優れた音楽は、人の運命を変えることもある。昨年1970年代編として、「脳天直撃で運命を変えた曲10選」 という10選日記（2021.7.18）を書いたが、今回は1980年代編である。この時期、私は20代であり、社会人となってあくせく働いていたので、10代のときのような「脳天直撃」の衝撃は少ないものの、その後の音楽嗜好を決定づけられたような作品は多かった。
曲 バンド アルバム
�� Adonis / Anyone’s Daughter [ Adonis 1979 Germany ]
70年代末に登場したエニワンズ・ドーターは、80年代に絶滅寸前だったシンフォニック・ロックの救世主となった。私がこのアルバムを初めて聴いたのは、職場のプログレ好き同僚からレコードを借りた80年代のことだった。毎晩深夜に帰宅するタクシーの中で、夜の2時頃にこの曲を聴いたとき、雨の降る音の中に鬼火のように優美なギターの音が漂流していた。ギリシャ神話の美青年を題材とした組曲は、一分の乱れもない演奏と透明感の高いヴォーカルによって繰り広げられる。特にラストの「エピタフ」は、果てしない遥かさへの憧れが結晶したかのような珠玉の名演だ。
�� La conquiesta della posizione eretta（征服）/Banco Del Mutuo Soccorso [ Darwin! 1973 Italy 日本盤1982 ]
1982年は キング・レコードを中心として、70年代イタリア名作群が続々と発売された年となった。発売と同時に私が飛びついたこのアルバムは、当時輸入マーケットでは極めて高価な稀少盤とされていた。北村昌士氏の日本語解説もすごくて「危険なバランスをもったアンサンブルの散乱と集合、多種多様なモードと効果音を駆使して繰り広げられる迷宮のような深く果てしない苦悩と、知性と理性と感性の完結点へ到達しようとするパラノイア的なストイシズムの激しいエネルギーにみなぎった空間」「ロックという命題を超越して在る普遍的な創造的芸術感情の爆発」とくる。その解説が過剰でないと思えるほど極端までに練り込まれたキーボードを中心とする、前衛的なシンフォニック・ロックであった。そして終盤は、ジャコモ独特の永遠に手を差し伸べて触れようとするかのようなオペラ調バラードだ。
�� State room / The Work [ Slow crimes 1981 UK ]
ザ・ワークは、ヘンリー・カウ出身のティム・ホジキンソンが中心人物として、ギターとヴォーカルを担当する反対派ロック（ＲＩＯ）。私がこの曲を初めて聴いたのは 1980年にマーキーの付録ソノシートとして付いていたからだった。そのときの曲名は「Slowly crime」と言った。当時、妻の出産のために私も妻の実家に寄居していたが、その夜の闇の中でこの曲を初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。まるで楽曲の流れが反転したかのようなヴォーカルと、一切ギターらしい音を出さないギター。それまで聴いてきたキング・クリムゾンも、タンジェリン・ドリームも、クラウス・シュルツェも、すべてが 音を立てて打ち砕かれたと思えるほどに斬新だった。
�� Outside of this (Inside of that )/ Jon & Vangelis [ Friends of Mr. Cairo 1981 UK ]
1981年に出たジョン＆ヴァンゲリスの本作を聴いたのは、レンタル・レコード店で借りたレコードによってだった。ヴァンゲリスの「天国と地獄」によってこの２人がコラボしていることは知っていたが、このアルバムでは何度も何度も、澄み渡った碧空のような空間にジョンアンダーソンの煌めくようなハイトーン・ヴォイスが吸い込まれていく。それまではイエスにそれほど感化されていなかった私だったが、この頃からジョン・アンダーソンの声を追い求めるようになって行った。
�� 少年期〜時の崖／ノヴェラ[魅惑劇 1980 Japan]
キング・レコードでプログレを盛んにリリースしていたたかみひろし氏が強くプッシュして発売に至ったノヴェラの「魅惑劇」。ジャップス・プログレの潮流をつくっていく頂点に君臨したバンドだった。少女漫画風のアナクロ・ファッションに身を包んだ美青年たちだったが、サウンドは本格的。この曲は、延々としたストリングス・キーボードのソロから五十嵐勝久が強烈なハイトーン・ヴォイスを張り上げる展開が非常に印象的。代表曲「魅惑劇」よりも、曲そのものはこちらの方が好きだった。
�� Freedom / Art Bears [ The world as it is today 1981 ]
ヘンリー・カウから別れた主要メンバーは、アート・ベアーズを結成。このアルバムはその金字塔と言うべき反対派ロックの傑作である。この曲は、身体を引き裂かれるような絶望の叫びが延々と続き、背筋も凍る恐怖を感じさせる。赤ん坊が生まれたばかりの頃に、部屋でこの曲を流していたら、妻からプログレ禁止令が出た。それ以後40年間というもの、私はプログレをヘッドホンで聴く羽目に陥った。
�� Keresd onmagad ( Search yourself ) / East [ Huseg 1982 ]
ハンガリーにオメガがいることは知っていたが、このイーストを聴いて完成度の高さ、演奏技術の完璧さ、そして志の高さに驚愕した。東欧におけるシンフォニック・ロックの頂点と言ってよいだろう。特にドラムスは完璧な技巧を示すので、楽曲全体が引き締まり、とても整合的に聴こえる。そして多重に空間を包み込むキーボード・オーケストレーションの分厚さもただごとではない。このアルバムはハンガリーの「宮殿」と言っても良いのではないか。その後、東欧・辺境のプログレに目を向けるきっかけとなったアルバムだった。
�� 警告／美狂乱 [乱ライブvol3 1983 Japan]
美狂乱は、キングのたかみひろし氏や雑誌フールズ・メイトの北村昌士氏の強いプッシュがあったにもかかわらずドラマーが脱退し、ファースト・アルバムが出たのはようやく1983年になってからのことだった。私はその2年ほど前に吉祥寺シルバー・エレファントでメンバー・チェンジ前のライブを聴いていた。それだけにファースト・アルバムの簡素さには、「あれっ」と思うほど拍子抜けした。前ドラマーの演奏は、火の出るようなドラミングだけでなく、チャイム、木琴など多数のメロディーも出るパーカッション類を打ちまくり、煌びやかで、更に打楽器を演奏しながらオカリナも吹いていたと思う。今回選出した曲は、1983年のライブ録音だが、かなりオリジナルに近いライブが実現できるようになってきた頃のようだ。間奏の打楽器部分が、まるでガムラン音楽のように幻想的だ。
�� Profumo di colla bianca(白色の香)/ Locanda Delle Fate [ Forse le lecciole non si amano piu 1977 Italy 日本発売1982 ]
イタリアでプログレ・ムーヴメントが終わってしまった1977年にこのアルバムを出したロカンダ・デレ・ファーテ。日本での発売は1982年 のことだが、それまで日本には数枚しか存在しないといった噂もあり、真に幻のアルバムだった。青色の浜辺で 頭を垂れて悩んでいる長い羽根を持った妖精のジャケットが胸をかきむしられるほど美しい。そして聴いてみれば演奏も、ヴォーカル・メロディもコンセプトも、完璧だった。ツイン・キーボードとツイン・ギターを配した7人編成。特にこの曲は、テルミンのような音で始まるのが印象的だった。2012年の来日公演でもほとんど衰えを見せず、奇跡のような演奏を見せた。その公演の感想を私が mixi に書いたところ、マイミク様からバンドに伝達されて、なんとロカンダ・デレ・ファーテの伝記本にそのまま掲載されたのであった。
�� Puisque tu pars / Jean-Jack Goldman [ Trace 1989 ]
私がジャン・ジャック・ゴールドマンのこの曲を初めて聴いたのは、NHKテレビ・フランス語講座の番組中でのことだった。ライブ映像であり「このドラマティシズムは、プログレみたいだ」と思ってすっかり気に入った。それもそのはずジャン・ジャック・ゴールドマンは、1970年代にフランスが生んだ叙情派シンフォニック・ロックの最高峰タイ・フォンのヴォーカリストだったのだ。ゴールドマンは、80年代にはソロのロック・ミュージシャンとしてフランスで絶大な人気を博した。ライブ・アルバムでのこの曲は、聴衆も歌って大合唱となっている。
[次点] エピローグ／ページェント[ 螺鈿幻想 1986 Japan]
ページェントは永井博子をヴォーカリストとする怪奇な歌詞が特徴のシンフォニック・バンド。初めてこの曲を聴いたのは「プログレッシブズ・バトル」というソノシートのコンピレーション・アルバムだった。窓を開けて夜の中から魔物たちを呼び込もうとする少女の物語。フルートに導かれ、やがてギターが扇情的な長い泣きのフレーズを繰り広げる。86年にアルバムが出たとき、飛びついたものだ。80年代は、世界全体でプログレは氷河期に突入していたが、日本ではこうした名バンドが続々と登場し、アンダーグラウンドの小さなムーブメントを形成していた。
〇脳天直撃で運命を変えた曲10選（2021.7.18）
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979827946&owner_id=9666295
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