ミコさんの勧めで、遅ればせながらマイク・オールドフィールドの「呪文」（Incantations）を入手して、彼のサウンドを懐かしく聴いた。そしてこの機会に、ケヴィン・エヤーズ周辺のミュージシャンを10選してみる気になった。定型化された音楽を嫌い、「ロンドンのアンチ・ヒーロー」と言われた美青年ケヴィン ・エヤーズを慕った人々である。
曲 ミュージシャン アルバム
�� Flying start / Mike Oldfield [ Islands 1987 ]
ケヴィン・エヤーズが育てたミュージシャンの中で、最も有名で影響力絶大の巨匠となったのは、マイク・オールドフィールドだ。ケヴィンがソフト・マシーンを脱退してから結成したホールワードに10代の若さで参加し、ケヴィンからテープ・レコーダーを借りて録音を始めたのが、「チューブラー・ベルズ」となった。本作「アイランド」では、ケヴィン・エヤーズが持ち前の低音で、のびやかなヴォーカルを披露する。オールドフィールドは曲にふさわしいヴォーカリストを配置するのが得意な人だったが、ここでは恩師を充てて成功させている。
�� O Caroline / Matching Mole [ Matching Mole 1972 ]
ソフト・マシーン時代にケヴィンの盟友だったロバート・ワイアットが、ソフト・マシーンを脱退してから結成したのが、マッチング・モール。バンド名の「そっくりモグラ」というのは、ソフト・マシーンをフランス語訳した「マシン・モル」をもじったもの。その冒頭の曲「オー・キャロライン 」は、カンタベリー・ロックの中で最も美しい曲として、今もカンタベリー系のミュージシャンに歌い継がれる。別れた恋人を思う叙情的な曲だ。ソフト・マシーンの中でも歌とヴォーカルを大切にしたのが、ケヴィンとワイアットに共通する特徴だった。
�� White neck blooze – coding coda / Daevid Allen [ Banana moon 1971 ]
ソフト・マシーンを創設した4人中、最年長で実質的なリーダーであったデビッド・アレン。オーストラリア国籍であったため、フランスに行った際に麻薬所持のかどでイギリス再入国の許可が出なかった。そこでソフト・マシーンを脱退して、そのままフランスに居ついてしまい、ゴングを結成する。本作はゴングのメンバーたちと作った自由奔放なソロ・アルバムであり、全編アレン 流のおちゃらけと実験が占めている。この曲で歌っているのはデビッド・アレンだが、「エアー島のケヴィンさんの主張に基づいた曲」とされている。ケヴィンそっくりの低音ヴォーカルとバッグの女性コーラスによって歌われる曲は、ケヴィン以上にケヴィン的だ。
�� 1983 / Soft Machine [ Six 1973 ]
ソフト・マシーン創立の4人組の中で、キーボード奏者のマイク・ラトリッジはその後もソフト・マシーンに残った。最もジャズ志向が強く、ケヴィン・エヤーズ脱退後、サード、フォースとどんどんジャズ・ロックへと傾斜していく。ケヴィン・エヤーズは当時、「出来の悪いジャズ・ロックみたいなことをやっている」と評していたものの、今ではジャズ・ロックの最高峰と評価される。マイク・ラトリッジは、伸びやか志向のケヴィン・エヤーズと正反対に、シリアスなインストルメンタル志向であり、その行き着いた先がこの「6」だった。ジャズ・ロックと実験音楽が交互に登場する極めてシリアスな内容となっている。本曲「1983」は、凍てつくようなソフト・マシーン空間を表現し、人間性をどんどん喪失していく未来のディストピアに対する黙示録ともなっている。
�� I am the walrus / Lol coxhill [ Ear of the beholder 1971 ]
ロル・コックスヒルは、ホール・ワールドのメンバーの中ではジャズ志向であり、ホール・ワールドを離れてから前衛ジャズ界の大家となっていく。このソロ・アルバムではコックスヒルの強烈でフリーキーなブラスを中心に、多様な実験を繰り返しているが、1曲選ぶなら私はこの曲。4歳か5歳ぐらいの子供たちが歌うヴォーカルが可愛らしいことこの上ないだけでなく、約4分間も歌い続ける力唱だ。しかしバックで流れているピアノは無調的だし、それに加えて口唇で出す様々な雑音が配されていて、一筋縄では行かない構成となっている。
�� Sad and lonely faces / David Bedford [ Nurses song with elephants 1972 ]
こちらもホール・ワールドの後、大家となったデビッド・ベッドフォードのソロ・アルバムから、ケヴィンのヴォーカルを含む曲。ホール・ワールドは異なる志向性を持つ個性の強いミュージシャンが集結したため、多様で混沌とした音楽の全要素を往来するサウンドを創出した。まさにホール・ワールドというバンド名どおり。図らずもこの10選も、汎音楽的なものになった。
マイク・オールドフィールドをはじめ、これだけのミュージシャンを集めたケヴィン・エヤーズの力量もすごいが、当時著名だったのはケヴィン・エヤーズだけなので、みんなケヴィンに恩がある。デビッド・ベッドフォードは現代音楽志向であり、クラシックの素養を積んでいた。このソロ・アルバムではピアノの超絶技巧に続いて、ラストにケヴィンのヴォーカルが聴けるが、ここではその歌唱は、伸びやか・牧歌的というだけでなく、郷愁を感じさせるさらに豊かなものだ。
�� Baby’s on fire / Kevin Ayers, John Cale, Eno & Nico [ June 1st 1974 ]
ロキシー・ミュージックでシンセサイザーを担当していたブライアン・イーノは、1974 年、ケヴィン・エヤーズ、ジョン・ケール、イーノ、ニコが一堂に会したライブ（邦題「悪魔の申し子たち」）で共演している。メンバーはイギリスとアメリカのアンダーグラウンド・シーンの鬼才が集結した豪華なもの。この曲はイーノの曲であり、シンプルな演奏ながらヒステリックな細くて高い声にヒステリックなヴァイオリンが絡み、さらにサウンドを際立たせるオルガンが加わって、独自の暗澹たる光景を切り開く。1974年には、プログレは頂点を超えて下火に向かいつつあったものの、彼ら4人の名声は不動する流行や人気といったものを超越して確立していた。ケヴィンものびやかで能天気な作品ばかりでなく、この頃は暗鬱3部作と言われていた時期に当たる。
�� Miniluv / Hugh Hopper [ 1984 / 1972 ]
ヒュー・ホッパーはケヴィン・エヤーズがいた頃のソフト・マシーンでは創設メンバー にはなっておらず、バンドのローディを担当していたという。ケヴィン脱退後にベーシストとしてソフト・マシーンに加入。ホッパーは実験音楽 志向が強く、ソフト・マシーンがシリアスな歪んだ空間を表出していくのは、ホッパーの功績が大きいと思う。このソロ・アルバムではブラスが活躍する曲もあるものの、この曲ではジャズ色は抑えられていて、あくまでもベースを中心としたホッパーらしい空間表現がたっぷりと堪能できる。14分ある曲なのだが、空間が崩壊していくのはラストの3分。
�� Hold me back / Patto [ Patto 1970 ]
オリー・ハルソールは、中期以降のケヴィン・エヤーズにとって、片腕のような重要な相棒だった。気まぐれなケヴィンに付き添って、スペインの島にまで一緒に行った。ハルソールがケヴィンと組む前に中心となっていたのが、このパットだ。イギリスの中堅ロック・バンドである。サウンドはストレートなロックであって、プログレやカンタベリーのようなひねりは感じられない。後年のケヴィン・エヤーズが個性的ながらも実験性のない穏やかなポップになったのも、ハルソールの影響が大きかったのかもしれない。
�� Passing thru’/ Bridget St John [ Thank you for 1972]
ブリジット・セント・ジョンは、イギリス・フォーク界の女性シンガー。ホール・ワールドの「月に撃つ」で「カキとトビウオ」、そして2007年のケヴィン・エヤーズ・ラスト作で「ベビー・カム・バッグ」をケヴィンとのデュエットで歌っている。ブリジット・セント・ジョンは、女性としては低い声だが、男声としても低い声のケヴィンとよく調和している。曲の雰囲気も似ているので、おそらく音楽気質もよく合ったのだろう。
[次点] It’s me that you need / Elton John [ Greatest hits 1974 ]
エルトン・ジョンは、ケヴィンの1975年作「スイート・デシーバー」にゲスト参加して、きらめくような美しいピアノを弾いている。エルトン・ジョンは、かつてキング・クリムゾンのヴォーカル・オーディションに応募して不合格となった経験があるように、プログレには関心を抱いていたのだろう。この曲は1971年、私が中学3年生の頃、シングル盤でヒットしていた。邦題は、「イエス・イッツ・ミー」。4分と短い曲ながら、荘厳なストリングスを配してドラマチックに声を張り上げるメロディアスな曲は、シンフォニック・ロックそのもののスタイルと言える。
〇他に候補としたミュージシャン：Syd Barett, Lady June, John Cale, Nico, Anthony Moore
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