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2020年02月14日18:58

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小説を作成しました!「何も知らない。」




※ こちらの作品は小説ですが、朗読台本としても使用可能です。

金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※



なお、朗読に使う場合、所要時間は10分〜15分程度です。







「何も知らない。」





 死んだ黒猫が居た。



 その日私は、何となく職場に向かっていた。仕事は休みだというのに。その何となくというのをもっと詳しく分析してみると、おおむね、普段ただの通り道と思っている場所をのどかにのんびりと歩いてみたいという気持ちが大きかったのかも知れない。



 たまにはこういうのも良いものだ。今日は天気も良いし、田舎道のくせに生意気に張り巡らされたアスファルトで跳ね返った熱すらも、ぽかぽかと良い気持ちの手助けをしてくれている。とても良い朝だ。

 ぽかぽかに包まれながら角を曲がり、いつもよく仕事の休憩時間に暇つぶしのためやってくる道路脇へと歩みを進めると、奴が居た。死んだ黒猫だ。その猫は私が普段よく座っているところに横たわっていた。

 その姿自体は、だれたうちの猫もよくする体勢とよく似ていたが、私は不思議なほど自然に、その猫がだれて動かないだけの猫ではなく、死んだ黒猫であるという事が分かった。口元がただれていたからか。それともいくら何でも全く動かない時間が長かったからか。お腹に傷があったからか。それは定かではない。



 小さく息をもらすと、私はその死んだ黒猫の近くに座った。私の場所を陣取っている黒猫を、私は隣から眺めた。じっとではなく、半開きの目で力なく、ぼんやりと眺めた。多分だけど4歳以上ではあるのだと思う。ちゃんと大人になれた猫だ。

 せっかく大人になれたのに。どうして死んでしまったのだろう。お腹の傷が死因なのかな。それとも、この傷は死因ではなくて、死んだ後で鳥につつかれたのだろうか。

 このまま放っておくと、おそらくまたつつかれてしまう。せっかくお腹の傷以外は綺麗な姿をしているのに。



 そういえばこの世界には野良猫や野良犬というものが普通に存在していて、彼らが車にはねられるなりして死ぬのもよくある事のはず。

 ならば行政の機関が彼らを回収するような仕組みがきっとあるのだろう。ふと思い立ち、さっそくこの辺りでそういう業者さんがないか調べてみると、市のホームページに認定団体の電話番号が載っていた。

 行政が直接行うのではなく認定団体が行うというのはさほど意外でもなかったが、その認定団体への電話番号がフリーダイヤルでないのは少々意外だった。とは言えそれは今それほど大きな問題ではないので私は電話をかけ、呼び出し中に、近くにある電柱を見た。その電柱に書いてある番号をメモしておけば場所を伝えるのに役立つだろう。

 しかしようやく出た電話先の業者さんにその番号を教えたところ、その業者さんは電柱の番号では場所が特定できないらしく、代わりに近くの信号機に書かれた名前を教えて欲しいと言われた。

 以前、ストーカー被害に遭っている男性から、いつでも警察に通報して自分の居場所を伝えて助けにきてもらえるよう、常に近くの電柱の番号をメモして歩いているという話を聞いたことがあったのに。警察にはできても、その業者さんには電柱の番号から場所を特定はできないようだ。
 


 探してみると信号が案外近くになくそこそこの距離を走らされたり、そこから死んだ猫の居場所までの道筋の説明も大変だったり、色々な面倒ごとを乗り越え、やっとその業者さんを待つばかりとなった私は、再びその猫の隣に座り、壁に寄りかかった。目を閉じ、力を抜くと、陽気と普段の疲れとで、眠くなってきた。

 こんな事ができるのは、ここが車の通りもほとんどない田舎道だからだ。不便でもあるけれど、こういう時はこんな田舎道がとてもありがたい。



 ああ、眠い。そういえばこの猫、どうしてこの場所で死んでいるのだろう。元々道路の真ん中で死んでいたのを、誰かが車にひかれないようにとここまでどかしたのだろうか。それともここまで歩いてきて、力尽きたのだろうか。

 首輪はつけていないけど野良猫だろうか。それにしては痩せこけてはいなくて、むしろ太っている。健康体に見える。飼われていたのか、餌付けされていたのか。それとも単に狩りが上手で優秀な野良猫だったのかな。

 あったかい。良い日差しだ。

 私は君の事を何も知らないけど、お疲れ様。生きてる姿を見てすらいないけど、多分生きるのは色々大変だったろうから。ね。生きるのって疲れるものね。たくさん頑張ったんだよ、きっと。知らないけど。



 見事に何の模様もなく全身真っ黒な黒猫。黒猫はその体の黒と目の青色や黄色との対比が魅力の一つだけど、残念ながらこの子はもう目を開けてはくれない。もうと言うか、この子が開けた目を私が見ることは最初からなかったし、これからも永遠にない。



 今日はお昼ご飯に何を食べようかな。この近くに海鮮屋さんがあるし、そこにでも行こうか。

 でも一回帰ってお風呂に入って着替えてからじゃないと、食べ物屋さんに行くのはまずいのかな。

 お昼前にお風呂に入るだなんて贅沢、ひょっとしたら物心ついて以来一度もしていないかも知れない。今日はちょっと特別な日だ。



 思った以上に時間がかかるものなんだな。もう一時間以上経っているけど、まだ来ない。混んでいるのか、単にこんなものなのか。

 目には見えないけど、死体の近くにはやっぱり良くないものが沢山飛んでいるのかも知れない。もうちょっと離れた方が良いのかな。

 黒猫と言えば、主人公の黒猫が頑張って手紙を届けて、届けるとともに死んでしまうという歌をちょうどこの前、人に薦められて聴いたのを覚えている。あの猫も頑張って生きて、最後は死んだ。

 あの黒猫とこの黒猫は当然ながら全く違う生き物ではあるのだけど。



 あ、あのトラックがそうかな。

 電話してから二時間以上経ってようやく来た。若い男性と中年の男性の二人組だ。会釈をするだけで特に会話もないまま猫の大きさを巻き尺で測った後、手ごろな大きさの段ボール箱を荷台から取り出した。

 その段ボール箱の中に猫は入れられ、そのままトラックの荷台に置かれ、トラックはすぐさま発進した。

 流れるような作業で手際よく回収されたため、あの二人の男性が私の目に映ったのはものの一分未満だったと思う。

 思ったよりも雑に掴まれて雑に段ボール箱に入れられた気がしたが、それは私の気のせいだと思っておくことにする。



 死んだ黒猫を乗せたトラックはどんどんと小さくなっていった。あの猫はこれからどうなるのだろう。体がどう扱われるのかはある程度の予想もつくが、それでも具体的にどうなるのかは知らない。

 そして死んだ生き物がその後どうなるのかというのは、それこそ想像もつかない。だからこそ皆が思い思いに納得を求めて、あれだこれだと考えたり信じたりしているのだろう。



 そうこう思っている間に、トラックは消えてしまった。私はもう二度とあの黒猫と会うことはない。



 昔聞いたことがある。国語の教科書で『悲しい景色』という文言があったなら、それは景色が悲しいのではなく、それを見て悲しい景色だと言った人が悲しみを抱えているのだと。

 だから今、私が感じていることは、あの黒猫がどうこうというより私自身の中に元々あった思いが露見しているという方が大きいものだと考えられる。

 それはそれで別に良い。死んだ黒猫。私は君の事を全然何も知らない。でも、君と出会えて良かったよ。

 君がどうやって生きたのかも、どうやって死んだのかも、何も知らない。君がどんな猫だったのかも何も知らない。でもやっぱり君と出会えて良かったよ。

 お疲れさま。もし君に何か、その先というものがあるのだとしたら、どうかお達者で。そこに私が関わることもないし、二度と君を知ることはないだろうけど、どうかお達者で。



 さあて。



―完―
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