mixiユーザー(id:8729247)

2018年04月26日15:41

607 view

あの土地のあの場所に「津波が来る可能性」は予測できない

この記事を読む人のほとんどは大川小学校の場所を知らないだろう。
「大川」というくらいで確かに近くに北上川の大きな支流があるけれど、
あくまでも「川」、海の一部、湾とかでない。
石巻は海沿いゆえに過去何度も大きな津波に襲われているが、
その記録でも大川小のある場所に津波がおしよせたとは書いていない。
もちろん書いてないこともいつ起きるかわからない。
たとえば学校で火災時の避難訓練と初期消火訓練は毎年の義務だが、
その理由は「前に火災があったから」ではない。
学校にこどもたちがいるときに「何があっても」安全に避難するためだ。
だから、たとえこれまでなかったとしても天災つまり
地震津波大雨洪水大暴風雨などにどう対処するか、は
少なくてもマニュアル(最低限どこにどうやって避難するか)は決めておくべきだ。
だから大川小学校とその上部機関である石巻市には
「マニュアルを作っていなかった」ことの責任は明らかにある。
さらに、たとえマニュアルがなかったとしても、
あの地震はどう考えてもこれまでなかった規模のもの(わたくしも被災者)で、
これまで起きなかったこと(地割れとかも含め)も起きる可能性はあった。
自分の家にいるじーさまが「まあたいしたことにはならないだろう」と考えて
家でゆっくりお茶を飲んでから田んぼの様子を見に行く、のとはわけが違う。
こどもたちを大勢預かっているのだから、どうにか安全な場所に避難すべきなのは当然。
その場合、「地震→万が一の津波」の可能性は予測可能だった。
もちろん「地震→山崩れ」も可能性ないではない。
だから山に逃げるのを躊躇したのはあながち「大間違い」ではない。
あとから山をみて「崩れるはずがない上部な斜面」だとかなんとかゴタク言うやつがいたけど、
それは「ラッキーにもあのとき崩れなかった」だけであって、
コンクリで固めた道路わきのがけが崩れて通行不能になった道路はなんぼもある。
結果的に崩れなかったのを見ているだけ、地震当時に「崩れない」と判断はできない。
さらに、上り道も狭い急斜面であることは誰だってわかる。
しいたけ栽培か何かでこどもたちは何度も上ったとかいう情報はあるが、
それは地震でもなんでもないときに順番守って急がないで登ったのであって、
何度も繰り返してくる余震(でかい)の中で1年生なんかもいる状況で、
あの斜面を本当に全員登りきれたかどうかはわからない。
運悪く上のほうにいた子が転べば将棋倒しもありえた。
「山に逃げる」選択肢を選んでいたらこどもが全員とはいわないまでも、
もう少し死ぬ子の数が減ったのではないか、は今ではわからないことだ。
…でも、川のほう、水に近いほうに逃げたのはいくらなんでもアレだな。
さらに、災害情報を伝える車が小学校によらなかったのもちょっとアレだったと思う。
街を走ってまだ家にいる人に呼び掛けるのも大事だけど、
とりあえずみんなが避難していそうな公民館とか小学校も、一応回るべきだよね。
あのとき、電気がこなくなったのでテレビはダメ、電話も電柱たおれてダメ、
ケータイも中継アンテナがやられてダメ、の状態でじゃあラジオをもっていたかと言われたら、
持ってないとか電池切れとかの可能性もあっただろうし(準備不足でこれもミスのひとつ)
せめて市の広報車が行ってくれていたら、と思わずにいられない。

まあ、もし校庭にとどまっても学校全部津波で沈んだ場所だし、
山に登らず平地で川と反対に逃げてもかなりの範囲に水来ているんで
(実際住民で亡くなった方々も少なくない)
広報車がきててもどうなったかはわからないけどさ。

でも、結果じゃない。
結果として同じ数の子が亡くなったとしても、
マニュアルがあってそれにそって避難行動をしていたら、14億円の判決はなかったと思う。

大川小津波訴訟 2審も賠償命令
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5087586
33 7

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年04月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     

最近の日記