ツイン・キーボードの醍醐味は、プログレでなければほとんど味わうことのできないものだ。多くの場合、１人はピアノ、１人はオーケストレーションを担っている。あるいは、１人がキーボードの華麗な演奏を繰り広げれば、もう一人はメロトロンなどで背景の空間を壮大に描いている。
・ 曲 バンド アルバム
�� L'evoluzione / Banco Del Mutuo Soccorso [ Darwin ! 1973 Itary ]
バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソの最盛期は、ヴィットリオとジャンニのノツェンツィ兄弟をツイン・キーボードとする６人編成だった。兄は自由奔放にオルガンなどを操り、弟は卓抜な指裁きでピアノを弾いた。ヴォーカルのフランチェスコ・ディ・ジャコモのオペラ調のヴォーカルと緻密な演奏が一体となって、プログレ芸術の極致を描き出す。ギターとピアノが闘争することもあれば、暗鬱な金管楽器の響きのこともある。６人が一糸乱れぬ演奏を見せ、迷宮にして至高の音宇宙とは、このことだと言える。
�� Profume di colla bianca(白の香り）/ Locanda Delle Fate [ Forse le Lucciole non si amano piu 1977 Itary ]
ロカンダ・デレ・ファーテは、バンコより１人多い７人編成だった。ミケーレ・フンタとオスカル・マッゾグリオがキーボード奏者。きらめきながら転がり続けるピアノがサウンドの要だった。ヴォーカルは、男性的な哀愁を秘めたレオナルド・サッソ。そして、ギタリストもツインなのだ。ドラムスの技巧が完璧で、演奏全体の整合性を印象づける。８０年代初頭、幻のアルバムとして日本では憧れの的であり、日本盤が出たときは、あまりの美しさにみな号泣した。
��Episode / Pavlov's Dog [ Pampered menial 1976 USA ]
パブロフズ・ドッグは、デヴィッド・サーカンプの奇矯な超ハイトーン・ヴォイスが特徴だが、ファースト・アルバムでは７人編成。デヴィッド・ハミルトンのキーボードに加えて、ググ・レイバーンはメロトロンとフルートを担当。このほか、ヴァイオリン・ヴィオラの専任奏者がいた。いかに凝った音造りを志向していたかがわかる。悲しみを押し殺したようなヴォーカルにヴァイオリン。そしてメロトロンとピアノもあいまって、震えるような情感を伝えている。
�� Unspoken whisper / Flamborough Head [ Unspoken whisper 1998 Holland ]
オランダ９０年代のフランボロー・ヘッドは、５人編成。エド・スパニンガと並ぶキーボードのシエベ・レイン・シャーフが、ヴォーカルも担当する。叙情的で透明感たっぷりのヴォーカルだ。ピアノに導かれてたゆたうキーボード・オーケストレーションの海。 ゆったりと流れる潮のようだ。そして、空飛ぶかもめのように泣くギター。どこまでもドラマチックであり、シンフォニック・ロックの理想形。何重ものキーボードによる空間が雄大だ。ここまで壮大で、哀感のある音楽は、他にはない。
�� Mountainer / Aleph [ Surface tension 1977 Australia ]
オーストラリア７０年代のアレフは、６人編成。特徴的なのは、キーボード奏者が２人女性で、メリー・ジェーン・カーペンターとマリー・ハンセン。しかし、ヴォーカルは男声で、ジョー・ウォレンスキーは、ジョン・アンダーソン似のハイトーン・ヴォイスだ。駆け回るピアノにやがてギターが絡んでいくさまは、オーストラリア的な大らかさとのびやかさを感じさせる。もう１人のキーボード奏者はもっぱらメロトロンを弾いている。ヴォーカルのメロディーがこのバンド特有の節回しだ。
�� A spaceman came traveling(宇宙帰還） / Eela Craig [ Hats of glass 1978 Austria ]
こちらはオーストリアのイーラ・クレイグ。現在に至るまでほとんどシンフォ・ロックの出ない国だが、１９８０年代、日本発売されたこのバンドは実にトリプル・キーボードだった。 やはりクラシックが強力な国柄なのだろう。７人編成中、キーボードの３人は、フベルト・ボブネルマイヤー、フベルト・シュノイヤー、ハラルド・ズシュラデルで、フルートやギターも演奏する。キーボードをたっぷり聴くには、アルバム「ミサ組曲」の「キリエ」という曲が一番なのだが、私の好みでこちらメロディアスな曲にした。宇宙飛行士が宇宙から帰還し、音楽が聴こえると、地には幸福が満ちるというユートピアなストーリー。清涼感のあるキーボードが宇宙的な広がりを描いている。
�� Abendstunde, stille Stunde / Lift [ Lift 1977 West Germany 1977 ]
東ドイツのシンフォ・ロックは、クラシックに近くて品格があるが、中でも私が一番好きなのは、リフトだ。６人編成で、キーボードは、ミカエル・ホイヘバッハとヴォルフガング・シェフレル。メロトロンも弾くし、ヴォーカリストはフルートも吹く。キーボードはあまり駆け回ることはなくて、オーケストレーション造りに徹底している。その中を抑制の効いたヴォーカルが歌い、晩秋のようなわびしさを醸し出している。
�� Long dancer / Ethos [ Arlour 1976 USA ]
アメリカ７０年代に、イーソスは、欧州美を追求したバンドだった。６人編成で、キーボードは、ミカエル・ポンチェクとエル・ダンカン・ハモンド。６人の中には、ミキシング・サウンド担当者も正式メンバーとされている。「エピタフ」のようなメロトロンの轟音で開始するものの、イエスのようにテンポよく展開する。存分にキーボードが活躍するサウンド。ヴォーカルやコーラスの翳りと哀愁が、ヨーロッパへの憧憬を物語っている。
�� Una storia fiabesca / Corte Dei Miracoli [ Corte Dei Miracoli 1976 Itary ]
イタリア７０年代のコルテ・デイ・ミラコリは、５人編成で、キーボードが２人。リカルド・セグナとアレシオ・フェルトリで、ピアノがよく駆け回る。ギタリストが楽器編成に記載されていないが、実際の曲ではハード・ロックに近いほどギターも活躍している。この曲では、ゆったりとした叙情ヴォーカルに絡むピアノは全く別のリズムで弾きまくり。曲芸的な演奏だ。ヴォーカルは、レ・オルメに似ていて、演奏はバンコに似ているが、ＥＬＰ風のハモンドもときおり出てくる。
�� Lerny racek / Synkopy & Oldrich Vesely [ Slunecni hodiny 1981 Chek-Slovakia ]
チェコ・スロバキアの８０年代には、いくつかの優れたシンフォ・バンドが輩出しているが、シンコピーはトリプル・キーボード。このアルバムでは、もともとツイン・キーボードだったシンコピーに、キーボード奏者にして作曲もするオルドリッヒ・ヴェセリーが加わったものと思われる。チェコ語で歌われるヴォーカルが、東欧らしい暗さと湿り気を感じさせる。シンフォニックなキーボードは、暗鬱な空間に広がりをもたらしている。
[次点] Barbara / Ivory [ Sad cypress 1980 Germany ]
ドイツ８０年代のアイヴォリーは、６人編成で、ウルリッヒとトーマスのゾメルラッテ父子がキーボード奏者。父の方は当時すでに６５歳。今では６０代のロッカーも珍しくないが、３５年前にこの年齢は驚異であった。しかも父は全部の曲を作曲している。サウンドは、ジェネシス・フォロワー。ヴォーカリストのクリスチアン・メイヤーは、ピーター・ガブリエルによく似た声の英語ヴォーカルだ。しかし、ジェネシスよりもおとなしめで、気品がある。ピアノもオーケストレーションも静謐に展開する。
○キーボード・オーケストレーションの壮麗な曲１０選（２０１４年６月２４日）
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