて9990両。稚児が売れれば、10両足して、1万両となるところだった。使い込んだ1万両耳を揃えて吉田家に返して、帰参したかった、という本心を打ち明け、若君殺しの責任を取って自害する惣太。悪人の善人への戻り。惣太は命を掛けて、死と引き換えに天狗に変身する。下手にいた惣太は薄闇の中で、上手に移り、「善役」七郎天狗の誕生。吹き替え? 舞台を横に移動する宙吊りで、天狗昇天。天狗は松若丸探しヘと、旅立つ。本舞台に惣太(右團次)が残る。

三幕目「班女道行より隅田川の場」。お馴染みの「隅田川」。双子の息子たちが行方不明となり、もの狂いになった母親の班女御前(猿之助)。花道から登場。さすらいの旅の果てに隅田川河畔に辿りついた。桜満開。悲劇をよそに、春爛漫。竹本の出語り。山台に愛太夫ら4人。語りの文句に「戸塚、保土ヶ谷」などの地名が聞こえる。下手(隅田川右岸)に船着場。女舟長、実は、惣太の女房・唐糸(笑也)の舟で対岸(隅田川左岸)に渡り、柳と松が植えられたふたつの塚を探し当てる。舟に乗り、舟から降りる。塚は引き道具。黒衣や水衣が場面展開をサポートする。

松の塚は惣太の墓。柳の塚は梅若丸の墓と知らされる。案内してくれた女舟長は、惣太の女房・唐糸だった。梅若丸の墓に打掛をかけて、その上から墓を抱いて泣き崩れる女の所業に、唐糸は女が梅若丸の母親と知る。その日が梅若丸の祥月命日と班女御前に教える唐糸。菩提を弔うようにと勧める。班女御前が念仏を唱えていると塚の陰からセリに乗って梅若丸(二代目右近)の姿が現れるが、本舞台から花道七三へ移動し、スッポンの中に消えてしまう。

花道から七郎天狗が4人の子天狗を引き連れて現れる。母が梅若丸と勘違いした松若丸(二代目右近)が現れると、班女御前も正気に戻り、天狗に保護されながら3人は都を目指して飛び去る。ここで、七郎天狗(右團次)、松若丸(二代目右近)、班女御前(猿之助)の3人がひと組となる、珍しい宙乗りが披露される。

大詰第一場「正親町通り塀外の場」。七郎天狗のお陰で、吉田家の騒動の元になった「鯉魚の一軸」さえ戻れば、万事解決という大団円が目前となった京の都。兵衛の配下・伴藤内(弘太郎)と吉田家の家臣・主税(米吉)が鯉魚の一軸を巡って争っている。そこへ、次郎坊天狗や局の長尾が加わって来る。吉田家安泰を祈願した叡山の護符が長尾から主税に届けられる。護符をかざして次郎坊天狗に立ち向かい、一軸を取り戻す主税。護符の威徳に抗うことができない、という次郎坊天狗は、自然破壊を防ぐこともできないまま、宙吊りで、姿を消してしまう。惣太の女房・唐糸の兄の軍介が、水連が達者で一軸から抜け出した鯉を水中に探していると主税が長尾に告げる。

同 第二場「琵琶湖鯉つかみの場」。琵琶湖が描かれた道具幕。湖面に浮御堂が見える。この狂言の最大の見せ場。「鯉つかみ」。一軸から抜け出した鯉は、琵琶湖に逃れていた。琵琶湖ヘ飛び込む奴軍介(三代目右團次)。厳冬の時期ながら、新橋演舞場の舞台では、ドライアイスや本水を使っての鯉と奴の大立ち回り。澤瀉屋一門得意のスーパー歌舞伎風演出が展開される。ただし、早替りはなかった。勘解由兵衛(猿弥)配下の捕り方たちが花道に並ぶ。「いかにめでたき襲名とはいえ、捕まるまいぞ」と、三代目右團次。

鯉のダイナミックな動きは、鯉と格闘する奴軍介とともに、黒衣や雪衣がサポートする。大江匡房(中車)や松若丸(二代目右近)も歩いて、上手側に駆けつけ、鯉の目を狙うように、と奴軍介に助言する。鯉と捕り方たちを交えての立ち回りが続く。軍介が暴れる鯉の目に刃を突き入れると鯉は、松若丸が持参した掛軸の中に入り込む。御家騒動の主・兵衛と配下の藤内も現れるが、軍介や松若丸にとどめを刺され、悪が滅びて、善が栄える、ということで、吉田家の騒動も終焉となる。祝い幕がゆっくりと閉まってくる。吉田家の御政道は結局、批判されず。御政道批判を避けて権力の弾圧を引き出さなかった歌舞伎の歴史ゆえか。権力者は強し? 天狗とは、抵抗する異民族のことだろうか。

この芝居は、滅多に上演されない。鯉つかみと3人同時の宙乗りというスペクタクルが見せ場になるが、本筋は、昔からの吉田家の悲劇・梅若伝説であろう。

最後に役者評を少し。
右近、改め、三代目右團次は、科白回しも先代猿之助そっくり。科白を唄いあげがちである。彼は、もうこの路線しかないのだろう。三代目右團次の子息・右近は、6歳。この春から小学校入学と、思われる。初舞台ながら、梅若丸と松若丸の早替りも無難にこなし、科白の口跡も良いなど、将来が楽しみ。猿之助は女形に徹していた。

先代猿之助の復活上演以来、今回含めて4回しか上演されていないが、「隅田川もの」のエキスたっぷりのスペクタクルな狂言。エッセンスを煮詰めてみると、次郎坊天狗が自然保護を叫んで変革しかけた天狗による新しい世界秩序計画が、人間から天狗に変身した七郎天狗によって、元の世界秩序に戻された、ということだろうか。変革は難しい、と歌舞伎界の変革児・先代の猿之助も思っているのかな。
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