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2020年10月12日20:22

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私をタイムマシーンで連れてって

ー私をタイムマシーンで連れてってー


駿介には、ずっと好きな人がいた。

彼女の名前は、和枝。

駿介より、一つしたで

同じアルバイトをしている学生だ。


夏休みも終わり、

バイト先で和枝は言った。

「駿介君、来年は海連れてってよ」


駿介は恥ずかしそうに

「うん、車で連れてってあげる」


駿介に彼女はいなかった。

そして、彼女を海へ連れて行く

車もなかった。


大好きな和枝からの一言。


その日から、駿介はアルバイトも掛け持ちし、

ひたすら、働いた。 ただひたすら。


そして、翌年のある夏の休日。

駿介は、ぴかぴかの新車をありったけの貯金と

バイト代で念願の車を手にしたのだった。


そして、そのまま、

新車を走らせ、バイト先近くへ向かった。


そして、ある交差点で信号待ちしていると

コンビニの駐車場に和枝が見えた。


駿介は、一瞬、笑顔になったが

その笑顔はすぐに曇った。


それは、あまりにも辛い光景だった。


和枝は知らない男と手をつなぎ、

助手席に座ろうとドアを開けていた。


そして、なにやら楽しそうに会話していた。


駿介の目は、少しずつ夕日のように赤くなり

悲しみでいっぱいになり涙があふれてきた。


そして、すぐにその場を去った。


溢れる涙を抑えながら

先ほどの和枝の笑顔だけが脳裏に焼き付き、

これまでのアルバイト先での

出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡っていた。


ひたすら、車を走らせた。


とにかく、ずっとずっと走らせた。


とにかく、遠くへ。 

少しでも、遠くへ。


気が付けば、広い海がみえる海岸についた。


和枝が行きたかった海。


駿介は、沈みゆく太陽をじっと眺め、ため息をついた。



しばらくそのまま、

ずっとずっと、海をみつめていた。



涙でにじむ太陽が消えるころ

駿介は、ようやく車のキーを手にした。



そして、実家についた。

駿介を笑顔で迎えたのは母親の美津子であった。


父親は、駿介が物心つく前に、すでに他界していた。


それからは、母である美津子との二人暮らし。


美津子は駿介の車と腫れ上がる目を見つめて

「やっと車がきたんだね」

「いい車だね」

そういって、玄関をあけて迎えた。


翌日、駿介はバイトを休んだ。

もう、なにもかもがどうでもよくなった。


その日、美津子は押し入れから

あるものを取り出して

「これ、お父さんが車の鍵につけてたの」

と、キーホルダーを見せた。


サーフボードに鈴の音がついたキーホルダーだった。


そして、鈴の音を鳴らしながら

「ねぇ、駿介、これあげるから

 代わりに車でお母さんをどこかに連れてって」


駿介は、気が乗らなかった。

昨日のことが、まだ頭にずっと残っている。


「ねぇ、いいでしょ??」


美津子に免許はない。

買い物は、近くのスーパーだ。

父親が他界してからはどこにも遠くへいっていない。


しばらくして、駿介は、母の熱意に負けて、

鈴の音の鳴るキーを取り、車を走らせた。

助手席に、母を乗せて。


美津子は、終始笑顔だった。

普段、あまり話さない母は

いつもより少しおしゃべりで、

駿介にこう語りかけ始めた。


「よく、こうしてお父さんとドライブでかけたなぁ」


そして、そっと窓をあける。

「こうやって、風をあびるのは何年ぶりかしら」

駿介は、じっと前をむいたまま車を走らせる。


ずっと走っていると美津子が前のめりで叫んだ。


「あぁ〜、ここ、右に曲がって」


和寿は、一瞬、母をみて言われた通り、右を曲がる。


「あぁ〜、やっぱり、ここだ」

「なつかしいなぁ」

「ここ、お父さんとよく来てたの」

「あの店も、まだ残ってる〜」

「なつかしい」


そこは、ボーリング場だった。

そして、隣には、小さな喫茶店があった。

「駿介、これ、もう少しまっすぐ走って」


美津子は、満面の笑みを浮かべた。


駿介は、こんなに近くで、母親が笑う姿に少し驚きながら、

言われた通り、走る。


少し走ると、そこにはサーフショップがあった。

店の前に、サーフボードがたくさん並んでいる。

「あぁー、ここ!駿介、ここ!」

「止めて! 止めて!」



駿介は、車を駐車場に止めた。

「凄い! まだあったんだ」


「ここはねぇ、昔、お父さんがバイトで

 働いて、お母さんと初めて出会った場所なの」


そういう美津子の目には涙がこぼれ始めた。

 「ごめんね、駿介」

 「なんか、なつかしくって」


そして、駿介は言った。

「へぇ、お父さんこんな所で働いていたんだ。」

「全然、知らなかったよ」


美津子は、うんうんと

涙を流しながら笑顔で何回もうなずいた。


しばらく、ずっと

この店の前で、助手席にすわる

美津子はいろんなことを語り、

あっという間に日は暮れた。


「ありがとう、帰ろうか、駿介」

駿介もうなずき、車のキーに手を付けた。


帰り道。


美津子はずっと、ずっと父親の話をしていた。


帰り道に見えるいろんな建物、交差点、

目に映るもの、すべてが父との思い出話。


駿介は、昨日の出来事などいつの間にか忘れていた。


そして、助手席に座り、

楽しそうに父を語る母の姿が嬉しく思えた。


大好きだった和枝への思いを胸に,

がむしゃらに働いて手にした車。


駿介のマイカー。


願いは、叶わなかったが、

まだ遠い遠い昔、

まだ駿介が生まれる前、父と母が出会った。


この日、駿介の車は サーフボードの

キーホルダーが涼やかな鈴の音を奏でながら

時空を旅するタイムマシーンとなった。


その助手席には、 あの頃の母を乗せ

その運転席には、 あの頃の父を乗せて。


      -おわり-

※この物語はフィクションです。




父なき今、少し前に帰省した時に、

脚を痛めて遠出をしてない母を乗せて

数十年ぶりに母親の故郷へドライブした。


私が連れてゆくまでは、

ずっと父が連れてっていたようだ。


道中、懐かしそうに外の景色を

見つめて何かを呟いてたのが印象的だった。


そこに父が乗っていたかは定かでない。


■伊藤かずえさん…初代シーマに乗り続け30年 販売店も驚き「とっても珍しく素晴らしい」
(まいどなニュース - 10月12日 07:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=6264889
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