mixiユーザー(id:9213055)

2018年05月15日10:53

582 view

5月国立劇場(人形)第二部「彦山権現誓助剣」

18年05月国立劇場(人形浄瑠璃)・第二部「彦山権現誓助剣」


崩壊した家族を改めて再構成する物語


「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」は、「伊賀越道中双六」と同じようなロードムービー。敵討ちのために遺族が諸国を転々と漂流する物語。

「彦山権現誓助剣」を人形浄瑠璃で観るのは、私は今回で2回目。1回目は、12年02月国立劇場(人形浄瑠璃)で、その時の段の組み方は、次の通りであった。「杉坂墓所の段」、「毛谷村の段」、「立浪館仇討の段」。歌舞伎では、昭和期以降、見せ場の「毛谷村の場」だけを上演することが多い。従って、この時の人形浄瑠璃は、「毛谷村」の場面を軸にしながら、その前後の場面を見せてくれて、とても興味深かった。主役の六助ら悔しい思いをした「毛谷村の段」の鬱憤を晴らす「立浪館仇討の段」まで上演されて、段組みは、いわば、敵討ち物語の「結末」を理解させるという印象だった。国立劇場では、この公演の12年前の2000年12月には、「須磨浦の段」、「瓢箪棚の段」、「杉坂墓所の段」、「毛谷村の段」という段組みで、「彦山権現誓助剣」を上演しているが、私は残念ながら、観ていない。今回は、その時と同じ段組みで上演される。「須磨浦の段」、「瓢箪棚の段」、「杉坂墓所の段」、「毛谷村の段」は、全十一段の時代物の六段目から九段目にあたる。この段組みだと、敵討ち物語の「原因」にまで遡って、理解させるという印象になる。つまり、いわば、古い家族の崩壊、メンバーを再構成する新しい家族の誕生の物語を辿ると言えるだろうと思う。私は、今回、「須磨浦の段」と「瓢箪棚の段」は、初見なので、特に興味深く拝見した。そこで、今回も、これまでの私の劇評と重複しないようにしながら、初見の舞台は、粗筋も含めて少し詳しく記録しておきたい。


月の名所も事件現場


「須磨浦の段」は、今の兵庫県の須磨の浦が舞台。「須磨明石」と言えば、源氏物語でも知られる月の名所。「見て明かしたや須磨の月」と太夫が語るように、官能的な夜を夜明けまで過ごしたいほどの魅力がある。在原業平や光源氏の事跡も伝わる。芝居では、夜の須磨の浦。月こそ見えないけれど、海上に見えるのは淡路島の島影。浜には、「精霊祭る高灯籠」。上手より、吉岡一味斎の娘たち(お園とお菊)のうち、妹のお菊が長男の幼い弥三松(やそまつ)と奴(若党)の友平(ともへい)とともに姿を現す。周防(現在の山口県東部)で闇討ち(それも、剣では勝てないと、卑怯にも鉄砲で撃った)に遭った父親・吉岡一味斎の敵(かたき)を見つけようと吉岡家の姉妹は二手に分かれて、長門(現在の山口県)から東へと敵討ちの旅に出ている。母親も旅立つ。

「精霊祭る高灯籠」は、盂蘭盆会に先祖を供養する灯り。息子の懇望に応えて母親のお菊は、高灯籠の代わりに「馬提灯」に火を入れて、海岸の松の木に吊るす。供の友平が駕籠を頼みに行く間、間の悪いことに、そこへ、父親の吉岡一味斎を卑怯にも暗殺して逃走した京極内匠(きょうごくたくみ)が、上手から現れ、煙草の火を借りに来る。人形の内匠は、首(かしら)は、文七で、衣装は、黒羽二重に白献上の帯。朱鞘の大小の掴み差しという、「忠臣蔵」の定九郎もどきの格好をしている。足元は、高下駄。相手が敵(かたき)と知れたお菊は、慌てて提灯を消す。合わせて、息子を友平が背負ってきた葛篭に入れて、匿う。内匠も、女が、かつて横恋慕したお菊だと判り、父親殺しの下手人なのに、嫌らしく言い寄ってくる。隙を見て内匠に斬りかかるお菊だが、返り討ちに遭い、なぶり殺されてしまう。お菊の遺体の裾を捲ったりして、セクハラ行為もした挙句、内匠は謡曲を口ずさみながら、逃げて行く。戻ってきて、凶事を知った友平は嘆くが、後の祭り。幸い、葛篭に匿われていた弥三松は、無事だった。現場に落ちていた守り袋には、「永禄九年五月十日」と書かれた臍の緒書きが入っていた。犯人が落とした唯一の手がかり。幼い弥三松では、内匠が犯人だと伝えようもない。同じ犯人によって、祖父と母が殺されたわけだが、残された者は知る由も無い。

「須磨の浦の段」。太夫は、お菊が、美声の三輪太夫。内匠が、睦太夫。友平が、小住太夫。弥三松が、イケメンの咲寿太夫。三味線方は、清友。


瓢箪棚の決闘


「瓢箪棚の段」の舞台は、明智光秀の遭難の地、小栗栖(おぐるす)。今の京都市伏見区。本能寺の変で織田信長を暗殺した明智光秀。その後、竹槍で殺され、自刃したという明智伝説が絡む。土地には「明智薮」「明智塚」などが伝え遺るという。幕が開くと、小栗栖街道。内匠は、「四三(しそう)の胴八(どうはち)」とあだ名される小悪党に身を窶している。小栗栖街道の道端に座り込み、独楽を使った小博打で、通行人から小銭を巻き上げている。ここは、小博打も似合う街娼の地でもある。惣嫁(そうか)とか夜発(やはつ)と呼ばれる街娼たちも商売に出向くため、街道にやってくる。この辺りは、芝居の定式の演出、悲劇の前の、チャリ(笑劇)場というところ。老いた若党の佐五平(さごへい)が、街娼たちに金を渡して、宿所に帰したところで、幕。盆回し。

短い幕間の後、定式幕が開くと、黒幕の背景に、瓢箪棚の場面。棚には、瓢箪(竹本は、「夕顔」と語るが、ここは秀吉がらみで、やはり「瓢箪」)が、暗闇の中、下手から先ほどの若党に付き添われて駕籠が瓢箪棚に着く。駕籠から降りてきたのは、妙齢の女性。お園だ。惣嫁たちと同じような扮装で、辻に立つ。「夜発立君の姿にやつし」。

上手から紫の衣装を着た「助六」の通人風の「青侍」が来ると、お園は侍に近づき、声をかける。お園は、父親殺しの敵討ちのために惣嫁姿に身を窶して、内匠の行方を探しているのだ。ついで、「いたち川」という相撲取りがやってくる。馬に乗った立派な「西国武士」も通りかかる。西国武士は、轟伝五右衛門と言い、お園の出自を知っている。以前に一味斎に剣の指南を受けたという。幼い頃のお園を見知っているという。敵を探しているというお園の事情を察知した西国武士は、関所を通れる往来札をお園に手渡す。

贅言;この西国武士の轟伝五右衛門は、「毛谷村の段」に続く「立浪館仇討の段」で再び登場する。豊前の国主・立浪家の館。駆け込んで来た六助が、微塵弾正との再試合を申し込むが、弾正は相手にしない。事情を悟り、一味斎の敵討ちを願い出た六助を許すのが、立浪家執権の轟伝五右衛門だ。だまし討ちを試みる微塵弾正をあしらい、さらに同道した一味斎遺族らにも敵討ちをさせて、本懐を遂げさせる。そういう役回りで、「瓢箪棚の段」では、後の伏線となるための登場である。

そこへ、もう一人の若党・友平が、下手から追いついてきて、凶事を伝えることになる。妹のお菊が須磨の浦で何者かに殺されたと知らされる。嘆くお園の姿を見て、責任を感じていた友平は、お園に凶事を伝え終わると、切腹してしまう。友平の血が瓢箪棚の上手にある池に流れ込むと、池の水が騒ぎ出す。池から水しぶきが盛んに上がる。棒状の水玉の道具「水気」を使う。お園の懐にしまわれていた真柴久吉所縁の「千鳥の香炉」も鳴き声を出し始める。

一方、下手より内匠は、明智光秀の亡魂に引かれて瓢箪棚の池にやってくる。この池は、光秀の首を洗った池だったのだ。光秀の亡魂は、姿は見えねど、内匠に己は光秀の遺児だと告げる。小田家の重宝「蛙丸」という名剣も池に沈められているという。

内匠が「蛙丸」を引き上げる場面から、その後の立ち回りへ。竹本の三味線は、ツレを加えて、2連になる。「蛙丸」を手に入れた内匠は、瓢箪棚の前で、お園と遭遇し、立ち回りとなる。お互いが何者とも知らぬまま、お園と内匠は、刀を合わせる。

「蛙丸」が、瓢箪の棚の上に投げあげられたことから、二人は、瓢箪の棚の上に上がってからも立ち回りとなる。この辺りから、夜が明け始める。背景は、山の遠見。薄暮の中の戦い。3人遣いの人形が二体とも棚の上に上がる。

さらに、辺りは明るくなる。「蛙丸」を先に見つけた内匠は、立ち回りの末、お園の刀を折り斬る。刀を折られたお園は、鎖鎌を取り出し、これで抵抗する。分銅を結びつけた鎖をブンブン回すお園。一味斎の娘の、堂々の女武道ぶり。

内匠を操る主遣いの玉志は、人形を遣ったまま、人形とともに瓢箪の棚から飛び降りる場面もある。人形浄瑠璃の舞台は、船底のようになっているから、棚から舞台の床まで、どのくらいの高さになるのだろうか。3メートルくらいか。「稲妻剣の雷光、ひらりと飛んで遠近の、霧に紛るる曲者を/逃がさじものと一足に、飛んでおりしも冴え渡る、/月の光を力にて、」。竹本の言辞と違って、舞台は夜明けのような気がする。

「瓢箪棚の段」。「中」が、希太夫、寛太郎。「奥」が、津駒太夫、藤蔵、ツレが、清公。「中」は、小栗栖街道。「奥」は、瓢箪棚。特に、立ち回りを含めた愁嘆場を語る津駒太夫のダミ声が、なんとも場に実感を与える。

「杉坂墓所(はかしょ)の段」。杉坂は、現在の九州・大分、彦山の麓、毛谷村にある。幕が開くと、峠の遠見。遠く雪山も見える。草深い山奥。六助が亡き母の墓前で手を合わせている。この墓は、囲いと屋根がある。墓標には、「春峰玉月信女」という戒名が読み取れる。母を亡くしたばかりの六助は、独り住いの毛谷村から坂を登り、毎日、母の墓前を訪れている。母への情愛が濃いのだろう。人形遣いは、玉男。後ろ向きのまま、動かない。六助の母への強い思いが背中に滲み出ている。開幕後、暫くは、後ろ姿のままという演出も珍しい。

時代は、真柴久吉(豊臣秀吉)の朝鮮出兵前夜という落着かないご時世。老女を背負った浪人が通りかかる。六助の名前を確かめた浪人は、「毛谷村の六助に勝った者は、召し抱える」という豊前国主の高札を読んだ、という。老母を安楽に暮らさせたいので、勝負に負けて欲しいと、意外なことを告げる。母親を亡くしたばかりの六助は、微塵弾正(みじんだんじょう)という浪人(実は、京極内匠という男で、六助の師匠だった吉岡一味斎を芸州で闇討ちにしている。一味斎の妻・お幸、姉娘・お園、妹娘・お菊=京極内匠に須磨の浦で返り討ちに遭ってしまう、お菊の息子・弥三松=やそまつ=は、それぞれ敵討の旅に出ているが合流していない)の率直な孝行心に感じ入り、承諾し別れる。内匠は、六助の母への情愛を悪用していたことが、後に判明する。

六助が、水を汲みに行った隙に一味斎の老いた若党・佐五平が、弥三松を連れて通りかかる。だが、ふたりを追って来た京極内匠一味の門脇儀平らに若党は斬られてしまう。戻って来た六助が、京極内匠一味を追い払うが、物陰に隠れていた弥三松を残して、若党は死んでしまう。六助は、弥三松を連れて毛谷村の自宅へ戻ることにする。

この段、「口」の太夫は、亘太夫。三味線方は、錦吾。「奥」は、靖太夫、錦糸。


家族復活へ


「毛谷村の段」。主役の六助は、百姓ながら、剣術の名人である。白囃子の鳴り物で幕が開くと、六助と微塵弾正、実は、京極内匠が、既に立ち会っている。六助宅の横に、高札があり、「六助に勝ったら、五百石で召し抱える 領主」という趣旨が書かれている。領主は、豊前小倉藩主。

先頃、実母を亡くしたばかりの六助は、病身の老母に仕官姿を見せたいという微塵弾正の情にほだされて「八百長」の約束ができている。真面目な六助は、微塵弾正に勝ちを譲る。睦太夫が、語り始めるのは、ここからだ。にもかかわらず、偽りの勝ちを占め、立ち会いの領主の家臣とともに去る際、微塵弾正は、急に態度を変えて、六助の眉間を割って、横柄な感じで出かけて行く。嘘つきは、嘘を重ねる。六助は、母親への孝行を忘れてくれるなと、鷹揚に送り出すという人の良さを見せる。

六助は、弥三松の名前も聞き出していないので、師匠の娘・お菊の遺児だと知らないまま、弥三松の小袖を門口に干す。その小袖を見て老女が、宿を乞うので、奥で休息するように言う。さらに、小袖を見て虚無僧姿の女性が訪ねて来る。弥三松は、この女性を見て、「伯母さま」と呼びかける。女性は、弥三松の母・お菊の姉のお園だった。杉坂での弥三松との出会いを六助がお園に話すと、お園は、自分は、六助の女房だと言う。すでにお園と六助は、お互いに直接は面識がなかったが、許婚の間柄だったのだ。お園が、これまでの経緯を話していると、奥から出て来た老女は、お園の母と判り、吉岡一味斎の遺族は、ここで結集。敵討ちの旅に出て、バラバラになっていた人たちが、一つになった。遺族は、改めて、頼もしい六助に京極内匠を討つことを依頼する(弟子が、師匠の奥方や娘を知らなかったというのも、荒唐無稽だが、目を瞑ろう)。

そこへ、村人が老女の遺体を運んで来る。仲間の斧右衛門の母親の遺体だという。変わり果てた老女は、六助が感じ入った孝行心のある浪人・微塵弾正の「母」だったと判り、怒る六助。お幸が、浪人の人相風体を尋ねると、京極内匠とそっくりではないか。微塵弾正、実は、京極内匠という絡繰(からくり)を知った六助は、御前試合で意趣返しをし、さらに一味斎の遺族たちに敵討をさせると誓う。身なりを整えた六助にお園は、舞台下手の紅梅の一枝を、お幸は、上手の白い椿の一枝を差し出し、六助の武運を祈る。一同は、御前試合の行われる小倉に向けて出発する。

この段、「中」は、睦太夫、喜一朗、改め勝平。「奥」は、千歳太夫、富助。

母を亡くして独り身になった六助の元に、まず、老婆が母としてやってくる。ついで、女房。女房の妹の遺児として、息子もやってくる。「毛谷村」は、いったん崩壊した家族が、改めて、再構成され、敵討ちという共通の目標を持つことで結束し、家族復活を目指す物語だろう。今回の公演の段組みを見ると、敵討ちの物語の上に、家族復活の物語がより骨太に浮き彫りにされてくるように思われる。

贅言;いちばん辛い思いをしているのは、幼い子ではないか。悲劇は、弱者に重くのしかかるものだ。弥三松は、祖父の一味斎、母のお菊、世話役の若党ふたりを亡くしている。今回の舞台には出てこないが、父親の衣川弥三郎も、お菊とともに出た敵討ちの旅の空で、亡くなってしまったのか。国許で後事を担当しているか(まだ、未調査)。弥三郎の嫡男だから、弥三松。幼子は、何度も死と隣り合わせになりながら、生きながらえる。原作の合作者・梅野下風、近松保蔵らの家族復活のシンボルは、弥三松かもしれない。

実際の家族復活の軸になるのは、女武道のお園。二十歳過ぎての未婚の女性。眉も剃っていない、鉄漿(かね)もつけていない。人形浄瑠璃では、「老女方(ふけおやま)」の首(かしら)に書き眉で、一味違う未通女の色気を滲ませている。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する