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今朝の5:00時に、CSのチャンネルNECOで録画した 『怪奇大作戦』 を見ていて、ふと気がついたことがあった。
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『怪奇大作戦』 の第18話で、“死者がささやく” というエピソードである。
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「怪奇」 というより、「ミステリー」 といった話なのであるが、ダイアローグにこういうものがあった。SRI の所長のセリフであるよ。
「あの男を十三階段へ追い上げるのには、
捜査本部がつかんだ証拠だけで十分だ」
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“あの男” というのは、このエピソードの主人公で、警視庁の警部補を殺害したという冤罪で取り調べられている。
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で、この
「十三階段」
という、カビ臭い表現を思い出した、というわけだ。
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たぶん、日本の推理小説・ミステリー バタケでは、ときおり使われると思う。すなわち、
「絞首台」 あるいは 「絞首刑」、さらには、「死刑」 の隠喩
である。
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ミステリー作家が、ちょっとツウめかして語るときの言い方、という感じ。このエピソードの脚本は、若槻文三 (わかつきぶんぞう) 氏で、特撮ドラマの脚本を、多数、書いている。ミステリー畑の人ではないようだ。
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早くは、「ウルトラマン」 の “怪獣殿下” (ゴモラ)、“怪彗星ツイフォン” (ドラコ、レッドキング、ギガス) を書き、「ウルトラセブン」 では “ダーク・ゾーン” (ペガッサ星人)、“怪しい隣人” (イカルス星人) などのユニークな作品を書いている。
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以後、「マイティジャック」、「怪奇大作戦」 から、「ウルトラマン80」 まで、多数の特撮モノの脚本を書いている。
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『日本国語大辞典』 で “十三階段” を引くと、こうある。
【十三階段】
(台上まで階段が一三段であるところから) 絞首台の異称。
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用例はない。『日国』 に用例がない語は、戦前までの日本語で、まず、用例が見つからない、という意味である。
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英語で “thirteen steps” (<階段の> 十三段) という言い方は、きわめて大きな英語の辞典にも載っておらず、一般的な表現とは認められていないようだ。
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と、認められていないようではあるが、まったく、存在しないのか、というと、そうではない。
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Google UK (英国) で、 UK 限定で、
"thirteen steps" gallows …… 652件
※ gallows は 「絞首台」 の意の複数名詞。単数はない。
古英語の時代からあり、ゲルマン語では 「棒」、「枝」 の意。
中期英語から複数が常用されるに至った。
と検索すると、652件に過ぎないのだが、確かにある。
Thirteen steps to the gallows 「絞首台への13階段」
Thirteen steps up the gallows 「絞首台へのぼる13階段」
というような表現は多数見られ、次のような一文もあった。
There are traditionally thirteen steps leading up to a gallows.
一般に、絞首台へのぼる階段は13段であると言われてきている。
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こういう発言の場合、学術と違って、引用もとが正しいかどうかは問わない。つまり、
正しいか、正しくないか、ではなく、民間で、そのように言うのかどうか
が重要なわけ。つまり、少なくとも、英国では、絞首台への階段は13段だ、という言説があるわけだ。
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絞首刑というのは、本来、日本の刑罰ではなく、絞首台への階段が13段である、という俗説も、西欧からの輸入である、と考えるべきだろう。とりわけ、日本における本格推理小説というのは、欧米に学んで発展したものだ。
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こうした言説は、もちろん、あくまで俗説で、西欧では、絞首台の階段を13段に限定した、などという事実はないようだ。
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ためしに、Wikipedia 英語版の “Hanging” (絞首刑) のページを開いて検索してみても、「13階段」 については、ひと言も触れていない。
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もちろん、こうした俗説は、「13日の金曜日」 などと同様に、西欧の
triskaidekaphobia [ トˌリスカイˌデカˈフォウビア ] 「13恐怖症」
の一種とみなせる。「13恐怖症」 の起源はさまざまに説明されているけれども、結局、民間伝承のことで、ハッキリしたことはわからない。
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ちなみに、「トリスカイデカ」 というのは、古典ギリシャ語で “13” の意味である。
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この語は、1911年 (明治44年)、米国の精神科・神経科医であるイザドア・コリアット Isador Coriat が初めて用いた。
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古典ギリシャ語を使っているのは、「13恐怖症」 がギリシャ発祥のもの、とか、そういう意味ではない。中世以来の学者の慣例にしたがって、ラテン語で命名したからなのだナ。
τρεῖς καὶ δέκα [ トˈレイス・カイ・ˈデカ ] 「13」
※ “3と10” という表現。 three and ten
↓
trīskaideka [ トリースカイˈデカ ] ラテン語に転写
+
phobia “恐怖症”
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上記のような命名であり、学術的には問題はない。ただ、ギリシャ語の κ は、ラテン語では k ではなく、 c とするほうがよかった。つまり、 triscaideca である。
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これは、近現代のギリシャ語とは関係がない。なぜなら、現代では、and を使わずに、
δεκατρείς dekatrís [ デカトˈリス ]
と言うからだ。
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前置きが長くなったが、本題はここからなのであるよ。すまぬすまぬ。
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ヒッチコックの映画に
“The 39 Steps”
がある。だいぶ前に名画座で見た。スパイものであったが、見終わって映画館を出るとき、
タイトルについては、キツネにつままれたような気分
だった。名画座でかかった古い映画だから、パンフもなにもないわけで、実に困った。
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何が困ったのか、というと、
原題が “The 39 Steps” (39段) であり、
邦題が “三十九夜” なのだが、
映画の中では 「秘密組織の名」 とされるだけで、
(1) なぜ、“39 Steps” という名なのか、説明がなく、また、
(2) なぜ、邦題がまったく原題と関係ない 『三十九夜』 なのか、
という点については、かいもく、見当もつかなかった
のであるよ。
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実は、これには原作があって、ジョン・バカン John Buchan、1915年 (大正4年) の冒険小説である。かつては、創元で翻訳が出ていたようだが、現在は品切れ、もしくは、絶版。
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この原作のほうは、「三十九階段」 の秘密がキチンと解かれるのである。
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しかし、ヒッチコックは、そこをオミットしたので、“39 Steps” が、なんだかよくわからなくなってしまったワケだ。
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邦題の 『三十九夜』 というのは奇妙だが、『三十九段』 では客の入りにさわるので、雰囲気のある “夜” に変えた、という説があるようだ。もっとも、昭和10年 (1935) の話であり、ことによると、
映画を見ても、ちっとも意味のわからない “39 Steps” を
テキトーにアレンジしちゃった
とも考えられる。
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もとの意味がわかっていて変えるのと、わからないからテキトーに誤魔化すのは、まったく質の異なる行為だ。
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以前、申し上げたが、
“North by Northwest” 『北北西に進路を取れ』
という、原題と邦題のペアは、一見、一致しているように見えるが、
実は、まったく、何の対応もしていないテキトーな訳
である。昔のエンタメ界なんて、そのへん、イイカゲンなのが多い。
「君の瞳に乾杯!」
なんてのが 「名訳」 とされているが、オリジナルは、
“Here's looking at you, kid!”
である。
「ほら、(僕が) 君を見守っているよ!」
というような意味だろう。kid は、相手を “幼い” とみなして呼びかけているわけ。
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I'm 〜 とするかわりに、 Here's として、「ほら、ここに」 という強調をしている。口語では、ときどき、見られる言い方のようだ。
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つまり、「僕が見守っているから、元気をお出し!」 だろう。なんだかわからない文章だから、「君の瞳に乾杯」 にしてしまった可能性がある。
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このセリフは、もともと、脚本になかったそうだ。
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撮影のあいまに、ハンフリー・ボガートがバーグマンにポーカーを教えていたという。ポーカーでは、手札に、ジャック・クイーン・キングがあれば、自然と手が強くなるわけで、ボガートは、
「ほら、君の手札の中に、絵札があるだろう!」
というような、からかってカマをかける意味で使っていたらしい。顔のある札は、それを持っている人を見ているわけ。「乾杯」 とは関係がない。
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まだ、インターネットなど存在しないころだ。
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名画座にヒッチコックの 『三十九夜』 を見に行って、しかし、冒頭にあらわれたタイトルに驚いたわけだ。
The 39 Steps
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「あれえ?」 だよ。ショッパナから。世の中が、どんなに変化したって、 step に 「夜」 の意味があったわけがない。
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それで、映画を最後まで見れば、このヘンテコな食い違いの理由がわかる、と思っていたのに、
ヒッチコックの映画は、そこに、何の解答ももたらさなかった
というわけ。
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当時、そういうことを調べようと思ったら、書店に行って、ヒッチコックの評伝とか、作品解説とか、そういうものを見るしかないんだが、代表作じゃない 『三十九夜』 なんて、ほとんど触れられていない。そうなると、お手上げ。
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ヘンな原題 “The 39 Steps” を発見したオレは思ったわけ。
ことによると、映画の最後で、犯人として
3人の男が捕まって、断罪されるんじゃないか。
3人の凶悪犯が、絞首台に送られて、
それで、 13 × 3 = 39。39階段なんじゃないか。
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ところが、まちがってるも、正解もない。
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家の中にヒッチがいるとばかり思って、表玄関で待っていたのに、実は、とっとと勝手口から逃げ出してた。
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そんなふうに、トホウに暮れたことを、思い出したんだな。
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