mixiユーザー(id:809109)

2011年10月18日13:22

913 view

『明りを灯す人』 と 「スヴェタケ」 と 「電気泥棒」。

  









フォト



電球 イメージフォーラムで

   『明りを灯す人』

を見てきました。2010年のキルギス映画。

電球 監督は、

   アクタン・アリム・クバト
   Актан Арым Кубат (Aktan Arym Kubat)

というキルギス人の映画監督。映画で主役の “明り屋” を演じている人物こそが、その人であります。

電球 正しくは、「アクタン・アルム・クバト」 ですね。キルギス語の ы (y) は、ほぼ、日本語の 「ウ」 と同じ子音。

電球 この監督、ソ連時代は、

   アクタン・アブディカリコフ
   Актан Абдыкалыков (Aktan Abdykalykov)
      ※正しくは 「アブドゥカルコフ」

という名前でした。日本でも、すでに、

   『あの娘(こ)と自転車に乗って』
   『旅立ちの汽笛』

が公開済み。旧ソ連の映画表現に連なる、寡黙で、静謐な映像を撮る作家であります。

電球 旧ソ連邦のチュルク系民族 (トルコ人と同系の諸民族) は、本来、イスラーム圏に属し、「姓」 というものを持っていませんでした。たとえば、中国のウイグル族は、今でも姓を持っていません。

電球 しかし、チュルク族は、おそらく、ソ連邦時代に入って、徴兵などのために、そのほとんどが、

   家長の男子名 + -ов / -ев (-ov / -ev)
      ※子音で終わる名前には -ов (-ov) を付け、
       母音に終わる名前には -ев (-ev) を付ける。

という、ロシア式の姓を名乗ることを余儀なくされたようです。

電球 チュルク諸語は、すべての地域を通して、単語のアクセントが語末にあり、名前の場合も同じです。つまり、

   Чыңгыз Chyŋgýz [ チュンˈグス ]
   Курманбек Kurmanbék [ クルマンˈベック ]

ということです。

電球 ところが、外来語である、ロシア語の接尾辞 -ов / -ев を付けた場合、アクセントは語尾に移らず、もとの位置をたもちます。それゆえ、

   Чыңгызов Chyŋgýzov [ チュンˈグゾフ ]
   Курманбеков Kurmanbékov [ クルマンˈベコフ ]

となります。

電球 アクタン・アルム・クバト監督は、ロシア式の名乗りを強制される以前の、キルギスの名乗りに戻したのだと言っていますが、今ひとつ、どういう構成の名前なのか、よくわかりません。「自分の名前+父親の名前+祖父の名前」 なんでしょうか。

電球 もっとも、キルギスで、こうした名乗りの先祖返りが流行っている、というわけではないようです。映画のクレジットを見るかぎり、ほぼすべてのキルギス人は、従来どおりのロシア式の姓を名乗っています。

   …………………………

電球 ところでですね、映画の主人公の名は、字幕スーパーによると、

   “明り屋さん”

となっています。実は、この “明り屋さん” という呼び名が、この映画のキルギス語の原題なんすね。

   Свет-аке Svet-ake [svetɑˈke] [ スヴェタˈケ ]

電球 映画のキルギス語の音声を聴いていればわかりますが、彼は、皆に、

   「スヴェタケ!」

と呼ばれています。これは、要するに、

   “電気屋さん!”

という、職業によるアダ名なんです。世界の姓には、職業にちなむものが多いですね。

   Smith 「スミス」 鍛冶屋
   Baker 「ベイカー」 パン屋
   Carpenter 「カーペンター」 大工
   Schumacher 「シューマッハー」 靴職人
   Ferrari 「フェラーリ」 鍛冶屋

電球 つまり、中世に 「大工!」 と呼ばれていた人の家の呼称が固定化すると Carpenter になるわけです。

   …………………………

電球 Свет-аке Svet-ake 「スヴェタケ」 というアダ名は、ちょっと面白い呼び名です。というのも、

   свет svet [ スヴェット ] 「あかり」

というのはロシア語からの借用語なんです。もちろん、キルギス語に 「あかり」 というコトバがないわけではありません。

   жарык zharyk [ ヂャˈルック ] 「あかり」 キルギス語
   свет svet [ スˈヴェット ] 「電気のあかり」 ロシア語

というパラダイムらしい。

電球 「スヴェタケ」 は “明り屋さん” というアダ名ですが、

   電柱・電線の保守
   家屋の電気工事

などが仕事です。ですから、

   日本で言うところの 「電気工事屋さん」

なんですね。工事がメインの “電気屋さん” です。

   …………………………

電球 -аке -ake 「〜アケ」 というのは、キルギス南部特有の

   年輩の男性に対する敬称語尾

だそうです。北部では、これを -байке -bajke [ バイˈケ ] と言うらしい。

電球 たとえば、ネットで検索すると、

   Чыңгыз аке Chyŋgyz ake [ チュングザˈケ ] 南
   Чыңгыз байке Chyŋgyz bajke [ チュングズバイˈケ ] 北
      ※意味は、いずれも、「チュングスさん」

という言い方が見つかります。

電球 キルギスには、「チンギス・アイトマートフ」 という有名な作家がいます。「チンギス」 というのは、キルギス語の 「チュングス」 のロシア語転写形 Чингиз Chingiz が定着したものです。

電球 とりわけ面白い例として、キルギス語の文章の中に、

   Чыңгыз аке Айтматов
    Chyŋgyz ake Ajtmatov  [ チュングザˈケ アイトˈマトフ ]

という言い方がありました。言ってみれば、

   ポールさん・マッカートニー

みたいな呼び方で、実に奇妙です。こういうふうに、姓と名のあいだに敬称が入ってしまう例は、いかなる言語でも見たことがありません。

   …………………………

電球 この映画のタイトルは、

   明りを灯す人 …… 日本語
   Свет-аке 「スヴェタケ」 “明り屋さん” …… キルギス語
   The Light Thief “明り泥棒” …… 英語

となっています。

電球 英語のタイトルは、あまり、感心しません。日本語のタイトルは、原題どおりではありませんが、

   原題が含んでいる “言外の意味” を拾っていて

それは、それで面白いでしょう。

電球 ちなみに、свет という単語は、ロシア語では、少し奇妙な意味を持っています。

   свет svjet [ スˈヴィェット ]
      (1) 光、灯火、明るいところ、夜明け
      (2) 世界、世間、社会

電球 通例、ロシア語辞典では、(1) と (2) を “同音異義語” として、別項にしていますが、

   ロシア語において、両者は同源

です。つまり、

   「家の外の、日の光のあたるところ」
     ↓
   「世間」
     ↓
   「社会」
     ↓
   「世界」

というふうに語義が広がったんでしょう。

電球 ロシア語には、もうひとつ 「世界」 というコトバがあって、実は、そちらも “同音異義語” を持っています。

   мир mir [ ˈミール ]
     (1) 平和、泰平、平穏、和平
     (2) 世界、宇宙、全人類、地球

電球 実は、こちらも同源であり、「平和」 から 「世界」 が誕生してるんですね。


電球 キルギス国民のうち、キルギス人は 69%であり、次いでウズベク人 14.5%、ロシア人 9.0%など、キルギスという国は多民族国家であるため、現在でも、公用語は、ロシア語です。

電球 ですから、キルギス人は、

   Свет-аке 「スヴェタケ」 “明り屋さん”

という名前に、「光明さん」、「夜明けさん」、「世界さん」 のような重層的なニュアンスも感じることができるわけです。

電球 おそらく、監督は、そのあたりのことを踏まえて、主人公の名前を 「スヴェタケ」 にしたんでしょう。

電球 最後に付け加えておくと、登場人物は、

   村長 エセン Эсен Esen …… 「平安に、平安な」
   妻 ベルメット Бермет Bermet …… 「真珠母、螺鈿、真珠」
   マンスル Мансур Mansur …… 「勝利したる(者)」
   ベクザット Бекзат Bekzat …… 「貴人・大官の子孫」

といった名前です。
0 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2011年10月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031